☆未來妄想・第二次大東亜共栄圏への道程☆
注)これはmaaと愉快な仲間達掲示板にて士月様が投稿されたのをまとめたものです。
その19

 1944年10月24日以来、六十有余年ぶりに行われた艦隊決戦は、日本では両水道海戦と呼称されている。日本の第七護衛隊群が対馬海峡の東水道を、韓国艦隊は西水道を巡航しながら死闘を繰り広げたためである。
 それに対して諸外国ではこの海戦は第二次対馬海戦と呼び習わされている。世界海戦史上における掛け値なしの空前にして、おそらく絶後の戦果を叩き出した戦闘民族に敬意を表したためである。
 なお第一次対馬海戦という日本人には耳慣れない響きを持つ海戦は、勝利国では日本海海戦として知られている。

 もっとも職業軍人や戦史研究家のような専門家たちにはそれほどの注意を惹起しなかった。もともと日本の海・空軍力は韓国に較べて懸絶しているレベルにあり、両者がまともにぶつかればどちらに軍配が上がるかは目に見えていたからである。李提督の作戦が不発に終わり、不確定要素も発生しなかったために、ふたを開けてみても大方の予測を外れることはなかった。図上演習から導き出された通りの結果である。

 今回の海戦で得られた戦訓が、ハイテク兵器の絶対的優位性ということは衆目の一致するところであった。韓国軍の近代化の水準は世界的に見れば上位にあった。それが鉄塊と硝煙と業火で満たされた対馬海峡での饗宴では、とびきりの大杯でもって苦杯を乾すしかなかった。特筆すべきは勝利の女神を振り向かせようと争った二国家がともに西側陣営に所属していた点である。ロシアを盟主と仰ぐ国家群が保有する軍事技術の劣等性は湾岸戦争で証明されたが、今回は東西の区別はなかった。それでも韓国は記録的大敗を喫した。第二次対馬海戦は、技術力の差が戦闘の死活を握ることを満天下に知らしめた。
 それは後の歴史に小さくない影響を及ぼすことになるが、今は語るべき時ではない。
 一つだけ断言できることは、第二次対馬海戦の勝敗が日韓の民族の優劣に起因するものにはないことである。これは敗戦以来、二世代にわたって精神的に抑圧されてきた日本人の鬱屈が表に出た評価であり、同時代のみならず後世においても無視できない支持を得ている。海戦に至るまでの過程はともかく、戦場での立ち働きは司令官から兵卒まで国籍に差などはなかった。

 しかし極端な表現を好む歴史マニアや、何の責任も負う立場にない後世のマスコミなどは、韓国艦隊に以下のような評価を下している。

「史上空前の規模でタコ殴りにされたピンポンダッシュ」

 日本に勝利をもたらした木村海将補はやはり懲戒免職処分となった。自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣の下命を待たずに戦闘行動を開始したためである。これは西部航空方面隊司令も同様であった。
 木村海将補は腹を立てなかった。俺は心ですべての決着をつけてから行動に移った。誰を責めるいわれもない。それに日本は法治国家であり、自分はそこの住人である。法を枉げてでも今の地位にしがみつこうとも思わない。別に日本を望んで母親の胎に宿ったわけではないが、物心がついてからは祖国に対してそれなりの満足を覚えていた。そもそも五十余年を日本国籍で過ごしてきて、今になって駄々をこねるのはあまりにも恥知らずな振る舞いだろう。悪法もまた法である、とソクラテスを気取るか。
 まあドクニンジンの汁を仰がずに済むだけ、古代ギリシャの哲学者よりはマシだろうよ。
 しかしそれで済まそうとはしなかった連中がいた。野党とマスコミである。彼らは木村海将補――
いや、その肩書きに「元」を付けるべきだろう――に飯の種を見出していた。
 このころ、その二者は二極化していた。左に傾けば傾くほど無謬で完璧な正義に近づけるという信念から一歩も外に踏み出せない旧来の連中がその片割れである。もう一つは、それまでの姿勢を180度変えて右寄りの発言をわめき散らす連中であった。数から言えば後者の勢力は圧倒的に立ち勝っていた。

 いまさら断るまでもないが、野党の行動原理は票数の獲得であり、マスコミのそれは発行部数あるいは視聴率の増加である。そのために彼らが採るもっとも安直かつ容易な手段は、政府与党に対する批判である。そしてそれは大衆のあまり理性的でない部分に訴える場合が多い。信頼性や妥当性は二の次である。彼らは日本人がそれまでの自虐史観から脱却しつつあり、それまでの反動から嗜虐史観に傾く恐れのある国民感情を察知した。そしてそれを無責任に煽り立てた。犬のように鼻が利く、と陰口を叩かれた。

