「帰納と演繹」あるいは「分析と総合」

2009年4月30日
弁護士 中島 光孝

川上さんご夫妻の新しい訴訟が始まって3年になろうとしている。訴訟ではいわゆる中枢説に沿って主張を重ねている。主張の組立てにあたっては帰納と演繹という考え方が役に立っている。

帰納とは個々の特殊な事実から一般的結論を導き出す推理,演繹とは一つ以上の命題からそれを前提として経験にたよらず,もっぱら論理の規則にもとづいて結論を導き出す思考の手続である。

水俣病は1956年5月に「公式発見」された。その原因物質が有機水銀であることにたどりついたのは1959年7月であった。その間「爆薬説」や「有毒アミン説」など非科学的な主張もなされた。現在は有機水銀による損傷部位がどこかについて,末梢神経及び中枢神経が損傷されるとする「行政見解」と中枢神経が損傷されるとした水俣病関西訴訟判決の「司法見解」が対立する。

訴訟における主張は説得のための技術でもあるが,川上訴訟でも中枢説をどのように主張し立証するのかが課題である。

あのニュートンは,主著『光学』において,「数学と同様,自然哲学においても,難解なことがらの研究には,分析の方法による研究が総合の方法につねに先行しなければならない。この分析とは,実験と観察を行うことであり,またそれらから帰納によって一般的結論を引き出し,そしてこの結論に対する異議は,実験または他の真理から得られたもの以外は認めないことである」とし,「総合とは,発見され,原理として確立された原因をかりに採用し,それらによってそれらから生じる諸現象を説明し,その説明を証明することである」と述べている。

これは水俣病の損傷部位がどこかを特定する研究にあてはまるし,また,訴訟において主張を組み立てる際の参考になる。適切な検査方法によって適切な比較対照群を含めて検査し,その結果から帰納によって中枢説という一般的結論を引き出す過程,そして中枢説にたって川上さんの症状の原因を説明し証明する過程は,まさに科学と裁判に共通する論証のあり方である。古来演繹よりも価値の劣るとされていた帰納の意義を明らかにしたのは,法学者でもあった近世の哲学者フランシス・ベーコンであったことを忘れてはならない。

ここで,15世紀末にスイスで生まれたパラケルススの事績をたずねる。彼は,「医家の課題は疾病の種類と原因と症状とを認識し,そのうえに明察と勤勉をもって医薬を処方し,状況と特殊性におうじてあらゆる治療を行うこと」を教育方針とした。そして,チロル地方の鉱山地帯の労働者の慢性呼吸器疾患の症状を記録し,その原因を塵肺及び砒素や水銀や鉛の蒸気によるものであることを突き止めた。これは医学史上はじめての職業病の発見である。水俣病認定業務に従事する専門家には,帰納や分析を大事にし,パラケルススのような姿勢こそが求められるのではないだろうか。

参考文献:粟田賢三・古在由重編『岩波小辞典哲学』(1958年),佐々木力『科学論入門』(岩波新書,1996年),山本義隆『一六世紀文化革命1』(みすず書房,2007年)

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