犬儒ディオゲネス

アレクサンドロスやフィリッポス二世についてのエピソードは数多くあるが
まずは誰しも頭に思い浮かぶのはあの犬と呼ばれたディオゲネスとのものであろう
犬儒ディオゲネスは大樽の中に住んでいたことで知られているが
実は元,シノぺで偽銭作りをやっていた小悪党だった
それでそのことが暴かれて国外追放となった言わば前科者であった





犬儒ディオゲネス

その後、アテネに定住し、広場に樽を置いて住居とし、変わり者として有名になるが
最初は誰もまともに相手をする者がなかった
しかし、いろんな奇行や毒舌でしだいに機知のあるものとして評価されていったのである
ディオゲネスは一流の道化者であり酷烈な言葉を吐く哲学者となった



あのアレクサンドロスとの対面で
「欲しい物は何か」と問われて
「あなたは私と太陽の間に立ち、私を日陰者にしている。そこをどいてくれ」
と応答したことで良く知られている

しかし、このエピソードはどうやら作り話のようで、ある研究者によると
当時のアレクサンドロスいた場所とディオゲネスのいた場所や時間に食い違いがあるとの指摘もされている

まあ、しかし、ディオゲネスならばさもありそうな話ではある
彼はよく広場に集まった民衆からカラカワレて鶏肉の骨などを与えられ犬呼ばわりされて嘲弄されたが
いっこう構わずその報復として彼らに小便をフリマキ
「あんたらが犬扱いするならば犬のように振舞うのさ」と、平然としたものであったという



それからあの有名な哲学者プラトンとのやり取りも数多く残っている
その中の一つに「人間とは何か」という問いに対し
プラトンは「二本の足で歩く,体に毛のない動物だ」と答えて世間の好評を得ていたが
ディオゲネスは羽根をむしりとった雄鶏を持ってきて
「これがプラトンの言っている人間だ」と皮肉をたれた
その後プラトンの格言には「平たい爪の」という語句が付け足されたそうだ


人間とは何か?

しかし、アレクサンドロスの台頭した頃すでにディオゲネスは八十近い老体であり、かつての躍動感は損なわれていただろう
「私がアレクサンドロスでなければディオゲネスでありたい」
というアレクサンドロスの言葉残っているが実際はどうであったろう

だが、彼がマケドニアの将軍たちから気に入られていたのは事実で誰もが自分の元に置きたがった
ソマトフュラケスの一人のペルディッカスが「自分の所に来ないと殺すぞ」と冗談混じりに脅したときも
何とかかんとか言い訳をして辞退している

またディオゲネスはあのカイロネイアの戦いの後捕らえられてフィリッポスのもとに連行されたが
フィリッポスに「おまえは何者か」と問われて
「あなたの欲の深さを探りにきた偵察隊です」と答えてかえってフィリッポスを笑わせ気に入られている

常々デイオゲネスは自分をコスモポリタン{ 世界市民 }だと言っていたが
これは誰からも束縛を受けない自由人だということであろうが
ある意味においてはアレクサンドロスの新国家建設と類似する感覚があるのかもしれない
アレクサンドロスのペルシア支配によって、
ギリシア人の世界観は大きく視野を広げられ、ことに思想家たちに多大の影響を与えたことだろう
つまり彼らは同じ新しい理想を胸に描いていたとも考えられるのである



ともかくマケドニアのおエライさんたちは彼のジョークと人間性を愛したようである

彼の死については幾つかの説があるがその中の一つにちょっと気になるものがある
アレクサンドロスがバビロンの地で熱病により急逝するとその訃報がアテネにも届いた
ディオゲネスはその日みずから息を止めて自殺したというのである
このエピソードについての信憑性は確かではないし、そのような忠義心があったかどうかは疑問だが
仮にアレクサンドロスが噂どおりにディオゲネスを尊重していたとすれば、あり得たことかもしれない

まあ、このようなエピソードが死んだ後までつきまとうのが歴史的有名人の常である
我々はただ単純にそのようなことを聞いて面しろおかしく楽しめばよいのだろう

犬と呼ばれた哲学者はディオゲネス以外にはいな

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