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私は、官能小説の業界に精通しているわけでも、エロ業界に精通しているわけでもないが、伝え聞くところによると、官能小説は衰微の一途をたどっているそうだ。現代社会において、エロメディアに占める官能小説の割合が相対的に縮小するのは致し方がない。しかし、官能小説に投じられる金が絶対的に減少している(らしい)。それも急激に。
本屋でバイトをしていた友人から話を聞いたのだが、官能小説が売れないわけではないようだ。しかし、購買層はほとんど30代以上だと言う。20代前半で官能小説を買おうなんていう奴はまずいないらしい。「岡下君くらいだよ」とまで言われた。では若者は何を買うのか。恥ずかしがって買えないのか。もちろんそんなことはない。若人が買うのは決まってエロ漫画。
官能小説などいらない。巷ではそんな声すら聞かれる。官能小説に1円の金も使ったことのない若者も少なくないはずだ。若者から相手にされなくなったら、PTA?に代表される大人からも相手にされなくなった。有害図書といえば、今やエロ漫画だ。(この点についても実は自信がない。今、教育現場で、有害図書という言葉があるのだろうか)
「猥褻性の判断は、一般社会において行われる良識すなわち射快通念を基準とし当該作品自体からして純客観的に行うべきもので、作者の主観的意図によって影響されるべきものではない。芸術的作品であっても、猥褻性を有する場合がある」(最大判昭33・3・13 チャタレー事件 一カ所誤字があります。失礼しました)
「文章の個々の章句の部分の猥褻性の有無は、その部分だけを取り出して判断するのではなく、文書全体との関連において判断されなければならない。芸術的思想的価値のある猥褻性を有するものとすることは差し支えない」(最大判昭44・10・15 サド「悪徳の栄え」事件)
昔はエロ小説を書けばこんなに騒ぎになったのに、今では…
ならばこの俺が、発行禁止になるような官能小説を書いてやる。ぐちょぐちょのヌルヌルの。社会のためならぬ、射快の射快による射快のための官能小説を。と息巻いてみたところでしょうがない。官能小説衰退の原因を私なりに考察してみたいと思う。
まずは他のエロメディアの台頭。
エロ漫画、エロ雑誌、エロビデオ、エロゲーなどなど、若者の周りにはエロが氾濫している。読みやすいエロ漫画。修正は入っているものの、実際の女性を見ることができるエロ雑誌。おまけに動きや声まで聞けてしまうエロビデオ。エロとゲームとの融合は、「東西ドイツの併合によって誕生した統一ドイ
ツ」並に強力なエロゲーという存在を生み出した……
それらエロの坩堝たる現代日本で、官能小説が生き残ってゆくのは極めて難しい。なぜなら官能小説は、その存在自体に生まれながらのハンディを背負っているからだ。
つまり、視覚に訴えない。
エロは、基本的には視覚によって摂取するものである。『見た。興奮した。勃った』(語呂が悪いな)これである。いや、セックスをエロの究極とするならば、性器と性器との接触による触覚こそがエロの基本だ、とおっしゃる方がいらっしゃるかもしれない。しかし、性交の(男側の)前提たる勃起は、主に視覚から得られる刺激によってもたらされることには反論しがたいだろう。女性の姿(どんな姿かは個人の好みの分かれる所だろうが…)を見る。そして勃つ。もちろん中には『臭いで勃つ。声で勃つ』という方もいらっしゃるだろう。それでも基本の基本は視覚である。
ことほど左様にエロにおいて視覚に訴えることは重要である。しかし、その点において官能小説は不利を抱えている。『見る。勃つ』のエロ漫画などに比べ、『文章を読んで、想像して、勃つ』の官能小説は、まず文章を読むのがかったるく、さらに想像という余分なステップを踏まなければならない。全てにおいて手軽さを求める現代人がどちらを好むかは一目瞭然だろう。
官能小説衰退原因その二。
ネットエロ小説の普及。
広いネットの海には無数の官能小説サイトがある。これらを見ていると、まだまだ文章によるエロ文化は健在だなと思わせてくれる。書き手は比較的若い人が多いように見受けられ、先に述べた『官能小説は若い人には受けない』という説をよい方に裏切っている。絵が描けないから文章を書いてみた、という作品が多い、という人もいるが、この際それは脇に置くとする。勃つ作品でさえあれば動機は関係ない。
が、官能小説という本を出版する側から見れば、ネットエロ小説は強力なライバルである。ネットエロ小説の中には「金を払ってもいいから読みたい」というレベルのものがある。それだけの質の官能小説が無料で読めるのだから、わざわざ本屋で文庫本を買うだろうか。特にパソコンを使っている若い人は。
ネットエロ小説にはもう一つ優れた点がある。それはマイナージャンルが容易に読めるということだ。いや、マイナージャンルという言い方はおかしいか。ジャンルが専門化細分化している、と言う方が正しかろう。
逆レイプ、スカトロ、くすぐり、妊婦、ふたなり……など、これらのジャンルは、読者の数が見込めないため、官能小説として一冊の本にまとめることは難しかった。せいぜい短編を雑誌に掲載するくらいであろう。しかしホームページ上ではそのような制約を受けずに、情熱の赴くままに思いの丈を書き連ねることができる。そうした文章は、少数だが熱烈なファンを獲得しているようだ。
衰退原因の第三。
国語力の低下。
これは実話である。私が高校生だった頃、知人に官能小説を勧めた。ところが彼は、すぐにそれを突き返し「漢字がわからないからいらん」と言いやがった。確かに官能小説には、一般に使われていない漢字がよく出てくる。『膣、羞恥、蹂躙、繊毛、翳り』など。それに聞いたことのないような表現もままある。『あえか』 今では官能小説と短歌俳句の世界にしか存在しない言葉だ。
しかし、だからといって読めないのか。
官能小説を読んでも興奮できないほどに国語力が弱っている証拠である。こんな状況なのに、文部科学省は「早期の英語教育を」などと言っているのだから、将来この国はどうなってしまうのだろうか。英語教育よりも先に『膣、羞恥、翳り』の読み方をこそ、小学生のうちから教えるべきであろう。
エロ漫画がお粥なら官能小説は歯ごたえのある玄米である。官能小説は『想像』というプロセスを踏むがゆえに、確かに食べにくい。しかし小さいうちからお粥ばかり食べて育つと顎が弱ってしまうだろう。(校長先生の講話みたいでいやだな……) 官能小説は想像力をたくましく、豊かに(何か言葉の使い方を間違っていないか……)育てるのだ。性教育の副教材にでもどうだろうか。
追記(2002・07・20)
「若者は官能小説を買わない」と書いたが、これは「黒い装丁の某有名官能小説文庫を、若者はあまり買わない」という意味であり、それ以上の意味はない。若者向けの官能小説としては、二次元ドリームノベルなどがある。また「(男側の)前提たる勃起は、主に視覚から得られる刺激によってもたらされる」と書いたが、これだけではなかろう。「これから女とやる」という期待感から勃つ、という側面のあるのではと思う。 |