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中央教育審議会第216回総会 (議事録)

 議 事 録

 平成10年3月27日(金)12:30〜14:30
 霞が関東京會舘  35階  ゴールドスタールーム


  1.開  会
  2.議  題
     今後の地方教育行政の在り方について 
  3.閉  会


  出 席 者

  委 員              事務局
   有馬会長             町村文部大臣
   河野座長             狩野文部政務次官
   木村座長             佐藤事務次官
   薄田委員             坂本審議官(生涯学習局担当)
   沖原委員             辻村初等中等教育局長
   河合委員             御手洗教育助成局長
   川口委員             高 審議官(高等教育局担当)
   國分委員             富岡総務審議官
   坂元委員             杉浦政策課長
   田村委員             その他関係官
   土田委員
   永井委員
   根本委員
   横山委員


○ きょうは、お忙しいところをお集まりいただきましてありがとうございます。
  ただいまから、中央教育審議会第216回の総会を開催いたします。
  本日は、「今後の地方教育行政の在り方について」中間報告を文部大臣に御提出いたすことにしております。
  そこで、今から中間報告を大臣にお渡し申し上げたいと思います。よろしくお願いいたします。

     〔有馬会長から町村文部大臣に中間報告を手交〕(拍手)

○町村文部大臣  御苦労さまでございました。本当にどうもありがとうございます。委員の皆様方もありがとうございました。

○ それでは、町村文部大臣から御挨拶を賜りたいと思います。よろしくお願いいたします。

○町村文部大臣  委員の皆様、大変お忙しい中を御苦労さまでございます。ただいま有馬会長から、「今後の地方教育行政の在り方について」中間報告をいただきました。
 大変にお忙しい委員の皆様方には、昨年の9月以来、数多くの会合を重ねていただき、現場に赴いていただいたり、あるいはヒアリングをしていただいたり、非常に精力的に幅広い観点から御審議をいただき、お取りまとめいただきましたことを心から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
 今さら申し上げるまでもないわけでございますが、地方教育行政制度は、戦後新たな装いになり、ことしで教育委員会制度ができて50年という節目の年になるわけでございますけれども、大きな教育改革を進めるという中にありまして、地方分権をさらに一層進めよう。そして、学校の現場に生き生きとした活力を取り戻したいということで、大きな方向をお示しいただきましたことに感謝を申し上げるわけであります。
 昨年の9月の諮問以降、特に本年に入りまして、いろいろな事件が起き、ある意味では大変衝撃も受けておりますけれども、逆に学校現場の在り方とか、地方教育行政の在り方とか、あるいは教育制度の在り方、あるいは文部省の在り方、そうしたことについての関心や批判やら、いろいろな面で内外からの要請が強まっているということを、改めて今、強く感じているところでございます。それだけにこの中間報告、そして6月ごろにはおまとめをいただければと思っておりますが、最終報告に対する期待もまた大変強いものがあると、こう私は受けとめているわけでございます。
 したがいまして、今回は、この報告の前半部分を中心にお取りまとめをいただいたと聞いておりますけれども、これだけ大きな関心と世論の高まりがある中でございますので、最終報告に向けて、既にかなり議論をしていただいた部分も含めまして、より一層の文部省のスリム化でありますとか、あるいは地方への権限の委譲でありますとか、そして最終的には学校の現場にいろいろな決定権をいかに移していくかということにつきまして、より一層の御審議をいただきたい。まだ中間報告ですからやむを得ないと思いますが、まだまだ具体化をしていく部分もあるのではなかろうかと思っているところであります。文部省の中でもさらに議論を深めて、また皆様方の御審議をいただく素材を、これから限られた時間の中でありますが、私どもも提供させていただきたいと思っております。
 どうぞひとつ、お忙しい委員の皆様方には恐縮でございますが、6月ごろのお取りまとめということで、さらなる御協力を賜りますように心からお願いを申し上げ、本当に短時間の間にこれだけすばらしい中間報告、大きな方向を示していただきましたことに、もう一度心から感謝を申し上げまして、一言御挨拶にいたします。どうもありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。(拍手)

○ どうもありがとうございました。
  それでは、文部政務次官に新たに御就任になられました狩野先生に、御就任の御挨拶も兼ねて御挨拶を賜りたいと思います。よろしくお願いいたします。

○狩野文部政務次官  このたび文部政務次官に就任いたしました狩野安でございます。
 本日、中央教育審議会に初めて出席させていただきまして、お許しをいただきまして、一言御挨拶を申し上げます。
 委員の皆様方におかれましては、本日、中間報告をいただいた「今後の地方教育行政の在り方」と、「幼児期からの心の教育の在り方」という大変重要な二つのテーマについて、精力的に御審議をいただき、深く感謝申し上げます。
 本日の中間報告については、教育行政における国の役割を明確化するとともに、各学校で創意工夫を生かした特色ある教育活動が活発に展開されるよう、様々な制度改正等について大変貴重な提言をいただいたものと考えております。4月以降も、さらに審議が深まることを期待いたしまして、私の御挨拶といたします。ありがとうございました。

○ お配りした資料の中にありますようなお願いの文章を出したいと思っておりますので、お許しいただければ幸いでございます。御了承賜れますでしょうか。ありがとうございました。
 それでは、中間報告の提出に当たりまして、各委員から、本中間報告に関する全体的な御感想や4月以降の審議に期待されますことなどについて、御意見をいただきたいと思います。きょうは、ここで中間報告を大臣にお渡ししたところでございますので、各委員皆様方から御意見をお聞きしたいので、よろしくお願いをいたします。

○ 分科会のほうではいろいろな意見をきちっとまとめていただきまして、すばらしいものになったと思っております。この間の24日の会議の中でも、私も言いましたし、いろんな方からも出たんですけれども、これに携わっている人にはわかりやすいのかもしれないけれども、携わっていない一般の人にこういうことを知ってもらうためには、まだまだ難し過ぎるのではないか。もう少しわかりやすさが必要ではないだろうかということと、検討が必要だということがいろいろありますけれども、そういう中にも、一般の社会の人々にわかりやすいようにということを入れていただければ、隔絶されたところで行われるのではなくて、みんなと一緒になってやるんだということが、もっとはっきり出てくるのではないかと思っております。

○ この「地方教育行政の在り方」につきましては、今お話もありましたようですので、ちょっとそれとはそれるかと思いますけれども、今の青少年の在り方といいますか、これをそのまま放置するということはとても考えられない。このような青少年に対してどのような行政的な措置をとるか、行政の側面で青少年の健全育成にどのように取り組んだらいいかということを検討していったらいいのではないかと思います。

○ 私は、これは相当画期的なことだと思っております。本当に思い切ったことが出てきたと思うんですが、ちょっと心配しますのは、これを実行するのがなかなか大変ではないか。これは言ってみれば、校長先生の意志が相当貫徹できることになるのですが、今度は校長先生の責任がすごく重くなりますので、校長先生が、失敗がないようにと思われたら、かえって前よりも自由がなくなるようなところがありますので、そこのところをうまく運用していただきたいと思っております。

