水俣病認定申請患者「食中毒」で水俣保健所に初の届け出
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津田敏秀先生のプロフィール
先生は、岡山大学大学院医歯学総合研究科講師であり、社会環境生命科学(環境疫学)を専攻されている気鋭の研究者です。関西訴訟控訴審で医学証人として証言もされています。

― 新聞報道によりますと(熊本日日新聞2001.6.9付)、6月8日、先生は、熊本大学医学部の二宮正先生とともに、水俣病認定申請中の男性を「水俣湾の魚を食べ、メチル水銀による中毒症状を起こした」として食品衛生法に基づいて、水俣保健所に届けられたということですが。

津田―そうです。私の薦めで、二宮医師が届け出ました。

―食中毒としての届出は、初めてのことだ、ともありましたが。

津田―そのようなんです。

―では、なぜ、先生は、食中毒として届けようとされたのですか。

津田―食品衛生法第27条には次のことが書いてあります。


[中毒に関する届け出、調査及び報告]
1、食品、添加物、器具もしくは容器包装に起因して中毒した患者もしくはその疑いのある者を診断し、またはその死体を検案した医師は、直ちに最寄りの保健所長にその旨を届け出なければならない。(編者注記→届け出なければ懲役半年か、罰金刑の罰則付き)

2、保健所長は、前項の届け出を受けたときは、政令の定めるところにより、調査し、かつ、都道府県知事に報告しなければならない。

3、都道府県知事は、前項による報告を受けたときは、政令の定めるところにより、厚生大臣に報告しなければならない。


 以上の件は、すべての飲食物による食中毒もしくはその疑いのある場合に行われなければならないのです。水俣病だけが全面的な調査がなされていないのは何故かと考えたとき、もしかすると患者を診察した医師が届け出をしていなかったのでは?ということに気づきました。それで、熊本大学での私の講義を聞いていた何人かの医師にその点を問いただしたところ、誰も知らないと言いましたので、懲役刑か届け出かどちらを選択しますか、と問いつめましたところ、そのうち1名の医師が、届け出を選択し、水俣保健所に届け出をしました。そうすると行政は自動的にあの化学性食中毒事件(水俣病事件)の調査をしなければならなくなります。そうすると患者の数がカウントされることになります。これは関連する症状が出ているとカウントされ、「症状の組み合わせ」や医師の詳しい診察など必要がありません。
従って、誰が患者かは簡単に判明することになります。これまでの公健法に基づく、申請後の1週間近くに及ぶ拷問に近い多くの検査も不必要になります。そして何よりも、食中毒事件の全容がほぼ明らかになることになります。

 結果的に、事件発覚後半年で食中毒事件であることが明らかになっていた水俣病事件は、食中毒事件として普通に扱われれば、あのような広範な患者を出すこともなく、認定制度も認定審査委員会も申請制度も行政が訴えられた多くの裁判も必要でなかったことになります。保健所の職員が調査にやってきて症状調査と喫食調査をやってくれますので、申請など必要なくなります。
結局、食中毒の病因物質を放出した者に対して民事・刑事責任を問うだけで良かったことになります。水俣病事件は、化学性食中毒事件の代表例として多くの医学書に記載されているにもかかわらず、食中毒事件として必要な調査がなされていません。これは全く異例の事態です。行政は、事件の早期から水俣病事件が集団食中毒事件であることを認識していました。通常は、このようなときには行政が最寄りの医師に依頼して「届け出」をしてもらい、直ちに調査を開始するのです。
従って、必要なことを全くしない一方で、認定制度などの不必要なことを税金を使って行ってきたことになります。その結果があの多くの裁判です。あの裁判にも多くの税金が投入されました。
 まあ、今後、かの地もしくは別の土地でも、かの地出身のメチル水銀中毒症と考えられる患者を診察した医師は、原因食品の摂取の有無を確かめて、最寄りの保健所に届けでなければなりません。このことは医師国家試験にも出るような基礎的な知識ですので、誰でも知っていることです。しかも、電話を一本かければ良いだけですのでそんなに手間のかかる仕事ではありません。24時間受付のはずです。

―しかし、届出を受けた水俣保健所は、その後「食中毒事件としては取り扱わない」としましたね。

津田―そうです。水俣保健所は、その理由として、【1】男性は既にメチル水銀中毒症の疑いがあると診断されている【2】直近の喫食による症状ではなく、昭和43年の公害認定以降、原因究明や被害防止策が既に措置済みである、という2点をあげています。そこで、私は、次のような「お尋ね書」を7月2日、熊本県庁に郵送しました。


健康福祉部生活衛生課
課長 平野芳久様、
食品衛生係担当課長補佐 横手隆英様

お 尋 ね 書 

  岡山大学大学院医歯学総合研究科
                  津田敏秀

〜略
さて、6月8日の水俣保健所への届け出に対し、6月14日付けの貴係による発表を拝見いたしました。そこには理由として次のような理由が書かれていたとうかがいました。

「聞き取り調査の結果、直近の喫食による症状ではないこと。また、昭和33年当時の水俣湾の魚の摂取によるメチル水銀中毒症については、飲食に起因する健康上の危害であるといえるが、原因究明や被害発生防止対策がすでに措置済みであり、現時点において、あらためて食品衛生法第27条に基づく食中毒事件としての調査は行わない」

