日記

5月31日(土)
 ネットでやたらと評判が良かったエロゲー車輪の国、向日葵の少女を、先日衝動買いしてプレイ中です。確かに買って損はないと思えるなかなかの良作です。最終章にまで到達しないと判明しない作劇上のトリックは、そのシーンに至るまで全く予想とかしていなかったので、いきなりどんでん返しがバーンと来たので、かなりビビりました。
 でも、何でしょう。まだ、全ルートをクリアーしていないので、最終評価は変わるかもしれませんが、手放しで誉めるには、2〜3歩足りない惜しい作品だというのが、私の評価です。
 この作品の舞台となる世界は日本をモデルとしたパラレルワールドで、罪人は懲役や死刑といった刑罰を受けるのではなく、特別高等人と呼ばれる特権を持つ権力者によって課せられる義務を負うという、設定になっています。実際に犯した罪そのものよりも、むしろその原因となる道徳や生活態度などの内面に対して国家が深く干渉するというのが現代日本との最大の違いでしょうか。
 で、主人公やヒロイン達はこのルールにダメ出しをして打ち破る為に戦うというストーリーが展開されていくんですが、まあこういう主要な登場人物が、この世界を理不尽だと考えるのは良く分かるし、実際私がその世界に住めとか言われたらイヤだなとも思います。
 でも、何か釈然としないんですよね。主人公達がゲーム内の世界に憤りを感じているのは、あくまで個人的な体験によるものに過ぎないんですね。今の日本だって、痴漢冤罪で人生を台無しにされた人や、過酷なサラリーマン生活の中で過労死したりといった人は大勢いるのですが、だからといって革命を起こしてまで変革せねばならない酷い世界だということはないでしょう。そう考えると、車輪の国の世界も別にそれなりに治安も良さそうだし、むしろこういう世界もありなんじゃないかとすら思えてしまうんですよね。
 うーん、全シナリオをコンプリートしたら、車輪の国の世界が本当に酷い所なんだとプレイヤーにも分かるようになってるのかなあ。外伝のファンディスクとかもあるみたいですし、もうちょっとプレイを続けてみようかな。

5月30日(金)
 

5月29日(木)
 

5月28日(水)
 職場で普通に働いていたら何の脈絡もなく社長室に呼び出されてしまいました。結構マジでビビって社長の前に立って話を聞いたのですが、別に私の不祥事が発覚したとかリストラの対象になったのを宣告されるとかのイヤなイベント発生ではなくて、私が今年の4月で勤続10年に達したので金一封を渡すとのことでした。
 別に大したことでもないのかもしれませんが、私も社会人になってから10年が経過しているんですね。石の上にも3年とか言いますが、よくこんな会社に10年も在籍しているなと。(←おい)
 サラリーマンなら考えたことがない人はいないと思いますが、私もこんな会社もう辞めようと思ったことは、一回や二回じゃないんですけどねー。ずるずると居続けている内に、もう取り返しのつかないポジションになってしまったりしていると。まあ、別に悪いことではないのですが…。
 特にしたいと思っているのでもないですが、今更転職しようと思っても同業種にしか行けないんだろうなあ。どこにも就職出来ないという可能性も否定出来ないですねー。
 何でしょう。一応、今日はいいことがあったはずなのに、考えれば考えるほど、ネガティブな方向に思考が自然に傾いていきます。いかんなー。

 管理人が死んだ場合

 そんな訳で、まとめサイトを巡回していて見つけた記事を眺めて、余計にブルーな気分を味わっています。
 すでに、ここは管理人が死んだ場合も同然な状況がしないでもないですが、それにしても縁起でもない記事ですねー。一応、管理人は普通に生きていますんで、そこん所はよろしくお願いします。

5月27日(火)
 

5月26日(月)
 

5月25日(日)
 日曜日の朝一の日課になっているYes!プリキュア5GoGo!を視聴したら、たむけんが本人役で出演してました。いや、何と言うか、ストーリーからたむけん本人の演技に至るまで不自然極まりない微妙過ぎる内容に、がっくり。
 東映アニメーションとテレビ朝日はボクの日曜日の楽しみになんということをするんですか!!ヽ(#`Д´)ノ プンスカ
 ヤッターマンにも、叶姉妹とかみのもんたが本人役で出演してましたが、無理に有名人をアニメに登場させなくてもいいのに。本気で芸能界がアニメに協力しようとか思ってるなら、こういう実験的な試みも全否定はしないですけど、別にそんな志しがあるようには見えませんしねー。