 もちろんその評価を犬に注進しようとは思わない。噛み付かれることを知りながらあえてその危険を冒すつもりはないからである。
 ちなみにその急先鋒は朝日新聞であった。戦時中は一億総玉砕を鼓吹しておきながら、玉音放送から一転して民主主義万歳を唱え出した先輩たちの偉業を忘れてはいなかったらしい。かつて国家反逆罪に問われた嫌疑も結局はうやむやの内に終わり、元気に活動中であった。理想(というか妄想)を抱いて溺れ死ね、という国民の願いは果たされなかった。実際にはなかなか溜飲を下げさせてくれないものである。

 それはともかく、木村元海将補は自分を利用しようとするどちらの意見にも賛同しようとはしなかった。
左が論外であることは言うまでもない。といって最近はばを効かせるようになった連中の耳障りのいい主張にも胡散臭さを感じていた。だいたい先の大戦で戦れ戦れと後方で叫んでいた連中と口調がそっくりではないか。
 彼は別に祖国愛や犠牲心を強調する声が戦争の引き金を引いた、というつもりはない。その最大の原因は、単に国益の追求によって日米間の対立が回避不可能なまでに発展したせいである。ついでに言えば日本の敗北も精神主義の偏重や戦略戦術思想の硬直化や人命軽視によるものではないと思っている。以上に挙げたような欠点は確かに掃いて捨てるほどあったが、致命的というほどではない。要するに物量で押し潰されたのだ。歴史にifは禁物だが、もし日本にアメリカと同程度の資源と生産力があれば、少なくとも無条件降伏など呑まずに済んだだろう。もちろん無意味な仮定である。当時の日本の国力がアメリカの半分もあれば、そもそも大東亜戦争そのものを起こす必要もなかったのだから。

 といって戦争の一因になったことを濡れ衣だと一刀両断に済ませるわけにもいかない。満州事変の成功は軍部に下克上の風潮を醸成させ、ついには国粋主義にかぶれた若手将校による一人一殺のテロが吹き荒れる要因となった。暗殺を恐れた政治家たちが陸軍強硬派の代弁者に成り果てたこともまた事実である。
 祖国に誇りを抱きつつ、感情よりも理性を優先させる。日本人に限らず、国民とはそうあるべきだと木村元海将補は信じていた。もっとも大衆というものはそのような地味な中庸思想よりも、左右を問わず明快な主張を支持する傾向にあるのだが。
 結局、退官して実家の製塩業に携わるようになってからは一度も表舞台に立つことなくその生涯を終えた。やむにやまれぬ事情によって一度だけ講壇に立たされる羽目に陥ったが、そのときも「私は命令違反を犯し、首になった。それだけです」で片付けた。

 国民の大多数は彼の決断を擁護する傾向にあった。復職を願って署名活動を行う有志も現れたが、木村元海将補は沈黙を保ったままだった。自分たちの好意を無にしたと勝手に怒り狂ったプロ市民団体によって誹謗中傷が行われたが、彼の声望を真っ黒に塗りつぶすほどには発展しなかった。
 国内のみならず、海外からも招聘の誘い(主に海軍大学校からの講義の依頼)があったが、全てを断った。かつて木村元海将補とともに合同演習を行ったドイツの一武官は、以下のような嘆息を漏らしている。

「木村将軍の振る舞いは、騎士道の死に絶えた世界で生きていくしかないヨーロッパ人に大いなる喜びと幾ばくかの畏れを抱かせる。
 日本には、いまだにサムライが生き残っていた!」

 星野三佐の場合は、もっとセンセーショナルだった。記者会見の場で左傾記者たちと舌戦を繰り広げたのである。
 たとえば、

「韓国艦隊は機関部の故障を訴えて対馬に寄航を要求していただけであり、戦闘目的はなかった。白煙が上がっていたことを証明する写真も残っている」
「逆にお訊ねします。機関部が故障していたのに、どうやって30ノットも出せたのですか? どうやら韓国艦隊は2世紀前の帆船で編成されていたとでも思っていらっしゃるようですね。それともさらに2世紀前の亀甲船よろしく手漕ぎで操艦していたとでもおっしゃりたいのですか? オールを使って5000トン近い軍艦を巡航させることができるのですから、韓国人って力持ちなのですね」

