★緊急特集★ チッソ水俣病関西訴訟控訴審 第三一回口頭弁論報告
 今号の織り込み案内でもお知らせしていますが、チッソ水俣病関西訴訟は、いよいよ結審を迎えることになりました。それに先立ち、さる二月二二日(火)の第三一回口頭弁論、並びに三月一六日(木)の第三二回口頭弁論では、原告側弁護士による争点別の意見陳述が行われました。今号のニュースではその意見陳述をまとめて報告します。


■ 争点別意見陳述その一 
 一審原告らの本件損害について
 ― 損害認定についての原判決の判断基準に対する批判 ―
   チッソ水俣病関西訴訟弁護団長 松本健男弁護士

 原判決は、原告の症状が水俣病症状であるか否かを五二年判断条件によって判定するとの立場をとり、これを絶対的基準とする硬直な態度を保持している。

原告らは五二年判断条件が四六年環境庁事務次官通知の正しい認定基準を乱暴に修正したものであることについては繰り返し主張してきた。

 その要点は水俣病症状を幾つかの症状に限定的に類型化し、その症状の一定の組合せを成立の不可欠の要件とする点にある。要するに水俣病症状はメチル水銀汚染魚介類を長期間摂食した人に不可逆的に生じる症状であり、これは周知の事実であるのに、右の疫学的条件では不充分であるとし、別に設定された類型該当性を要求するのである。

 しかし五二年判断条件は、水俣病認定患者の範囲をできるだけ狭めて決めるために硬直に運用されてきた点に最大の問題がある。原判決はまさにそのような典型である。

 原判決は「個別的因果関係の判断」の項において各原告について、メチル水銀曝露歴として生活歴・職歴、魚介類摂取状況を記載し、症候の項で、四肢末梢優位の感覚障害、小脳性運動失調などについて記載し、これらにもとづいて水俣病に起因する可能性の程度について判断している。

 しかしまず当該原告患者の症状歴が記載されていない。したがって原告らが経時的に様々の症状を訴え、そのために日常的に蒙むった困難などが明らかにされていないため、原告らが蒙むった水俣病被害の全体が明確にされず、損害自体が不明確にされているのである。公害健康被害補償法施行令一〇条は法二六条が定める障害補償費について、特級から三級までの四段階に区分しているが、特級と一級はいずれも障害補償標準給付月額の一・〇(一〇〇%)、二級が〇・五、三級が〇・三となっており、公害患者に対する補償が労働者災害補償給付と比して較差を生じないように措置することを基準にしていることが判明する。

 ここで公害患者の中で特級とは、労働することができず、日常生活に著しい制限を受ける程度の心身の状態で、常時介護を必要とするもの、一級とは、労働することができず、日常生活に著しい制限を受けるか、又は労働してはならず、日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度の心身の状態であり、二級三級もそれぞれに規定されているが、本件一審原告らはいずれも、右の特級〜三級のいずれかに該当する人たちであることをここで強調せねばならない。

 ここで重要なことは、たとえばじん肺事件のように最近でも幾つかの判例がみられているし、大気汚染や薬物公害による公害訴訟でも幾つかの裁判が出されているが、いずれも、重大な被害をうけた被害者である労働者や地域住民に対し、社会的に納得しうる程度の救済措置として損害賠償金額が決定されている。しかるに、極めて遺憾なことには水俣病についてだけは、一部の認定患者以外はすべて(本件原告らは全員非認定患者である)、長い裁判の結果極めて低額の補償費しか認められていない。

 じん肺などの労災患者や、大気汚染公害患者はいずれも重大な被害をうけているが、労災補償保険や、公健法の障害補償費の給付をうけてきた人であり、これに含まれる休業補償費や逸失利益などのほかに慰藉料の支給が決定されているのだが、水俣病の未認定患者はかかる実体的な補償給付をこれまで一度も受けていないのである。しかるに水俣病裁判で認容された補償金額は原判決を含め、極めて低額である。この点について、新潟水俣病患者のために貢献してこられた斉藤恒医師は最近の論文の中で、一九九二年以降、福岡、新潟、京都、熊本ならびに関西訴訟は申し合わせたように最高が八〇〇万円としてランク付けされていると指摘されているが、その通り、水俣病患者の実態に則した損害額が認定されているとは到底いえない。とくにひどいのが東京地裁判決(H四・二・七)(判時H四・四・二五)であり、原告のうちの約三分の一は水俣病である相当の可能性がないとして全部棄却され、他の三分の二についても水俣病である可能性はあるとしたが、慰藉料三五〇万円を認定したにすぎない。同判決の個別原告についての検討の項を一読して、その認定の恣意性、原告患者の様々な症状に対する意図的な無視の態度に強く驚かされる。

 原判決についていえば、東京判決と同じく、原告らの苦しみを全く無視する態度がもっとも鮮明に示されているのが、一つは除斥期間の満了を理由とする棄却、他の一つは、四名の死亡剖検患者と一名の小児性患者に対する棄却判定である。

 除斥期間の満了を理由とする棄却についてはすでに口頭の意見陳述をなしたが、まず何よりも、水俣病の原因がチッソ水俣病工場廃水に含まれているメチル水銀が二〇数年間にわたって昼夜を問わず水俣湾、不知火海に垂れ流され続けた結果であることを、チッソならびに国が(国ほどではないが熊本県も)否定し、隠しごまかすために、あらゆる工作をなし、何よりも被害者である地域住民をだまし続け、原告らが自分たちが蒙むっている被害の加害者がチッソであり、国県であることの認識に達することを極力妨害し続けたことを指摘しなければならない。