○ 教育界の外にいる人間でございますので、時折、経済活動と教育とは一体何が違うんだろうかということを考えるわけでございますけれども、経済活動について言えば、市場のディシプリンといいますか、市場が律するというところがありまして、それのベースになるのは情報公開であり、透明性があるということだと思います。経済関係でいろいろな事件がございますけれども、そういうことが起こる背景には、情報公開が十分でなかったり、透明性がなかったりということが多いのかなと思います。
 そういう観点から教育というのを見ましたときに、情報公開をもっと考える必要があるのかなという気がいたしております。私は教育界の人間ではありませんので、もちろん情報公開にはいろんな問題が伴うと思いますし、具体的にどのように情報公開が可能かというのは私はよくわかりませんけれども、情報公開なり透明性がないと、それに伴う経済界の市場のディシプリンに当たるところの世論、人が物を考えて発言していくというところが起きてこないということではないかという気がいたしております。
 特に分権化 ―これは非常に重要なことだと思いますけれども ―ということになった場合に、その主体がいろいろなことをやるわけですから、また情報公開の重要性も一段と増すわけでございまして、今後、それがどこまで可能なのかということを、情報公開の重要性、あるいは社会全体として情報公開が今重要だと考えているトレンドにかんがみ、考えていく必要があるのではないかと思うわけでございます。

○ 私は、地方教育行政に関する小委員会に属しておりましたので、多く述べることは差し控えたいと思いますけれども、教育の論理と地方分権の論理のはざまの中で、国、都道府県、市町村の行政組織、あるいは権限という、かなり専門技術的なものも含んだことを議論するので、皆さん大変苦労があったと思うんですが、座長のお骨折りでこういう形でまとまったということは大変うれしく思っております。
 ただ、「第4章」以下ですか、学校の自主性・自律性以下の問題は、方向性は出しておりますけれども、これから個別具体の議論になると、かなり難しい問題を内包しているように思います。小委員会での議論では、自主性・自律性を否定する人はほとんどおりませんけれども、そのことは同時に、学校の責任を伴う。特に校長の責任を伴うということと裏腹だと、こういう議論でございますので、責任とは子どもたちに対して、親に対して、地域に対してということになろうと思いますけれども、その辺を視点として、これから後半の議論をしていきたいと思っておりますが、大変頭の痛いことだと思っております。

○ 私も地方教育行政に関する小委員会に属させていただいておりまして、最初の討議であるとか、ヒアリングの時期には、非常に漠然とした議論で、雲をつかむようでございましたが、みなさまの御努力で、非常に筋が明確になってまいりまして、最終的には「生きる力」を育てるための教育行政のインフラ整備というところの方向が出てきたのではないかと思います。「心の教育」のほうが国民一般に向けて訴えるという性格のものに対して、こちらはプロ向きのもので、それなりにきちっとまとまっているのではないかと思っているわけでございます。
 今後、答申に向かいまして、各教育委員会とか、学校とか、地域とか、あるいは首長部局からの反応があって、これに基づいて文部省はもちろんそうですけれども、各地域が実行に向けてのシナリオを構想してくださるようなことも始めていただけるといいなと。それによって、校長さんもさることながら、それぞれの先生方が主体的に活動できるようになっていただきたいと思っております。

○ 大変いいまとめをしていただきましたことを、まずもって御礼申し上げます。地方教育行政に関する小委員会のほうに属しておりましたので、既に小委員会の中でいろいろとお話し申し上げておりますので、特に申し上げることもないんですが、現場にいる人間という立場で言いますと、きょうはほかに先生方がお見えになっていませんので、現場の空気を申し上げますと、実態から言うと、この中教審のこの答申には関心が既になくて、教課審のほうに関心が移っているという現状でございます。
 ただ、この中間報告の中で明らかに示されていますように、教課審についてはなるだけ細かく書かないという基本があって、裁量の余地を増やそうという考え方で議論を進めているわけですが、この地方教育行政に関する小委員会はできるだけ詳しく書こうと。全く違う立場になるわけです。それは現場が関心がないということを象徴的にあらわしてくれていると思うんですが、従来であれば、こういうことはどなたか偉い人が決めてくれるというふうに、現場は考えているわけです。皮肉なことを言いますと、自主性・自律性がない人が校長になりやすかったりするわけです。そういう空気を、この答申がひっくり返せるのかどうかということにかかっているわけです。教課審があまり書かないという書き方で進めていく、こっちはうんと書くということでやるということで、早くそれに現場が対応しなければいけないなというのが、今の私の率直な感じでございます。しかし、大変やりがいのある大事なところにきているという率直な感じを持っております。ですから、4月からの議論がすごく大事だと思っております。

○ 私は幼児教育委員会所属なので、経緯をよく存じませんでしたが、本日拝見いたしましてすばらしい内容になっておりますのを大変に喜んでおります。
 適切な教育行政や、あるいは在り方の見直しが最も重要というご意見は異口同音にお話が出ていたわけでございます。一般的な言い方になりますが、学校の先生が指導要領依存型の方達ばかりとなりますと、結果として新しい方向づけを展開するのが臆病になる。指導要領がなければ何もできないことになる。今度の改革提案を拝見いたしますと、とりあえずこれでいきましょうという具体的な御提案になっており、一応申し分ない内容と思っております。
 何もかも学校の中へ取り込んで、体育、ランニングやマラソンのたぐいから、あるいは社会活動といいますか、演劇その他、生徒会活動からボランティアまで何でも学校へ取り込んでいる現状、あるいは流れが厳然としてあるわけです。それが結果として教育の焦点を不明確にしている、そういう言い方もできるのではないかと思うわけで、こういう意味で、制度見直しという内容が、現行教育の実態の本質あるいは本来あるべき姿から少しずれているのでそれをもとへ戻す、あるいは新しい良い方向へ戻すことが一番大事だという
主張が入ってきた。特に国や地方の上級組織からの枠にはめるための干渉、あるいは偏向した主張に影響されるのをできるだけ排除して、各々の段階の行政の役割分担を明確にするという具体的な提案となっております。そして、先ほども御議論がございましたように、自主や自律の確立ということは、小単位の組織、つまり各個の学校の責任者、あるいは学校そのものが、また、責任者だけではなく全体がそれぞれの責任を明確にして推進することの大切さを御指摘いただけました。
 もう一つは、俗な言葉で言いますと、「おんぶにだっこ方式」とでも言うのでしょうか、これが現在教育の流れになっているのではないか。つまり行政的あるいは財政的な助成に依存し過ぎているのではないか。もちろん助成は極めて大事なことでありまして、それがなければ何もできないわけですが、先生が発想やあるいはそれを具体的に実施する場合、自発的に御関与いただくについて、社会的アピールだけではなく、一番基本の学習の問題についても工夫を凝らして頂くことが大事と思っております。これらの問題についてもやんわり御指摘いただいているように存じますので、大変よかったと思います。最終まとめの段階で更に、これらの諸点を強調していただければありがたいと思います。

