☆鉄血の海神☆


第2話 「紅く燃ゆる太平洋」

1943年10月18日 大日本帝国 神奈川県 横須賀 戦艦「越後」艦上

「もう戦争は避けられないのですか?」
悲しげに彼女が言った。
彼女は「越後」と言う。私の乗っている戦艦と同じ名前だ。それは無関係ではない。
なぜなら彼女はこの戦艦、「越後」の聖霊だからだ。彼女は船魂と言っている。
始めは私も悪い冗談だと思った。しかし副長の大沢巴中佐が同じような事を言い出したことから私も信じることになった。
彼女は気にいった人間にしか姿を見せないらしい。
「ああ」
返事をする。あの9・11テロ以降ただでさえ最悪であった日米関係は最悪を連日更新している。フランクリン・ルーズベルト大統領は日本とドイツをテロの共犯として連日糾弾している。米国本土では日系人に対するリンチが続発し、貿易面でも全面的な停止が行われてしまいそうだ。さらに日本が国民党とともに共産党と戦っているシナ大陸に対しても共産党に対する援助だけでなく、大陸からの全面撤退を要求している。それだけでなく、日独露三国同盟の廃止も求めている。
「私は戦いたくありません」
越後は言う。おかしい話だ。彼女は戦うために生み出された兵器だ。それが戦いたくありませんと言うとは。
「そうだね」
返事をする。そうは言っても、私も同じだ。
「防人の思いは今でも同じだよ」
私、帝国海軍戦艦「越後」艦長、立花信介に出来ることは、彼女を慰めるように彼女の黒髪が綺麗な頭をなでてあげるぐらいしか出来なかった。
この日、戦争回避の態度が不足していた近衛内閣が総辞職し、幣原喜重郎が内閣総理大臣が首相に選ばれた。統合軍大臣には引き続き元海軍の米内光政が、外務大臣には重光葵が選ばれた。

同日 アメリカ合衆国 オアフ島 真珠湾

海面を切って、十隻の戦艦が到着した。先頭を切るのは高速戦艦「ヴァーモンド」である。横浜、ロンドン両軍縮条約を終えたアメリカ海軍の建造した初の戦艦である。レキシントン級に匹敵する33ノットで移動し、サウスダコタ級に匹敵する砲撃力を持つ戦艦である。その後には同型艦、「ニュージャージー」「ミズーリ」「ウィスコンシン」「イリノイ」「ケンタッキー」が親を慕う子のように付いている。

その後に続くのは「コロラド」級戦艦、「コロラド」「メリーランド」「ウェストヴァージニア」「ワシントン」の4隻である。ダニエルズプランの先頭を切って建造されたアメリカ合衆国初の16インチ戦艦である。
それを迎えるため、太平洋艦隊の戦艦群がそろっている。「オハイオ」級、「サウスダコタ」級、「レキシントン」級戦艦及び巡洋戦艦、16隻。これに今回大西洋艦隊からやってきた「ヴァーモンド」級、「コロラド」級を合わせると26隻の16インチ戦艦がそろったことになる。さらに旧式戦艦に匹敵する巡洋艦のような「アラスカ」級巡洋戦艦もある。これで戦線に出る戦艦は合計32隻。対する日本は26隻。18,20インチ戦艦こそないが、こっちの16インチ戦艦は20隻が長砲身である。負ける気はしない。 さらに90機の搭載力を持つ「ヨークタウン」級空母、さらに無数の巡洋艦、駆逐艦かそろっている。完璧だ。しかし油断は禁物だ。
そんなことを考えながら「オハイオ」の艦橋からはるばる大西洋からきた戦艦を見つめる男がいた。アメリカ合衆国太平洋艦隊司令長官、ハズバンド・キンメルである。
「これだけあれば」
独りでにつぶやいた。参謀長である、ウィリアム・スミスが続ける。
「連合艦隊なにするものだ、ですね。」
これほどの艦隊を指揮できることに、2人とも喜びを隠しきれない。
「長官、この戦力さえあれば日本の艦隊は完膚なきまでたたきませますよ。間違いありません。」
「油断は禁物だよ、スミス君。」
静かに、しかししっかりとキンメルはスミスをたしなめた。
「この艦隊をバルチック艦隊の二の舞にしたくないのならね。」

 

 

 

 