 一審原告ら水俣病の地域住民に対するこのような事実の隠蔽と責任の回避を棚上げにして、本件提訴が若干遅れたとして、十数名の本訴請求を否定するごときは、水俣病のごとくもっとも非人道的な加害行為を免罪するものであり、裁判所のあり方として到底認めることはできない。

 五名の原告患者に対する棄却判定についていえば、これを合理化しうる根拠は全くない。原判決自身、個別的因果関係の判断の項において、五名の各原告についての症状として、たとえば小脳性運動失調について県の認定審査会や阪南中央病院の検査所見を記載しているが、これをみてもこれら五名の原告につき、水俣病に起因する可能性がほとんどないとする判定は全く理由がない。たとえば、死亡した剖検患者山下一弥についていえば、三三年の検査で協調運動障害として指鼻試験、指指試験いずれも閉眼++、ジアドコキネシス+、つぎ足歩行動揺++の所見が認められており、五八年一〇月にも同様の所見が認められている。また小児性水俣病と考えられる鬼塚光男についていえば、三二年の検査でジアドコキネシス左右とも++、指指試験閉眼++、などが、三六年の検査でもジアドコキネシス左右++などは認められており、同原告らについて水俣病として認めるべき所見が明記されているのである。

 そしてこれ以外の原告らについては、水俣病罹患の有無は五二年判断条件によることとし、これを満たす患者については水俣病である高度の蓋然性があると考えられるがこれを満たさない患者については水俣病である高度の蓋然性まであるとはいえないし、結局原告らはすべて水俣病である高度の蓋然性があるとはいえないが、証拠によって水俣病である可能性が若干は認められるとの認定判断を下しているのである。しかし原告らが水俣病である高度の蓋然性が認められないとの認定判断を裏付ける根拠は全く存在しない。偏見をもたずに、原告らが経過してきた症状の態様と症度をみるならば、原告らを水俣病罹患者とみない道理は全く存在しないのであるが、原判決はあたかも原告らの症状を水俣病である若干の可能性で片づけようとする態度をあからさまに示して、その結論を論証抜きで示しているのである。原判決の認定の個別問題についていえば、感覚障害について四肢末端優位を基準とすることは認められるが、全身型、半身型の障害を除外する態度をとっていること、感覚障害部位の変動や症状の変動を否定材料とし水俣病症状であることを否定していることの誤まりがある。また水俣病の運動失調を小脳性運動失調に限定し、ロンベルグ陽性のものを除外しようとする態度に出るなど、水俣病症状の認定判断において決定的な誤まりをおかしている。協調運動障害ならびに平衡機能障害において、多くの原告らがその症状を顕著に示しているにも拘らず、これを基本的に認定しない態度を継続し、そのため、原告らの全員が小脳性運動失調の可能性を認められないという異常で根拠のない判断を下している。

 原告らが水俣病被害のために蒙むった被害は、四肢末梢を中心とする感覚障害、運動失調を中心とする運動機能障害、視野狭窄を中心とする視力障害など多岐にわたるが、これらは汚染地域の住民が程度の差はあれ、ひとしく侵された障害であることをここで改めて強調したいのである。しかるに原判決はこうした極めてかたよった認定判断により、原告らの水俣病認容度を、一五〜四〇%という異常に低い値としている。この極端に低い確率はいかなる根拠にもとづいて決定されたのか。原判決はこれを明確に説明しておらず、唐突にその結論だけが押しつけられているのであるが、原判決がこのような判断を下すについて、まず、原告らの各自について水俣病であることについての五二年判断条件にもとづく高度の蓋然性がないとの独断を根拠とし、原告らの損害を認定患者のせいぜい五〇%程度であるとし、これを前提として、各原告にかかる水俣病症状全体の中での各症状の割合を勝手に設定し、この二重の操作によって一五〜四〇%の結論を導き出したと考えられるのである。

 しかしそもそも原判決が、一審原告らが五二年判断条件を満たしていないから、高度の蓋然性のある水俣病症状を有していないとする判断に決定的な誤まりがある。原告らの症状を、その経過と症度に則してみるならは、これを水俣病の範疇から除外することは許しがたい誤まりであるし、さらに前記したごとき症状の歪曲化によってこれを否定してしまうことによって、極めて人為的に一五〜四〇%なる症度が策定されていることをみるのである。前記したように全原告について運動失調を否定する作為的な操作によって、それだけで、いずれも数十%の症度が剥奪されているのである。

 しかも原判決は、その偏った見解にもとづいて原告らの請求を慰藉料と限定解釈し、水俣病である高度の蓋然性がある場合の慰藉料を二〇〇〇万円と勝手にきめつけ、これに対して前記の自ら認定した水俣病に起因する可能性の程度(確率)を乗じて原告らの損害額を算出しているのである。したがって原判決の損害認定は原告らが主張し、且つ立証した損害に比して著しく低くなっている。

 原告らは、実態的根拠にもとづき、水俣病に起因する損害のうちの三〇〇〇万円についてその支払いを求めているのであるが、原判決は、そもそもの水俣病の損害総額を勝手に二〇〇〇万円に減縮してしまい、さらに前記の症状として認容しうる割合を一五〜四〇%に減縮しているのであって、原告らの請求権は勝手に減縮させられ、乱暴に削除されてしまっている。原判決の損害の認定は一部認容された原告についても著しく低減させられていることをここで改めて指摘し、当審において原判決のおかした誤まりを完全に拭色して、改めて適正な損害額が認定されるべきであることを強調しておきたい。