○ 私、地方教育行政に関する小委員会のときからかかわっておりましたので、
その線に沿って大体まとめられたと思いますが、しかし、文言などは十分によく検討されたと存じます。
 ただ、「第4章」以降がどうなるかということは、かなり大きなポイントだろうと思います。今後の審議でこの辺は頑張らなくてはならないところかなと考えております。
アメリカに10日ばかりまた行ってまいりましたけれども、アメリカでも公教育というのが、とうとうたる私学化への流れの中でどう踏みとどまるかということが非常に大きな問題でございます。中教審ではこの程度ぐらいしか書けないんだろうと思いますが、これからどのようにイメージするのか。新しいイメージを私は個人的には持っておりますんですが、しかし、一歩一歩というところだろうと思います。制度改正になるところと、そうでなくて、学校自体がなかなか踏み切れなかったところと、両方をこの文章の中では盛り込んでいると思います。ですから、今までなぜ縛られるというふうに皆さんが考えていらしたのか不思議だったことが、ある程度クリアになったかなと思います。
 それから、「中間報告案のポイント」というところで、非常に明確にまとめておられると思います。「3」「4」「5」、この辺のところを地域でよく考えて、私どももこうやって議論する一方、ボトムアップで、いろんな討論が下のほうから上がってくるようだとありがたいと考えております。

○ 私は、31日の「心の教育の在り方」のほうにはどうしても出られませんので、それを含めまして、大臣も御出席なので、若干私の考えを述べさせていただきます。
 今回、「幼児期からの心の教育の在り方」というテーマと「地方教育行政の在り方」、この二つを取り上げておられるわけでございますが、後者のほうはややインフラ的な観点でございまして、何といっても大事なのは「幼児期からの心の教育の在り方」、これが根本だと思うんです。一方におきまして、家庭と学校と地域社会と国家という系譜の中で、いかにして学校を活性化させるのか。そこで、地域社会との問題が出てきていると思います。一方において、家庭もいかにして学校の活性化に関与していくのかという視点が絶対に必要だと思います。
 一方におきまして、昨今の行政改革、その他を見ておりますと、「中央」から「地方」へ、「官」から「民」へという大きな流れがあるわけで、その流れの中でこのテーマが問題になっていると思います。今もちょっと御指摘がありましたけれども、私は見ておりまして、最近の事件は、これはみんな公立の学校で起きているんですね。私立の学校では事件はほとんど起きていないのではないでしょうか。
 前回、私は申し上げましたけれども、極端なことを言えば、公立学校を全部民営化したらどうだという非常に乱暴なことを申し上げたんでございますが、考えてみますと、公立の学校というのはそれぞれの地域の独占の上にあぐらをかいておる。そこには競争がない。そして、一方において先生方は公務員として身分保障されておる。ところが、私立のほうは競争があり、かつこれは私はぜひやっていただきたいと思っておりますが、中高一貫教育を実施している学校もあるという事を考えますと、私立の学校のよさをいかにして公立の制度に取り入れるかという視点も私は必要ではないかと思っております。
 それから、家庭の問題につきましては、前回も私は申し上げましたが、絶対に必要なのは父親の関与でございます。これは我が身反省して言っているわけでございます。
 ペアレンツデーというのをイギリスでは日曜日に実施しておりますけれども、お父さんが子どもの教育に関与しなかったら絶対にだめだということを文部省がいろんな意味で文部省が発信していただいたらどうかと思っています。
 最後になりますけれども、経済界から私見ておりましても、市場主義でいくんだと、今、世の中は大勢になっておりますが、私は絶対に市場万能論者ではございません。そこにおのずから道徳的な規制と秩序がなければ市場は崩壊する。だから、欲望が正義だというような風潮が、世の中に残念ながら蔓延しているのです。しかも、ここでも問題になりましたけれども、情報通信革命が進行して小さい子どもにパソコンなどを教えていく。これは確かにコミュニケーションをネットワークでつなぐということで、いい面もありますけれども、一方においてバーチャルリアリティーの世界にあまりにも沈潜してしまうと、どうしても人間性が疎外されていく。だから、21世紀に向かって、今後非常に大きくなっていく市場というものの化け物と、情報通信革命の秘めている影の部分を、教育の面でも十二分に気をつけないと、本当に人間性が疎外されるようなことになるのではないかと私は思っております。
 前回も申し上げましたけれども、「心の教育」のほうの中間報告は、内容的に大変立派なものができておりまして、事務局は100万部ぐらいというお話でございましたが、大臣、私は3,000万部ぐらい、補正予算かなんか組まれて、あらゆるメディアを通して、あの立派な中間報告をぜひ国民にPRしていただきたい。大臣が直接国民にお話しになるような機会をぜひお持ちになるとよろしいかと思います。

○ 私もこの地方教育行政に関する小委員会に所属していましたので、私の意見は10数回の小委員会の中で述べさせていただいたし、基本的には方向として、時に少数意見の場合もありましたけれども、大筋においてうまく入れられているという意味では、大変よくできた中間報告だというのが全体的な私の受けとめ方ですが、特に私は二つぐらいの点で、非常に画期的だというふうに評価をしているわけです。
 その一つは、地方教育行政の在り方等について、臨教審の時代からずっと議論されてきていますけれども、大体、臨教審からの議論は、その後の議論も含めて、教育委員会の活性化というのが一つのキーワードみたいになっていましたが、今回の場合は、先生方からもいろいろ出ましたけれども、学校をどう活性化するか、一人一人の教職員、子どもが生き生きとして、学校教育がよみがえるような形にするために、教育委員会の学校への関与の在り方をかなり見直して、裁量権を学校にできるだけ移していくという点で、教育委員会はもちろん活性化しなければいけませんけれども、今回は学校の活性化に焦点が当たっているという意味で、これまでの過去の議論よりは ―これは時代的な要請があることももちろんですけれども、方向として画期的ではないかということです。
 二つ目は特色ある学校づくり、個性重視ということから、教育課程行政を変えていくという意味で、国の基準設定という権限を一方できちっと認めた上で、どうやって個々の学校がカリキュラム編成上の裁量を発揮していくか。その意味で、文部省と一定距離を置いて、カリキュラムセンターを中央だけでなくて、今後は地方にもつくっていくという方向が出されていますので、二つの意味で、私は非常に画期的だと思います。
 ただ、若干危惧をされている方がありますように、このことは学校のある意味で自己決定権があると同時に、自己責任が伴わなければ実体化しないわけでありますから、その点で、一人一人の教職員の意識もきちっと変えていかなければならない。そういう意味で、議論のボトムアップで、現場のほうからもっといろんな意見が委員会にも ―「一日中教審」のときとか、あるいは小論文みたいなものとか、いろいろ出てきていますけれども、後半の審議の中で中間報告を素材にして様々な議論が出てくることを期待し、我々はそれをどう受けとめていくか。いずれにしても、「第4章」以下のところは、実効性を伴う形で具体化しないと、ある意味で絵にかいたもちに終わるという面もありますので、これからの議論が大変重要だという意味では、ほかの委員がおっしゃった点と私も同感であります。
 ただ、かなり難しい点は確かにあるんですけれども、いつかある委員から、私と他の委員の意見が基本的にはそう違っていないということで、大変期待をしている趣旨の御発言が、まとめの段階であったことを私も記憶しておりますし、かなり難しい面はあるけれども、必ずしも悲観しているわけでもありませんので、今後、ヒアリング、その他を関係団体からしながらやっていけば、国民一般の方から見ても期待の持てる最終答申になっていくのではないかという思いがしています。
 ただ、審議の進め方の中で、前にも申し上げたかと思うんですけれども、きょうも何人かの委員から、学校教育に少し距離を置いて見ておられる方々の意見は、非常に貴重な意見だと思います。ただ、小委員会に分かれていますから、なかなか御一緒して議論する場がありませんので、私も「幼児期からの心の教育」のほうについてもかなり関心を持っているんですけれども、1回のみ、先々週か総会があって意見を言って、それがその後、どのように小委員会で議論になったかというプロセスを知ることができません。時間的に忙しい委員の方々ばかりなので難しいのかもしれませんが、4月以降、それぞれの小委員会が合同ででもやって、途中で若干報告していただかないと、委員として、いろんな意味で関心が高いのでいろいろ聞かれるんですけれども、「いやあ、〈心の教育〉のほうの小委員会に属してないので、今、どんなふうになっているかと聞かれても困る」というふうに受け答えせざるを得ない面があります。16期の中教審委員としての責任を共有する立場から、ある程度相互に意見を言えるような場をつくっていただきたいということを、要望意見として申し上げておきたいと思います。

