日記

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1月22日(日)
 昨年より放送が継続中のアニメLASTEXILE銀翼のファムの世界で描かれてるアデス連邦という政権の君主号として、アウグスタという単語が使用されているのに、一人のローマファンとしてちょっと注目しています。銀翼のファムの世界では、アウグスタをおそらく女性の皇帝(女帝)という意味で使っているのだと思いますが、実はこれは間違いではないにせよ、微妙かなというローマファン拘りのツッコミを入れたくなってしまいます。

 アウグスタというのはこのアニメが勝手に作った称号ではなくて、ローマ帝国初代皇帝のオクタヴィアヌスが元老院から授けられたアウグストゥスの女性形で、実際にローマ帝国でもアウグスタの称号を得た女性というのはいっぱいいます。一般にはオクタヴィアヌス(アウグストゥス)の死後に寡婦となったオクタヴィアヌスの妻リヴィア・ドルシラがこの称号を得て、歴史上初めてアウグスタを名乗ったとされています。こういう経緯から分かるように、このアウグスタという称号は、実は必ずしもローマ皇帝の妻が得る称号ではなかったりします。クラウディウスの妻だった(小)アグリッピナは、アウグスタの称号を夫のクラウディウスの時代から息子のネロの時代まで引き続き保持しています。この様にアウグスタというのはローマ帝国の女性皇族の最高位を示す称号ではあるのですが、その称号は地位や権限を意味するものではなく、どちらかというと高貴な地位を持つ人物への呼び名(日本語にするなら陛下とかになるでしょうか?)と考える方が近いかと思います。実は、これは皇帝を意味するとされるアウグストゥスも同じです。インペラトル(最高司令官というような意味、英語のエンペラーの語源)とカエサル(同名の政治家に由来する家門名が称号化したもの、ドイツ語のカイザーやロシア語のツァーリの語源)などの称号を併せ持ち、なおかつアウグストゥスの称号を得た人物がローマ皇帝であって、ローマ皇帝という日本語にそのまま該当する用語というのは、少なくとも帝政の前半期には実は存在しないんですね。
 実は銀翼のファムの作中でも、この辺を分かっているスタッフがいるからでしょうが、アウグスタというのを呼び掛けの言葉として使っているのは、うまいなと思います。

 で、本当に問題というか、言及したいなというのは、果たして歴史上にアウグスタと呼ばれた女性のローマ皇帝は存在したのかということです。東ローマ帝国(ビザンツ帝国)まで時代を下ると、女性のローマ皇帝というのは存在はします。しかし、この時代にはアウグストゥスは皇帝を意味する言葉でなくなっており、ローマ皇帝はバシレウスという称号を名乗っています。これでアウグストゥス(あるいはカエサルなど)の称号は皇帝の称号でなくなったということではなく、付帯的な称号としてはこれ以降の時代にも使用はされています。
 ローマ史上最初に女性として皇帝となったイレーネ(797〜802)は、自身の称号を女性形のバシリサではなく、敢えて男性形のバシレウスを使用しています。では、イレーネは同じようにアウグスタの称号も使っていないのではないかというのが、素朴な疑問としてあるのですが、どうなんでしょうか?また、もっと時代を下るとゾエ(1042)とテオドラ(1042、1055〜1056)という2人の女帝もいて、実はこの2人は女性形のバシリサの称号を使用しているらしいのですが、この時代にはアウグストゥスの称号は皇帝自身の称号ではなく、高位の皇族の称号に格が下落しているんですね。ちょっと手持ちの本とかで調べてみたのですが、アウグスタの称号はどうなっていたのかは良く分からない。ゾエやテオドラはアウグスタを名乗っていたのか否か・・・って、ここまで書いてたら、資料が手持ちの本(イスタンブールの大聖堂 浅野和生著)にありましたわ。ヽ(;´Д`)ノ

 コンスタンティノポリス(現在のイスタンブル)にあるモザイク壁画に夫のコンスタンティヌス9世とゾエが並んで描かれているものが現存しており、そこではゾエの称号にアウグスタ(に該当するギリシア語)が刻まれていました。これでアウグスタという称号は少なくとも11世紀には健在だったんですね。詳しい経緯は省きますが、ゾエは幾度も結婚を繰り返して、自身の夫となった人物を皇帝に擁立し、時には自身も帝位に就いたとい経歴の人物な訳で、おそらくこの間はずっとアウグスタの称号を名乗り続けていただろうと想定されます。
 自分で書いてて、凄まじくグダグダな文章なのは自覚していますが、すなわち銀翼のファムで女帝=アウグスタという表現は妥当なんだということが、理解出来ました。良かった良かったです。