 原告らが蒙むっている水俣病被害は数十年間にわたりこれを経験させられた本人でなければその苦痛を認識することは困難であるが、水俣病に罹患させられたことによって、治癒しがたい身体機能の障害を蒙むったのであり、これに伴う様々な肉体的・精神的苦痛は重大であり、またこれだけのひどい加害がチッソならびに国県によってなされたというのに、原告らに対しては、認定制度の重大な壁のために被害認定はもとより、いかなる損害補償もこれまでなされてこなかったという事実そのものが、原告らに言葉に尽くしがたい精神的苦痛を与えているのである。

 当法廷は、水俣病患者にとって、まともな救済がなされることなるか否かの最後の場となったのであり、水俣病を含むすべての公害患者は本法廷において下される水俣病問題にかかる最終的判定に眼を向け、耳を傾けているのである。

 水俣病にかかる加害企業ならびに加害行政の責任を明確にし、原告らに対する血の通った暖かみのある適正な判決が下されることをここに切実に希望するものである。

以上


■ 争点別意見陳述その二 

 -「除斥期間」について
  チッソ水俣病関西訴訟弁護団副団長 大野康平弁護士

第一 「除斥期間」による権利の消失を論ずることじたいの誤り


一 はじめに
 一審原告らは、当審の最初の書面である準備書面チというのを五年ほど前に提出しました。その第二分冊で、除斥期間のことについて、原判決の誤りを指摘し、批判したところです。

 ところが、その後の平成一〇年六月一二日に、除斥期間についての新らしい最高裁判所判決が出されまして、学説がこぞってこの新判例を支持するということが発生しました。そのような経過をふまえて、除斥期間の問題を改めて論じてみたいと思います。


二 平成一〇年最高裁判決の意義

 1 平成一〇年判決の要旨、さわりの部分は、つぎのようになっております。

 「民法七二四条後段の規定の趣旨を字義どおりに解すると、不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内において心神喪失の常況にあるのに後見人を有しない場合には、二〇年が経過する前に不法行為による損害賠償請求権を行使することができないまま、請求権が消滅することになる。しかし、これだと、その心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても、
  •  被害者は、およそ権利行使が不可能であるのに、単に二〇年が経過したということだけで一切の権利行使が許されないこととなる反面、

  •  心神喪失の原因を与えた加害者は、二〇年の経過によって損害賠償義務を免れるという結果となり、

 著しく正義・公平の理念に反するといわざるを得ない。そうすると、少なくとも右のような場合にあっては、当該被害者を保護する必要があることは、時効の場合と同様であり、その限度で民法七二四条後段の効果を制限することは条理にもかなうというべきである。」ということで、「このような特段の事情があるときは、民法一五八条の法意に照らし、民法七二四条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。」という内容になっています。

 2 この判決内容について、学説はいずれもこれを支持していますが(少なくともこれを非難するものは見当たりません。ただし、さらに進んだ判断を期待する見地から、必らずしも十分ではないという趣旨とみられるものもありますが)、学説の代表的なものとして、松本克美教授はつぎのように評論されています(法律時報七〇卷一一号九一頁)。

「このような判例・学説状況のなかで、本判決多数意見が、下級審判決の一部に見られるような、除斥期間適用制限否定論を排斥し、むしろ適用制限肯定説にたち、条理を根拠に、除斥期間の適用制限を正面から認めたことは、重大な意義がある。すなわち、ここにおいて、除斥期間の適用制限の可否を論ずる時代は過ぎ去ったというべきである。今や、適用制限があり得ることを前提にして、いかなる場合に除斥期間の適用制限を認めるべきかという問題、すなわち、適用制限の要件論が課題である。その意味で本判決は時効・除斥期間論の第二ステージの幕開けを告げるものである。」と言っておられます。

 3 この平成一〇年判決のもつもう一つの大きな意義は、河合伸一裁判官の意見・反対意見が付されていまして、そこに、不法行為法の基本的な法理を踏まえたうえでの、民法七二四条後段の規定にかんする、貴重な指摘が記述されていることであります。

前述の準備書面チでの一審原告らの、除斥期間にかんする主張の趣旨・内容は、そのほとんど全部にわたり河合裁判官の見解と一致するものであり、河合裁判官の意見・反対意見は、きわめて判りやすいとともに、含蓄に富み、だれが読んでも得心のいくものであります。よって、今回の書面では、その全文を引用しましたが、本日は、その要点を確認しておきたいと思います。

河合伸一裁判官は先ず、「多数意見は、民法七二四条後段の規定は除斥期間を定めたものであり、裁判所は当事者の主張がなくても期間の経過による権利の消滅を判断すべきであるから、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張はそれ自体失当であると判示している。私は、これに賛成することができない。」ということを明言されています。

 そのうえで、五点に亘ってその理由を展開しておられますが、ここでは、一般論がのべられている第四点までについて、検討しておきたいと思います。

 第一点は先ず、不法行為制度の根本理念についてでありまして、「不法行為制度の究極の目的は、損害の公平な分担を図ることにあり、公平がその制度の根本理念である」ことを指摘され、その根拠となる六つの最高裁判例を援用しておられます。

 そして、「これを民法七二四条後段の規定についていうと、不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が右規定の定める期間内に権利を行使しなかったが、その権利の不行使について義務者の側に責むべき事由があり、当該不法行為の内容や結果、双方の社会的・経済的地位や能力、その他当該事案における諸般の事実関係を併せ考慮すると、右期間経過を理由に損害賠償請求権を消滅せしめることが前記公平の理念に反すると認めるべき特段の事情があると判断される場合には、なお同請求権の行使を許すべきである。」とされ、「このような特段の事情がある場合にまで、それを顧慮することなく、単に期間経過の一事をもって損害の分担の実現を遮断することは、その限りで、不法行為制度の究極の目的を放棄することになる」と指摘しておられます。