同年12月1日 大日本帝国 東京 市ヶ谷 統合軍省ビル

重い。重い。重い。空気が重い。ここには連合艦隊の全ての軍艦の重量よりも重い空気があった。ここには6つの席が用意されていた。
統合軍大臣米内光政、陸軍長官石原莞爾、空軍長官塚原二四三、海軍長官山本五十六、軍需大臣岸信介、そして内閣総理大臣幣原喜重郎。
その6人が集まっていると言うことは戦争開始時の準備と言うことであった。
この日、ついに開戦が決定した。もはや非戦は不可能。非戦への唯一の道であるハル・ノートは受け入れれば海洋貿易国家である大日本帝国には致命傷となる。行くも地獄、引くも地獄。
「陸軍はもし開戦となったらどうなりますか」
幣原が石原に聞いた。
「ご心配には及びません」
石原が言った。
「必ず負けます」
場の空気がさらに重くなった。これは石原流のジョークだったのだが。
「失礼しました。本題に入ります。陸軍はハワイあたりまでなら制圧は出来ます。しかしながらアラスカやアメリカ本土と言うことになるとわが国単独では無理でしょう。それに先ほどのハワイなども海軍次第となります。」
そう言うと彼は山本を見た。
「それでは海軍はどうですか」
幣原は続いて山本に話をふった。
「海軍は最も厳しい戦いとなるでしょう。」
厳しい声で山本は答えた。
「海軍は1年や2年は思う存分暴れて見せますが,その後は何とも言えません」
ふむ、と言った表情で幣原は見た。
「現在アメリカ合衆国太平洋艦隊には合衆国の主力戦艦全てがそろっております。初戦でどれだけつぶせるかが問題です。」
「それでは空軍は」
幣原は続いて塚原に話をふった。
「空軍も同様の状況です。」
と、塚原は喜ばしくない内容の返事をした。
「岸さん、経済のほうは」
最後に彼は岸信介に聞いた
。 「恐らく経済は五年が限界でしょう。それ以上は国民がもちません。」
空気のこわばりは、最高状態になった。戦争は避けられない。ならば出来るだけ短期で終わらせるしかない。しかしテロで怒り狂ったアメリカ国民は恐らく日本を絶対に許さないであろう。
幸いなのはアメリカに味方する国家がほとんどないことだ。欧州各国とアメリカの間の溝は第1次大戦以来深い。恐らく味方するのはアメリカの傀儡であるパナマやキューバぐらいのものだ。しかしアメリカのみでも世界の主要国の二つや三つを一度に相手取って互角に戦うことが出来る。
太平洋の暗雲は、暗くなることはあっても、晴れることはしばらくなさそうであった。

同年12月3日 北海 大英帝国 戦艦「キングジョージX世」艦上

「いやはや、うらやましいものですな、チャーチル卿。」
上機嫌で戦艦内部を歩き回っている男が、第1次世界大戦の敗北で没落したドイツを欧州最強の国家にまでにした男であるとは、誰が想像できるだろう。
彼はドイツ第三帝国総統、チョビ髭伍長アドルフ・ヒトラーである。彼が興奮するのも無理ではない。現在彼が推し進めている艦隊計画、Z計画でさえ、彼の乗っている「キングジョージX世」に対抗できるのは「ビスマルク」級、「グロースドイッチェラント」級戦艦及び「クラウゼヴィッツ」級巡洋戦艦ぐらいである。
Z計画の戦艦は今だ「クラウゼヴィッツ」級三番艦「ファルケンハイン」が完成せず、「グロースドイッチェラント」級にいたってはようやく二番艦、「フリードリヒデァグロッセ」が竣工したばかりである。最終艦の「ウィステルバッハ」が完成するのは46年の予定である。しかしドイツはまもなくアメリカとの戦争に出向かなければいけない。しかし彼は序盤から艦隊を出撃しようとは思わなかった。ドイツが取るのは潜水艦による通商破壊作戦である。それもカリブ海、メキシコ湾と言ったところである。
「喜んで頂いて光栄ですな、ヒトラー総統。」
答えた人物は大英帝国首相、ウインストン・チャーチルである。
彼の手元にある艦隊は欧州最強のロイヤル・ネイビーである。16インチ砲戦艦「キングジョージX世」級、「ネルソン」級に16インチ砲巡洋戦艦「インヴィンシブル」級 、さらに18インチ砲巡洋戦艦「ライオン」級が3隻竣工しており、最終艦「サンダラー」も竣工寸前である。それだけでなく、日本の「大和」級、アメリカの「オハイオ」級、ドイツの「グロースドイッチェラント」級を上回る18インチ砲戦艦「セントアンドリュー」級も建造が開始されている。
「空母が多数あるのもすばらしい。」
そういいながらヒトラーはともに行動をともにしている空母「ヴィクトリアス」を見た。現在Z計画では空母3隻の建造が計画されているが、今だどれも竣工には至っていない。
「それでは、本題へと入りますかな」
チャーチルがヒトラ−のほうを向いた。
「貴国は合衆国との戦争について、わが国に何をお望みですかな?」
見透かしたようにヒトラーに言う。
「いやはや、まいりましたな」
照れるように頭を掻くヒトラー。しかしその目は笑っていない。
「アメリカは戦力の大半を太平洋に集中します。ならば大西洋はがら空き。貴国の海軍力なら…………」
「申し訳ない、わが国にも戦争を望まない勢力は多いのです」
チャーチルは心底残念そうな顔をした。
「しかし戦況によりますな」
「つまりは極東の同盟国次第」
「ええ、ハワイ辺りは何とかしていただけないといけませんな」
後に北海会談と呼ばれる会談は、イギリスの戦況の経過による参戦が約束された。
翌日のアメリカの大手新聞の風刺漫画には、軍艦の上で笑いながら話し合う狐と狸、それを東から見る醜い猿の姿が書かれていた。