○ 今、委員の方を二つの小委員会に分けることをちょっと確かめていたんですけれども、どうしてもお出になりたければ座長にお断りくださって出ていただいてもいいのではないかと思います。特に重要な場合はですね。人数があまりにも多いものですから、御希望に沿えないようなところがありましたが。
 私はそれもそうなんだけれども、「心の教育」もそうだし、それから「地方教育行政」もそうだけれども、現場の人たちの意見をもうちょっとくみ取れないかなと思っていまして、これは行く行く全員お出にならなくても、何かの格好でもう少しボトムアップ型でいろんな意見をくみ取れないかなという希望を私は持っているんです。これは事務局とも相談をして、少し検討させていただきたいと思います。
 それから、なぜ公立学校で事件が起こって、私立で起こらないかという意見ですが、実はきのう、教育に関する有識者の会でも同じ問題が出まして、結論的には言えないのですけれども、私立は生徒を選べる。極端に言えば、父母も家庭も選べるという力を持っているわけです。公立は、この地域だったらば、この人たちは義務教育だから、どんな家庭であろうと、どんな子どもであろうと、受け入れなければならない。そこの難しさがあるわけですね。公立でまた子どもたちを選ぶべきではない。やはり公平原則、機会均等ということがありますから、選ぶわけにいかない。そこの難しさが、私立と公立とで違いがあるということを申し上げておきたいと思います。

○ 私、心の教育のほうで大変忙しかったのに加えて、途中で4ヵ月ほど英国に行かせていただいたこともありまして、地方教育行政のほうの議論に参画できなかったことを申し訳なく思っています。4ヵ月ほど英国に住んでみて、20年前と違って、英国社会がものすごく活気づいていることに驚きました。
 どうしてか、調べてみたんですが、やはりサッチャーさんなんですね。知識階級に聞いてみますと、20年前は「サッチャーさんは嫌いだ」と言っていたんですが、今は「嫌いだったけども、やはり彼女の功績だろう」ということを言っています。彼女が一番最初に手をつけたのが地方の活性化のようです。必ずしも地方分権とは言えないようですが、とにかく徹底的に地方を活性化した。ポリテクニックを大学にした政策も、結局、それまでは地方だけにポリテクニックが貢献することを期待されていたのを、英国の社会に向けて貢献しろということで、徐々に大学にしていったということなんですね。昔住んでいたところその他良く知っている地方に何カ所か行ってみましたけれども、20年前に比べて非常に元気になっています。そういうことからして結局は、地方を元気にすることがその国を元気にすることなのかなと、そんな感じを持ちました。
 ただ、その反面、国のコントロールもある意味では強くなっていまして、ナショナルカリキュラムをつくろうという動きが出始めています。それから英国の子どもたちはほかの国の子どもに比べて ―日本とは言わないところがしゃくなところですけれども、スリーRの能力が低いということで、歴史とか、地理とかやめてもいい、学校の裁量権で、基本的なスリーRだけに徹底してもいいということを文部大臣の諮問機関が言うようになっています。そういうことで、地方ということを大事にしながら、国がじっと見ているということがあります。英国はある意味では非常に激しいところで、プライマリースクール・リーグという、これはイングランドだけですけれども、全国の小学校の生徒に試験を受けさせて、その成績を全部発表するというすさまじいことをやっています。片や分権化しながら、国でそういうところを見ていく。何も英国がやっていることが全部いいとは思いませんけれども、さすがにバランスがとれている。片や権力を移しておいて、片やまた国で見るという、そういうバランスが国としてうまくいっているのではないか。だから、国全体が活気づいているのかなという気がしています。当面の流れは、我が国において先ほど大臣がおっしゃった地方分権ということかなという印象を持っております。

○ 教育の上でも地方分権が必要であろうというお話ですが、私は、ここのテーマではないけれども、やはり大臣から諮問をお受けしております「21世紀を目指した大学像」というところでも、各地区にある大学の活性化が極めて重要かとかねがね思っておりますので、今の御意見を大変興味深く伺った次第であります。
 河野座長には、おまとめをお願いいたしまして大変御苦労願いましたので、その苦労話なども加味して、どうぞ御発言をお願いいたします。

