☆鉄血の海神☆


第1章  終わりの始まり

2006年6月9日 ドイツ連邦共和国 ベルリン

「ここに、第18回ワールドカップの開催を宣言する!」
そう言ったドイツ連邦共和国首相の声とともに、多くの花火が打ち上げられ、夜空を焦がしていった。観客も、選手も、そこにいた全ての、いや、その光景を見たおそらく全てのその光景を見ている世界中の人々が、感動と喜びと興奮を受けていた。
満足そうにドイツ首相はガッツポーズを取った。彼は冷戦後としては初めてのオーストリア出身のーと言ってもそれ以前のオーストリア出身のこの国の指導者は初代第三帝国総統のアドルフ・ヒトラーのみー指導者だった。
彼は政治家になる前は俳優をしていた。おそらく旧第三帝国圏でもっとも人気のある俳優だった。国内はもちろん、中立国家であったかつての同盟国、日本皇国でも人気があった。彼は日本では名前の一部を取って「シュワちゃん」と言う愛称で呼ばれていた。
この町、ベルリンは、冷戦終結までグロス・ベルリンと呼ばれていた。「西側」の代表の町がロンドンなら、「東側」の代表的な町はグロス・ベルリンだった。今でもそれはそうで、ヨーロッパ第2位の都市であり世界の三大都市―ロンドン、ベルリン、東京−の一つであった。あの第三次世界大戦ー米国戦争とも呼ばれているーが終わってから、来年で60年がたとうとしている。

同時刻 アメリカ共和国 ノーフォク沖 日本国空母「翔鳳」艦上

「はあ」
「翔鳳」艦長立花雄三大佐は、思わずため息をついてしまった。彼は生粋のサッカーファンだった。しかし現在彼は国際連合の「紛争監視艦」として派遣されている「翔鳳」の艦長としている。ああ、今はそろそろ開会式だ、そんなことを思いながら、彼は沖合いを見ていた。もっともこの海域では海戦が起きる可能性が無い。
かつてノーフォクにはアメリカ合衆国の最大の海軍基地があった。もっとも第三次世界大戦の大空襲で灰燼に帰し、とどめに南北に―北のアメリカ共和国と南のアメリカ社会主義共和国に―分かれてしまい、国境線が数10キロのところに出来ると、ノーフォクの軍事的価値は消滅した。よって現在アメリカ共和国の海軍総司令部はロードアイランド州プロヴィデンスにおかれている。
何もかも第三次世界大戦でアメリカ合衆国が蹂躙されてからだった。あの戦争以来3つに分割されたアメリカ合衆国。かつて輝くフロンティアだった国は今や原型をとどめてなかった。もっとも西部のアメリカ連邦国はまだ良かった。アメリカ共和国とアメリカ社会主義共和国は同胞どうしで殺し合う悲劇を演じた。
「そういえば」
雄三は彼の祖父を思い出した。
立花信介。彼は今お台場で記念館として余生を送っている戦艦「越後」の艦長として第三次世界大戦を戦った。ということは、祖父もこの2つのアメリカが演じたFate悲劇の責任があるということか。
「そんなわけはない」
そんなことなら当時の世界じゅうの軍人が共犯だ。すぐそんないやなことを忘れた。それよりも、以前記念館「越後」の開艦式で会った不思議な少女のことを思い出した。
「あなたのおじいさんには、たいへんおせわになりました」
そんなありえないことばかり言う少女だった。なにより変なのは最後に少女に名前を尋ねると、「越後」と名乗ったのである。そんな馬鹿な、とその時は思った。もっとも後で知り合いの駆逐艦長が艦内で少女に会ったという話を聞いてからまじめに考えたが。もしかしてこの艦にも少女がいるのだろうか。もし居るのなら、会ってみたい。話をしてみたい。そんな取り止めの無いことを考えながら不真面目ながらしっかりと任務を行っている「翔鳳」艦長立花雄三大佐は海を見ていた。

