附帯上告理由書(追加)
平成13年(受)第1172号,第1174号
附帯上告人  A  外7名
附帯被上告人 国・熊本県
附帯上告理由書(追加)
2004年(平成16年)5月28日
最高裁判所
第二小法廷 御中


附帯上告受理申立人代理人
弁護士













松本健男
大野康平
小野田学
大川一夫
金子利夫
田中泰雄
田中康之
竹岡富美男
中島俊則
永嶋里枝
西口 徹
丹羽雅雄
正木孝明
松井隆雄
養父知美

1. 附帯上告人らは附帯上告理由書(補充)(2003年5月19日)において,原判決が,食品衛生法の立法趣旨を正しく把握しながら,食品衛生法に基づく規制権限の有無に関して,折角の立法趣旨に関する判示と齟齬する判断をしたり,判断の理由を実質的には付さなかったり,個別条文の解釈・適用を誤った違法があるとして,昭和31年秋から同32年春にかけて,食品衛生法を武器とした食中毒に関する規制措置としてはどのようなことが可能であり,どのような措置が食品衛生行政担当公務員に要請されていたかを具体的に明らかにした。水俣病が食中毒事件であることは坂口力厚生労働大臣も,平成15年5月7日の衆議院厚生労働委員会で認めているし(添付資料1),津田敏秀医師はくり返し説明している(添付資料2)。
  ここではこれに加えて,原判決の食品衛生法の解釈適用の誤りについての見解を追加する。
2. 原判決は,「すなわち,昭和34年11月当時において,水俣湾の魚介類は,法4条の有毒食品に該当し,かつそのことを告知したほうが望ましかったとはいえようが,法4条は,被告国・県に告知義務を課したものではないから告知しなかったことにつき違法であるとはいえない」というが,食品衛生法4条にかかる原判決の見解は誤りである。
  原判決は昭和34年11月当時,水俣湾の漁介類が法4条の有毒食品に該当していたことを認めるのだが,法4条はこれが有毒食品であることにつき国・県に告知義務を課したものでないから,不告知を違法とはいえないというのであるが,水俣湾の漁介類が有毒食品であることが判明した段階において,水俣湾の漁介類を採取しこれを販売することを禁止しないことは,これを摂食した住民に生命にかかわる危害が加わることを放置することであって,住民の健康保持に公的責任を有する国ならびに県の機関においてこのような態度を継続することは絶対に許容されなかった。
原判決は,法4条は国・県に告知義務を課したものでないというが,有毒物の摂取から住民を守る責務は,国・県の衛生行政当局に固有のものとして課せられていることは明らかであり,国・県においてかかる危険の告知義務を免れることなど全く考えられない。原判決は,食品衛生法4条は国民一般に対して有毒有害食品等の販売又は販売目的の採取を禁止した法律であって,国民はかかる行為を行うことを直接禁止されているのであって,国・県に禁止措置をとる義務を課するという構造はとられていないというが,法4条が国民一般に対して有毒有害な食品等の販売又は販売目的の採取を禁止した法律であるとして,何らかの事情によって関係者である国民が有害有毒食品の販売,販売目的の採取を行っている場合,国民の自主的な対応に放置し,有毒食品の流通を黙認することは,食品衛生の保持に責任を有する国ならびに県の衛生当局者として絶対に認められないのである。食品衛生法について,本来営業の自由に属する食品の製造,販売等に対し,食品の安全性という見地から必要最低限度の取締りを行うことを目的とする消極的な警察取締法規にすぎないとし,法の趣旨は,食品の安全性の確保については,第一次的には食品を販売目的で採取等をしようとするものの自主管理に委ね,行政庁の規制は,補正的,二次的な立場で行われるとするものであり,法4条にもとづいて関係者らに行政規制権限を行使することは認められないとする見解が有力に主張されている。しかし法4条は,関係者らにおいて有毒食品の販売,又は販売のための採取の禁止を遵守せず,これに違反する場合に,行政当局にその違反に対して行政規制権限を発動させるための根拠法規となるものであって,これを否定する上記見解は失当である。したがって,水俣湾から採取される魚介類が有毒であることが判明した段階において,国・県の当局が住民に対してこの事実を告知するとともに,法4条にもとづく行政規制措置をとることは当然であり,このような措置をとらなかった本件の場合において不作為責任をきびしく追求されることは当然である。