○ 申し上げるまでもなく、教育委員会制度50年、これからどうするんだということが問われている。その中で、教育改革が言われ、地方分権化ということが言われている中で、私は画期的な立派なものをまとめていただいた。ただ委員の方々に感謝するしかございません。
 このことの論議にいろいろかかわりながら、50年という節目で、これからどうするかということを考えなければならない、幾つかの問題を御論議いただきました。
 一つには、学校週5日制の完全実施を1年早めるというようなところまで考えられてきている。そのためにも、家庭と学校と地域社会の連携を何とか実現していかなければなりませんし、いじめ、登校拒否の問題、特に中学生の殺人事件等の問題がございます。そして、次に出される、中教審で取り組みました「幼児期からの心の教育の在り方について」の中で提言されているいろいろなこと、これらのことを実現していくためには、地方教育行政の在り方をここで出しているような方向に変えていって、いわばその第一線とも言うべき家庭、学校、地域を、具体的に活性化していくような地方教育行政を展開していくんだと。そのためには、地方教育行政の在り方がこれまでと大きく変わらなければならないという意味で、私は非常に画期的なものになっていると思います。
 そして、委員の方々がおっしゃいました、「第3章」までのところは具体的な改善方策を出しておりますが、その中で、私は非常に大事なことだったなと思っておりますのは、分権化ということが言われる中でも、国の果たすべき役割を明確にするということで論議が詰められていったということを、今、思い起こします。
 そして、いろんな方がおっしゃいました、これから検討されなければならない学校の自主性・自律性、そして先ほどもほかの方がおっしゃいましたが、私もできれば自主性・自律性と並んで責任性ということをぜひ打ち出しておきたかったんですが、これはこれから具体的な方策を探究していく中で出てくることであろうと思います。
 もう一つ、これまでとかく学校教育委員会と言われてきたようなものを、地域コミュニティの育成と地域振興ということとも結び合わせながら、教育委員会の在り方を追求していったことが、一つ、これからということを考えながら、大きな方向である。
 この学校の自主性の問題と地域コミュニティの育成の問題については、しばしば言われておりますように、大きな方向性を打ち出すことはできました。それにはしかし、何といっても具体的な改善の方策が示されなければ、これはどうにもならんということで、これからそのことを検討していくことになりますが、私自身はこれまでの小委員会のいろんな論議の中で、かなり具体的な方策に当たるようなものについても論じられたことがございますので、これはこれからやっていけば必ず出していけると思っているところでございます。
 前回の小委員会で、委員の方々から、4月以降の審議について、並み並みならぬ御決意と関心と意欲を示していただきました。考えてみますと、4月、5月、そして会長の意向、それから特に先ほどの大臣の御期待ですと、6月までにということで、時間がございませんが、これはそういうことでございますので、やるっきゃないということが今の心境でございますので、どうぞよろしくお願いいたします。

○ 事務局から、一言づつお願いします。

○事務局 この中間報告につきましては、できるだけ幅広くさらしていくという努力を行政としてしなくてはいけないと思いますので、また会長とも御相談しながらやりますけれども、先ほど少ないという意見もありましたが、とりあえず『文部広報』なんか特集号も100万部ぐらい刷りまして、いろんなところに……。今までのように教育委員会に5部とか何とかということではぐあい悪かろうということで、少し幅広くやります。
 それから、「心の教育」とかなりパックになっておりますので、『文部時報』など増刊号を出します。もちろんインターネットのホームページに掲載いたします。また、政府広報につきましても、大臣に御出馬いただく機会も考えたりして、議論の輪を広げたいと思います。
 それから、4月以降につきましては、公聴会とか、意見交換等、この中間報告をもとにいろんな議論をしていただく場も、これから会長とも御相談しながら進めてまいりたいと思っていますので、一生懸命やります。とりあえず御報告させていただきます。

○事務局 連日、国会でも学校教育の問題を取り上げておりまして、私が言うのも僣越かなと思うんですが、学校教育の基本のところですね、基盤。学校教育の役割とか、学校教育の在り方とか、そういう基本のところが問われている時期だと思って、私どもも深刻に受けとめております。いただいた報告でございますけれども、これをぜひ生かして、学校教育の活性化、それから子どもたちが学校に毎日行きたくなるような、月曜日が待ち遠しくなるような学校教育、学校はもっと元気を出せということで、学校教育をもっと生き生きとしたものにするように、全国の先生たちと力を合わせて頑張っていきたいと思います。そのときに、これを貴重なものとして生かさせていただきたいと思います。

○事務局 私どもの担当者も事務的なお手伝いをさせていただきまして、ここまでまとめていただきましたことを心から感謝をいたしたいと思っております。
 私ども、事柄の性格上、どうしても基本的な地方教育行政の組織及び運営に関する法律や、学校教育法の規定というものを念頭に、できるだけ地方の教育委員会、あるいは学校の関係者には、具体的な制度として、イメージとしてここが変わっていくと。その上で、運用としてどういうところが問題にされているのだということをわかってもらいたいということで、特に「心の教育」のほうと比べますと、まことに技術的な部分がございまして、一般の方から見れば、確かに全体としてわかりづらい。特にこれから学校や地域コミュニティの議論をしていく際には、学校を核にして父母あるいは地域の方々に、人づくり、子どもの育て方にどう参画してもらうかという非常に大きなテーマになりますので、最終の取りまとめの際には、もう少しわかりやすい説明資料も工夫しながらやらないと、この文章そのものをこれ以上また砕きますと、今度は一体どこをどうするのかというのがなかなかわかりづらくなるのではないかということで、少し工夫をさせていただきたいと思っております。
 それから、関係者の意見という点では、特にこれから個々具体の学校の管理の在り方をめぐってまいりますと、都道府県の教育委員会の立場、市町村の教育委員会の立場、あるいは校長会の立場、あるいは職員の中でも教員と養護教諭、あるいは栄養職員、事務職員、それぞれ皆さん方いろんな考え方がありますので、それを具体的に一つの学校運営の中の役割分担を明確にしながら、それぞれが責任を持って学校を活性化していく、どう構成していくか。さらには、学校と家庭、地域となりますと、そこはまた全く新しい提言がされておりますので、どうこなしていくか、非常に難しい問題がございます。
 審議のプロセスで、私どもこれまでも各団体の方には、担当の課長や補佐等を通じまして、逐一大まかな方向性は、今までもずうっと情報提供してきておりますけれども、審議会のほうでぜひこの中間報告をもとにして、ヒアリング、あるいは意見の提出等の形にしていただければ大変ありがたい。私どももそれとは別途、事務的に最大限意見の集約をさせていただきまして、御審議に役立てるように努力させていただきたいと思います。

○事務局 私どもこれまで現在の地方教育行政の仕組みの運営に腐心をしてきた身といたしましては、今回の大改正は大変大きな感慨を持って受けとめさせていただいているわけでございますが、恐らくは世の中では、行政システムの変更よりも、学校の活性化のほうがはるかに大きなインパクトをもって受けとめられることだろうと思っておりますし、それだけに皆様方から出ておりましたように、まさにそれを実際に実行するための具体的な手だて、「第4章」以下に対する大きな期待が膨らむところでございます。引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。
 この報告に直接かかわりませんけれども、学校を中心にこういった物事を考えてまいりますと、どうしても学校から見える世の中を中心に物を考えることになるわけでございます。したがって、学校、家庭、社会といった、地域社会を中心に考えておりまして、その外側にある社会、つまり父兄や子どもたちにとって大きなコスモスになっている会社等とのかかわりが、比較的難しい関係になっております。学校から見えるところでクローズして物が考えられているという気がしてなりません。したがって、各界と学校とのつながりについて、少しずついろんなお願いをしてきているところでございます。この点については、私どもこれからも少し意を用いていきたいと思っているということを御報告申し上げておきたいと存じます。