この世界の軌道が我々の世界と違ってきたのはいつ頃からなのだろうか。
一応物語は1943年、第2次世界大戦終結から約1年後から始まる。

1943年9月7日 大日本帝国 東京

大日本帝国内閣総理大臣、近衞文麿は頭を抱えていた。なぜなら太平洋はペリー来航以来90年の中で最悪の気運だったからだ。
原因は3月16日でサンフランシスコで起きた日系人虐殺事件である。
前者は日系人50人近くが虐殺され―その加害者の中には本来市民の安全を守るべき警察官も含まれていた―からである。
これに対して日本政府は直ちに抗議したが、アメリカは謝罪をするどころか、対策を全く打たなかった。これだけではなかった。中国での内戦も泥沼化の一途をたどった。1936年、西安事件で蒋介石が殺されてから次の国民党のトップになった汪兆名は、日本政府と講話し、対共産党のために日本政府と手を組んだのだった。するとアメリカは、国民党と手を切り、共産党に莫大な援助を行ったのだった。これにより国共内戦は日米の代理戦争と成っていた。
せっかく欧州での第二次世界大戦が終わったと言うのにこれだ。近衛は以前陸軍長官の東条英機と対米問題を巡って対立した人物とは思えないほど日を追うごとにアメリカに失望していった。
「総理、米内総軍大臣がお呼びです。」
秘書官が呼んだ。
「分かった。今行く。」
そう言うと近衛は席を立った。

同日 神奈川県 横須賀

日本がロシアのバルチック艦隊を撃破してから今年で39年。全ての有色人種に勇気を与えた勝利を勝ち取った日本海海戦での英雄、「東洋のネルソン」こと連合艦隊司令長官東郷平八郎の後輩たちはすくすくと育っていった。立花信介大佐もその一人であった。
「あれからもう1年か・・・」
彼が感慨深い気持ちになるのも無理ではない。彼は第二次世界大戦においての遣欧艦隊旗艦、「駿河」の艦長だった。第二次世界大戦。それは第一次世界大戦と同じ欧州を部隊にしながら、比べ物にならない奇妙な戦争だった。
第二次世界大戦での日本の本格的参戦は1941年4月22日の独ソ開戦からであった。この作戦はドイツの運命を賭けた物だった。ドイツ第3帝国はわずか9ヶ月で欧州のイギリスを除く敵対国家全てを制圧してから、フランス、ベルギー、デンマーク、ノルウェーの国土を返還するという9ヶ月の努力を全く無駄にすると言割れても過言ではない行動をした。
もっともこれは前と後ろに敵を作った第一次世界大戦の教訓と、対ソ連に全力を尽くすためと言われている。そして皮肉なことに、今度はソ連が前と後ろに敵を作ることとなった。日本だけではない。1920年から極東ロシアにあった、ソビエトにとって忌々しい国のことである。
1917年、ある1人の男が革命を裏切った。彼の名はミハイル・トハチェフスキー。わずか24歳で一個軍団長を任せられるに至り、後に「ロシアのナポレオン」と呼ばれる男であった。彼は自分の部下全員にある計画を話した。それに部下達は戸惑ったが、彼の天才的な演説により、部下達は彼とともに付いていく決心をした。彼は部下とともにエカテリンブルグへと向かった。目的は皇帝一家の救出。彼はエカテリンブルグを強襲すると皇帝一家を奪還、東へと向かった。彼らはチェコ軍やコサック軍とともに東に逃れていった。しかし赤軍は彼らを逃す物かと追ってくる。迫る赤軍。逃げる皇帝一同。そして彼らは遂にたどり着いた。そこは日本占領区だった。
トハチェフスキーは、日本ならば我々を助けてくれるだろうと確信していた。彼は日露戦争での旅順要塞攻略の後、乃木希典がステッセルの軍法会議での減刑を求める書簡を送ったことを、皇帝ニコライ二世から聞いた。そのような国ならば我々を助けてくれるかもしれない。それにソビエト連邦が成立したら、日本は日本海を隔てて国境を接することになる。反共の防波堤としても我々は役に立つだろうから、邪険には扱わないだろうと考えた。
そして結果はその通りとなった。大日本帝国首相の原敬はこの申し入れを承諾、そして、1922年、ソ連の建国とともに、東方ロシア帝国が建国が宣言された。一説によると、1921年の原敬の暗殺犯の中岡艮一の裏には東方ロシア帝国の建国に反対する左翼団体が暗殺の黒幕と呼ばれている。
その後ロシアは日本、ドイツとともにソ連を倒し、ウクライナ、ベラルーシ、バルト地方をドイツに譲ったものの、それ以外の領土を奪還した。その戦争で彼は欧州に派遣された艦隊の旗艦の艦長を務めた。
そして数日前、彼は新しい戦艦の艦長に任命された。
「「越後」か。」
彼は巨大と言うには足りない戦艦の中に居る。
全長310メートル、45口径51センチ3連装砲3基装備、基準排水量10万トン、速力30ノット。世界最大最強の戦艦であり、連合艦隊旗艦である。これほどの戦艦艦長を努められる喜びがあろうか!
しかし、彼にはもうひとつのうれしいことがある。彼は一人きりで「越後」の艦橋にいた。その時、後ろでぼうっと光がした。
「こんにちは、艦長マスター
「こんにちは、「越後」」