1月21日(土)
 

1月20日(金)
 

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1月12日(木)
 今期の新作アニメではないのですが、東京とかより1クール遅れで大阪でも放送が始まったちはやふるの第一話がメチャンコ面白かったです。タイトルの通り競技カルタがテーマの作品で、高校時代に私も百人一首を全部暗記して、校内の大会で3位になって商品の図書券でマンガを購入したことを思いだしました。何か久々に百人一首を覚えなおしたくなってきました。
 ちょっと、気になったというか、説明が足りんだろと思ったのが、千早が新と百人一首初対戦をした時に、崇徳院の句の札だけを取ることが出来るというシーンがあったのですが、崇徳院の句(瀬を早み 岩にせかるる滝川の われても末に あはむとぞ思ふ)は、一字決まりの句(む・す・め・ふ・さ・ほ・せで始まる句はそれぞれ一首しかない)だということを千早が知っているという描写がなかったのは、ちょっとマイナス。だって、この情報なしに、チートキャラの新から1枚でも札を取るとか不可能ですよ。

 ちなみに、百人一首のこの崇徳院の句をテーマにした落語のネタに、そのまんまなタイトルの「崇徳院」というのがあるのですが、崇徳院というのは先日大河ドラマが始まった平清盛にも登場する、崇徳天皇(上皇)のことなんですね。私が子供の頃はもちろんのこと、大学生の頃に初めてこの落語を聞いた時も、崇徳院=保元の乱で負けた人という情報は知らなかった(もちろん崇徳上皇の名前は知っていましたが、崇徳院と同一人物であることは気づかなったということです)ことを、今さらながら白状しておきます。
 余談の続きですが、何故百人一首の読み手の名前が崇徳天皇とか崇徳上皇という表記ではなく崇徳院なのかというと、嵯峨天皇が譲位した時に、譲位後にその在所であった嵯峨院と呼ばれて以降、譲位した天皇あるいは崩御した天皇を○○院と呼ぶようになっています。白河天皇(上皇)の始めたとされる院政は、白川(白河)院で白河上皇(法皇)が政務を行ったことに由来する訳です。だから、同じように譲位した天皇であっても、嵯峨天皇以前の時代の人物で生前に譲位している持統天皇なんかは、そのまま持統天皇という名前で百人一首の読み手として表記されていますし、崇徳天皇や後鳥羽天皇の様に、嵯峨天皇以降の時代で生前に譲位した人物は崇徳院、後鳥羽院という呼称で読み手の表記がなされているんですね。
 さらに余談の続きですが、大河ドラマでは、平清盛が白河天皇(法皇)の落胤だという設定になっていますが、崇徳天皇も本当は白河天皇の子供だという異説もあって、実父の鳥羽天皇には叔父子(白河天皇は鳥羽天皇の祖父なので崇徳天皇は本当は叔父だという意味の蔑称)と呼ばれて、忌み嫌われていたという悲惨な話もあったりします。保元の乱も後白河天皇のワンサイドゲームで、崇徳上皇はあっさり敗北し、流刑先の讃岐で自身の血をインク代わりに写経を書いて怨霊となったというのが、崇徳天皇の設定なんですね。
 落語の「崇徳院」で庶民が普通に崇徳院の名前を知っているのは、昔は百人一首ぐらい誰でも知っているんだということと同時に、崇徳上皇=非業の死を遂げた怨霊の代表選手というのも常識レベルの情報だったんですね。落語をただ聞いていてもこういうことはなかなか分かりませんが、知っているとまた見方も変わって面白いもんですよ。

 という訳で、今年になって完結したアニメの雑感を書いておきます。

 THE IDOL M@STER
 リアリティは皆無ながら、めちゃんこ気合が入った良作でした。律子がアイドルに復帰ネタは、流石にありえんだろーとTVに向かってツッコミまくってました。いや、あり得る話は一つもなかった気もますが・・・。それと、これは意見が分かれることとは思いますが、765プロの面々が超人気アイドルになったというのは、個人的には微妙かなと。売れないアイドルが、少し人気が出て来たぐらいの描写で良かったんじゃないかなと、私は思っております。
 後、みんな思ったことでしょうが、第一話だけは正直詰まらなかったですね。ただ、ゲーム版のオマージュとして、あれは必要な通過儀礼だったのでしょう。主人公のプロデューサー=プレイヤー(視聴者)だというのは、第一話を見ていて初めて分かるんですからね。でも、プロデューサーは超人ですよね。特殊能力もないのに、あれだけ凄いなと思える主人公も珍しいですよ。
 それと、これを言うとアイマスファンの人にガチで怒られそうですが、個人的には今回のアニメではCMなどでも完全スルーだったアイマス初アニメのアイドルマスター XENOGLASSIAの方が面白いという感想だったのは、正直に告白しておきます。