だの、

「たとえ正当防衛であっても人を殺してはいけない。人を殺すくらいならむしろ人に殺されるべきである」
「そんな殊勝な心掛けの人間は、そもそも自衛官になろうとは思いません。
 自衛官は国民の血税で食べています。言ってみれば番犬です。私たちのご主人様である日本国民の生命と平和と安全を守るために、命を掛けて他国人を食い殺すことが仕事です。地獄だか阿修羅界だか知りませんが、そんな世界に堕ちるとしても、それは覚悟の上です。
 今回はご主人様たちの家長のためらいで先走ることになりましたが、役立たずの犬を安楽死させる権利もあなたがたには存在します。
 これ以上、なにがお望みですか? ああ、なるほど。『ボクの家では犬を飼っていました。それが昨日、鎖を噛み切って泥棒さんにケガを負わせてしまいました。ボクはとても可愛がっていたのですが、心を鬼にして保健所に電話を掛けました。町内会の皆さん、ボクを褒めて褒めて』と自分をいい子だと喧伝したいのですね」

だの、

「あなたの弁解は日本を戦争へと駆り立てようとする悪意に満ちています!
 ああ、軍靴の響きが聞こえてくるわ!」
「耳鼻科に行ったほうがいいんじゃないですか?」

だのといった調子である。
 そして最後に彼女はこう付け加えた。

「もし平和主義を唱え続ければ不可視のバリヤーが日本領に張り巡らされてミサイルから守ってくれる。
それなら一億三千万がことごとく憲法第九条をのどが潰れるまで唱え続けるでしょう。しかしそんなことをしても外科医のふところを暖かくするだけです。
 プロメテウスから火を手渡されて以来、人の最大の敵は常に人でした。そして人の波に押し流されないために、私たちの先祖はチームを組みました。その最終形態が国家です。
 国家がすべての価値の源泉である、というつもりはありません。しかし国家は少なくとも自国民の平和と安全を保障してくれます。よその国民には適用されませんが、国家権力にも限界があります。未来はともかく現在において、国連にはまだ国家ほどの拘束力も権力も保有してはいませんし。
 そして国家を国家たらしめる最後にして最大の手段が軍事力なのです。
 あなたがたのうち、一人でいいですからとりあえず日本国籍を放棄してみませんか? 日本という虎の威を借る狐の立場を止めたなら、少しは説得力が増しますよ。もっともそんな原理主義というか独りよがりの狂信を真似しようとは思いませんが」

 怒号と罵声と絶叫の三重奏を尻目に星野三佐は退出し、翌日、辞職届を提出した。彼女の能力と知名度を惜しんだ上層部は受領を渋ったが、最後にはその政治的立場の面倒さと意志の固さの前に屈した。
 彼女が退官を希望したのは、注目を浴びる自分の立場に嫌気がさしたばかりではない。コックの義父が交通事故に巻き込まれ、味覚に障害を負ったことも要因の一つである。本来なら彼を支えるべき義母の料理の腕前は、いかなる貪食漢も絶望を抱くほかにないような代物だった。星野三佐は義父のラーメン屋の看板娘になり、その知能の大半を略奪愛に注ぐことになるのだが、それは余談である。

ルリルリがめちゃくちゃ毒舌な第19弾です。  コリアンジェノサイダーnayuki風味にもっとはっちゃけさせるべきだったでしょうか。

その20

 第二次対馬海戦について、韓国政府は終始一貫して日本に抗議を続けた。我が国の艦隊はあくまでも機関部の故障のために対馬への寄航を求めていただけだと言い張った。その証拠も数多く提出したが、どれも国内での調査内容にとどまった(ちなみに日本の左翼が政府叩きに利用したデータの九割九分までがこれを出所としている)。なおかつ調査を行った韓国の軍人や情報処理担当者たちは自分の名前を公表することを拒絶した。なによりも重視すべき客観的事実を曲げてまで現政府におもねったことを記録に残したくなかったのである。かつて韓国の歴史教科書の末尾に編修に携わった歴史家の名前を掲載したことに、当の歴史家たちが抗議したことがあったが、それと大して違わなかった。

 また韓国は国連査察部の入国も拒否した。自国のことは自国の国民による調査が一番信頼できる、むしろ日帝の卑劣なロビー活動によって国連が買収されている可能性のほうがよほど高い、というのが彼らの言い分であった。竹島問題でハーグ国際裁判所に何があっても出頭しないのと同じ理屈である。

「抵抗する意志も能力もなかった哀れな韓国艦隊を一方的に攻撃した日本の暴虐に、世界中が呆れ、怒り、忌まわしく感じている。血に飢えた日本は世界の孤児になる。平和を愛する市民にとって日本は永遠の敵である」

 これが韓国政府の公式的見解であった。さすがに国際世論に訴えなければ日本になんのダメージも与えられないことを自覚していたといえよう。もちろん韓国に同情を寄せるような国などありはしなかったが。

