(国・熊本県の)上告受理申立理由書に対する反論書(その2)

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第3 開示された中央公害対策審議会環境保健部会水俣病問題専門委員会議事速記録から明らかになったこと

1 開示された中央公害対策審議会環境保健部会水俣病専門委員会議事速記録
   また、このたび相手方らが入手した資料によっても、申立人が、相手方ら(患者側)主張事実が全て正しいということを知りながら、長年にわたって各種水俣病関係訴訟で、あえて患者側主張に反する主張を繰り返してきたことが明らかになった。
この資料は、中央公害対策審議会環境保健部会水俣病問題専門委員会議事速記録(第1回〜第8回)(資料11 但し抄本)である。
この委員会は、1991年2月26日目を第1回目として開催され、同年10月29日の第8回目まで開催された。当時の環境庁(現環境省)が主催したものであり、14人からなる医学関係者、法律学者が構成メンバーとして選ばれている。医学関係者は、原審において証言した井形昭弘鹿児島大学学長ほか、荒木淑郎熊本大学医学部教授、上村一医薬品副作用被害救済・研究振興基金理事長、納光弘鹿児島大学医学部教授、加藤寛夫国立水俣病研究センター所長、鈴木継美東京大学医学部教授、滝沢行雄秋田大学医学部教授、藤木素士筑波大学社会医学系教授、二塚信熊本大学医学部教授の9名、法律学者としては、森嶌昭夫名古屋大学法学部教授、小高剛大阪市立大学法学部教授、野村好弘東京都立大学法学部教授、浅野直人福岡大学法学部教授、植村栄治成蹊大学法学部教授の5名がメンバーであり、委員長は井形昭弘である。
この委員会は、環境庁が中央公害対策審議会に水俣病の総合的対策を諮問した結果、設けられ、同委員会の審議内容が同年11月26日付け中央公害対策審議会の答申となった(甲B320号証)。この答申が総合対策医療事業という名称の水俣病対策事業のベースとなり、1995年のいわゆる政治解決の導火線となったのであるが、同委員会の審議目的は、総合的対策の検討とは言いながら、水俣病の解明・水俣病患者の真の救済を目的としたものではなかった。水俣病をめぐる紛争が長期化し、訴訟も相次いで提起され、認定申請者も後を絶たたないという状況を打開するために、水俣病患者を切り捨てるための方策の検討が目的として開催された会議であった。


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