ローマ帝国史略
皇帝の血は失われた〜フラウィウス朝〜
公敵宣言を受けたネロ帝の自殺は、正統ななユリウス家の血筋が失われたことを意味していた。
しかし、時代は元老院主導の共和制復活を望んではいなかった。
ローマを手にした者があらたな皇帝となるのである。ガルバ、オト、ウィテリウス、次々とローマに迫る皇帝候補達。彼等は配下の軍隊の支持を得て皇帝になろうとしたのである。
一年に渡る内戦の結果、最後に勝利したのは、幸運に恵まれた常識人であるユダヤ総督ウェスパシアヌスだった。アレクサンドリアから、息子ティトゥスによるユダヤの反乱鎮圧を見届けたウェスパシアヌスがローマに入城したことにより、ユリウス家に続く新たな王朝が誕生したのである。
この“内乱の一年”は、皇帝はローマ以外の場所でも作られ、そして実力があれば誰でも帝位を狙うことが出来ることを示したのである。皇帝になるのに、血縁は必要なくなった。オクタヴィアヌスがあくまでこだわった血縁による継承、もはや正統なるアウグストゥスの血は失われた。
しかし、そのことによってローマの繁栄は失われはしなかったのである。
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
ガルバ帝 |
タラコネンシス総督。ユリウス家と血縁関係のない初めての皇帝。 |
B |
C | C |
同時代人 |
人 物 評 |
| オト | ルシタニア総督。ガルバの皇帝宣言を一早く承認。ローマでの新政府でガルバに次ぐ立場となった。ガルバが後継者にピソを指名したことにより、両者の関係は悪化。親衛隊に自らを皇帝に擁立させ、ガルバを謀殺した。 |
| ピソ | 共和制以来の名門貴族出身の元老院議員。ガルバの後継者となるが、政治的実績はなく、オトの反感を買った。オトのクーデターでガルバと共に殺された。 |
| ウィテリウス | ガルバの任命した低地ゲルマニア総督。ガルバと元老院の関係悪化を契機と見て、挙兵。軍隊から皇帝宣言を受けた。 |
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
オト帝 |
ネロの友人。ネロに妻ポッパエアを奪われ、ルシタニア総督としてローマから遠ざけられていたが、ガルバの登位に伴いローマに同行、帰還した。 |
B |
C | C |
同時代人 |
人 物 評 |
| ウィテリウス | 皇帝宣言を受けて、ローマへ進軍。配下の部将をイタリア半島に派遣し、ベトリアクムの戦いで、オト軍を撃破した。 |
| ウェスパシアヌス | ユダヤ総督。反乱の鎮圧を中断し、オトとウィテリウスの帝位争奪に対して中立を保ち、東方属州の軍団を保持した。 |
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
ウィテリウス帝 |
ガルバに登用された低地ゲルマニア総督。任地のゲルマニアで兵士達の要求により、ガルバの対立皇帝として即位を宣言した。配下の軍をイタリアに送り込み、ベトリアクムの戦いでオト軍を撃破し、オトを自殺に追いやった。元老院もオトの死後、ウィテリウスの即位を承認した。 |
D |
C | D |
同時代人 |
人 物 評 |
| ウェスパシアヌス | ユダヤ総督。シリア総督ムキアヌスの支持により、皇帝即位を決意。ムキアヌスをイタリアに派遣した。 |
| ムキアヌス | シリア総督。ドナウ軍から、皇帝即位を要請されるが、ウェスパシアヌスを皇帝としてドナウ軍団と共にイタリアに進軍した。 |
| ティトゥス | ウェスパシアヌスの長子。ムキアヌスを説き伏せウェスパシアヌスとの協力体制を築かせた。 |
| アントニウス・プリムス | ベトリアクムの戦いの復讐に燃える、ドナウ軍を指揮し、ウィテリウス軍に再度ベトリアクムで決戦を挑み、打ち破った。次いで、ローマに進軍。市街戦の末、ウィテリウスは兵士達によって処刑された。 |
| サビヌス | ウェスパシアヌスの兄。暴徒化したウィテリウスの兵士に捕らわれ殺された。この時、ウェスパシアヌスの次子で後に皇帝に即位することになる、ドミティアヌスは難を逃れている。 |