 つぎに第二の理由として、


「多数意見は、本条後段の規定は除斥期間を定めたものであると解すべきことを根拠として、上告人らの主張を主張自体失当としているのであるが、右のように解すべき理由を自ら示さず、最高裁の平成元年判決を引用するのみであるので、ひるがえって平成元年判決を見ると、理由として、(1)本条がその前段及び後段のいずれにおいても時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わないこと、及び、(2)本条後段の規定は、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため、請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるという二点が示されているが、これらの理由は、いずれも、本条後段の規定をもって除斥期間を定めたものと断定する理由としては、十分でない」という見解をのべられ、その見解の理由の一つとして、権利者の期間徒過を理由に、その「徒過」について責むべき事由ある相手方を画一的に保護するというのは不当であり、不法行為法の究極の目的(=損害の公平な分担)に沿わないという点を挙げておられます。

 以上のような思考を進めて、第三の理由を集約的にのべておられる部分に至りますが、「そもそも、ここでの問題の核心は、不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が本条後段の期間内にこれを行使しなかった場合に、(イ) 当該事案における具体的事情を審理判断し、その内容によっては例外的に右期間経過後の権利行使を許すこととするのか、それとも、(ロ) そのような審理判断をすることなく、常に期間経過の一事をもって画一的に権利行使を許さないこととするかである。そして右のいずれの立場を採るにしても、その理由が示されなければならない。しかるに、平成元年判決の判示するところは、除斥期間の概念を中間的に用いてはいるけれども、結局、(ロ)と解する(画一的に処理する)のが相当であるからそう解するというに尽きるのであって、問題の核心について十分な理由を示しているとはいえないと思われる。」とされ、けっきょく「平成元年判決は、少なくとも前述の特段の事情のある場合については、少なくともその限度で、変更されるべきものと考えるのである。」と結んでおられます。

 そして最後に理由の四として、「前項で述べた(イ)(ロ)いずれの立場を採るかは、学説上、本条後段の規定による期間制限を時効と解するか、又は除斥期間と解するかの問題として、論じられており、かつては右規定をもって除斥期間を定めたものと解する学説が通説であるとされていたけれども、実はそれらの学説は、本件のような事案とそこに含まれる前記の問題を視野に入れて検討した上で提唱されたものではなかった、と。むしろ、平成元年判決以後、同判決が契機となって前記問題が鮮明に意識されるようになり、多くの学説が発表されたが、そのほとんどは右規定をもって消滅時効を定めたものと解している。」とし、河合裁判官としても、これら近時の時効説の説くところは概ね首肯できると考える、とされたうえで、「しかしながら、本件においては除斥期間説と時効説のいずれが正しいかを決しなければならないような必要はないし、相当でもない。」、「要は、前記特段の事情の存在が主張され、あるいはうかがわれるときには、期間経過の一事をもって直ちに権利者の権利行使を遮断するべきではなく、当該事案における諸事情を考究して具体的正義と公平にかなう解決を発見することに努めるべきなのであって、それについて民法一条の宣言する信義誠実ないし権利濫用禁止の法理に依拠するか、あるいは、前述の不法行為制度の目的ないし理念から出発するかは、結局、同じ山頂に達する道の相違として、いずれであってもよいと考えるのである。」という結論に到達しておられる訳であります。

 4 河合伸一裁判官の意見・反対意見は、あくまでも少数意見でありますが、その存在および強い説得性とともに、多数意見じたいが「正義・公平の理念」や「条理」に言及して具体的妥当性を探るほかない場合のあることを肯認したことと相俟って、第一小法廷の平成元年判決の硬直した判例体制の一角が、大きく崩れ去ったことを物語っているというべきであります。

 一審原告らは先の準備書面チで、平成元年判決は早晩変更されるべきであることを指摘しましたが、この平成一〇年判決を契機として、さらに全面的かつ根本的な変更を余儀なくされているというべきであります。



三 本件につき除斥期間による権利の消失を論ずることじたいの誤り
  ●少なくとも政府公式見解の発表段階までは起算点を設定すべきでない

 1 それではつぎに、事実審のほぼ最終段階にきておりますので、主として一九五〇年代以降に生起した社会事象である水俣病にかんして、今の時点で行政(国・県)の法的責任を追及することの意義と、本件につき、遠い過去の出来事として水俣病を封印しようとする「除斥期間」の問題、とりわけこれを一審原告らに適用することの非人間的で犯罪的な意義を、ここで改めて、別の角度から確認しておきたいと思います。また、かりに除斥期間説を採るとした場合に、「不法行為ノ時」の解釈、ならびに、条理・正義と公平、ないし信義誠実の原則にてらして、国が、水俣病をチッソの工場排水に因る公害病であると認めるに至った一九六八年(昭和四三年)九月二六日までは、少なくとも除斥期間の起算をしてはならないことを論じていきたいと思います。

 2 国立水俣病総合研究センターの「水俣病に関する社会科学的研究会」報告書、これは、一九九九年一二月四日に発表されたものですが、その九四頁一〜三行目に「水俣病発生当時は公害法ないし環境法は、整備されていなかった。そういう中で行政は何ができたかという問題をたて、過去の現実をそのまま正当化したのでは何の教訓も生まれない。」と正しく(十分ではありませんが)記述されています。