○ たびたび申し上げておりますように、今回の中央教育審議会で提案をしている様々な方策は、必ずしも新しいものではなかったかと思います。既に臨教審以下、ずうっと継続して議論してきたことであり、提案としてもまとまっていたと思います。しかしながら、ここで町村文部大臣は、例えば5日制を2003年というのではなく、2002年にしようというお考えもお出しくださいましたし、地方教育行政に関しても具体的な案をつくれと、このように積極的にやってくださり、文部省も極めて積極的にこれを実現すべく御努力を賜っておりまして、私どもは大変うれしいと思います。ともかくこの中教審は、実行する案を出す中教審であると私は自分なりに考えておりますので、今後、6月までの間に、必ず実現し得る案をひとつおつくりいただきたいと思います。

○町村文部大臣  感想の前に、先ほど御発言のあった、現場はこういう制度的な話は関心が薄いというのは、どういう意味なのか、ちょっと雰囲気がわからないものですから、教えていただけますか。

○ 行政システム等について、口を出すということを封じられていたというか、自分たちが考える視野の外にあるものという意識が非常に強いんです。ですから、これが原因でこういうことが起きて、それが原因でこういうことが起きているというような、3段か4段か、そういった論法についての意識が現場はほとんどないわけです。「こうしなさい」と言われたことをやるというのが中心でした。ですから、率直に言って、校長会や教務主任とか、ある程度行政にかかわりのあるような仕事をしている人たちにとってみると、一つの壁があって、そこから出てくることに従うということしかなかったという。
 これは非常な率直に言い方をしますので、うまくお聞き取りいただきたいんですけれども、行政も学校現場、校長以下を行政の下部組織として扱う、校長は手足というようなですね。これもうまく聞いていただきたいんですけれども、教育委員会の ―委員会によっていろんな言い方がありますけれども、例えば教学に関する責任者の部長さんがいらっしゃる。現場の校長を全部呼びつけて、講堂か、そういう部屋に全部集めて、訓示をされるわけです。

○町村文部大臣  そんなに偉いんですか。

○ そうなんです。それが実態なんですね。現場の校長さんがそれを唯々として聞いてやるというのが、実際上、今までの流れであったことは事実でありますので、急に言われて、それを考えるというよりは、むしろ関心がない。そこまでやれるのかというので、びっくりしちゃうような雰囲気があることは事実ですので、かなり具体的に書いて示さないと戸惑っちゃうという感じのほうが強いのではないかという気がしますね、今のままですと。
 でも、日本の教員の人たちというのは非常に優秀ですから、きちっとそういう手だてを尽くせば、対応できると思います。校長さんというのはいろんな意味で、今までがあるから、本当に自分で考えてやれるという人ばかりではないことは事実なんですね。何かあると、まず隣の学校に聞くとか、まず地域の校長さんたちの集まりで相談するとか、ここでやっていることをやろうということで、自分で考えるということをなさらないという傾向がはっきりあるわけです。問題があれば教育委員会に呼びつけて、校長どもにきょうは訓示してやったというような話が、教育委員会の中で出るわけです。ですから、行政の下部組織として扱ったら、絶対にいい学校にはならないと私は思いますね。

○町村文部大臣  要するに、素直に言うことをきく子どもを育てようというのが、全く同じ形で再生産されていると、こういうことですね。逆に、自分たちの自由度が増えてうれしいと、こういう声はありませんか。

○ いや、そう言わないんです。なかなか出ないね。

○ 本音を聞くと、それは本当に少ないですね。ですから、それではこれからの公立学校の校長は務まらないということをわかっててくれないと、いかんと思います。

○町村文部大臣  今までは組織のせいぜい課長さんぐらいだった。今度は中小企業とはいえ、おまえ社長だよと、こういうことですよね。

○ そうです。おっしゃるとおりなんです。

○町村文部大臣  社長になりたくないですかな。課長のほうが楽ですかね。

○ 今まで扱われたことがないから。他の委員の方、いかがでしょう。

○ どのくらい率直な話をしていいのか、困っておりますけれども思い切って言いますと、もうおっしゃっているとおりで、これは私の友人が冗談半分に言ったんですが、日本の教育に受ける右傾の法則というのがありましてね。実は文部省はいろんなおもしろい人がおって、右も左もたくさんいるんだと。ところが、教育委員会へ行ったら、文部省の一番右の人に合わせて教育委員会をやる。そして、教育委員会でもいろいろいるんだけれども、その一番右に合わせて校長先生がいる。だんだん下へ行くほど、かたくかたくなっていく。私ら現場をよく知っているんですけれども……

○町村文部大臣  右というのは右翼という意味じゃなくてね。

○ かたくなっていくんですよ。私が知っていますのは、先生がおっしゃるように、非常におもしろい先生がおられるんです。なかなかいいアイデアがあって、そういうときに校長先生がそれをバックアップされたところはうまくいくんです。ところが、先生がおもしろいことを言われたときに、校長先生はそれをとめるときに、必ず「教育委員会が怒るから」ということでとめられるわけです。教育委員会は必ず「文部省が怖い」という言い方をするんです。我々は文部省を知っていますから、「そんなことはないんだ。うそだと思うなら、文部省へ聞きに行け」と現場の先生に言うんです。そういうふうに言うと、また話が変わってきて、自由になるんですけれどもね。何か勝手なイメージで、上からきているというのを、うまくというか、下手にというか、使って、かたくかたくしていくようなところがある。これは何も教育界だけではなくて、日本人全体の持っているところでして、日本人全体の意識を改革しないと。
 それからまた、私はわかるんですが、ちょっとでも失敗すると、ものすごく校長先生に集中砲火がきますね。そうすると、校長先生はどうしても誤りがない ―私の言い方をすると、攻めの教育ができないんです。みんな守りの教育を考えるんです。ともかく点は取らんでもええから、エラーのないやつをやってくれというんでね。どっかの球団みたいですけれども。ともかく小じんまり小じんまりしてくるんです。そのときに、「ちょっとぐらい失敗してもいいから、やりなさい」と言う校長先生がおられるところはうまくいくんですが、なかなかそうは日本人全体として行きにくい……。

○町村文部大臣 それがキャッチフレーズですよ。「攻めの教育」というのをこの答申のサブタイトルにしたらどうですか。攻めの教育ができる学校システムにしようと。

○ これは別に小学校だけではありません。大学でもそうです。大学の教授でも、守りの研究をしている人がたくさんおられますから。

○ また事務局でも、大学の事務局を説得できれば、まず文部省は大丈夫です。

○町村文部大臣  やっぱりこっちがガンですか。

○ いやいや、こっちはいいんです。

○町村文部大臣  こっちはいいんですか。出先のほうですか。

○ そうそう。各現場にいる事務局の人は、法律を非常に注意深く見ていて、それでちょっとでも許されないことがありそうだと、「ノー」とやるんですね。そういう意味で、小・中学校、高等学校だけではなくて、大学でも同じ問題がある。教官も大体そうね。

○ しかし、これを実行していく上において、校長先生をいかに守るかということを考えてほしいですね。そうでないと、校長先生に「やれ、やれ」と言って、失敗したら「校長の責任だ」と言って新聞社がいっぱい来たりすると困るので、そのときに「いや、校長はちゃんとやってるじゃないか。少々ミスがあったってあたりまえだ。攻めの教育にはミスがあってあたりまえなんだ」ということをだれがバックアップするか、これを考えないとですね。

