ローマ帝国史略


ローマ帝国にとってのキリスト教

 ローマ帝国時代のキリスト教徒について、皆さんはどういうイメージを持たれているでしょうか?
 理不尽な迫害をうけ、改宗を迫られたり、信仰を守るために火あぶりになっているといった想像をされるのではないでしょうか?この時代のキリスト教徒は殉教者である、というのは普通一般の考え方です。
 確かにその通りです。ネロ帝の時代に始まったローマ帝国によるキリスト教徒の迫害は事実ですし、その際に殉教者が数多く存在するのも見逃せないことです。
 しかしです、何故キリスト教徒のみが、この様な迫害を受けねばならなかったのでしょうか?従来、ローマ時代のキリスト教について語られる際に、多くの場合、キリスト教が迫害されたのはよくないことである、ということが前提になってしまっています。
 これは、キリスト教徒がキリスト教徒の迫害について語っていたからに他なりません。キリスト教徒にとって、キリスト教徒の迫害が悪であるのは、ある意味当然とも言えます。

 しかし、私達非キリスト教徒(多神教徒と言ってもいいです)にとって、その前提は無意味です。

 果たして、ローマ帝国にとってキリスト教の迫害は「悪」だったのでしょうか?

 少なくともはっきり言えるのは、キリスト教の目指す社会と、キリスト教公認以前のローマ帝国の社会は相容れないものだったということです。

 大ざっぱに言うと、キリスト教徒が目指していたのは(一神教にはありがちですが)全てのキリスト教以外の宗教及びその信者を滅ぼし、キリスト教徒だけの社会を構築しようというものです。(これは現在でも同じと私は考えています)

 一方、ローマ帝国は宗教そのものに対しては寛大でしたが、既存のシステムを否定する教えを持つ(しかも実行する力もある)キリスト教徒は、非キリスト教徒と共存出来ないなら、弾圧するというスタンスで接していました。
 (蛇足ですが、同じ一神教でありながら、ユダヤ教がそれ程迫害の対象にならなかったのは、ユダヤ教はキリスト教のような多民族にわたる「世界宗教」ではなく、良くも悪くもユダヤ人に限られた「閉じた宗教」であったからだと考えれば納得がいくと思います。

 こう書くとローマ帝国はやっぱりキリスト教に対して苛烈な弾圧を行っていたかと思われるかもしれませんが、必ずしもそうではありませんでした。むしろ、ローマ帝国では理性的にキリスト教に対しては接していた時代の方が長いくらいでした。
 その為、ローマ帝国のキリスト教徒に対する政策は一貫性を欠くものとなってしまいます。ローマ人は現実的で、理性的でした。しかし、それ故に「キリスト教徒と非キリスト教徒は共存できる」という、一見説得性を持つ幻想が、しばしば「キリスト教は既存の社会を破壊するものである」という、当然の事実から目を背けさせたのです。ローマでは皇帝が変わる度に、キリスト教を迫害したり、迫害を緩めたりと、行き当たりばったりな政策を繰り返して、3世紀には帝国中にキリスト教を蔓延させてしいました。

 そう、ここまで書けば分かると思いますが、ローマ帝国に住む非キリスト教徒にとって、キリスト教は存在そのものが「悪」でした。従ってキリスト教の迫害は自らの身を守るための切実な願いと言っても差し支えは無かった筈です。
 決してそれは言い過ぎではありません。現在のヨーロッパに、どれだけの数の非キリスト教徒(後に成立したイスラム教徒は除く)がいるかを考えれば、当時のローマ帝国によるキリスト教徒の迫害は、非キリスト教徒とキリスト教徒の戦い(しかも非キリスト教徒の負け戦)であると考えることも出来ます。

 何も、キリスト教は「悪」であるという意味ではありません。しかし、生き延びるために出来ることをするのは、人としての義務であるとするならば、キリスト教の迫害を「悪」と断罪することも出来ないということです。逆に視点を変えるなら、結局迫害に失敗して最終的にキリスト教徒を滅ぼすことが出来ず、逆にキリスト教徒に全ての非キリスト教徒(ユダヤ教は除く)は滅ぼされてしまったという意味において、キリスト教徒の迫害の失敗は「悪」であった、という見方も出来る筈です。

 

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