 ところが、同じ報告書の一三頁「注釈」の部分では、「当時の国や県の対応の法的責任の有無・程度については、それぞれの立場によっても意見を異にするであろう。…結果がわかっている現在の目で当時の各主体の行動を批判することは容易であるが、…当時の状況に当事者として自分自身が置かれた場合を想定して、自分であればどう行動していたか、あるいはしていなかったかを想像し、自らが葛藤しながら本報告書を読み進めていただきたい。」という記載がある訳です。

 この二つの記述ないし記載には、実質的に明らかな矛盾があります。後者は、報告書が行政の法的責任にふれなかったこと、換言すれば法的責任の問題から逃避したことを弁解する場所で記載されている訳ですが、その内容は、単なる弁解の域を超えて、国・県の法的責任を、論者の主観によって相対化しうるかのように言いなし、責任を国民の全てになすりつける、一億国民総懺悔の論をたて、しまいには「葛藤」をして自分なりの答を見つけるよう読者に押しつけるという、開き直りまでしているものであります。こんなことではそれこそ「何の教訓」も生まれません。

 3 もともと司法上の判断は、多かれ少なかれ過去の(あるいは過去から現在に連なる)事象に対して下されます。その場合、事象の発生した(あるいは発生している)時点に身を置いて、各主体の事情を斟酌したうえ、その言動を評価するしかないことも当然であります。

 しかし、判断ないし評価をするのは、あくまでも「現在の知見」と「現在の思索」に基づくのでありますから、当時、国民や被害者に隠蔽され、秘匿されていた事実が今や露見しているならば、その暴かれた真実に依拠して、評価が加えられるべきであります。

 本件に即して例示しますと、@見舞金契約の直前(一九五九年一二月一九日)に設えられたサイクレーターが、有機水銀の除去に何の効果もなかった事実(にもかかわらわず国・県がこれによってチッソの排水浄化装置が完備したものとみなしてきた事実)、@ネコ四〇〇号の発症によりチッソが水俣病の原因を知った後にもこれを秘匿し、御用学者を動員して原因不明論を吹聴し、国、とくに通産省が、積極的にこれに手を貸してきた事実、B熊本県衛生研究所の松島義一技師の、苦節に満ちた毛髪水銀調査によって、不知火海沿岸住民が広範囲に有機水銀に汚染されている状況が明らかであったにかかわらず、国・県が調査に財政的支援をせず、自らは追跡調査をしなかったどころか、松島技師の貴重な調査資料を長年にわたって隠蔽してきた事実、等々であります。

 これらの事実は、水俣病に係わる歴史的事実として今や著名でありますし、また、一審原告らが証拠によって丹念に証明してきたところでもあります。これらの新らしい重要な知見に依拠して、当時の各主体の言動は、厳しく批判され、追及されるべきであります。

 4 しかし、以上のような検討だけでは、全く不十分であります。もっと基本的な、歴史の本質にかかわる視点が、決定的に重要です。「もはや戦後ではない」とか、神武景気・岩戸景気といい、池田勇人氏によって所得倍増・高度経済成長の政策が推進されていた時代。そうした時代に、中央から遙かな辺縁の地・水俣で、この重大な事件が発生し進行していました。「もう終わった」、「もう解決した」とされた水俣病の患者らは、ひっそりと、何の救済もなく家に閉じこもり、朽ち果てていきました。  

 こうして、水俣病の公式発見から一二年の歳月が流れ、一九六八年九月に至って、「すでに患者の発生は終息し、解決済み」の筈の水俣病について、漸く政府の公式見解が発表された訳であります。

 政府の公式発表によって、水俣病に最終的な終止符を打つ目論見だったとみられますが、そうはなりませんでした。水俣病は、むしろそこから始まることになった訳です。「水俣病の前に、水俣病はなかった。」という形で始まった水俣病は、遅きにすぎたとはいえ、政府見解の発表を機に、まず水俣の現地で、川本輝夫らによる埋もれた水俣病患者の発掘を促し、新潟水俣病の患者らとの交流を経て、大量の認定申請へ、そして第一次水俣病訴訟へと全国的に、さらに世界的に広がり、坂本しのぶ・浜元二徳らが全世界の人類に向けて、公害の絶滅を訴えるまでに至りました(一九七二年六月、ストックホルム・人民広場にて)。

 5 さて、除斥期間に関する原判決の誤った判断や、国水研「報告書」の先程の注釈の誤りは、いずれも、水俣病は過去のこと、今はすでに終了し、解決済みの事象であるという認識に発しています(報告書はげんに、一九九五年のいわゆる政治決着により水俣病問題は「解決した」という前提で作成されています。)。水俣病を、時間的にも空間的にも一定の過去の事象であり、もう終わった問題である(あるいはそのように思いたい。)という、そういう考えこそが、そもそもの間違いであります。

 一九六〇年頃に水俣病は終わったとか、離水すれば水俣病の被害から脱却した(それゆえ除斥期間は離水時をベースに考える。)とかいうのは、水俣から離れても、水俣病の被害は患者に付いてくることを無視した、暴論にすぎません。国・県の作為、不作為による加害は、@本人申請主義を設定して、今日に至るもこれを維持していること、A加害者・原因物質の不明論の吹聴、B住民検診の懈怠、C被害実態の隠蔽、D患者発生終息説の流布、E救済方法の不教示、F患者組織の分断、G権威主義・専門家主義の振りかざし等々の形で、患者らを襲い続けてきましたし、九五年政治決着の宣伝とともに、今も襲い続けているのであります。

