ローマ帝国史略
人類史上最も幸福な時代〜五賢帝〜
孤独な皇帝ドミティアヌスは暗殺され、フラウィウス家は断絶した。元老院の意志により新たに皇帝となったのは老齢の元老院議員ネルヴァだった。軍事的背景を持たないネルヴァは軍隊から自分の身を守るため、イスパニア出身のトラヤヌスを養子とし、後継者に指名した。
ネルヴァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウス。
5代に渡って続いた養子相続の時代、ローマは空前の繁栄を謳歌する。トラヤヌスのダキア、メソポタミアの征服により、ローマ帝国の領土は空前絶後のものとなる。ローマ帝国衰亡史の作者E・ギボンはこの時代を「人類史上最も幸福な時代」と評した。
しかし、繁栄は永遠のものではありえなかった。ハドリアヌスはトラヤヌス時代の占領地の大半を放棄し帝国の拡張政策は終わりをつげた。そして「記録に残すことが何もない」と言われる安定したアントニヌス・ピウスの治世を経て、マルクス・アウレリウス帝の時代には、皇帝は国境防衛の為に各地の国境を転戦しローマに滞在することさえ出来なかった。
そして、マルクス・アウレリスス帝の愛した息子コンモドゥスへの帝位継承により、五賢帝時代は終わりをつげるのである。
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
ネルヴァ帝 |
ネロ、ドミティアヌスに引き立てられた元老院議員。ネロ時代にはピソのクーデターを阻止したことで知られる。おそらくは、ネルヴァ自身も関与したであろうドミティアヌス暗殺後、元老院から皇帝に指名された。 |
B |
C | B |
同時代人 |
人 物 評 |
トラヤヌス | 高地ゲルマニア総督。ネルヴァに後継者に指名される。アエリアヌスら反乱の首謀者を騙し討ちで処刑し、帝国の秩序を維持。帝位継承の障害を自ら取り除いた。 |
アエリアヌス | 親衛隊長。前帝ドミティアヌスの暗殺犯引き渡しを求めて、ネルヴァを軟禁し、目的を達したが、トラヤヌスと交渉するために、ライン国境に向かったところ、捕らえられ処刑された。 |
パルテニウス | 先帝ドミティアヌス暗殺の実行犯。アエリアヌスのクーデターで殺害された。 |
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
トラヤヌス帝 |
ローマ史上初めての、属州出身の皇帝。ドミティアヌスに登用され、ネルヴァに高地ゲルマニア総督に任命され、ネルヴァの後継者に指名された。ネルヴァの死後、ローマに入城し、元老院の承認の元、皇帝即位を宣言した。 |
A |
S | S |
同時代人 |
人 物 評 |
ハドリアヌス | シリア総督。トラヤヌスの親族。ダキア遠征で功績を挙げた部将。プロティナは皇位継承者として、後押ししていたが、トラヤヌスはハドリアヌスを後継者とは考えていなかったようである。恐らくは、プロティナとの共謀でトラヤヌスの遺書を偽造し、トラヤヌスの後継者の地位を確保した。 |
プロティナ | トラヤヌスの妻。ハドリアヌスの後ろ盾となって、ハドリアヌスの帝位後継者への道を開いた。 |
デスバルス | ダキア王。ドミティアヌスと結んだ和約を破って、ローマ領内に侵入。二度に渡る、トラヤヌスの遠征で戦死し、ダキアはローマの属州となった。ダキア遠征の様子は、レリーフで(一部だが)ローマに残されている。 |
小プリニウス | ポントゥス総督。ヴェスヴィオ山の噴火に巻き込まれた大プリニウスの息子。トラヤヌスとの属州統治について教えを受けるやりとりが「書簡集」の中に残されている。 |
アポロドロス | トラヤヌスお抱えの建築家兼芸術家。ダキア遠征のレリーフやトラヤヌス像の作者。ハドリアヌスには嫌われた。 |
タキトゥス | ローマの代表的な歴史家。「歴史」、「アグリコラ」を記す。ドミティアヌス時代のブリタニア総督アグリコラの娘婿。 |
スエトニウス | トラヤヌス時代の役人。ゴシップ的内容の「ローマ皇帝伝」を記す。 |
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
ハドリアヌス帝 |
トラヤヌスの従兄弟の子。トラヤヌスが高地ゲルマニア総督だった頃から部将として頭角を表していた。パンノニア総督を経て、トラヤヌスのパルティア遠征の際にシリア総督となっていた。 |
A |
B | A |
同時代人 |
人 物 評 |
アントニヌス・ピウス | 元老院議員。ルキウス・ケイオニウスの死によって、ハドリアヌスの養子となり、帝位を継承した。この時、アンニウス・ウェルス(後のマルクス・アントニウス)とルキウス・ケイオニウスの遺児(ルキウス・ウェルス)を自身の養子としている。 |
ルキウス・ケイオニウス・コンモドゥス | ハドリアヌスの養子として、帝位継承者に指名されていたが、ハドリアヌスより先に病死した。 |
アンニウス・ウェルス | アントニヌス・ピウスの養子。ハドリアヌスの命によって、アントニヌス・ピウスとの養子縁組を行った。後のマルクス・アウレリウス帝。 |
セルウィアヌス | 高齢の元老院議員。ハドリアヌスの姉の夫。帝位簒奪を疑われ、ハドリアヌスに「自殺を強要された。おそらくは冤罪。 |
アンティノオス | ハドリアヌスの同性の愛人。 |