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
ウェスパシアヌス帝 |
中産階級出身の元老院議員。カリグラ、クラウディウス時代に頭角をあらわし、ネロ帝にユダヤ総督に任命されユダヤの反乱を鎮圧した。ガルバ、オト、ウィテリウスの皇帝交代劇を静観。オトに荷担して冷遇されたドナウ軍の要請を受けたムキアヌスと協力し、皇帝即位を宣言した。 |
A |
B | A |
同時代人 |
人 物 評 |
| ティトゥス | ウェスパシアヌスの長子。ユダヤの反乱を鎮圧し、イェルサレムを攻略。ウェスパシアヌスと共にローマへ凱旋する。事実上のウェスパシアヌスの後継者にして共同統治者として、父帝と共にコンスル職を歴任する。糞尿税に対する、ウェスパシアヌスとのやりとりは両者の性格を示していて興味深い。 |
| ドミティアヌス | ウェスパシアヌスの次子。ムキアヌスと共に内戦終了後のローマをムキアヌスと共に統治。父帝より、ティトゥスと共に副帝(カエサル)の称号を得る。 |
| ムキアヌス | シリア総督。アントニウス・プリムスに続いて、ローマに入城。ウィテリウスの残党、ガリアでの反乱軍を滅ぼした。ウェスパシアヌスのローマへの凱旋入城後は、実権をウェスパシアヌスに移譲した。 |
| アントニウス・プリムス | 対ウィテリウス戦の功労者。 |
| フラウィウス・ヨウィヌス | ユダヤ人の史家。対ユダヤ戦でローマ軍に寝返り、ティトゥスの参謀となる。この功績で、フラウィウスの名を与えられる。反乱鎮圧後、「ユダヤ誌」を記す。 |
| ベレニケ | ユダヤ王アグリッパ2世の姉。ティトゥスの愛人として、ローマに同行したが、ローマ市民の反感により、ユダヤに送還された。 |
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
ティトゥス帝 |
ウェスパシアヌスの長子。クラウディウス時代にはネロの義弟ブリタニクスに仕えていたこともある。 |
A |
B | B |
同時代人 |
人 物 評 |
| ドミティアヌス | ウェスパシアヌスの次子。ティトゥスの急死後、帝位を継承した。ティトスを暗殺して不当な帝位を手に入れたとする悪評もあるが、事実かどうかは疑わしい。 |
| (大)プリニウス | 「博物誌」の著者。ヴェスヴィオ山の噴火に巻き込まれて死亡した。甥の小プリニウスとタキトゥスとの間の手紙によって、噴火の事情が記されている。 |
皇 帝 名 |
皇 帝 評 |
政治 能力 |
軍事 能力 |
業績 |
ドミティアヌス帝 |
ウェスパシアヌスの次子。ウェスパシアヌスのユダヤ遠征には従軍しなかった。ローマで叔父サヴビヌスと共に、ウィテリウスの人質となったが、ドミティアヌス自身は難を脱した。父ウェスパシアヌス帝の頃よりカエサル(副帝)の称号を受けており、ティトゥスの死後、皇帝となった。 |
B |
B | C |
同時代人 |
人 物 評 |
| ドミティア | ドミティアヌスの妻、ネロ時代の部将コルブロの娘。パリスとの浮気により、一度流刑にされていたが後に復縁した。ドミティアヌスの暗殺の首謀者の一人ともいわれる。 |
| デスバルス | ダキア王。ドナウ国境地帯を巡って、ローマ軍と戦闘を展開した。一時ドミティアヌスと和議を結んだこともある。 |
| サトゥルニス | 高地ゲルマニア総督。属州軍を率い反乱を起こしたが、低地ゲルマニア総督マクシムスによって鎮圧された。 |
| ネルヴァ | ドミティアヌスの死後、即座に元老院から皇帝に選ばれた。おそらくは、ドミティアヌスの暗殺にも関与している。 |
| アグリコラ | ブリタニア総督。歴史家のタキトゥスの義父。ブリタニア征服を完成し、スコットランド、アイルランドへの侵攻も計画したが、無用な戦線拡大を望まないドミティアヌスに罷免された。 娘婿のタキトゥスが記した「アグリコラ」にはブリタニアの征服、統治の様子が詳しく記されている。 |
| パルテニウス | ドミティアヌスの従者。ステファヌスと共謀してドミティアヌスを暗殺した。 |
| ステファヌス | ドミティアヌスの姪ドミティラ(紛らわしいが上記ドミティアとは別人)の執事。ドミティアヌス暗殺の実行犯。 |