 ダンボール戦記
 プラレス三四郎とかプラモ狂四朗とかを思い出させる、自分で組み上げたロボット同士が戦うタイプの現代版ですね。おもちゃのロボットで、首相を暗殺しようとしたり、最期は世界の危機を救うというスケールのでかさに、制作陣の力量が全く追い付いていないのですが、対象が子供なので、あんまりツッコミは入っていないみたいですね。
 現在放送されている機動戦士ガンダムAGEと同じレベル5制作のアニメなのですが、ガンダムAGEを見るまでは評価はちょっと微妙かなと思っていましたが、ガンダムAGEの余りのダメっプリに相対評価でダンボール戦記の評価はウナギ登りです。子供にもちゃんと支持されていますし、私にとっては傑作ではななくてもいいアニメは、いいんだと思いなおしました。少なくとも、ガンダムAGEほど観てて苦痛ではないですしね。

1月11日(水)
 

1月10日(火)
 

1月9日(月)
 

1月8日(日)
 昨年に同僚の一人が大阪マラソンを完走したという話を聞いて、日頃から全く運動をしていない会社仲間2人と一緒にJR大阪環状線ウォークに参加して来ました。名前の通り、大阪環状線を一周もしくは半周しようという企画です。
 午前8時前に梅田スカイビルに集合して、受付。9時前から準備運動をして、9時過ぎに出発。11時から四天王寺で中間のチェックポイントが始まるということで、同僚Aがやたらと張り切ってどこまで先頭に近づけるかとガンガン先に行こうとするので、何とかそれに付いていこうと頑張っていましたが、森ノ宮→玉造の間で体力が限界に近付いて来たので、自分で普通に歩くペースに戻したら、今度は100人単位の人に次々と追い抜かれながら、何とか12時前に四天王寺に到着。この時点でのウォーキング距離は14km。おっさんになって、ここからまだ同じ距離を歩くのは無理との自己判断で、半周で終了。

 これ、普通に歩いだけだろたみたいに思うでしょうけど、多分、このイベントに参加した中で半分ぐらいの人は、四天王寺のチェックポイントの制限時間(12時30分)に間に合ってないと思います。序盤に凄いハイペースで飛ばしていたから、途中からペースダウンした私でも前から数えた方が早い位置だったんですが、四天王寺を出入りする人の数は梅田スカイビルに居た人数には遠く及ばないんですよねー。
 後から、追い付いてきたもう同僚Bと一緒に天王寺で居酒屋にGo。無事に完走した同僚Aも天王寺に呼び戻して、夕方まで延々とビールを飲んでいました。
 で、帰宅して・・・というか、四天王寺に着いた頃から分かっていたことですが、下半身が凄い筋肉痛でえらいことになっております。まあ、これに参加する前から予想していたことでしたが、普段デスクワークしかしていない私に14kmを歩くというのは、キツイ。何か、今度はハーフマラソンに行くとか言いだしてましたが、出ても絶対に足切りでしょうねー。

1月7日(土)
 

1月6日(金)
 

1月5日(木)
 

1月4日(水)
 今日で年末年始休暇も終わりですねー。
 大晦日にオウム事件で指名手配された容疑者が出頭したというのが、今年最初のというか昨年最後の大ニュースでしたね。オウム事件というのは、まだ終わってないんだと再認識させられる出来事には、私もかなり驚きました。オウム事件の死刑囚の執行を少しでも先延ばしにする為の法廷戦術なんだと言われていて、私もそうなんだろうと思っています。
 実際に法務官僚の少なくない人々は、オウム事件の死刑囚の死刑を執行することに対して後ろ向き何じゃないかなという気がしています。危ない橋は渡りたくないというか、臭いものに蓋をしたいというか。オウム事件の関係者が再びテロに走る危険性はゼロとは言い難いんじゃないのかなと。民主党政権になってからの歴代法務大臣が死刑の執行に後ろ向きであることをむしろ歓迎すらしているのではと言ったら、言い過ぎでしょうか?