同年 9月11日 アメリカ合衆国 ニューヨーク

誰もが自分たちの目の前には信じられない後景が広がっていた。彼らはマンハッタン島からリバティー島を見ていた。ということは目の前にはアメリカ合衆国の名物、そして世界に誇るニューヨークのシンボル、自由の女神が誇りとともに立ち誇っているはずである。
しかしそれは見えなかった。自由の女神が立っているはずのリバティー島には誇りではなく埃、いや巨大な煙しかなかった。理由は簡単、数分前になぞの爆発とともに砕け散ってしまったからである。誰もがパニックに陥っていた。そして数時間後、アメリカ合衆国の首都、ワシントンDCの国会議事堂で大爆発が起き、左半分が吹き飛んだと言う報告を知ると、それは頂点に達した。

同年 数時間後 大日本帝国 東京 統合軍本部

夢であった。それはまさに夢であった。
「投弾用意!」
スターリングラード上空。集められるだけの爆撃機が天にあった。
零式重爆撃機「連山」60機。爆弾を最大で4トン搭載。当時大日本帝国の保有する最大の爆撃機である。240トンの爆弾がスターリングラード市に降り注ごうとしている。
帝国空軍欧州派遣戦略爆撃集団隊長、天宮慶治は「連山」機内で意気揚々としていた。彼は帝国空軍内で狂信的な戦略爆撃主義者であった。これがこのたびの停滞したスターリングラード攻防戦の幕引きのため、この都市の全域の爆撃を開始しようとしていた。
「さあ、最後だぜ、大魔王スターリンさんよ」
彼は思わずつぶやいた。
「投弾開始!」
何百もの爆弾が町に降り注いでいる。多くの犠牲者が出るだろう、と思った。しかし、すぐに忘れた。もともと戦争のルールを破ったのは向こうだ。だから向こうが悪い。元々戦争自体罪深い行為なのだ。
強烈な反共主義者でもある彼はそう考えると思考をやめた。
このビルの多い町では向こうの歩兵が隠れられる分有利だ。そのビルが無くなればだいぶ有利になるだろう。そう考えながら爆撃を続けた。
ああ、燃えている。

 