 6 私ども一審原告らは、原審いらい、水俣病の加害(不法行為)は国・県・チッソによる不真正連帯の関係にあり、時間的にも空間的にも、作為・不作為の織り交ざった態様で、患者らに襲いかかっているものであって、それは、本件訴訟における応訴態度をも含んで、口頭弁論終結時まで継続している旨を強調してきました。したがって、「不法行為ノ時」は未だに継続しているのでありますから、本件にあって除斥期間を論ずることじたいが、根本的に間違っています。原判決は、患者が離水すれば不法行為は完全に終わったかのようにいっていますが、それは、水俣病の被害(換言すれば水俣病の加害)を、単なる身体傷害のみに矮小化するという独断に根ざした、根本的な誤りであります。

 一審原告らは、@自分が水俣病であるのかどうか、A水俣病の発生源がどこの誰であるのかさえ知らされず、B原因物質や発病のメカニズムなど皆目わからず、C救済手段についても誰からも教示されないまま、うち捨てられてきました。少なくとも政府の公式見解が出るまでは、この状態で推移しています。

 この間、水俣病は解決し、終わり、終息したものと宣伝されていました。水俣病の名乗り出をするには、村八分を覚悟しなければなりませんでした。これらは全て、国・県・チッソが、一体としてなせる業に基因しています。そうしておいて、「二〇年が経った」から権利はないといわれる。直接の加害者であるチッソまでが、そのように言い立てる。こんなことが、許されるものでしょうか。

 7 以上によりますと、少なくとも一九六八年九月二六日の政府公式見解の発表に至るまでは、除斥期間の起算点を設定することは許されないというべきであります。このことは、信義則等の法理から直接に導かれる帰結であるとともに、信義則等を踏まえた「不法行為ノ時」の解釈・適用によっても同じく導かれる帰結であります。上記の日を経過した後においても、一審被告らの不法行為は前述のとおり継続していますが、きわめて不十分であるにせよ政府が正式に原因企業と原因物質および発病のメカニズムを明らかにしたことによって、水俣病の事件史が大きく前進したことも事実であります。そのような訳で、上記の期日を基準とすることは、本件における具体的妥当性をさぐる見地から、大方の賛同を得ることは間違いないものと確信しております。


 四 この部分のまとめ

  高度経済成長の時代に、わが国の国民は公害による重大な被害を繰り返し受けました。カネミ、スモン、四日市喘息を含む大気汚染、新幹線騒音、イタイイタイ病、そして公害の原点ともいわれる水俣病などであります。単なる「今日の知見」だけではなく、これらの重大事件をしっかりと踏まえた「今日の思索」に基づいて、人命を無視ないし軽視して、がむしゃらに突進した時代、その頂点にあって多くの人々を傷つけ殺害したチッソを含む企業と、これに積極的に加担した行政の法的責任を、厳しく認めるのに、時は熟したものと考えます。

以上


■ 争点別意見陳述その三
 一 疫学について
  チッソ水俣病関西訴訟弁護団  西口  弁護士
 

1 水俣病では、水俣病と診断するのに、一審原告らは、有機水銀の暴露の事実と四肢末端の感覚障害があれば水俣病と診断できることを主張している。他方、一審被告国県は、五二年判断条件により、四肢末端の感覚障害の他に運動障害、視野狭窄、難聴などの組み合わせが必要であると主張する。

 この問題について、一審原告らは、本控訴審において、疫学により、有機水銀の暴露の事実と四肢末端の感覚障害があれば水俣病と診断できることを科学的に証明した。

 そして、五二年判断条件は誤りであることを証明した。

 しかし、疫学について、誤解があるようにみうけられるので、特に、疫学とは、統計学の一種であるとか、不確実な学問であるとかのような印象がもたれている人が多いので、少し、補足して説明しますので是非理解していただきたい。

 なお、一審原告らも、一審において疫学条件と言う言葉を使用してきたが、これは有機水銀の暴露をうけたという意味で使用してきたものであり、科学としての「疫学」という意味で使用したものでないので、誤解を生じないようにするために、以後は、この意味では、暴露条件ないし暴露歴という言葉を用いることにする。

2 水俣病における、前記の問題は、有機水銀の暴露と四肢末端の感覚障害という症状との間に因果関係があるかないかの問題です。

 因果関係の問題を考える場合、有機水銀の暴露と四肢末端の感覚障害の間に一般的な因果関係があるかという定性的問題と一般的因果関係がある場合に有機水銀の暴露を受けて四肢末端の感覚障害のあるものについて、有機水銀の暴露により四肢末端の感覚障害が発症した蓋然性すなわち確率がどの程度かという定量的問題を区別する必要性があります。

(i) まず、定性的問題というのは病気の原因というものをどのように考えるかと関連しますが、ある病気が発生している場合にある事象が病気の原因であると認識するのはどのようにして判断されるかを考えてみてください。すなわち病気の原因の定義といえます。結局、病気の原因とは、病気の頻度を増加させる要因であるといえます。

 そして、ある要因が病気の頻度を増加させたかを知るにはどうすればよいのか。答は簡単なことで、要因と考えられるていることのあるグループと、要因と考えられていることのないグループとを比較して、要因と考えられていることのないグループにおける当該病気のあるものの数と要因と考えられるていることのあるグループの当該病気のあるものの数を比較して増加しているときに病気の原因と考えるのです。

 ある要因がある病気の原因であると判断するのは、このように比較して考えているのです。この様な考え方を医学では前提としているのです。理解しにくければ、例えば動物実験を考えてください。例えば、ある化学物質がある病気の原因といえるかどうかを動物実験で調べる場合、必ずある化学物質を投与するグループとこれと比較対照するグループとして化学物質を投与しないグループを設定し、化学物質を投与しないグループの病気の発生数と化学物質を投与したグループの病気の発生数を比較して、確かに病気の発生数の頻度が化学物質を投与したグループのほうが増加している場合、その化学物質が病気の原因と考えるのです。このような実験は日常的行われているのです。なお、水俣病で言えば、定性的問題としては、有機水銀の暴露により四肢末端の感覚障害が生じるかということですが、これについては争いはないものと言え、有機水銀の暴露が四肢末端の感覚障害の原因である。