 そして政府のこのような姿勢を国民が後押しした。その論調も大同小異と言えた。曰く、暴虐なる日帝を征伐するためにアジアの守護神である人民解放軍が東シナ海を渡る、恥知らずな同盟国を懲罰ためにアメリカが太平洋戦争以上の絨毯爆撃を行う、無残に虐殺された同胞の魂を安んじるために北朝鮮が核ミサイルを東京に打ち込む、などなど。

日本と戦争をしてまで韓国と手を結ばなければならない理由など思いつかないのに、この強腰は理解に苦しむ。韓国は朝野ともにすでに病が膏肓に入っていたということであろうか。
 もっとも韓国人が作成した弾劾者リストにその名前が書き付けられていたのは日本だけではなく、自分たちの艦隊の指揮官も含まれていた。

 戦死した軍人に対して採られる対応はおおまかにいって二つある。国家に殉じた英霊として賛美するか、
軍隊を消耗した無能者としてトカゲの尻尾切りを行うかである。韓国は後者であった。
 軍事政権にとって、自分に取って代わる可能性のある軍事的英雄の存在は目障りなものでしかない。李提督はすでに鬼籍に入り、現政権を脅かすことは不可能のように思われる。しかし「李提督の遺志を継ぎ、無能なる現政権を打倒する」と宣言する李提督の子飼いの(あるいはそう自称する)軍人たちが決起する可能性もゼロではないのである。
 韓国の国民たちもまた、自分たちが日本人に敗れることには我慢がならないが、それが個人の無能のせいだとすれば少しは溜飲も下がるのである。そして、全ての責任を死人とその遺族に押し付けた。
 自分の敵は子々孫々未来永劫にわたって非難するのが大陸から輸入された半島の文化である。

 いやな文化だ。

 という個人的な感想はともかく、李提督は無能者の烙印を押された。敵の二倍の軍艦を率いていながらその半数以上を失い、一矢も報いることができずにあっさりとくたばった最悪の将軍。そのような悪罵が平然と巷間に飛び交っていた。日本を非難するときにはあれだけ強調していた機関部の故障を、死んで護国の鬼となった李提督にだけは割り引いてくれなかったらしい。自分たちの感情を満足させるためにはどんな矛盾もケンチャナヨで済ませてしまうのもまた半島のお家芸である。

 むしろ敵国であった日本のほうが李提督の評価は高かった。少なくとも必要以上に彼を攻撃したりはしなかった。第二次対馬海戦における犠牲者の遺族たちでさえ、李提督に対して片言隻句の悪罵も投げつけたりはしなかったのである(残念ながら2ちゃんねるのような掲示板には嘲弄も罵倒も飛び交っていたが)。

「日本人は武士の情けというものを持っている。
 日本人は勝敗が時の運だということを知っている。
 日本人は敗者にかけるいたわりの気持ちを忘れたことはない」

 これが当時の日本人の根底に流れていた認識であった。
 そもそも古文書の書庫の片隅で埃をかぶっていた李舜臣の名誉に、三百年ぶりに光をあてたのもまた日本人であった。
 もっとも李提督のいわれなき汚名が返上されるのに、ご先祖さまほどの時間はかからなかった。しかし彼の遺族にとっては幸運だったのであろうが、韓国人全体にしてみれば不運この上なかった。

 第七護衛隊群に交戦命令をくだすことを最後までためらった首相は轟然たる日本国民の罵声の中で退陣し、新たに発足した政権は韓国に対して一歩も譲らなかった。すでに韓国の無体な注文に唯々諾々と従っていたころとは違っていた。日韓の対立は政府レベルのみならず、民間でも活発だった。日韓掲示板は大いに荒れ、日夜激論が交わされた。韓国人は最後には必ずこう言った。

「くやしければ東海を渡って攻めて来い!
 陸上自衛隊など、世界最強の我らが韓国陸軍が踏み潰してくれる!」

 日韓の陸上戦力の比較というただ一点においてのみ、この捨て台詞はそれなりに正しかった。
 もともと自衛隊の装備の質は世界最高レベルだが、有事に際しての備蓄も弾薬も部品もない。予備自衛官の数は陸海空を併せても五万に満たない。一枚看板としては確かに強力だが、戦闘継続能力はゼロに等しいのである。なおかつ頭数としても陸上自衛隊の規模は韓国陸軍の半分である。470万の予備役を抱え、世界トップクラスの弾薬輸出国である韓国と消耗戦を行うとすれば勝ち目は薄い。