  附帯上告理由書(補充)18〜20頁において記述しているように,昭和32年7月24日熊本県水対連第3回会議において,食品衛生法に基づく知事告示を出すことが決められた。その内容は,水俣湾の魚は,有毒又は有害な物質が含まれ,又は付着したものとみなす必要があり,食品衛生法4条2号に該当する旨を告示するとするものであり,さらに採捕禁止する区域も告示することが同年8月14日の水俣奇病対策懇談会で取り決められたが,そのあと副知事の意向に基づき厚生省公衆衛生局長あてに,上記の行政措置について照会をしたところ,同年9月中旬,同局長より,「水俣湾内特定地域の魚介類の全てが有毒化しているという明らかな根拠が認められていないので,該特定地域にて漁獲されたすべてに対し,食品衛生法4条2号を適用することは出来ないものと考える」旨の回答がなされ,知事告示をすることは断念することとなった。水俣病被害の深刻化に対面して,県の対策機関において,水俣湾の魚について食品衛生法4条2号の有毒食品に該当することを告示するという極めて適切な行政行為がなされようとしたとき,厚生省公衆衛生局長名で国から知事告示を辞めるようにとの指示がなされ,時宜を得た水俣病被害拡大防止への取り組みが挫折させられたのであるが,原判決の見解は国・県に食品衛生法に基づいて規制すべき行為義務が存在したことを否定するものであって容認しがたい。
3. 原判決は,「また,法17条についていえば,この規定は調査に関するものであるが,既に法4条の有毒食品に該当していたのであるから,もはや調査義務違反の問題は生じない。」という。
  法17条は厚生大臣,県知事の権限として,営業を行うものその他の関係者から必要な報告を求める権限,当該職員に営業の場所等に臨検し,販売の用に供する食品等を検査させる権限を付与している。したがって本件の場合,国県としては,水俣湾で採取する魚が有毒化していることが疑われていた段階において,その職員らを,魚介類が水揚げされる漁港の船着場や倉庫などに臨検させ,採取魚介類を検査し,検査のために必要な限度で無償で収去し,有毒性を判定するために保健所等の研究機関にこれを配布して研究させその結果を報告させることが必要不可欠であった。しかしこうした法17条による調査は全く行われていなかった。原判決は,水俣湾の魚介類はすでに法4条の有毒食品に該当していたから調査義務違反の問題は生じないというが,水俣湾から採取した魚介類についてはその都度の調査が要請されていたのであり,その有毒食品性は調査の継続によって証明されるのである。有毒食品の該当性は,法17条によって営業場所等において提出させた魚介類を検査した結果判明した筈のものであり,法17条の行政機関による調査が有毒食品性確認に不可欠であったものである。有毒食品性が17条調査によって判明した段階において,販売目的で魚介類を採取することは違法で禁止される行為であったから,該当水域への出漁は全て違法であり,禁止されるべきものとなった筈である
したがって原判決が,水俣水域で採取した魚介類の摂取によって水俣奇病が続出したことが判明した段階において,国県の衛生関係部門の職員らが17条の調査に従事しなかったことについて,全く違法を論じがたいとの態度をとっていることは,根本的に重大な誤りである。
4. 原判決は,「また,22条が規定しているのは,食品関係の営業および営業者に対する各種の規制及び取締りであって,漁民たちの自家摂取はその規制ないし取り締まりの対象外である(法2条7項但書)から,食品衛生法による規制がなされていたとしても漁民などの自家摂取にはその法的効果は及びようもないところ,本件各患者は,魚介類を自家摂取していたというのであるから,同条による規制の有無と本件患者らの発症との間には因果関係が認められないというほかない。」というが,食品衛生法の解釈適用を誤っている。