○ 「心の教育」は、学校現場を守れという内容がかなり入っていますよね。

○ これは何度も申し上げていることですけれども、学長にしろ、校長にしろ、ステータスを上げてやる必要があると思います。英国では、前にも言いましたけれども、ヘッドマスターというのは社会で大変ステータスが高い。ロータリークラブでも、その地方のヘッドマスターは必ずだれか一人ロータリークラブのメンバーになれるということですから、皆さんがヘッドマスターというと尊敬する。しかも、ヘッドマスターは、割合年齢によらずになっていますから、若い校長もいるわけです。失敗したらステップダウンして、また復活するというようなことでやっている。我が国でも社会全体としてそういうことを認めてやるようなシステムにする必要があるのではないかと思うんです。

○ 大臣がいらっしゃるので、本音のところをもうちょっと申し上げると、例えば先般の日教組の教研集会で、ある地域で、たしか栃木だったと思うんですけれども、できない子が中学校にいて、その子のために放課後残して、要するにサービスですよね、個人的に指導する。それをやっていると、おもしろがって、その時間にできない子がだんだん集まってきて、結局、その学年は、高校進学はうまくいった子もいるし、いかなかった子もいるらしいんですけれども、いずれにせよ卒業してから、その子たちは「すごくよかった」と言って、街でその先生に会うと飛んでくる。うまくいった子はもちろんよかったし。手弁当でやっているものですから、親がそのうち、全然勉強しない子がしだしたものですから、びっくりして調べたら、学校で自発的にやっているというので、申しわけないからというので、その先生のところに晩御飯を持ってきたりということがあって、そういう実績について教研集会で報告があったんです。
 その報告は、教研集会の中でものすごく評判が悪いんです。それは過労死に至る道だという表現で言うわけですね。だけど、本当を言うと、それこそが教育だと私は思うんです。それをどうやったら保護できるかというと、結局、校長さんがカバーしてあげられるかどうかということ以外にないんです。現状では、校長はそれには一切手助けできない。要するに、お金を持っていませんし、居残りのための手当を支給するという権限もないわけです。結局、そういうサービスは、全部現場のその担当の先生の手弁当、自己犠牲だけになっちゃうから、組合の立場では過労死だと言うのも、これもしょうがないと思うんです。だから、その辺の仕組みがちょっとあるのかなということを感じましたね。

○町村文部大臣  北海道では、「あんた、やめなさい」って組合の幹部が言いに行くんだから。ほかの先生がサボっているように見えるから。そういう話は枚挙にいとまがなく私らも耳にしていますからね。

○ それとその際、方法としては、中国でやったのがありましたよね。模範的なやつを大々的に宣伝する。こんないい話があるということを、報道に乗せたらどうかと思うんです。過労死に至るということをおっしゃる立場もわかるけれども、間違いなくいいことなんですよね。いいことを見つけて流すというね。ニュースに乗れば公立学校は悪いという、そんなニュースばかり出ていますけれども、現場には、公立にはいい先生がいっぱいいますよね。しかし、全然その能力が発揮できていないという実態もあるんです。私立はいいのも悪いのもいますけれども、選択という話がありますが、選択というのは2種類ありまして、子どもが学校を選択するというのと、学校が子どもを選択するという、両方の選択があるんです。公立は両方ともないわけです。ですから、学校が子どもを選択することもできなければ、子どもが学校を選択するというのは、いわゆる学区の問題がかかわってきますから、そう簡単にもできないし……

○町村文部大臣  そこを私は今、どんどんやろうよと言っているんですけれども、皆さんは絶対だめだと言って、実はまだ議論が尽きてないんだけれどもね。

○ 非常に難しい問題があるんですね。

○町村文部大臣  少なくとも小学校で三つ四つ、中学校なら5校、10校、その中から選べる。そうすると、一生懸命やっている学校、特色のある学校、いい学校に、もちろん収容のキャパシティーがありますけれども、生徒が集まる。集まらない学校は、これはある種の市場の原理ですよ。集まらない学校は、極端に言えばどんどんつぶれると。そうやって、学校は選べないけれども、生徒は選べるというふうに、小学校段階から ―今、交通もよくなったわけですからね。小学校段階からそれをやったらどうかと、実は私は就任以来言っているんだけれども、そんなことを言ったら難しい、だめだと言われているんですけれども……

○ 賛成です、賛成。

○町村文部大臣  私はやったらいいと思うんですがね。

○ 今度の答申はかなり盛りだくさんになると思います。事務局の御意見にもありましたが財政面での措置を強調するための「お願いする」という文章もあるわけですが、取りまとめをした内容を十分御検討いただいて、こういう機会に事務レベルでこれを立法化することが大切と思います。例えば役割分担と表現されております内容は、具体的に極めて重要な部分が含まれております。となりますと、従来の教育基本法を初めとする現在運営されております方式に多少の手加減、あるいは大胆な改革を加える場合、当然、即立法を必要とするはずです。そういう点の御指摘が事務局から出なかったように思いますし、いま、私どもが眺めている方向を具体化していくためには、立法が不可欠なのではないか。
 もちろん官庁として法の提案をしていただくのも一つの方向ですが、それとは別に議員立法のような方式もあってよろしいと思います。そのような手順を講じて、今までの硬い構造を少しずつ柔らかくし、新しい方向づけをする。したがって、幾つの法律になるか、または修正程度になるのかは別として、それなくしては単に言葉の花火を上げるだけで、先程の提案にありましたように、幾ら銭湯まで広告物を置きましても、それほど大きな期待は持てないのではないか。文部省としてもぜひこの点の御検討をいただけないか。そういう提案を申し上げたいと存じます。

○町村文部大臣 法律改正のところはところどころ、例えば学校教育法第106条を見直すと、幾つかは書いてありますよね。

○ 改正でもよろしいし、全体を通じて、ひとつこういう新しい趣旨の展開をやりましょうと。むしろそういう観点からの検討を加えていただくことは、役所のほうのお役目ではないか。具体化を明確にするための方式として必要と思いますが。

