ローマ帝国史略


傾国の予兆

 哲人皇帝マルクス・アウレリウスの死後、ただ一人帝位にあったのは、辺境嫌いの放蕩者、偉大なる皇帝の不肖の息子コンモドゥスだった。蛮族を殲滅する機会を自ら放棄し、ゲルマニアから帝都に帰還した若き皇帝は暴虐の限りをつくし、ついには暗殺される。
 元老院と親衛隊。それぞれ帝位後継者を擁立し混乱するローマ市。ディディウス・ユリアヌスが帝位を親衛隊より買収したとの報が帝国内を駆け巡ったことは、各地の軍団に反乱の口実を与えることになった。
 クロディウス・アルビヌス、ベスケンニウス・ニゲル、そしてセプティミウス・セヴェルス。次々と彼等は皇帝争奪戦に名乗りを上げたのである。セプティミウス・セヴェルスのローマ進軍の報に慌てふためく元老院は、皇帝である筈のディディウス・ユリアヌスの処刑を断行。異人セプティミウス・セヴェルスの皇帝即位を承認した。
 大規模な内乱が始まった。それは、ネロ帝死後の混乱を遙かに凌ぐものとなったのである。


 

皇 帝 名

皇  帝  評

政治
能力
軍事
能力
業績

コンモドゥス帝
180〜192

 マルクス・アウレリウスの10男で、成人した唯一の息子。生まれながらに皇帝として育てられ実際に即位した初めての皇帝。父子継承としても、ウェスパシアヌスからティトゥスへの継承以来1世紀ぶりとなる。
 父マルクス・アウレリウスの同僚皇帝ルキウス・ウェルスの死後、5歳にして副帝(カエサル)に昇進。まもなくマルクス・アウレリウスと同格の正帝(アウグストゥス)の称号を獲得した。マルクス・アウレリウスの対サルマタエ戦へ同行していたが、父帝が現地で病死すると、従前の方針を完全に覆し、前線から退却しローマで凱旋式を挙行した。
 政治に関心を持たず、解放奴隷サオテルス、親衛隊長ペレンニス、フリギア人クレアンデルといった佞臣達に権力を委譲。権力に群がる彼らの間では、数々の陰謀劇が繰り返された。
 コンモドゥスの姉ルキラの暗殺計画、ブリタニア軍の告発によるペレンニスの失脚などの、自らの地位を脅かしかねない事件が繰り返されるにつれ、コンモドゥスは誇大妄想(精神疾患か?)の様相を露わにし始める。自らをヘラクレスの化身と名乗り、ゼウスの息子を称した。大規模なローマ市の火災後、その再建に伴いローマの名を自身の名から、コロニア・コンモディアナと改名。様々な公共建築物にもコンモドゥスの名前をつけていた。
 また、剣闘士競技に夢中になり、実際の見せ物に出場して野獣を殺したり、剣闘士達と模擬戦をしたと言われる。余談だが、コンモドゥスは左利きだったようで、通常は左利きの剣闘士との試合機会が少ないということもあり、剣闘士としての実力もあったようだ。
 その一方で軍と市民の人気を維持するために、何度となく下賜金を振る舞い、富裕な家を取りつぶしては収奪を繰り返した。剣闘士の試合の見せ物としてコンスルを殺害してコンモドゥスがただ1人の権力者との名乗りを挙げるという計画を知った、親衛隊長ラエトゥスはコンモドゥスを見限り、皇帝暗殺を実行。元老院からは記憶の断罪処分を受けたが、死体は歴代のアントニヌス家の皇帝達と共にハドリアヌス廟に葬られた。(後にセプティミウス・セヴェルスによって、記憶の断罪処分も取り消されて神格化されている)
 ローマ史上、最大の暗君。父マルクス・アウレリウスのゲルマニア遠征の中止については、必ずしも失敗とは言えないが、政治への関心の欠如と数々の奇行は五賢帝時代に培われた政治的安定を破壊してしまった。このコンモドゥスの愚行が招いたのが、僅か一年の間に6人もの皇帝が次々と即位するという大混乱の時代である。コンモドゥスは映画「ローマ帝国の滅亡」「グラディエーター」にも暴君として登場している。

同時代人

人    物    評

ルキラ  コンモドゥスの姉。元老院議員クィンティアヌスと共謀してコンモドゥス暗殺計画を決行。しかし、失敗しクィンティアヌスと共に処刑された。
ポンペイアヌス  ルキラの夫。コンモドゥスのゲルマニアからの撤退に反対したが、聞き入れられなかった。
クィンティアヌス  元老院議員。ルキラのコンモドゥス暗殺計画の実行犯。コロッセウムにて犯行に及んだが失敗し、ルキラと共に処刑された。
ペルティナクス  ローマ市長官。コンモドゥスを暗殺したラエトゥスの要請により皇帝に即位する。
パテルヌス  親衛隊長。ルキラの皇帝暗殺計画失敗のどさくさにサオテルスを殺害。激怒したコンモドゥスの命で処刑された。
ペレンニス  親衛隊長。サオテルス失脚後にコンモドゥスの信任を得て国政を担当。皇位簒奪の陰謀(真偽は不明)をブリタニア軍に告発され、一族もろとも処刑された。
ユリアヌス  親衛隊長。剣闘士の見せ物に出場するコンモドゥスを諌めた為に、コンモドゥスの怒りを買い、辱めを受けた上で殺害された。
ラエトゥス  親衛隊長。剣闘士にうつつを抜かすコンモドゥスを見限り、暗殺を計画。ナルキッソスなる剣闘士を差し向けコンモドゥスを殺害した。
サオテルス  コンモドゥスの侍従を勤めた解放奴隷。コンモドゥスの信任を受けて政治の決定権を持った。ルキラの陰謀の際に親衛隊長パテルヌスに謀殺された。
クレアンデル  フリギア人の解放奴隷。ペレンニス死後に権力を獲得。食料の買い占め(冤罪か?)に怒った市民の暴動の中で、コンモドゥスに見放されて処刑された。
エクレクトゥス  コンモドゥスの侍従。ラエトゥスのコンモドゥス暗殺に協力。
マルキア  コンモドゥスの愛人。ラエトゥスのコンモドゥス暗殺に協力。

