奇術随筆

奇術随筆 阿部徳蔵
(白水社 昭和11年)
奇跡と大魔法@ 奇術五十年A 魔術B
とりっくものがたり
C
魔術師と映画D アブラカダブラ奇術の世界史E
不可能からの脱出
F
フーディーニG 日本の名随筆7H

奇術随筆(昭和11年)

 自分もそうなのですが、世のミステリ・ファン、とりわけ「探偵小説の鬼」を自認されるようなガチガチの本格ミステリ・マニアの人は、同時に奇術や手品にも深い関心を持っているという場合が多いようです。
 たしかに奇術のトリックはミステリ作中のトリックと共通する面も多いので、いろいろ文献を調べてみるのも面白そうです。が、こと奇術に関しては、いわゆる「奇術のタネ本」や専門誌を除くと一般向けに書かれた資料は意外と少ないようで、探してもこれというものはなかなか見当たりません。

 ここに取り上げた『奇術随筆』は、戦前の数少ない奇術関係の文献のひとつ。豪華な函入りで、グリーンのクロスが美しい本です。
 著者の阿部徳蔵は実際にもスライハンド・マジックの名手だった人で、天皇陛下の前で演技したことでも有名です。晩年には、「陛下にお見せしたから、もう他の人には見せない」などと言い出したのには、オヤオヤという感じですが、まぁ、古い人なので仕方のないことかもしれませんが。(^^A

 さて、この本。目次をざっと一瞥しただけでも、「幽霊を現す術」、「奇術の鑑賞とその批判」、「さくらの話」、「ヨガ行者の真夜中の夢」、「心霊現象の奇術性」等々、興味津々な見出しがズラリ。これらのエッセイを読んで見ると、当時いち早く現代イリュージョンの考え方でもある演出の重要性を指摘しており、単なるマジシャンというよりは当時一流の趣味人でもあった阿部の先見性が見て取れるようです。
 
 紹介されているエピソードの中で興味深いのは、伝説の巨匠、ロベール・ウーダン(1805〜1871)がアラビア人の前で鉄砲奇術(拳銃を自分に向かって撃たせ、歯で受け止める例の奇術)を演じ観客を驚倒させたという有名なお話。ウーダンの奇術は当時のアラビア人にはさぞや奇跡に見えたことだろうなと思うと、実に愉快です(ちなみに、マリックさんも数年前にTVでどこかの国の現地の方々の前でマジックをやって驚かせてましたけど)。
 この挿話には、実はちょっと背筋の寒くなる後日談があります。それによると、この奇術を観ていたアラビア人が、のちに別の場所でふたたびウーダンの前に現われ、

  「私はあなたの超自然力を確信する。いつか劇場で実験した鉄砲奇術をここでもう一度やって欲しい」
とかなんとか言ったかと思うと、おもむろに服の中から黒光りする2丁の拳銃を取り出したのだそうです。
 あわてたウーダン先生、しかし、とっさに奇計を案じ、

 「今は守り札がない。しかし、6時間祈りを奉げれば守り札はなくても不死身になれる。翌朝8時に貴公のピストルで私を撃たせてやる」

とかなんとかごまかして急場を切り抜けたとか。
 さすがの名手ウーダンもこのときばかりはさぞかしぞっとしたことと思います。むろん、その後の実験では、一晩準備を整えてから安全に行ったことはいうまでもありません。いや〜奇術師って命がけですな〜。(^^A

 あと、ちょっと面白かったのはの指の間に玉が増えたり減ったりする四ツ玉の奇術。この奇術を創案したのはド・コルタというフランスの大マジシャンなのですが、日本での初演はこの本が出版されるよりさらに30年もの昔(!)、外国の奇術師が神田の錦輝館で公演したのが最初とか。

 「日本でもはやってはやってはやりぬいたが、どんないゝ御馳走でも、たべすぎればあきてしまふ。とうとうこの奇術を、奇術師もあまりやらなくなり、今では銀座の舗装路でその種が買えるまでになってしまった」(本文より)。

 これって、今でもやってる奇術師がたま〜にいますけど。^^;まぁいいか。古典だし。

 さて、せっかくなので、ついでにこれ以外の奇術本についても少々触れておこうと思います。

@ 奇跡と大魔法 W・B・ギブソン著 高木重朗訳 金沢文庫 昭和49年
 古代から現代までの「奇跡」と呼ばれるものを奇術の立場から解説した本で、いわゆる種本の一種ですが、読み物としてもちょっと面白いので入れてみました。

A 奇術五十年 石田天海著 昭和50年 (限定500部)
 あの伝説の天勝一座に在籍し、海外でも活躍した日本を代表するマジシャンの自伝。貴重なドキュメントとして一読をオススメ。

B 『魔術』M・クリストファー著、梅田晴夫訳 昭和54年 青土社
 古代の魔術から、近代の大奇術師列伝まで、豊富な図版で紹介されてます。豪華本としても出版されてました。

C とりっくものがたり 松田道弘著 1979年 筑摩書房
 このジャンルの近年の大ヒット作。ミステリやSFに対する造詣の深さといい、圧倒的な文章の上手さ、興味津々なエピソードの豊富さといい、ピカイチのおすすめ本。特にミステリ、SFのファンは必読と言っても良いかも。文庫に入ってるので簡単に入手できます。なお、松田氏の著作はこれ以外にも多いので要チェック。

D 魔術師と映画 エリック・バーナウ著 山本浩訳 1987年 ありな書房
 映画がまだファンタスマゴリアと呼ばれていた頃からの、主に映画と奇術の関係について書かれた本。当時の出し物が分かって面白いです。

E アブラカダブラ奇術の世界史 前川道介著 1991年 白水社
 最近に書かれた本としては、これがオススメ。本物の魔術から、現代のイリュージョンまで、図版もたっぷりに紹介されています。

F 不可能からの脱出 松田道弘著 1985年 王国社
 伝説のマジシャン、フーディーニの伝記。フーディーニをモデルにした映画『魔術の恋』ではフーディーニは脱出マジックに失敗して劇的な死を遂げたことになってますが、これを読むと、ホントは楽屋に訪ねてきた学生に腹を殴られて腹膜炎で死んだことが分かります。いや〜奇術師って命がけですな〜。(^^A


G フーディーニ 綾瀬麦彦著 メディアファクトリー 1992年
 フーディーニの伝記その2。イカサマ霊媒師対フーディーニのエピソードを中心に構成。珍しい写真が多く収録されています。

H 日本の名随筆F 奇術 泡坂妻夫編 作品社 1991年
 ミステリ作家で奇術師でもある泡坂妻夫が奇術に関するエッセイを集めたアンソロジー。


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