プロティナ | 先帝トラヤヌスの皇后。ハドリアヌスの皇帝即位を支援した。 |
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
アントニヌス・ピウス帝 |
南ガリア貴族の出の元老院議員。ルキウス・ケイオニウスと共に先帝ハドリアヌスの養子となり、ルキウス・ケイオニウスの死後ハドリアヌスの後継者に指名された。ハドリアヌス自信は、アンニウス・ウェルス(後のマルクス・アウレリウス)が成人するまでの、繋ぎの皇帝として考えていた様である。ハドリアヌスの死の直前にアントニヌスはマルクス・アンニウス・ウェルスとルキウス・ウェルスを養子としている。 |
A |
D | A |
同時代人 |
人 物 評 |
マルクス・アウレリウス | アントニヌス・ピウスの義理の甥。アントニヌス・ピウスの娘ファウスティナと結婚し、帝位継承者の地位を確実なものにする。アントニヌス・ピウスの死の直前に義弟ルキウス・ウェルスと共治帝として帝位を分け合った。 |
ルキウス・ウェルス | ルキウス・ケイオニウスの息子。マルクス・アウレリウスと共に、アントニヌス・ピウスの養子となっていた。アントニヌス・ピウスはマルクス・アウレリウスの単独相続を望んでいたようだが、マルクス・アウレリウスの後押しで、共治帝として即位することになる。 |
ファウスティナ | アントニヌス・ピウスの娘。当初はルキウス・ウェルスと婚約していたが、父アントニヌス・ピウスの意向でマルクス・アウレリウスに嫁いだ。 |
ファビア | ルキウス・ケイオニウスの娘。先帝ハドリアヌスの命でマルクス・アウレリウスと婚約していたが、アントニヌス・ピウスの意向で婚約を破棄させられた。 |
ロリウス | ブリタニア総督。スコットランドを一時征服しアントニヌスの長城を建設した。しかし、アントニヌス・ピウス在位の晩年には、帝国の国境は更に南方のハドリアヌスの長城よりも南に後退している。 |
プトレマイオス | ギリシア出身の大天文学者。アレクサンドリアで天体観測を行い。天動説(地球中心説)を体系化した。 |
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
マルクス・アウレリウス帝 |
五賢帝最後の皇帝。ストア派の哲学者としても知られる。 イスパニアの有力家系出身で、ハドリアヌスの引き立てにより、アントニヌス・ピウスの養子となり、早くから皇帝候補と目されていた。ハドリアヌスはアントニヌス・ピウスを中継ぎとし、実質的にはマルクス・アウレリウスを自身の後継者と考えていたようである。 アントニヌス・ピウスの死により、ルキウス・ウェルスと帝位を共同相続。(アントニヌス・ピウスはマルクス・アウレリウスの単独統治を想定していた) 当初はルキウス・ウェルスとの共同統治体制を取っていたが、ルキウス・ウェルスの死後、単独統治に移行した。この2人の皇帝が並立するというローマ帝国ではしばしば見られるシステムは、様々な矛盾を抱えながらも、これ以降も続けられていくことになる。マルクス・アウレリウスとルキウス・ウェルスの共同統治は、マルクス・アウレリウス主導の元で行われ、パルティアとゲルマニアの両面作戦での皇帝親征を可能にするといった、大きなメリットが証明された。 息子コンモドゥスが成人すると、コンモドゥスを正帝(アウグストゥス)に任命し、形式的には自身と同格の皇帝とし、息子への帝位継承を確定させた。 また、後漢へ使者を派遣し現在おヴェトナムまで辿り着いたことから、大秦国王安敦として、後漢書に記録が残っている。 アントニヌス・ピウスの平和な統治と違い、マルクス・アウレリウスは前線を駆け回る統治となった。ゲルマニアでのサルマタエ族との紛争の中、ヴィンドボナ(現在のウィーン)で病死しした。 五賢帝最後の皇帝に相応しい偉大な皇帝だったが、蛮族との防衛戦争に明け暮れた治世は決して本意ではなかっただろう。また、結果論ではあるが、息子コンモドゥスへの帝位継承は完全な失敗と言わざるを得ない。これほどの人物でも肉親への愛情が真実から目を逸らさせてしまうという事実にはやりきれない思いを持たされる。 |
A | A | A |
ルキウス・ウェルス帝 |
ハドリアヌスが後継者としていた、ルキウス・ケイオニウスの子。アントニヌス・ピウスの養子になっており、マルクス・アウレリウスの共治帝として正帝(アウグストゥス)に昇進した。 |
C |
C | B |
同時代人 |
人 物 評 |
コンモドゥス | マルクス・アウレリウスの長子。父の生存中から、正帝(アウグストゥス)の称号を得ており、ヴィンドボナでマルクス・アウレリウスが病死すると、ゲルマニアから軍を引き上げた。 |
ファウスティナ | アントニヌス・ピウスの娘で、マルクス・アウレリウスの正妻。コンモドゥスやルキラの母親。カシウスの反乱の黒幕の一人とされる。 |
ルキラ | マルクス・アウレリウスの娘。ルキウス・ウェルスに嫁ぐ。 |
カシウス | シリア総督。ルキウス・ウェルスのパルティア遠征で軍功を挙げ、マルクス・アウレリウスから東部属州を委任されていた。マルクス・アウレリウスが死んだとの誤報(虚報?)から、軍隊が皇帝即位を宣言。後にマルクス・アウレリウスの生存を確認するが、反乱を継続。一時、東部属州を支配下においたが、部下に暗殺され、反乱は失敗した。 |