 敵地に侵攻し、陣地を確保し、最終的に勝利に導くのは歩兵である。この原則は紀元前から変わっていない。
しかし日本は国土防衛を金科玉条とし続けたために、陸上自衛隊の強化をおろそかにしてきた。そのツケがここにきて回ってきたのである。韓国の姿勢もそれを当て込んでいる。
 もっとも軍事力に訴えなくても、日本には韓国に報復を行うことができる。経済制裁である。細かく列挙すれば、海上封鎖、在日韓国人の資産凍結、民間における貿易禁止、韓国の対外関係の破壊などである。
当時の韓国は黄海をはさんだ中国とも、陸続きの北朝鮮とも、その背後にあるロシアとも敵対関係にあった。

 泣き付くことができたアメリカとの関係は在韓米軍の撤退から修復不可能なまでに冷え切っていた。隣国で友好関係にあったのは、実は日本だけであった。そしてその日本はアジアで最強の経済力と海軍力を保有していた。もし日本にヘソを曲げられれば韓国の破滅は目に見えている。しかし結果はこのザマである。後世の我々には理解に苦しむところである。民族に優劣はないはずなのであるが。

 もし日本政府が本腰を入れていれば、韓国は三ヶ月で干上がっていただろう。しかしそれで済ませようとはしなかった国があった。
 アメリカである。

 アメリカの大統領は韓国側の主張を妄言とまで極論し、日本を全面的に支持した。非道なる国家を懲らしめるためには戦争も辞さないと、各地に分散配備されていた太平洋艦隊を実際に日本へと集結させていった。
 といってアメリカが義によって行動したわけではないのは言うまでもない。
 ことは面子の問題であった。アメリカの同盟国に対して勝手に喧嘩を売りつけるような国があれば、アメリカの支配力にひびが入る。
 また、自分たちのコントロールが利かない政権が戦略上の重要な地域を支配していることも面倒であった。
 かつて大統領はモンロー主義に従って、在韓米軍を撤退させた。本人としては高度な政治的判断のつもりだったのだが、韓国はその期待を完全に裏切った。もし在韓米軍が韓国に留まり、にらみを利かせていれば第二次対馬海戦が歴史に刻まれることもなかっただろう。明らかに大統領の判断ミスである。ヨーロッパあたりの民主主義国家なら、このような国家元首は辞任に追い込まれても不思議ではない。

 しかしこのような点についてはアメリカの有権者は寛大である(というよりも、その重要性が理解できない)。彼らの大半はジャパンが国家なのか大手電気品メーカーなのかの区別もついていないし、コリアが独立国なのか中国の一部なのかに注意を払いもしない。そもそも自国が地球上のどこに存在するか、地球儀を指さしてみろと彼らに言っても満足のいく答えが返ってこない場合が多い。大統領の失策のせいで極東のどこかの二国が戦争したといっても彼らが関心を寄せたりはしないのだ。彼らが怒り狂うのは、卑劣なだまし討ちによってアメリカが打撃を受けたとか、アメリカの若者がジャングルで無意味に血を流しているとか、政敵の委員会本部に盗聴器を仕掛けさせた政治家の収賄・脱税・選挙資金の不正が発覚したとか、ともかく身近で単純で明快な理由による。

少なくともこのせいで任期半ばに辞任した二番目のホワイトハウスの間借人になることはまずありえない。政敵や知識人たちの声はうるさいだろうが。
 ともかく大統領は韓国の現政権を排除し、新たに親米政権を建てるべきだと判断した。アメリカの国益のため、アジアにおける日本の発言力の増加を抑えるため、そして自分のミスを糊塗するため。

 といって韓国に膝を折らせるのに、グアムからステルス爆撃機を飛ばせば済むという話ではない。史上、戦略爆撃のみによって敵国を降伏させた例はない。インフラと非戦闘員に壊滅的なまでの被害を与え、国民に厭戦気分を醸成させたとしても、航空戦力だけでは戦争を勝利に導くことはできない。戦争のかなめはやはり陸軍であり、歩兵であった。

 韓国は北方に貼り付けておいた陸軍を南下させ、日米連合軍に対する備えとした。政府も国民も「来るなら来い」と豪語していたが、勝算については黙して語らなかった。といって冷静に分析して韓国に勝ち目がない
と言えば売国奴として吊るし上げられる。自浄能力のない国家の典型的なパターンだった。少しでも余裕のある市民たちは次々と国外へ逃亡していった。
 しかし日米韓の緊張を破ったのは、そのうちのどの国でもなかった。韓国北部の軍事的空白に乗じ、北朝鮮軍が南侵を開始したのである。
 第二次朝鮮戦争の勃発であった。

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