 ちなみに、春の新作アニメでは、が一押しですね。ストーリーとか難しいことは一切考えずに、ひたすら紫ちゃんに(´Д`;)ハアハアするだけで、あっという間に30分が終わってしまう傑作です。
 あと、前作は酷評していましたがD.C.US.S.が、予想外に面白いです。前作ですれ違いにより破局してしまった小恋の目前で、他のヒロイン達とイチャイチャしまくる主人公の鬼畜っぷりにドン引きですよ。しかも、小恋は主人公に対して、まだ諦めてない宣言とかしてるんですよ。前作のラストは美夏にいい所を全部持って行かれ、現在は自分の目の前で主人公が別のヒロインとゴールするのを見せつけられると思われる小恋の行きつく先から目が離せない今日この頃です。
 絶対にやらないと思いますけど、小恋が言葉さまみたいにヤンデレ化して主人公をめった切りとかのEDだったら、この作品を神認定するんですけどねー。おそらく小恋は、ただの背景キャラの一人として終わっちゃうんでしょうね。

5月24日(土)
 

5月23日(金)
 

5月22日(木)
 

5月21日(水)
 

5月20日(火)
 

5月19日(月)
 

5月18日(日)
 

5月17日(土)
 

5月16日(金)
 

5月15日(木)
 

5月14日(水)
 

5月13日(火)
 

5月12日(月)
 

5月11日(日)
 

5月10日(土)
 

5月9日(金)
 GWも終わってしまって、仕事に従事する日々を過ごしております。仕事するより、ゴロゴロしながらアニメ観てる方がいいよー。

 ところで、今日の大阪というか私の勤め先の周辺は、異常に張りつめた空気が漂っていて、冗談が通じる雰囲気が全くしないお巡りさんがあちこちで私たち一般人を睨みつけてて、マジ怖かったです。
 これは、あれですね。説明するまでもなく皆さんお分かりのことと思いますが、中国の胡錦濤国家主席が大阪に来るからなんですね。
 なるほど、これが長野の聖火リレーであったとかいう異常な雰囲気というものなんですね。まあ、実際の聖火リレーをやっていた時の長野とか、モノホンのテロの本場である今のイラクとか、犯罪者パラダイスと2chでよく噂されているヨハネスブルグとかの空気に比べたら、私の感じた緊張感なんてカスみたいなもんだとは思いますが、それでも日常とは違う異様な空気に((((;゜Д゜)))ガクガクブルブルしていしまいました。

5月8日(木)
 

5月7日(水)
 

5月6日(火)
 

5月5日(月)
 

5月4日(日)
 

5月3日(土)
 

5月2日(金)
 

5月1日(木)
 オタキングこと岡田斗司夫の新刊オタクはすでに死んでいるを読みました。この本を読んで初めて、今まで、見るたびに納得できなかった岡田氏のオタク論への違和感の正体がようやく分かった気がします。
 岡田氏はオタクを自称している人ですが、オタクって自称するからオタクなんじゃないと私は思うんですよ。そうじゃなくて、世間から蔑視される対象としてのレッテルを貼られる対象がオタクなんじゃないでしょうか。だからこそ、この本で述べられているように、岡田氏がガイナックス(あるいはゼネプロ)を起業した時代と今ではオタクと呼ばれる対象が違っているんでしょうし、岡田氏が世間からレッテルを貼られる対象と必ずしもイコールではなくなったことから、同胞である筈のオタク達からまでお前はオタクじゃないと言われるようになっているんじゃないでしょうか?
 私なんかは別に自分がオタクだと特に主張したりはしていない方だと思いますが、おそらく世間の評価では立派なオタクでしょう。
 結局のところ、オタクとは何かみたいな話はオタク自身がどれだけ定義をウダウダ議論しあっても結論何か出ないんですよ。そうじゃなくて、世間とか目に見えるようで見えないコロコロ変わる空気みたいなもんが貼るレッテルがオタク(むしろ平仮名のおたくが正しい表現かな)なんだというのが私の主張です。別に世間はオタク達の中身を吟味してレッテルを貼るわけじゃないんですよ。だから、今は萌えがオタクのメインロードとして世間からあるいはオタク達自身にも認識されていますが、10年後には全然違う趣味嗜好がオタクの中心に位置しているかもしれません。
 後、岡田氏の論でやっぱり納得できないのは、オタクは優れた人間であるという基本認識です。これも全然分らないということはないんですよ。
 確かに岡田氏の言うように、

>意志も知性もないオタクが、どうやって自分の中に折り合いをつけているのだろうか、と思ってしまうのです。
>なぜなら「ギャルゲー(美少女ゲーム)が好き」な自分というのは、ものすごく強い精神力がないと、世間の視線に潰されてしまうはずです。

 という意見は、そういう側面もあるかなとは思います。
 でも、別にそれは、ギャルゲーが好きで精神力が弱くて世間の視線に潰されてしまう人がいないことの証明には全くならないし、そういう人がオタクでないことの説明にもなってないでしょう。オタクが生きていくには強くなければならないという意見であれば普通に賛成できるのですが、それがオタクの条件だと考えていたというのは、少なくとも私は違うと思います。
 こういう私がグダグダ言ってることは、実はあんまり岡田氏がこの本で主張していることの、本論とはちょっとずれていることなのですが、ずっと岡田氏の論に対してあった違和感はこういう所にあるんだと思ったもので。

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