 後、年末年始に溜まりまくっていたアニメを視聴完了。その勢いで、知人に借りていたけいおん(1期)と化物語のブルーレイと、2回目の途中になっていた恋姫無双のDVDを視聴しております。
 ということで、前期のアニメの雑感です。後は、今年に最終回が放送されるアイマスだけですかね。

 たまゆら〜hitotose〜
 観る前から予想はしていましたが、何というか自分の趣味嗜好と真逆の作品ですね。ARIAと同じ人が作っていると聞いて本当に同じだわと思いましたが、一般人の日常を描いているのにリアリティを欠片も感じないのが、逆に凄い。いや、人によってはこれがリアルなのかもしれませんが、私の過ごしてきた人生はもっと殺伐としていたんですけどねー。まだ、そのまんまなタイトルで突拍子もない話の連続だったの日常の方が、まだほのぼのしたリアルがありましたよ。とりあえず、口笛少女がうざかったです。

 WORKING’!!
 1期はそこまで高評価ではなかったのですが、2期はやたらと面白くなっているように感じました。山田のうざさが癒し系ですね。小鳥遊にメモを取れと言われて一生懸命にメモを取っている所を、小鳥遊にサボるなと叱られて山田がガチ泣きしたのがベストシーンでした。後、小鳥遊が少々の欠点なんて見逃せるパーフェクト人間で、そりゃ暴力少女の伊波さんもガチ惚れするなと納得です。
 ただまあ、一人の社会人として言いたいのは、お前らもっと仕事しろよと。バイトなんて、あんなもんだという気もしますが。

 君と僕。
 ネットでゆるホモの愛称でしたしまれていた通り、主要人物が全員ホモ男子という、筋金入りの作品です。でも、こいつらホモ男子のくせに彼女らしき女性キャラとかが平気で登場するあたり、けいおんとかゆるゆりに全く彼氏キャラが登場する気配がないのを思うと、女性のオタクと男性のオタクの嗜好の違いが観てとれて勉強になります。特に秀逸だったのは第2話で、惚れた男がホモ男子だから告白できずにストーキングに走る女の子とか、ホモ男子が偶然女子が教室で着替えている所を覗いてしまって便所でゲロを吐くとか、男性の作家には絶対に描けない世界観だなと、つくづく感心しました。いや、別に男性の作家にそういう世界観の作品を描いて欲しいとか微塵も思いませんが・・・・。後、こいつらは毎回の様に幼稚園時代の思い出を事細かに語り合っていましたが、そんなもん覚えてる奴はいないよと声を大にして言いたい。
 普通に観てたら流してしまうような回でも、真剣に観てるとツッコミ所がいっぱいあって目が離せないんですよねー。前期の意外なダークホースでした。

 青い文学シリーズ
 東京とかで最初に放送されたのはもうちょっと前らしいですが、前期にサンテレビで流れていたのをチェックしていました。最初の人間失格は以前感想を書いているのですが、それ以降の作品については酷いの一言に尽きます。これでアニメ化された作品の原作を全部読んでいる訳ではありませんが、名作と呼ばれる作品をここまで改悪してアニメ化するとは一体何事なんだと怒りすら感じます。
 特に酷いと思ったのは、夏目漱石のこころですね。原作では『私』に宛てた先生(『私』)の手紙に書かれた過去の回想にあたる部分をアニメ化しているのですが、先生(『私』)サイドの視点とKサイドの視点の2話に分かれています。で、Kサイドの視点で、Kはお嬢さんに色目を使われ、何と肉体関係まで結んでいるんですよね。で、実際は先生(『私』)とお嬢さんは相思相愛でKはピエロだったということに気づいて自殺するという内容です。解釈としてはお嬢さん=悪女説というのはあってもいいですけど、そんなこと原作のどこにも書いてないし、漱石も言ってないじゃないですか!
 他にも坂口安吾の桜の森の満開の下は、ミュージカルっぽい雰囲気で水樹奈々がキャピキャピ声で歌を歌う全くの別作品になっていて、ただただ唖然とするばかり。一切の改変は認めないとかは思いませんし、アニメ作家の解釈も多少は入れてもいいとは思いますが、どう考えてもダメダメな方向にやり過ぎです。文学作品をアニメ化するという試みは凄くいいと思いましたが、こんなんじゃアニメファンにも文学ファンにも見向きなんてされませんよ。物凄いがっかりさんでした。

1月3日(火)
 

1月2日(月)
 