 もともと私は、水俣病事件に関してきちんとした調査と報告書の作成が行われていないのは、熊本県や鹿児島県の医師が食品衛生法に義務づけられている届け出を怠っているのも理由の1つではないかと考えて、地元医師に届け出を勧めたわけです。ところが、今回の貴係による報道発表により、この問題は水俣病事件に限らず、わが国の健康危機管理全体における問題に大きな影響を及ぼしかねないと危惧いたしまして、下記のようなお尋ねをさせていただきたいと思います。ご教示賜れば幸いです。

 繰り返しますが、貴係のご判断は、熊本県のみならず、わが国の医学教育・衛生行政・保健医療研究全体に関わる問題と考えますので、何卒、ご回答を拝受できればと存じます。

1、 前半の「聞き取り調査の結果、直近の喫食による症状ではないこと。」という部分ですが
近年の保健医療に関する研究の進歩により、潜伏期間(empirical induction time)が長い病因物質と疾病との関連が明らかになってきました。例えば、2-3日から1週間の単位では、有名な腸管出血性大腸菌O157:H7、1-2ヶ月の単位ではA型肝炎、数年の単位ではプリオン病(いわゆる狂牛病)、数十年単位ではヘリコバクター・ピロリやヒ素などの発がん物質等が挙げられます。しかし、このような理由が調査を行わない理由として挙げられたのでは、近年問題となっている病因物質を含む飲食物の経口摂取による健康障害に関して現行の食品衛生法では対応がとれないことになります。そこでおうかがいしたいことは、
*「直近の喫食」とはどのような範囲なのでしょうか?
*「直近の喫食」以外を対象外とするべきというような通達等がこれまでになされたか否か、つまりどのような根拠があるのでしょうか?
*そしてこれは熊本県以外の都道府県での食中毒事件に対しても適用可能なことなのでしょうか?
以上について具体的にご教示賜れば幸いです。

2.続いて、後半の「昭和33年当時の水俣湾の魚の摂取によるメチル水銀中毒症については、飲食に起因する健康上の危害であるといえるが、原因究明や被害発生防止対策がすでに措置済みであり、」という部分ですが、
*水俣湾の魚の摂取によるメチル水銀中毒症は、集団食中毒事件として、原因究明や
被害発生防止対策について、いつ、どのように措置が取られたのでしょうか?
*もし措置が取られたとするのなら、どのような報告書がどこに保存され、どのようにすれば閲覧することが可能であるのでしょうか?
*熊本県のメチル水銀中毒症については、水俣湾のみならず不知火海沿岸にも、飲食に起因する健康上の危害が加わっていることは今や常識となっていますが、この点についての調査はなされたのでしょうか?もしなされたとするのであれば、その報告書はどのようにして閲覧できるのでしょうか?
*さらに、当時のメチル水銀中毒症は、食中毒統計に算入されているのでしょうか?
 以上について具体的にご教示賜れば幸いです。

3.最後に、これは今回の調査に限った質問ですが、食中毒事件においては周辺に複数の患者が生じているか否かを調査することが、調査の重要な要素と考えられます。

*今回の水俣保健所の調査において、届け出の対象となった患者の周辺の住民に関して、当該患者と同様の、喫食調査及び症状調査がなされたのか否かについて、---

 ご教示賜れば幸いです。

 誠にご多忙のこととは存じますが、本書到着後、1ヶ月以内にご返答をいただける
ようお待ち致しております。宜しくご教示のほどお願い申し上げます。

 さて、水俣病事件に関する認定審査業務や判断条件が医学的には完全な誤りであったことが明白になっていることは、熊本県の皆様におかれましては、すでに充分ご承知のことと存知上げます。食品衛生行政におかれましては、今回のみの事としてとらわれることなく、今後のわが国や熊本県の健康危機管理や保健医療行政をどのように粛々と遂行してゆくのかという大局的視点からのご教示を賜ればと存じます。このままでは、今回の貴係のご発表が、熊本県だけの問題に止まらず、全国において、他の自治体が食品衛生法を効果的に公正に運用する際の大きな障害となってしまう虞れがあるのではないかと案じております。何とぞ、ご教示をいただけるよう、お待ち致しております。

追記:熊本県庁のホームページの「知事の部屋」の「提言紹介」の中に知事が述べられている「また、判決のいうメチル水銀中毒症の判断基準は、これまでの水俣病研究により医学界の定説とされた見解とは大きく異なるものです。」という部分は、全く根拠のないことです。「これまでの水俣病研究により医学界の定説とされた見解」とはいったい何のことでしょうか?医学界では何の承認していないものを「医学界の定説」と言い張ってきたことが、水俣病問題に対する熊本県の大きな誤りでした。行政判断の責任者であり訴訟の代表者でもあられる潮谷義子知事は、水俣病問題に関する医学的事実を何も知らされていらっしゃらないのではないかと危惧いたしております。


― 先生が7月2日に熊本県に出された「お尋ね書」(上記)への回答はありましたか。

津田―はい、次のとおりです。

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