(ii) 次に、定量的問題すなわちある要因のあるものにある病気が発症する蓋然性の程度すなわち確率はどれくらいかであるかの問題です。

 ところで、ある病気がその原因と考えられた要因以外からは絶対に発症しないと言うことであれば、問題はないのですが、通常の病気は、ある病気がその原因と考えられた要因のないものにも発症すると言う問題があります。この問題は、水俣病で言えば、四肢末端の感覚障害のあるものは、有機水銀の暴露を受けていないものにも発症することがあります。そこで有機水銀暴露により発症した蓋然性をどのようにして判断するかが問題となるのです。この問題について疫学では次のように考えているのです。

 疫学では、仮説としている原因側を「暴露」「決定要因」などといい、仮説としている疾病側を「結果」「疾患」などといいます。肺ガンであれば喫煙が暴露で肺ガンが疾患、高血圧であれば塩分の摂取が暴露で疾患が高血圧ということになります。暴露には年齢や性別などのこともあります。水俣病でいえば有機水銀の摂取が暴露で四肢末端の感覚障害が疾患と言うことになります。

 疫学では、仮説としている要因のある暴露群とこの要因のない非暴露群とにわけて疾患の発症割合を比較するのです。

 津田意見書の図2‐2を思い出してください。この図では、非暴露群と暴露群それぞれ1000人の人口集団を設定しています。そして、非暴露群には2名(黒丸2個)が疾患のあるものとしています。暴露群では20名(黒丸20個)が疾患のあるとしています。。このように、非暴露群の2名と暴露群の20名は、同じ黒丸で、症状は同じです。水俣病で言えば、有機水銀の暴露を受けていない非暴露群1000人のうち2名に四肢末端の感覚障害が生じたことを、有機水銀の暴露を受けた1000人のうち20名が四肢末端の感覚障害があることを示しています。

 このとき、四肢末端の感覚障害は、非暴露群(2名)にくらべて暴露群(20名)では10倍になっています。非暴露群に四肢末端の感覚障害のあるものが2名いますので、暴露群の四肢末端の感覚障害のあるもの20名のうち2名は有機水銀暴露と関係なく生じたものと考えられます。従って、暴露群において有機水銀の暴露により四肢末端の感覚障害の生じたものは20名引く2名で18名と考えられます。この18名が有機水銀による四肢末端の感覚障害の増加分と言えます。

 ところで、非暴露群の2名のうち1人を取り出し、一方暴露群の増加分18名のうちから1人を取り出し、それぞれの臨床症状や病理所見をみても所見は類似しており区別はつきません。だから暴露群の中の有機水銀の暴露による増加分の18名と有機水銀暴露がなくても生じた2名の臨床所見や病理所見だけをみていては、有機水銀暴露と四肢末端の感覚障害との因果関係は判断不可能ということになります。前述したように病気の原因とは、病気の頻度を増加させる要因であるといえますので因果関係を考えるとき頻度が多いか少ないかは非常に大きな情報です。暴露群の臨床所見や病理所見だけをみていては、この頻度という情報が入っていないために因果関係は判断できないと言うことになってしまうのです。

 臨床所見や病理所見により区別が付かない場合、私たちが客観的に知りうるのは、原因が働くことにより症例が増加するという事実しか観察することができないのです。

 そして、疫学では、非暴露群の疾病の発生率に比較して暴露群の疾病の発生率は何倍かということを因果関係の判断の指標とします。先ほどの例で言えば、有機水銀の暴露を受けていない非暴露群の四肢末端の感覚障害の発生率に比べて暴露群の四肢末端の感覚障害の発生率は10倍であるということになります。

 このことを相対危険度といいます。

 仮に、非暴露群で2名で暴露群でも2名の疾病がある場合は、1倍ということになり相対危険度1と言うことで、暴露による影響は認められないことになり、因果関係は認められないと言うことになります。

 疾病と原因の因果関係を判断するものとして疫学における相対危険度という指標が国際ガン研究機構を始め現代医学界で承認されていることを銘記していただきたいのです。

 ところで、相対危険度の指標としてのオッズ比が理解しにくいといわれます。オッズ比は、横断調査において使われる指標です。疫学の調査には、疾患発生のつどとらえる罹患率を調べる縦断研究と調査時点で疾患があるかどうかを調査する横断研究があります。相対危険度の指標として、縦断研究における罹患率比を用いることがより望ましいと言えますが、縦断研究は費用と時間がかかることから、通常、横断研究がなされます。そして、疫学理論の進歩の結果、横断研究においてオッズ比を相対危険度の指標として用いることについて、現在、異議を唱える人はおらず承認されていることを知っていただきたいのです。そして、オッズ比は、肺ガンとたばこ、高血圧と塩分の調査など様々な疾病の疫学調査に使用されているのです。

