爽やかな一陣の風と共に冬は終わりを告げて、  季節は私達に新たなものを運んできた。  またいつもの変わりない春が来る…。        春〜The Changing Same〜 妹、栞が退院してはや一週間が経つ。あたしと同じ学校への通学が許可された。あの子にとって学校は輝いているのだろう。 クラスメートとのお喋り、学校の授業、彼氏と一緒に食べるお弁当、でさえ新鮮な気持ちで毎日を過ごしている姿がふと想像できた。 ここ最近のあの子の振る舞いには、どこか遠慮がちだった以前とは違っていた。むしろ本来のあの子の明るさが顕れてきたのかもしれない。 「お姉ちゃん、入るよ」 コンコンと軽く2回ノック音がしてドアが開くと、栞は申し訳なさそうな顔を覗かせた。 「ん? どうかしたの。こんな夜中に」 時計は真夜中の0時を指そうとしていた。 あたしは学校の予習も終わったので、明日持ってゆく教科書等を鞄に詰めている最中だった。 「…数学の宿題、解いて欲しいなって…」 「さーて、あたしそろそろ寝るわ」 わざとらしい欠伸をかきながらそのままベットへ直行… 「うぅ、明日までに提出なんだよ…」 ………後ろからはワラでも掴むような声。しょうがないわね… 「そうねぇ…その代わり、アイスクリーム1個よ」 「…え?」 「冷蔵庫にあったでしょ? バニラ味の。あれで手を打つわよ」 「………」 「ん? どうかしたの?」 「お姉ちゃん、私の足元見てるでしょ」 「で、どうするの? 受けるの? 受けないの?」 「…お願いします」 「交渉成立ね」  昔からいつもこんな感じだった。あたし達の関係は。  栞が困ってる時は、いつもあたしがおちょくりながらも相談に乗ってあげた。  姉と妹の関係。  一度は、崩れたように見えた…いえ、あたしの方から崩してしまおうとしたあの子との関係も  今ではすっかり元の鞘に収まった。全ては、彼のおかげ…。 「…ほら、この式をここに代入して…これでお終い」 「わっ、もう解けたの?」 「全く…こんな問題、あんたの彼氏にでも解かせなさいよね」 「だって…祐一さんに見せても判んないって言うから…」 「ツケが回ってきたようね…授業中ほとんど寝てるせいね、それは」 「えっ、そうなの? 私には『俺は寝たことないぞ』って…」 「んなわけないでしょ。午後なんかすやすやと寝てるわよ。きっと誰かさんのばかでかい弁当を食べてるせいよね」 「そんなことないもん。最初の時より半分くらいになったから」 ………全く、どんなお弁当よ、それ。 「今日はありがと。それじゃあ、おやすみ……」 「あっ、栞」 「なに? お姉ちゃん」 「………」  これからは、ずっとこの関係を保ってゆけるだろう…。  姉と妹の関係…。  でもその前に一言…。  あの子に伝えられなかった気持ちを… 「今まで………ごめんね」 …ぽそりと呟くような…そんな小さな一言で。 「え?」 「な、なんでもないわよ。…それより、こんな夜中じゃなくてもっと早く訊きに来なさいよっ」  ヒトの心は移ろいやすいモノ  時には残酷に、時には優しくもなれる。  けれど…  こんなに苦しんだからこそ  こんなに悩んだからこそ  その“心”には  大切に思えるモノができる。  変わらないでいて欲しいモノができる。 「はーい」 栞はいつもの無邪気な苦笑いを浮かべていた………。  先日まで残っていた雪は溶け、春の日差しは新たな芽を、命を育む。  季節は、春。陽光は地上の全てを明るく照らし出す。私たちの心でさえも。  心の中の雪は溶けて新たな新芽が生まれる…それが『春』  でも…  日差しが新たに生まれた心を熱くさせる『夏』であっても  夕焼けが火照りすぎた心を静めてゆく『秋』であっても  雪が行き場を失った心をゆっくりと覆ってゆく『冬』であったとしても  …いつも変わらないことだってある。 「おやすみなさい」 「うん、おやすみ」  変わらないモノ…  あなたが、ずっとあなたのままでいてくれること。  だから…あたしが、あたしのままでいられること…。 Fin