 

皇 帝 名

皇  帝  評

政治
能力
軍事
能力
業績

ペルティナクス帝
193

 解放奴隷の子から軍功によって昇進した元老院議員。
 マルクス・アウレリウス時代にドナウ国境での従軍により元老院に選ばれ、コンスル、モエシア総督、ダキア総督、シリア総督を歴任した。その後、コンモドゥスの引き立てでアフリカ総督を勤めた後、ローマ市長官となっていた。コンモドゥスが暗殺されると、親衛隊長ラエトゥス、エクレクトゥスの要請により、親衛隊の支持の下で皇帝即位を宣言した。
 コンモドゥス時代からの政治的混乱の根元が親衛隊の横行にあると判断したペルティナクスは、親衛隊の権力を制限しようとした。しかし、ペルティナクスの支持基盤そのものが親衛隊であったために、親衛隊兵士クーデターの計画が続発。ペルティナクスは2度に渡って陰謀を阻止したが、最後は宮廷の使用人にも見捨てられ、暴徒と化した親衛隊兵士達に取り囲まれ、何とか弁舌によって説得しようとしたが果たせず惨殺された。
 ペルティナクスは皇帝たるに相応しい経歴の持ち主であったが、自身の権力の拠り所がどこにあるかの見極めが出来なかったのが悔やまれる。誠実で真面目なペルディナクスの本来は美点であることが、彼の死因となってしまった。清濁併せ飲む度量というものがペルティナクスには欠けていたのかもしれない。

同時代人

人    物    評

ラエトゥス  親衛隊長。先帝コンモドゥス暗殺の黒幕の一人。ペルティナクスに皇帝即位を要請した。しかし、ペルティナクスの親衛隊への介入に反発してクーデターを起こしてペルディナクスを惨殺した。
エクレクトゥス  先帝コンモドゥス暗殺の黒幕の一人。ラエトゥスと共にペルティナクスを擁立。
ファルコ  親衛隊のクーデターにより、コンスルのファルコの擁立が計画されたが未然に計画が露見。ファルコ自身はペルティナクスに許された。

 

皇 帝 名

皇  帝  評

政治
能力
軍事
能力
業績

ディディウス・ユリアヌス帝
193

 富裕な元老院議員。マルクス・アウレリウスの母ルキラの下で幼年時代を過ごし、アントニヌス朝の皇族との人脈を生かして栄達。ゲルマニア司令官、低地ゲルマニア総督、アフリカ総督などを歴任し、コンスル職の経験もあった。
 ペルティナクスを殺害した親衛隊が、皇帝位の公開競売を宣言すると、ペルティナクスの義父スルピキアヌスよりも多額の報酬を約束したディディウス・ユリアヌスの皇帝即位を宣言した。
 しかし、競売によってディディウス・ユリアヌスが帝位を手に入れたとの知らせは、属州の各軍団による新たな皇帝擁立の動きを引き起こした。シリア総督ペスケンニウス・ニゲル、ブリタニア総督クロディウス・アルビヌス、そしてパンノニア総督のセプティミウスセヴェルス。
 ライン・ドナウの各軍団の支持を得たセヴェルスがローマに迫ると、ディディウス・ユリアヌスは共同統治を申し出るがセヴェルスはそれを一蹴。元老院はセプティミウス・セヴェルスの皇帝即位を承認した。
 親衛隊への約束の報酬を払うことが出来ずに元老院からも軍からも見捨てられたディディウス・ユリアヌスは元老院の死刑宣告により、ただ1人でいる所を捕らえられて処刑された。
 帝位を金によって獲得したということも問題だが(実際ペルティナクスも親衛隊への報酬を約束している)、より深刻なのはそれを民衆に見える形で行ってしまったということである。歴代皇帝の中でも最も惨めな死に様には同情を禁じ得ないが、ディディウス・ユリアヌス、そして親衛隊の思慮の浅さは非難されねばならないだろう。

同時代人

人    物    評

スルピキアヌス  ペルティナクスの妻フラウィア・ティティアニアの父。ディディウス・ユリアヌスとの帝位獲得競売に敗れる。
ラエトゥス  親衛隊長。コンモドゥス、ペルティナクス暗殺の黒幕。セプティミウス・セヴェルスがローマに迫ると、ディディウス・ユリアヌスに処刑された。
セプティミウス・セヴェルス  高地パンノニア総督。カリヌントゥムで配下のドナウ軍がセヴェルスの皇帝即位を宣言。ローマへ進軍し、元老院に自身の帝位を認めさせた上で、元老院のディディウス・ユリアヌスの処刑後ローマに入城した。
クロディウス・アルビヌス  ブリタニア総督。ペルティナクスの死とディディウス・ユリアヌスの帝位買収の報を聞き、挙兵。セヴェルスから副帝(カエサル)の地位を与えられて、セヴェルスの皇帝即位を承認した。
ベスケンニウス・ニゲル  シリア総督。ペルティナクスの死とディディウス・ユリアヌスの帝位買収の報を聞き、挙兵。

 

 

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