「中将」
呼ばれて目が覚めた。ああ、いけない、一年以上前の夢を見ていた。結果としてスターリングラードの戦略的価値を無くし、進撃スピードを速め、日独露三国の兵士から感謝され、今こうして戦略航空軍司令官になれた事につながる事の夢だ。
「何だね、松岡君」
目の前にいる松岡孝典参謀長に声をかけた。ああ、何でそんなに青い顔をしているのかね。
「アメリカで大規模なテロです。ニューヨークの自由の女神が崩壊、ワシントンDCの国会議事堂が大きな被害を受けた模様です。」
「な・・・」
さすがの私も絶句するしかなかった。
「これから緊急の会議が開かれます、長官もすぐに。」
「ああ、わかった」
会議に向かう途中、頭の中でそのテロの犯人を考えていた。まさか我が国ではないだろうそんなことをするメリットもないし、第一不可能だ。ドイツも同じである。イギリス、フランス、ロシア、イタリア。思いつく全ての国を挙げてみたが、理由が思いつかない。
まさか。
私の頭に「自作自演」の四文字が浮かんだ。んなあほな。いや、あの国ならやりかねん。ルシタニア号の前科がある。第一あの国はスターリングラードの爆撃を「大虐殺」と書きソ連を援助していた国だ。俺のことを侮辱し共産主義国家を応援していた国家ならやりかねん。
私はそんな不謹慎なことを考えていたから、空軍長官の塚原二四三殿に話しかけられたことも、分からなかった。

    資料  アメリカ同時多発テロについて
    1943年9月11日8月15日、ニューヨーク市リバティー島にあるアメリカ合衆国のシンボル、自由の女神が突然爆破され崩壊、さらにその日の9時43分、首都ワシントンDCの国会議事堂の左側が爆破され、合計200名以上が死亡した事件。
    この事件を合衆国第32代大統領、フランクリン・D・ルーズベルトは日本とドイツがこの事件の黒幕と決め付け、日本とドイツとの戦争反対であった合衆国世論も激化し、即座の報復を叫んだ。
    尚このときはやったスローガンが「リメンバー・セプテンバー11」である。
    しかしこの事件が日独の仕業であると言う証拠は何も無く、両国とも事件解決に向けて努力したが、その努力も空しく、1943年12月8日、アメリカ合衆国は日本及びドイツに対して開戦することになる。
    その後アメリカ合衆国が敗戦した後1947年、ワシントンDCのCIA本部からフランクリン・ルーズベルト大統領からCIA長官フーバーへの命令書に自由の女神及び国会議事堂の爆破命令が記された命令書が発見された。これによりアメリカ同時多発テロの犯人がアメリカ自身であると言う衝撃的事実が明らかになった。しかし合衆国の一部ではこれはイギリス、ドイツの捏造であると言う陰謀論も根強い。
    以上 「世界大戦の半世紀」(大日本皇国書房発行)より抜粋

第二話「紅く燃ゆる太平洋」に続く・・・









あとがき
「うむ、見事なまでの電波だ」

「ゆーな!」

「とりあえず設定を言っておけ」

「ああ、とりあえず2006年の段階でアメリカは3つの国に分かれている。1943年時点ではソビエトが消滅してロシア帝国が復活している。ナチはベルギー、デンマーク、ノルウェー、ウクライナ、ベラルーシあたりを占領している。フランスは領土を返還してもらっている。英仏と独伊の関係は良好で、あと八八艦隊とダニエルズプランも実行されていて、それと同時に日本の国力も強化されている。このあたりの細かい設定はは後でADONーk閣下に送ってアップしていただく。」

「いくら妄想火葬戦記でも酷くないか?」

「ファビョーン!」

「・・・一七分割。」

「ぐふっ!」

「えー、作者に代わっていっておくが、あまりにも酷いといった場合は見ない方がいい。たぶん半分は妄想電波になるからな。但し謝罪と賠償は受け付けられん。もし楽しんでくれたら幸いだ。もしアドバイスなどがあったら遠慮せずに言ってくれ。あ、あとちゃんと「反日呆談」の方も続けるからな。」

「ありがとな、ニセ両義ぐっふ!!(死点を突かれる)」

「それでは諸君、また会おう。・・・四式、私は、お前をムッコロスしたい」

「助けて荒屋ソ連〜(涙)」


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