(iii) 津田意見書は、これまでなされた疫学データをもとに有機水銀の暴露と四肢末端の感覚障害との因果関係について、表5‐1でまとめられています。この表は、番の熊本調査を非暴露群として、立津調査、藤野調査、原田調査、二宮調査のデータを暴露群として、相対危険度を示しています。最も少ないもので立津調査の御所浦の9.8で、他の藤野調査の桂島では245.2、原田調査の湯の口で185.8、二宮調査の御所浦大浦では249.5という信じられないような高い値を示していて、すべての疫学調査のデータが強い因果関係のあることを示しています。相対危険度が1付近を示す因果関係を否定する疫学データは存在しないのです。そして、日本精神神経学会の意見書においても相対危険度は100を超えるような値を示していて、因果関係は明らかであるとしています。

(iv) ところで疫学は集団的なもので個々の患者の因果関係を知ることができないとする誤った理解がいまだ残っています。しかし、疫学は個人個人の疾病の有無と個人個人の暴露の有無を記述した集積を分析するものですので、集団の分析を個人に適用して問題がないのです。そして、日常の医療行為をみれば集団で分析されたことが個人に適用されていることからみてもこのような批判は全く当たらないのです。例えば、肺ガンの患者が診療にきたとき通常医者であれば原因としてたばこを吸っているかどうか聞くでしょう。それは、肺ガンとたばこの因果関係は一九五〇年代から疫学調査がされ疫学により因果関係が明らかになっているからです。この事実を個々の患者に適用しているのです。もし集団での因果関係の結果を個人に適用できないとすると医療はできなくなるでしょう。

  疫学では、暴露による増加分の指標である暴露群寄与危険度割合を指標とすることにより、個々の患者の因果関係の程度を知ることができるのです。相対危険度をRRとしますと、暴露群寄与危険度割合はRR‐1/RRで示されます。この式で、マイナス1というのは相対危険度1を引いたものでこれにより非暴露群でも生じるものを引くことにより暴露群での増加分を知ることができるのです。

 前述の津田意見書の表5‐1でまとめられている有機水銀暴露と四肢末端の感覚障害の暴露群寄与危険度は、最低でも立津調査の御所浦の89.7%であり、他はすべて90%以上あるのです。これは、有機水銀暴露を受けた一人一人の四肢末端の感覚障害を有する人が有機水銀により四肢末端の感覚障害が生じた確率が90%を越えることを示しています。念のためにいいますと、有機水銀の非暴露群においても四肢末端の感覚障害がありますから決して100%になることはないのです。

(v) ところで、五二年判断条件は、有機水銀暴露を受けた人々の臨床症状や病理所見だけをみて有機水銀暴露と疾病の因果関係を判断しようとしているのです。そして、四肢末端の感覚障害については、臨床症状だけをみていては有機水銀暴露を受けたことによるものか有機水銀暴露以外の原因で生じたものかは区別が付かないので因果関係は判断できないとして、症状を組み合わせることにより、組み合わせた症状を水俣病の特異的な所見に近いと考えて、臨床所見だけで因果関係が判断できるとしているのです。そこには、全く疾病の頻度という情報が無視されているのです。しかも、そのように考えてもよいとする科学的な具体的なデータを全く示していないのです。ただ主観的にこのように判断しているのです。非科学的としか言えない基準です。

3 国県は、四肢末端の感覚障害を起こすものとして糖尿病や頸椎症をあげて問題としているが、この問題は疫学では交絡要因の問題として検討されるものです。交絡要因とは疫学で仮説としてあげている要因以外に当該疾病を引き起こす他の原因のことをいいます。ここで重要なことは、疫学において交絡要因と認められるものと単なる交絡要因候補者と厳密に区別しなければならないことです。交絡要因候補者はいくらでもあげることができますが、真の交絡要因と言うためには交絡要因であることをしめす具体的なデータが必要で、それなしでは交絡要因と認められないのです。国県の主張は具体的データを全く示していないので単に候補であることを言っているにすぎないのです。

4 国県は、立津調査について、神経内科医の調査でないと信頼性がないような主張をしているが、感覚障害の検査は、内科医であれば普段の診察で行っている一般的な検査で、多少の訓練を受ければ間違いなくできる検査です。ことさらに神経内科医でなければならないというような難しい検査でないのです。そして、実際の疫学調査ではアンケート調査で行われることも多く、立津調査のように医師が直接検診して行うという疫学調査はすくなく、その点からも信頼できるものです。

5 因果関係の判断をするについて、原因から結果にいたるメカニズムを知る必要はないのです。これは、津田意見書の7‐1にもあるように、ジョン・スノウの下痢(コレラ様の症状)の原因が水道水にあることを突き止めた疫学調査をみれば、当時コレラ菌は発見されておらず、発症のメカニズムはわからなかったのですが、それでも、水道水とコレラ様症状との因果関係は明確であった。またゼンメルワイスの産褥熱も同様です。被告は、四肢末端の感覚障害と有機水銀暴露との間の病理学等のメカニズムを問題としているが、このようなことはわからなくても因果関係の判断はできるのです。因果関係の判断においては発症のメカニズムを問題とする必要はないのです。

6 最後に、疫学調査の結果について反論するためには、他の疫学のデータをもってしなければなりません。それでなければ科学的な反論とは言えないのです。前述したように、四肢末端の感覚障害それ自体をいくら調べても因果関係は判断できないのですから。そして、水俣病においては、これまでなされた疫学調査のデータは、すべて四肢末端の感覚障害と有機水銀暴露との間に強い因果関係があることを示しており、これを否定する疫学データは全くありません。因果関係は明確に証明されているのです。もし、被告国県が因果関係を否定するのであれば、これを否定する疫学データをもって否定しなければならないのです。ところが、被告国・県はこれまで水俣病の疫学調査をしていないのです。疫学調査は、多額の費用がかかるもので、本来は国県こそがすべきであるのに疫学調査をしていないのです。このことこそ責められるべきです。

    以上


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