○町村文部大臣  そこは最終報告では、これこれの法律を改正するということをもっとはっきり書くようにして、原案をお出しできるようにしたいと思います。

○ 昨日、私どものほうでは小学校、中学校の先生の離任式がございました。その後の集まりの中で、小学校の先生たちは非常に明るかったんですけれども、中学校の先生たちは元気がないんです。先ほど学校の活性化という話がありましたけれども、バタフライナイフやいろんな事件がある。そういうことが起きてきて、自分たちの身に危険が向いてくる。今まで注意していたことが言えなくなってくるというようなことがあって、その先生たちをだれが守るか、その守るべき校長をだれが守るかということを考えると、何もできなくなっているというのが現実で、これから問題のある学校に行くという先生は、本当に浮かない顔をしておったし、これで終わったという先生は、「いやあ、ほっとしました」という話が出ておりました。
 先ほど、「攻めの……」と大臣が言われましたけれども、そのためには、学校が先生たちだけのものではないんだということをもっと前向きに出していって、みんなで取り組むんだということをやっていかなければならない。先ほどの話の中にもありましたけれども、地域、保護者が一体となって学校を守るんだと。教育委員会の下になる組織になったほうがいいのか、それはちょっとわかりませんが、とにかく単一の学校の中で、自分たちでこの学校は守るんだという会がないとまずいのではないかということ。
 もう一つ、子どもたちの人権が守られている社会になっておりますけれども、子どもたちも人間だということを考えたときに、法律でもって子どもを擁護することは大切なことかもしれないけれども、こういうことを考えていくと、18歳とかという年齢も考えると、やはり人間としてもっと見ていったほうがいいのではないか。少年法などというものはもう要らないのではないか。そしたら、老人法があってもいいのではないかなどという話も出ておりましたけれども、これから社会でずっと長い期間がある子どもたちだから、そういうものに配慮した法があるということですが、そういうものであれば、これから短い老人であってもそんなことが言われる。しかし、そういう中においては、情状酌量という措置がとられるんだから、人間として子どもたちを法律的にも見ていったほうがいいのではないか。本当に悪いことなんだと。子どもたちの中では、18歳以下でやったら、これだけの刑でまた世の中にすぐ出られるんだということがちゃんとわかっていて、やっているというのがかなりあります。そういう面を考えると、先生方もおとなしくならざるを得なくなってきているというのが本当ではないか。そういう先生方を守るためにも、何ができるかということで考えていかなければならないのではないかと、きのうつくづく感じました。

○町村文部大臣 あと一つだけ。学校の先生方が、どこまで受けとめているのか、本当に心配なんですよ。大臣になりますと、いろんな手紙やら何やらいっぱい来ますが、学校の先生方から、こういうようなことについて1通の手紙も来ないですね。教育委員会にしても。要するに、しょせん自分のことだとどうも思ってないのではないでしょうか。心の教育に関することとか、その他大学の在り方とかについては、結構、有識者、あるいは親から来るんですが、教育委員会とか、あるいは学校をどうやったらよくできるかというのは、ほとんど来ない。もっと驚くのは、学校の先生方からほとんど来ない。文部大臣に直訴すると、後で処分でも受けるとか思うのではないかと思うぐらい、本当にありませんね。これは非常に困ったことだなというのが一つと……、それともう一つは、これだけ学校のことがいろいろな形で、私の目から見ると報道はされていると思うんだけれども、しょせん大勢の人たちが読む記事というのは、ナイフで刺したとか、衝撃的な部分しか見ないんです。荒れているなんていうのは日常化しちゃっているものですから、意外と知っているようで、普通の親御さんなり、あるいはおじいちゃんおばあちゃんとか、子どものない人は、知らないんですね。
 私はたまたま、今、機会があって、100人、200人集まっている前で、学校ではこんな様子がありますよなんていう話をすると、みんな「ヘエーッ」という顔をして、びっくりしてるんですね。8時半に学校がなかなか始まらないところも結構あるんですよと。「そんなばかな」と、みんなそういう反応なんです。どうもこの議論は、必要なことをやっていただいているんですが、世の中の大部分の人のサポートを得るためには、これは文部省がPR下手だということもあるのかもしれません、あるいは嫌なこと、困ったことはしゃべらないという体質かもしれない。それは学校の体質であると同時に、文部省のPR下手ということもあるのかもしれない。要するに、こういう困った実情があるということが知られてないんです。ですから、何のためにこういうことをやるのと。すごくいいお考えをいただいて、いい意図をもってやっているんだけれども、こんなこと世の中に関係あるのというぐらいの反応しか返ってこないのは、どうもよくも悪くも学校の今の状態が、知られているようで本当に知られていないんだなということをつくづく感ずるんですね。これをどうやったら世の中の人たちに知ってもらえるかどうか。どなたかお教え願えませんでしょうか。

○ 「一日中教審」というのがございますね。今後、また6月までに何か予定していらっしゃいますか。あれは私は形式的に流れるような気がするんです。それとスケジュールがある一日に絞られますので、なかなか難しいということがございまして。もしいろんなグループのところに、行政の方なんかがヒアリングにいらっしゃるときに、個別バラバラにそういう中で委員が参加するという方式のほうが有効なのではないか。面倒くさいかもしれないんですけれども、ちょっと提案申し上げます。

○ いい御提案だと思います。委員が全部集まってというのは到底不可能なので、3人ぐらいがん首をそろえていただいてということはあり得ると思います。今の御提案、ひとつ考えさせていただきましょう。地域に分かれて、御都合のいいところに行っていただくのでもいいかと思います。
 来週また、今度は「心の教育」のほうがございますので、よろしく。「心の教育」は、そちらの委員の方々に大変御苦労いただいていますけれども、そちらでもやはり先生たちを励ます雰囲気をつくってあげなければいけないと思うんです。きのう聞いた話も深刻だったのですけれども、子どもに体罰をした。その理由というのが、あると言うんですね。理科の時間なのに、子どもがいすを並べちゃって寝転んで妨害をする。妨害をするから、やむを得ず平手打ちをした。そしたら直ちに父母から訴えがあって、教育委員会からしかられた。そして、校長先生とその担任の先生が子どものうちに謝りに行く。子どもの見る前で、校長と先生が謝る。そして、子どもがなぜ平手打ちを受けたかというその原因については、全く認識がない。この辺はまた来週、火曜日にお願いをいたしたいと思いますが、こういうあたりは何とかして直していかなければいけないと私は思った次第です。これは「心の教育」のほうでございます。
 皆様方から一通り御感想をいただきましたので、本日の会議はここで終了させていただきたいと思います。
 4月以降、地方教育行政に関する小委員会におきまして、中間報告で今後の見直しの基本的方向性を示した「第4章 学校の自主性・自律性の確立」以降の部分を中心として、関係団体等の御意見も伺いながら、具体的な対応方策についてさらに御審議をお願いいたしたいと思っております。そして、先ほど文部大臣よりお話がございましたように、我々といたしましても、6月を目途に答申をまとめるよう審議を進めていきたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。
 なお、この中間報告の広報につきましては、事務局にできる限りの努力をお願いいたしたいと思います。また、本審議会といたしましても、何ヵ所かで、委員の方の御提案の一日公聴会のようなものを開催したり、国民から広く中間報告に対する意見を募集したりしたいと考えておりますが、6月の答申に向けてあまり時間がございませんので、具体的な方法につきましては、私や座長のほうにお任せいただきたいと思います。
 それでは、本日の会議は終了いたします。
 次回の総会は、3月31日、火曜日、12時半から、35階、この部屋、ゴールドスタールームでございますので、よろしくお願いいたします。そこで「幼児期からの心の教育の在り方について」の中間報告を文部大臣に御提出申し上げたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 きょうは、大変お忙しいところをありがとうございました。ページの先頭へ