新・銀幕に俺たちがいた127

『祭りの準備』

 名前は楯男(タテオ)(江藤潤)。母(馬渕晴子)が息子を朝、呼び起こす。
 「たてお、たてお、早く起きて」で映画は幕を開ける。
 この母親が叩き起こすようなシーンを見ていると、何か、「楯よ、立てよ、タテヨ」と聞こえてしかたなかった。この映画、何の苦労も無い時に見ても得るものはないかも知れませんが、壁にぶつかったり、人生を考える、ぐらいなら余裕があるんだけどにっちもさっちも行かなくて自分に負けそうになってしまった時なんかにはかなり得るものがあると思う。「タテヨ、タテヨ、」と聞こえた、私はとりわけ今50をとっくに超えてさらに今まで以上に気合を入れなくては潰されてしまいそうな労働の現状に、頑張らなくては、と自分を奮い立たせている時だけに心に突き刺さってくる生きるとは戦争で死ぬより辛いことかも知れません。これ、感覚的な意見でお叱りを受ける発言かも知れませんが、敢えて、書いてしまった私、労働者(使われる者=物)の今の真情です。)
 久しぶりにDVDで鑑賞したのは、先日、この映画監督の黒木和雄監督が逝去されたから、ということがあったからです。
 「題名」の「祭りの準備」というのがいいじゃないですか。映画の筋は忘れてしまっても、この「祭りの準備」という傑作な題名は忘れることが出来ません。
 だって「人生」をこれほど前向きに表現した「語句」はベストテン入り出切る「傑作」です。名画は結構すぐれた「題名」で決まる、というこも侮れないことはある。
 ATGという当時は斬新な映画感覚を持った優れた作品を目白押しに算出した作品群の1作がこの作品でした。舞台は「ALWAYS・三丁目の夕日」と同じく昭和30年代です。だが、これは昔を懐かしむ映画ではなく時代を超えて、人間の原点を見つめようとする作家の作品なんです。「あのころはよかったなあ」はただアルバムに閉じ込め、張り込むだけのコレクターの次元でしかありません。でも、「ALWAYS」はその傑作ではあります。
 涼子ちゃん(竹下景子)に誘われたが、何故か一人で映画館に行く場面がある。その映画は石原裕次郎の「錆びたナイフ」。モノクロ映画がカラー映画の中に突然挿入されると一瞬に昔の世界に感覚的というより視覚的に戻った気になる効果もあります。
新人監督はよく使う手なんでしょうが、黒木監督は新人のように原点に立ち返った、或いは映画を撮るたびに出発点に戻ってみるということでしょうか?テーマは「原点」ということかも知れない。原作脚本の、当時売れっ子脚本家中島丈博の自伝的な題材を発展させて、映画の中に監督のこだわり、とも想像ですが「原点への回帰」が新しい「未来の作品」への大きなステップとなることを特にこの作品で示していたのかも知れません。
 とりあえず、この映画、楯男のまわりで繰り返される近しい人々のセックスについて、ひつこいぐらいに描写される。隠された日本的セックス感を高知の田舎のまるで第三国のような土くさい風土と匂いが画面から煙ってくるような感覚です。しきりに挿入される木にひっかかった赤い布切れを当時(1975年)分かりませんでしたが、単に監督の映画感なのでしょうが、今もって分かりません。見る側に分からないカットも、逆に見る側を引き込む手段とも好意的に捉えたい、といのが映画好きなわたしのような客層ではあります。今にも飛んでいきそうでしかし、必死に風に揺れる一本の木にしがみついている「人間」を表現していたのかも知れない。赤は人間の血の色だと思われます。
 四角いプールの中で素っ裸で泳ぎまわっているタテオ(タテヨ)という魚が毎度変わらぬ同じ匂い、同じ水温、同じ餌にアップアップして水面から飛び上がろうとする様が想像できる映画、ということも思いました。
 狂言回しのようにフウテンめいた男、中島利広(原田良雄)が母に隠れて故郷を後にする楯男を見送るラストシーンがこの映画のハイライトだけど、故郷を出ることが何も青春している時代はとっくに過ぎ去った、と思っている私はそれほどの感銘は受けないけど映画的な旅立つシーンは絵になるタッチがやっぱりある。映画は時代を映すんだから30年以上も前のその時の切り口を今の30年後に求めても何も出て来る筈はないんですけどね。しかし、わたしのように引っ張りだして見たくなるのは「祭りの準備」というかっこいい「題名」を見ながら自分を奮い立たせたいがために、当時の映像を受け入れていく「時(とき)」を過ごす、という無駄のような時間を過ごしている者もまだ居ることを知って欲しいために必死にパソコンのキーを叩いています。
 確か、新藤監督だっただろうか、忘れてしまいましたが「誰でも必ず一生に一本の傑作の脚本が書ける」というようなことを話されていたのを今、思い出して、「祭りの準備」は見る人によって様々な「祭りの準備」があるのだと思います。
             1975年キネマ旬報ベストテン第2位
                                  2006年4月22日    マジンガーXYZ