虚無への供物 塔晶夫(1963)


『虚無への供物』初版本

見返しの署名(中井英夫名義)
 
 
『ドグラ・マグラ』『黒死舘殺人事件』と合わせて、国産ミステリの3大奇書と称せられることの多いこの本を知ったのは、今を去ることウン十年前。当時、乱歩、正史に続いて三一書房から刊行中だった「夢野久作全集」を読破中だった私は、そこに挟み込まれていた1枚のチラシに目が行ったのでした。
 「中井英夫作品集」の発売を知らせるその近刊案内
は、錚々たる諸氏によって、やれ「本格物最後の墓碑銘」だの、「恐ろしい文学」だのとかいった『虚無への供物』についての煌びやか、かつ絢爛豪華なる賛辞で埋め尽くされおり、当時熱烈な探偵小説マニアですこぶる付きの「異端」好みだった当方の好奇心をいたく刺激したのでありました。
 「これだけの賛辞を呈されたミステリとは一体どんなもんだろーか?」、という興味は抑え難く、とうとうタイマイ1800円を支払って1冊を購った(あがなった)のでした。

 本1冊「1800円」という値段は、今で言えば4000円〜6000円くらいの感覚。講談社版乱歩全集でさえ680円程度であり、乏しい小遣いの身としては当時かなり苦しかったことを覚えています。

 そして・・・推薦文の日高晋氏の言葉を借りればまさに
「賭けに当たった」のでした。管理人はその後数日を、この魅力的な氷沼家殺人事件に完全に没頭し、異世界に過ごすことになったのです。現実と非現実は、そのとき確実に逆転していたのかもしれません、、、。

 と、まぁ、それ以来、この大長編を15回は読み返しているはずですが、読む度にまだまだ理解が足らないことを実感するばかり。
ぜひここでその内容を仔細に吟味し、その本質の一端でもご紹介できれば、、、、、、。
 、、、などとゆー気は、実はさらさらなく(爆)、詳しく知りたい方はまず本編読了の後、相澤啓三氏の文庫「解説」や笠井潔氏あたりの評論を参照して頂くとして、ここではせいぜい
「こんなん出てましたー」程度の紹介でお茶を濁す予定(笑)。ほんっとにスンマソンっす。<(_ _)>

 というわけで、上に掲げた書影は、最初に読んだ三一版ではなく、後に買い求めた講談社の初版完本。1冊は署名入りですが、残念ながら「中井英夫」名義。これの「塔晶夫」名義のサインにヴァレリーの詩の一節が添えられている本を長年探していますが、未だに果たしていません。まぁ、ちょっと難しいだろーなぁ。

 最後に
「きょむく」の各エディションの書影を、また、併せて中井英夫関連のアイテムで入手の難しいと思われるものを、以下に2,3掲げておきました。これから中井本を蒐集するコレクターの方々の何かの参考になれば幸いです。

 マニア垂涎の本格ミステリでありながら、同時に "元祖アンチミステリ" かつ風変わりな幻想小説であり、また昭和30年代の貴重なドキュメントかと思うと、ある種の実験小説でもあるこの稀有な傑作を、これから読める人はなんと幸せでありましょーか。

2002.12.15


■『中井英夫作品集』(三一書房)

 管理人が最初に手にした版がコレ。1800円という定価は、当時の自分にとってかなり高価な買い物だったが、武満徹の洒落た装丁も素晴らしく、
愛惜措く能わざる1冊になった。
 現在所有している初版本には扉にサインが入っており、識語として
『虚無への供物』のフランス語表記である L'offrande au neant が添えられている。


■『現代推理小説体系版』(講談社)

 講談社「現代推理小説体系」版の『虚無への供物』。刊行は昭和48年だが、この時点で「別巻1」という形でギリギリ全集に収録されたことに当時のこの作品への急激な評価の高まりが推察できる。この作の重要性と真価が理解されるには推理文壇以外からの幅広い視点がぜひとも必要だったろう。
 この本、少し前まで、結構レアだったよーに思っていたが、最近はそうでもなさそうである?


■『虚無への供物』(講談社文庫)

 『虚無への供物』最初の文庫化。この本は延々と版を重ね、その都度巻末の年譜が律儀に更新されていた。この1冊の文庫本の存在は中井ファンの底辺を広げることに随分貢献したのではなかろうか。


『中井英夫作品集/第十巻』(三一書房)

 テーマ別にまとめられた新・中井英夫作品集版の『虚無への供物』。刊行当時結構サイン本が出回っていたので毎回それを購入していたため全巻サイン入りで所有している。
 なお、通常のサインは「中井英夫」名義だが、この『虚無への供物』の巻だけは作者の遊び心で極少数、「塔晶夫]名義のものが存在する。
古書店でも1,2度見掛けたので、あるいは意外と多いのかも知れないが。


『中井英夫全集/第1巻』(東京創元社)

 現在刊行中の創元ライブラリ文庫版全集。文庫だが全巻1冊1000円以上するボリュームで、光文社文庫で出ている「山田風太郎ミステリー傑作選」といい勝負である。
厚みがあり過ぎて本の形が崩れやすく、保存にはあまり向いていないような気がするが。


『虚無への供物』(東京創元社)

 36年ぶりに初版の塔晶夫版をミステリ出版の老舗、創元社で復刻したもの。これの刊行と同時期に建石修志のオリジナル銅版画で飾った6万円以上もする豪華本が限定100部で出たが、予算が足りず、泣く泣く購入を断念。
まぁ、著者が亡くなってからの本なのでさほど拘っていない、、、はず(涙)。



■『香りのおもいで』(世界文化社)

