日記

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 先日、ニュースにもなっていた桂米朝師匠の死去の報にショックを受けています。アニメの感想しか書かれていないこの日記を見ていても全く伝わっていないことと思いますが、私の青春時代の1ページは上方落語であり、その中でも桂米朝という噺家の存在の大きさは計り知れないです。米朝師匠は私の人生に影響を与えた最大の人物とまでは言いませんが、少なくとも米朝師匠という存在がなければ私の青春時代は大きく違ったとは断言できます。
 これは私でなくても思うことでしょうが、もし桂米朝という噺家が戦後に存在しなかったら、上方落語が江戸落語に対比するようなレベルで継承はされていなかったでしょう。一人の噺家としてだけではなく、古老に教えを請うて埋もれていた噺をいくつも舞台にかけ、桂枝雀を初めとする上方落語を代表する多くの弟子を育て、上方落語の中興の基盤を築いた最大の功労者が米朝師匠であることを否定する人はいないでしょう。
 ただ、桂米朝という名前の知名度はいかほどのものなんでしょうね。私が住む東京の一般人で特に落語に関心がない人は、名前すら知らなくても別に変ではないのかなと思います。正直、私も中高生の時代に米朝師匠の名前は普通に知らなかったです。そもそも、上方落語という単語そのものがローカルワードな気もします。
 おそらく、桂米朝という巨星亡き後の今後の上方落語は縮小の方向に向かうのではと思います。米朝師匠の同年代としては桂春団治が健在ですが、桂枝雀、桂吉朝という後継者を既に亡くしている米朝一門に目立った噺家は見当たらないです。桂文枝(昔の三枝の名前の方が有名ですね)、桂米団治(昔は小米朝)という大名跡を継いだ噺家こそいますが、彼らにその実力が伴っているかというと私の様な素人目にも疑問符がつきます。
 いきなり、上方落語が滅亡するとか、繁盛亭が潰れるなどとは、私も思いませんが、落語ブームも一段落している現在は、ちょうど私が寄席通いをしていた90年代後半と同じように上方落語には逆風の時代になっているように思います。
 後、新聞とかでよく米朝という単語を見かけて米朝師匠のことかなと思っては、良く読めばそれはアメリカと北朝鮮という意味の文章だったという経験があるのは、落語ファンならみんなが通る道ですよね?

 そんな訳で、3月に最終回のアニメの感想の前に昨年から再放送がいっぱいあった名作劇場の感想を書いておきます。

 フランダースの犬
 名作劇場史上、最も不幸な主人公であることが衆目の一致するネロが本当に悲惨な話でした。おそらく作中でネロがお腹一杯になるまで食事をしたシーンは全くないのではというだけでも、その悲惨さが分かるでしょうか?作中で主人公が死んでいるのも、名作劇場ではおそらく本作だけ。とりあえず、戦犯はハンスさんとアロアのお父さん。ただ、別にこの2人は悪人という訳ではないんですよね。ネロの悲惨さが際立っているから目立ちませんが、アロアのお父さんはともかく、ハンスさんも決して裕福な身の上ではなく、アロアのお父さんに媚びて機嫌を損なうことは決して出来ないという弱い立場の人間だというのは、大人になった今だからこそ良く分かります。アロアのお父さんも、娘のアロアを愛するが故に、貧乏人のネロとアロアが恋仲になるのを決して許すことが出来ないというのは、普通に納得できます。皆が貧しい時代だからこその、不幸な話しなんですよね。

 母をたずねて三千里
 私が思いつく限りでは、唯一のアルゼンチンを舞台にしたアニメ。原作がそうだからアニメにどうこう言う訳ではありませんが、子供のマルコ(確か10才!)が一人旅で、イタリアから船旅で大西洋を渡って、そこから先の交通手段は徒歩がメイン(汽車や馬車も使ってますが)でアルゼンチンを放浪するというトンデモストーリーな作品なんですよね。だからというか、主人公のマルコは普通の子供とは比較にならないほど有能で根性の座った人物として描かれていますが、それでも無茶な旅には変わらない訳で、アルゼンチンではペッピーノ一座を初めとする多くの人の助けを借りています。後、地味なマイナスポイントなのは、メインヒロインと呼ぶべきマルコのお母さんの作画があんまし美人に見えないということ。リアルっちゃリアルですけどね。

 ペリーヌ物語
 本作の第一話の舞台はオーストリア領時代のボスニアなのですが、悲惨なユーゴ紛争以前にボスニアをアニメにした作品というのが興味深いです。オーストリアからの独立運動のエピソードまでありました。これも途中からはペリーヌが一人で徒歩の旅をするのですが、距離もさほどではないしペリーヌが野垂れ死にしかけたりするなど、母をたずねて三千里に比べればさほど無理な内容ではありませんでした。後、マスコットキャラのバロンの扱いが酷いです。ペリーヌには毎回のように悪態をつかれ、ペリーヌの母マリには泥棒犬とまで言われる(実際にパン屋さんからパンを持ち逃げしてますが)ほど。まあ、猟銃で撃たれ大けがをしたバロンをペリーヌが必死で助けようともしているので、ペリーヌにとってバロンは特別な存在ではあるんですけどね。本作の見どころというか構成が適当だったからと思われますが、事実上の最終回は祖父ビルフランがペリーヌが自身の孫であると確認したエピソードなのだと思うのですが、そこからさらに4話ぐらいを使って、マロクールで幸せな生活を送るペリーヌのエピローグが描かれているというのは、かなり驚きました。1クールで完結の深夜アニメばかり見ていると、長編作品の贅沢な尺の使い方は逆に新鮮に思いますね。

 トム・ソーヤの冒険
 本作の悪役のインジャン・ジョーのインジャンという単語(インディアンに対する蔑称)が放送禁止用語以外の何物でない筈なのに、日本ではあまり知られていない言葉だからかピー音なしで普通に放送されているのが何か面白かったです。ちなみに、アンクル・トム(名作とされる小説の主人公の名前)というのは白人に協力する黒人に対する裏切り者といった意味の蔑称なので、覚えておいた方がいいですよ。後、トムは名作劇場の主人公男子(数人しかいないけど)では、一番のリア充ですね。ヒロインのベッキーだけでなく、他の女子ともキスをした経験があるとか、マジふざけんなと言いたいです。

 トラップ一家物語
 名作劇場では珍しい(唯一ではないです)実話を元にした話。ただ、アニメ化の際に歴史と設定を変えています。その為に歴史の年表と照らし合わせると、WW1で大佐(史実では少佐、艦長=キャプテンを大佐と誤訳したものと思われます)だったトラップ男爵が作中の設定では38才なのですが、作中で描かれているドイツのオーストリア併合が1938年というのから逆算すると、20才前後で潜水艦の艦長をしていたというさすがに無理があり過ぎる矛盾に一人TVの前でぶつぶつ文句を言っていました。アニメを観てるとマリアやトラップ艦長に感情移入してしまいますが、現実だと考えると修道女と貴族が強引に結婚してしまうというのは、あんまり褒められたことじゃないですよね。

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