ローマ帝国史略


ローマ帝国名言&迷言集

大カトー
(元老院議員)
カルタゴ、滅ぼすべし!(演説で必ず最後に付け加えた言葉)

ユリウス・カエサル

賽は投げられた。(ルビコン河を渡ってローマに進軍するさい)
来た、見た、勝った。(ポントゥスの反乱鎮圧の報告書)
オクタヴィアヌス帝
(アウグストゥス)
ヴァルスよ、余の軍団を返してくれ!(トイトブルクの敗戦の報を聞いて)
余がこの縁組みを望むのは、国家的な理由のためである。(ティベリウスとの養子縁組のさい)
拍手を送ってくれ、人生という喜劇を演じ終えた私に。(死の床で)
クラウディウス1世帝 妻の行いを最初は許し、最後に罰するのが余の運命だ。(酒に酔った時に)
ネロ帝 字など習うのではなかった!(死刑執行状への署名について)
ウェスパシアヌス帝 この金が臭うか?(糞尿税の廃止を求めるティトゥスへ)
皇帝は立って死なねばならない!(死の直前、立ち上がって)
ああ、余は神になりつつあるのだな。(死の床で)
アントニヌス・ピウス帝 私は諸君に一切の指示を与えない。諸君は彼の行為の全てを無効にするのだろう。私の養子縁組もその一つだ。(ハドリアヌスの神格化を拒否する元老院に対して)
マルクス・アウレリウス帝 そんなことより、疫病と人間の避けられぬ運命である死について、考えるべきではないか?(自らの死の床で嘆き悲しむ廷臣達に)
コンモドゥス帝 父は天国に召され、今は神々の友として座している。私は人間の諸事に気を配り世界を統治せねばならない。(父マルクス・アウレリウスの死後の演説)
セプティミウス・セヴェルス帝 互いに仲良くせよ。兵を富ませよ。それ以外のことには気をかけるな。(死の床で、息子カラカラとゲタの兄弟へ)
カラカラ帝 世界で余だけが金を持てばよい、そして、余は金を兵士らに与えたい。(口癖)
ゲタ帝 私を産んで下さった母上、助けて下さい。私は殺される!(暗殺の現場で、同席していた母ユリア・ドムナへ)
エラガバルス帝 陛下と呼ばないで、私は女なのよ♪(男娼への口説き文句)
アウレリアヌス帝 アルプス以北の属州などに君臨するよりも、むしろイタリアの一地方を治めることの方が、はるかに楽しくないかね。(アウレリアヌスに降伏後、官職を与えられた僭帝テトリクスとの対話)
ゼノビア
(都市国家パルミラの女王)
皇帝の権威は地に落ちたと思っておりましたのに、あなたを見てその健在を知りました。(アウレリアヌス帝の捕虜になって)
ディオクレティアヌス帝 サロナエに私が植えたキャベツを見れば、諸君もそんなことをすすめる気は2度と起こさないだろう。(カリヌントゥム皇帝会議で、内乱収拾の為の復位を求められて)
ユリアヌス帝 キリストよ、汝は勝てり・・・。(死の直前に)
ヒエロニムス
(ベツレヘムの神学者)
世界の燈台は消えた。ローマ市の滅亡はやがて全人類の滅亡である。(西ゴート族のローマ市占領事件を聞いて)
アタウルフ
(西ゴート王)
我が心からの望みはローマ帝国の繁栄を覆すためにはあらで、そを回復し維持するためにゴート族の剣を駆使した一異邦人の功績が、後代の人々によって承認され感謝される一時である。(ナルボンヌでの史家オロシウスとの対話)
テオドリック1世
(東コート王)
悪しきローマ人はゴート人たらんとし、悪しきゴート人はローマ人たらんとする。
ユスティニアヌス1世帝 ソロモンよ、我は汝に勝てり。(聖ソフィア寺院完成のさい)
テオドラ
(ユスティニアヌス1世の皇后)
帝位は最高の死に装束でございます。(ニカの乱に動揺して逃亡しようとした、ユスティニアヌス1世に対して)
ナルセス
(宦官のイタリア総督)
では俺は皇后が容易にとけないような糸を紡いでやる。(イタリア総督を解任されたさい)
グレゴリウス1世
(ローマ教皇)
今元老院はどこにあるのか、ローマ市民はどこにいるのか?(荒廃したローマを見て)
マウリキウス帝 おお、悲しいかな。彼が臆病者ならば間違いなく殺人者となろう。(簒奪者フォカスを評して)
おお、我が主よ、汝は正義の神にして汝の判決は正当なり。(簒奪者フォカスの命で息子達が処刑され、自身にも死が目前と迫った時)

ヘラクレイオス帝

シリアよさらば!敵にとり、なんとよき国であろうか・・・。(ヤルムーク河畔の戦いの敗戦の報を聞いて)
ハーリド
(サラセン帝国の部将)
ああ、俺は首だ!(ヤルムーク河畔の戦いの直前にカリフ、アブー・バクルの死を聞いて)
アムル
(サラセン帝国の部将)
ここはシリアか、それともエジプトか?(カリフ、ウマルのシリアに居れば退却するようにとの命令に対して)

ユスティニアヌス2世帝

全員が罪人である。だから全員を滅ぼさねばならぬ。(亡命先からの復位後に行ったクリミア遠征についての命令)
テオフィロス帝 お前はすでにテオフォブスではない。もう直に、否、今すぐにでも俺はテオフィロスではなくなる。(死の床で、帝位継承の障害となることを案じ、妹婿のテオフォブスの処刑を命じて)
メフメト2世
(オスマン・トルコのスルタン)
あの街を下さい。(コンスタンティノポリス攻略戦の直前に宰相に対して)

コンスタンティヌス12世帝

諸君は古代ギリシアやローマの英雄たちの子孫であることを思い起こし、祖先を辱めぬ働きを見せて貰いたい。自分もまた信仰の為に、この都の為に、そして市民の為に命を捨てる覚悟である。(コンスタンティノポリス攻略戦中の演説)
誰か、余の首を刎ねるキリスト教徒はおらぬのか!?(コンスタンティノポリス陥落のさい)

※当時の噂や後世の作り話の可能性が高いものも含まれてるんで、ご了承下さい。

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