  法22条は,厚生大臣又は県知事は,営業者に4条等の違反があったときは,その食品等を廃棄させる等,食品衛生上の危害を除去するために必要な処置をとることを命じ,営業の許可を取り消し,もしくは営業の全部もしくは一部を禁止し,もしくは期間を定めて停止することができるとする規定であるところ,本件において,4条違反を根拠として,22条によって仲買人,卸商や小売業者ら営業者に対し,魚介類を廃棄させ,営業の禁止もしくは停止を命ずるなどの措置は全くとられなかった。本件において,営業者らに対する営業禁止等の行政処分がなされなかったのは,国,県の衛生機関が法17条にもとづく営業場所への臨検等によって有毒食品を採取していることを確認することがなかったことによってである。しかし本件において,法17条による調査が行われていた場合には水俣湾内外の魚介類が有毒であることが判明した段階において,販売目的で魚介類を採取することは違法で禁止される行為であったから,該当水域への出漁は全て違法であり禁止されるべきものであった。漁業者の出漁についても,基本的に販売目的のものであるから,出漁が禁止されるべきことには全く例外はなく,また出漁したとしても,これを販売のために水揚げする段階において規制され,採取魚介類が無償で廃棄される運命にあるとすれば,あえて出漁を試みるものは1人としていなかったことは明らかである。2条7項但書は水産業における食品の採取業は営業に含まれないとするが,このことが食品衛生法上いかなる意味をもつかについて言えば,僅かに22条の営業の許可の取消や営業禁止,停止の行政措置を受けることがないというだけであり,食品の廃棄について言えば,対象は漁業者自身でないとしても,漁業者から魚介類を買い受けた仲買人,卸商,小売商がもろに規制の対象となるのであるから,漁業者が出漁によって取得した魚介類は全部廃棄されることになった筈である。
  食品衛生法4条は販売のための採取を禁止しているが,同時に,不特定又は多数の者に無償で授与する場合をも含めており,自家摂食のための採取も禁止される場合があることが示されている。しかし基本的には自家摂食のための採取を禁止していないことは明らかであるが,これは漁業者の本業を禁止することによって汚染魚介類の摂食防止という法目的を達成するに足りるとする法理念に基づくものであり,有毒魚介類の採取を自家摂食の場合に許容するごとき考えに基づくものでないことは明らかである。
  自家摂食は法文上は規制の対象となっていないが,漁民ならびにその家族や近隣の人たちがこれを摂食する可能性があるのは,多くの場合,漁業者が出漁して持ち帰る魚介類の処分できなかった残余を摂食することによるもので,本来の出漁がなされなければ,このような機会も零であったとみるべきである。原判決は,「食品衛生法による規制がなされていたとしても,漁民などの自家摂食にはその法的効果は及びようもない」というが,食衛法による規制がなされた場合には,漁民にも魚介類採取のための出漁は禁止されるのであるから,そうした中で自家摂食のための採取だとして出漁することなどありえなかった筈である。戦前の浜名湖の貝中毒事件において,静岡県の貝類採取禁止措置が自家摂食者(非営業者)に対する効果をも期待して行われ,成果を得た事実(2003年12月18日付 附帯上告理由書(補充書その2)P.2)や新潟県において第2の水俣病が発生した昭和40年に,新潟県のとった汚染魚の食用抑制措置の効果などの歴史的事実をみても,食品衛生法上の規制と自家摂食者である患者との因果関係は明らかである。したがって4条について国県の規制措置が全くとられていなかったことが,漁民を含む地域住民に自家摂食の機会を与えたのであって,有毒魚介類の自家摂食によって本件患者らが発症したことは疑問の余地はない。
  原判決は,漁民らの自家摂取は,営業者らに対する規制取締りの対象外だったから,営業者らに対する規制の有無と自家摂食者である本件患者らの発症との間には因果関係が認められないというが,かりに4条の規制の趣旨に沿った出漁禁止措置がとられていたとすれば,本件患者らが有毒魚介類を摂食することを抑制する効果は充分にあったと言えるのである。この意味で漁民らに対する出漁禁止の行政規制権限の不行使と,本件患者らの魚介類摂食による発症には明確な因果関係が存在したといわねばならない。
  国・県の,食品衛生法4条に基づく法的規制権限の不行使が,本件患者ら水俣病に悩む何万人の人々の水俣病罹患の決定的な原因であり,国・県の権限不行使による被害の拡大深刻化に対する責任は極めて重大である。

添付資料
1.第156回 国会衆議院厚生労働委員会議事録第12号(抄本)
2.食中毒事件としての水俣病事件(環境と公害vol.33 bR WINTER 2004)
以上

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