同年12月7日 広島県 呉

「第1水雷戦隊、出港します」
立花艦長は発光信号を送る軽巡洋艦、「阿賀野」を見た。続いて出港していくのは最新鋭重巡洋艦「葛城」級重巡洋艦で編成された第八戦隊である。
「艦長」第一艦隊司令長官、近藤信竹中将が呼んだ。この艦は連合艦隊の旗艦であるが、連合艦隊司令長官である古賀峰一大将はこの艦には乗っていない。連合艦隊司令部は神奈川の日吉の陸地に移った。この方が
「出港しようか」
「両舷前進微速」指示から少し立ち機関が動く。10万tの世界最大の軍艦がまるでヤマタノオロチが叫ぶような音を立てて動く。それを追いかけるように、第二艦隊の「大和」級戦艦四隻、第四戦隊の「紀伊」級戦艦四隻、第六戦隊の「長門」級戦艦二隻、「加賀」級戦艦二隻が始動していく。それはまさに、東洋の大国が誇る鋼鉄のサムライ達の出陣であった。
艦橋から近藤長官は降りた。この場には立花と大沢副長しかいない。
「艦長(マスター)」
「越後」が立花の前に姿を表した。
「どうした」やさしく返事をする。
「不安なのです」
「どう言うことだ」大沢が「越後」に聞いた
。 「私達のうち、何隻が生き残れるか」
「…………八八艦隊の内沈む艦が出てくるということか」緊張して大沢が言う。
「……はい」
「……安心しろ。」
えっ、と言う表情で「越後」が立花の方を向く。
「お前は、俺達が死なせない」
「…マスター」
二人の姿が近づく。色々な意味で見ていられなくなった大沢は、艦橋を降りていった。

同年12月8日(日本時間7日) アメリカ合衆国 ワシントンDC アメリカ国務省

「ミスター・ノムラ、本当によろしいのですか?」
アメリカ合衆国国務長官、コーデル・ハルは全権大使、野村吉三郎に向かって言った。
「これで貴国はテロリストを匿い、わが国と戦うこととなりますよ」
「申し訳ありませんが、この戦争はわが国が望んだものではありません」
むっ、と言った顔でハルは野村を見た。
「では、どの国が望んだと?」
「それは恐らくテロリストとその黒幕…とでも言っておきましょう」
そのまま、野村は最後通告に入った。
「本日12月8日午前2時30分、我が大日本帝国はアメリカ合州国に宣戦を布告いたします。」

同年12月7日 アメリカ合衆国領 ウェーク島

日本の対米攻撃の第1段は艦隊決戦でなく、航空機による攻撃であった。ここウェーク島でもそうであった。天高く進入してきた戦術航空軍所属、零式重爆撃機「連山」14機は次々と爆弾を投下し、島をフライパンで焼かれたハンバーグのような惨状にした。基地に配備されているF6F「ヘルキャット」戦闘機が飛び立つまもなく木っ端微塵に粉砕された。燃料タンクが吹き飛び、滑走路が穴だらけになり、格納庫は中から爆砕された。「ヘルキャット」は一機も飛び立つまもなく消し飛んだ。
このような惨状はウェーク島のみならず、「連山」の航続距離にあるフィリピンでも繰り広げられていた。そして、北米大陸そのものをもそのようにしようとしていた。

第三話「太平洋大海戦・前編」に続く・・・


次へ TOPへ