 限定50部の
『水星の騎士』と並んで中井本最入手困難の呼び声高い1冊。全18巻のセット販売物の1つとして出されたもので、それぞれが文庫サイズの本冊、「世界の音楽」というカセットテープ、詩画集の3点セットになって函に収まっている。このシリーズには他に種村季弘が収録されている巻(ことばたちのフーガ』/「狂熱のカリブ」所収) があり、まさにコレクター泣かせのアイテムと言える。


■『香りのおもいで』(異版)(世界文化社)

 上記『香りの思い出の』異版。違うのは大きさが上記
文庫版の2倍(!)の雑誌サイズであることと、副題が「メルヘンの部屋5」となっていること(文庫版の方は「メルヘンの部屋7」となっている)。「中井英夫スペシャル」の著書目録にも掲載されていないため、この本の存在を知る人は結構少ないはずである。極めてレア也。 (比較写真)


■『幻想博物館』(新装版)(平凡社)

 
"きょむく"と並ぶ中井文学の代表作『とらんぷ譚』の記念すべき第1冊目。お気づきのようにこれは初刊のあの上野球装丁の黒と橙色の函入り本ではなく、建石修志のイラストで飾られた新装愛蔵版の方なのである。なぜ初刊ではなくこっちの方を取り上げたかというと、実はこれは隠れた入手困難本だからである。これの状態の良い帯付完本を入手するのは結構苦労するはず。嘘だと思うなら探して見るべし。なかなか無いから。


■『幻戯』(コーベブックス)

 渡邊一考さんの南柯書局/コーベブックスから限定380部本として出されたもの。後に"ジョーカー”として
『とらんぷ譚』に収録された名編『幻戯』は、冒頭の「魔術師Qという私の名を、どなたか覚えていてくれるだろうか」から結語の「幻戯、あの目眩ましの本体に違いはないのだから」まで間然する所のない傑作。日本語はこうでなくてはならない。
 カールトン函入フランス装で、背には羊皮、表紙にはイタリア製ファブリアーノ紙を使用。なお、この書物には著者本が存在する。


■『小説 星の不在』(コーベブックス)

 上記版元から出た限定本第2弾で限定310部。総羊革装、夫婦函入りで本文用紙にも凝ったもの(ロベール紙)が使用されており、上記『幻戯』より、さらにグレードアップしている。価格も当時18000円だった。もったいなくて読めないっつーの。


■『蒼白者の行進』(筑摩書房)

 筑摩書房から出た未完長編『蒼白者の行進』の特装限定版。布函の内側が建石修志氏の宗教画ばりの素晴らしい絵で飾られており、これを見るだけでも価値がある。限定200部。


■『黄泉戸喫』(東京創元社)

 没後、東京創元社から出た『黄泉戸喫』
を100部特装限定本として出版したもの。建石修志の銅版画が1葉入り、背革マウント装/天金/題簽貼付ダンボール入りという豪華版ではあるが、肝心の著者のサインがないのが寂しい。なお、この本には別に非売品のA5判カバー函、限定300部というのが存在するが、購入しなかった。


■『哀傷詩集』(ちくさ正文館書店)

 名古屋のちくさ正文館書店から出ていた「ちくさ」の第6号として出た「中井英夫特集」。中身は詩作品4編と作者による前書き、年譜等で他の人の文は収められておらず、中井英夫の単独著作と言っても良い。「中井英夫スペシャル」初版が出た当時にはまだ入手可能で、直接ちくさ正文館書店に手紙を出して入手した。


『眠れ、黒鳥』

 没後、幻想文学出版会から限定200部で出た追悼文集。『幻想文学』40号に収録された文章を1冊にまとめたもので、葬儀委員長の相澤啓三氏、出口裕弘氏等、ゆかりの人々が寄稿している。管理人は今は無きデルタ・ミラージュの中井英夫展にて入手したため、中井英夫最晩年の助手として著明な本多正一氏撮影の中井英夫生写真が2枚がついていた(笑)。
 オークション等でもあまり見掛けないので、入手は結構困難かもしれない。


『秘文字』(社会思想社)

 暗号がテーマになっている短編ミステリそのものを「暗号で書いてある」という世にも珍しい書物で、中井英夫の他、泡坂妻夫、日影丈吉の2氏が短編を載せている。本文を開いても記号が連なっていたりするだけで、そのままではまったく読めない。これを解読して送ると、それぞれの作者の色紙が貰えるという企画だった。


■『夜兆』色紙

 上記書籍の暗号を解読して中井英夫氏から頂いた色紙。他の2氏の色紙も欲しかったのだが、めんどいのでやらなかった。抽選等で何か当選した数少ない経験である。
 なお、個人名が入っているところは消させて頂いた。
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■肉筆原稿 『カルタの城』

 今から20年ほど前に早稲田の古書店で入手したもの。流薔園用箋5枚で、内容はこの頃1冊にまとまったばかりの自作
『とらんぷ譚』の著者自評だが、同時に作者の短編小説作家としてのステートメントとも読めるものであり、短いながらも重要な文章だと思う。
 当時、一部の専門店以外ではまだ中井英夫の評価は低く、この原稿もさほど高くはなかった。


1面 2面
■『中井英夫作品集・近刊案内』

 「夢野久作全集」に挟まっていた作品集の近刊案内ちらし。執筆者は武満徹、芥川比呂志、井上光晴、恩地日出夫、澁澤龍彦、埴谷雄高、日高晋、吉行淳之介の諸氏であり、今見ても豪華な顔ぶれである。当時、これらの人々の熱烈なオマージュと、表紙に出ている著者近影のサラリーマン然とした姿とに、随分ギャップを感じたものである。
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