1月1日(日)
 新年明けまして、おめでとうございます。

 楽天ショップでアニメのブルーレイボックス×5作品が2500円で購入できるという破格の福袋があるということで、販売開始の1月1日になった瞬間からアクセスしてたのですが、凄いアクセス数で全然繋がらない中で、奇跡的に00:07頃にアクセス出来たのですが、その時には既に品切れになっていました。まあ、予想通りではあったので、さほど文句はないんですけどねー。ラインナップに入っていた、ストライクウィッチーズとらき☆すただけでも、欲しかったんですけどねー。まあ、どっちもDVD版を持ってるのですが。
 そんな訳で、年末年始に観たアニメの雑感を書いておきます。

 僕は友達が少ない
 これを見た人全てが思うことでしょうが、タイトルと内容が全く違うということについての抗議はどこにすればいいんでしょうか?第一話で主人公の小鷹に2人の友達が出来るって、舐めとんのか、こら。作中で何度もリア充に対する敵意を語っていますが、お前らこそリア充だろという、ツッコミを入れた人は何万人いることでしょうか?
 とまあ、その辺を見逃して視聴する分には、実は凄く面白かった。特にゲームを愛する肉さん(本名は柏崎星奈)は素晴らしい。どこからみても、聖剣の刀鍛冶にしか見えないエロゲーを平然と学校内の隣人部の部室でプレイする勇姿には感動すら覚えました。その勢いで原作のラノベも全巻読破。後、ついでに久方ぶりに新刊が発売された聖剣の刀鍛冶の最新作もちゃんと読んでます。
 最終話では、原作ではスルーされていた夜空(空気だけど、メインヒロインはこっちですね)が小鷹をずっと思い続けていたことをちゃんと描いていたのも良かったです。

 輪るピングドラム
 最初から最後まで、良く分からない作品でした。冒頭でヒロインの陽毬が命を失い、直後に超常現象によって生き返るというストーリーなのですが、これがそもそも事実かどうかすら最期まで判然としないんですよねー。子供ブロイラーというのも、本当にそういう非人道的な機構が現実としてあるのか、それとも誰からも愛されない子供の置かれている状況の比喩的表現なのかとか、とにかくピングドラムの世界は現実と虚構かの区別がどこまで行っても判然としないんですよねー。タイトルのピングドラムの意味も結局、良く分からなかったなー。
 こういう謎だらけの作品は、終盤以降で謎が次々に明かされていくことにカタルシスがあるんだと思うのですが、ピングドラムは何かその辺がすげーおざなりで、肩すかし。全てを投げ出したTV版のエヴァ程に酷くはありませんでしたが、もうちょっと謎解きに話数を費やしたら良かったのに。序盤の苹果がストーキングに夢中になっている話で、何話もムダに消費したのは、ダメダメさんですよ。いや、面白かったですけどね。
 多分、ないとは思いますが、この辺の種明かしをするような続編エピソードをやってくれないかなあ。劇場版とかは、あるかもしれませんね。

 マケン姫っ!
 ストーリーには特に語るべきものはないのですが、ソツのないちょっとHなハーレム作品でした。とりあえず、春奈さんが良かったです。

 C3−シーキューブ−
 やたらと陰惨な設定で敵キャラがポコポコ死ぬ世界観と萌え展開がすげーミスマッチな作品でした。これを見てると、同じようにホラー+萌えのコラボの先駆けだったひぐらしのアニメは、傑作だったなと思いますね。

 境界線上のホライゾン
 絵も気合が入ってるし、主題歌もかっこよかったんですが、原作を読んでいるのが前提のシナリオに全くついていけないのが、最初から最後まで辛くて辛くて仕方ありませんでした。凄い数の登場人物の内で、私の中で名前と顔が一致するのは、半分にも満たないと思います。せっかくだから原作を読んでみようかとも思ったのですが、原作のラノベは1冊だけでも1000ページを超える、鈍器とも呼ぶべき分厚い紙の塊で、初めて書店で見かけた時には茫然としてしまいました。今時の若造は、これを読破してアニメの予習をしているんだ・・・。
 特に一番印象的だったのは、ホライゾンとトーリが問答を繰り返して、ホライゾンが心を開くところ。感動的なシーンなのでしょうが、何一つ感情移入が出来ていなかった私は、久々にこんなに観てるのが苦痛なアニメがあるのかと、逆に感心してしまいました。せめて、第一話にホライゾン(オリジナル)が命を落としてしまい、それ故にトーリはホライゾンへの思いを持ち続けているというのを説明していれば、細かい設定は分からないまでも、主人公のポジションぐらいは認識出来たんですけどねー。

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