新・銀幕に俺たちがいた128

『走れ!イチロー』

 この映画は2001年公開作品。単独公開されず、「バトルロワイヤル」と併映という形で短期間で終焉した映画だそうだ。わたしは『バトルロワイヤル」は当時も今までも見てませんので、この映画も見てませんでした。しかも、題名のなかに「イチロー」では広島カープファンなので興味がなかった、というのも大きな理由ではありました。あれから、5年が経った今、イチローは世界のイチローとなり、ついには、WBCで世界1位になった。記憶もまだ消えない王ジャパンのイチローは日本のために一肌も二肌も脱いでくれた。大リーグという高いところから日本のために飛び降りて来てくれた。怪我など問題ではない、といってもなかなか出来ることではない、ことをすぐに行動に移す「孤高の人」は案外と「仁義」とか「愛国心」などへの「思い」は「クール」で知られるイチローは表向きで実際は、そうではない「大和魂」のかたまりのようなまさに「ニホン」の「サムライ」かも知れません。彼を見直した人がどれだけいるか?わたしもその一人です。
 映画はしかし、イチローその人のお話ではありませんでした。「イチロー」という4人の男性が微妙に絡み合って作り出した「わたしもイチローです」とでも題名にしたい「イチローさま」を肴にしたちょっぴり真面目で、しかし夢もほどよくばら撒いて、「元気をだそう」ってな気軽さもある。
そうだな。今で言う「NHK教育TV]の「天才てれびくん」で描かれる少年少女向けドラマのような大人がわざと「子供感覚」で「日本人の夢」の対象「イチロー」を自分に引き寄せた「大森一樹」の「イチロー論」であったのかも知れない。大森一樹監督は大の映画ファンです。私は50代を超えたおっさんです。当時、白井編集長時代のキネマ旬報には、今は全く立ち読みもしないほどに私からは遠い存在になっちゃいましたが、それはそれは素晴らしい映画雑誌でした。何故か。「読者のキネジュン」でした。なかに「読者の映画評」という「投稿もの」があったんですが、そこには映画を通して自分の「言いたいこと」を発言する「討論の場」にも似た「参加できる映画雑誌」を白井佳夫編集長は創造されていました。掲載されると編集長の意見も書かれてあって掲載されない人もそれを読んで次回への意欲を燃やせる、素晴らしい「交流」の場でもありました。
大森一樹監督もその「読者の映画評」によく掲載されていました。わたしも掲載はされましたが、何度も掲載さtれる監督らの常連組みにはとてもうらやましいほどの嫉妬をもやして燃やして何度も何度も挑戦しましたが、今ではなつかしくもいい経験したと感謝してます。この「銀幕に俺たちがいた」「新・銀幕に俺たちがいた」も元をただせばあの「読者の映画評」への挑戦で鍛えたものが反映した賜物と自負しております。
 リストラにあった建設会社大手ゼネコンの石川市郎(中村雅俊)は神戸大震災のとき復興事業で神戸入りし、そこで出合った靴職人(加藤武)と神戸グリーンスタジアムで再会する。市郎の妻(浅野ゆう子)はグリーンスタジアムで男と会うメールをパソコンに残したまま家を出て行っていた、のを娘から聞かされて神戸へ娘と飛んで来た、というストーリー。そうです。神戸の大震災が大きなキーワードでした。復興に携わった市郎は当時廃墟になった町の人々とひざを突き合わせて「ゼロからの出発」を始めた。いわば、同志たちとの再会を機に、リストラされた自分の居場所を模索する。妻は母校のソフトボール部のコーチを高校時代コーチだったその男(川口和久)(昔はわがカープのピッチャーでしたね)に頼まれたのだった。 スタジアムで売り子をしている浪人(つまり一浪)中の望月リュウ(松田龍平)、試合の解説者奥手川伊知郎(石原良純)、と「イチロー」という名の人生模様をスタジアムで活躍する「イチロー」を「夢」という共通目標に仕立てながら、自身も被災者で復興に携わった大森監督の神戸への切なる希望と願いが込められた映画のようです。経験から生まれた映画なんでしょう。原作は「走れ!タカハシ」というもので、これまたわがカープの高橋慶彦のことだとは知らなかったのでびっくり。
 私が求める夢は何だろう?夢より現実をまずしっかり足踏みするほうが先なのは誰もがわかっている。ますます厳しい労働形態につぶされるかもしれない不安を抱えながらも家族のために死に物狂いで頑張る労働者のなかのひとりですが、ひとりでは生きていけないこともまた事実。支えてくれるのは「家族」と呼ばれるひとたちです。働く仲間の「かぞく」もあれば、震災で助け合った「かぞく」もある。病院で同室になった「かぞく」もある。スポーツクラブで知り合った「かぞく」もある。銭湯でいつも語らう「かぞく」もある。映画ファンの同好会で語り合った記憶のなかの「かぞく」もある。映画好きにさせてくれた淀川長治氏もお目にかかったことはないけれどテレビ、ラジオ、等でわたしのなかでは「かぞく」というより氏は「夢」だったかも知れません。
 震災で一緒に組んでいたキャッチャーを亡くした高校のソフトボール部のピッチャー島田亜梨沙(水川あさみ)がボールを投げれなくなった。中学生の市郎の娘こよみ(笹岡莉紗)が彼女に言う。「甘ったれるんじゃないよ。いつまで震災のこと言ってるんだ。あんただけじゃないよ。みんななにか失って、その悲しみ抱いて生きてるんじゃない。これから失恋もするし、愛する人が死ぬ時だってある。失うことはまだまだあるんだよ。あんたはちずるちゃん背負っているつもりかも知れないけど、反対だよ。ちずるちゃん、かわいそうじゃない。いつまでもあんたを背負わされて」それを聞いた父、市郎は娘の全く知らない一面を見て感心してしまう。妻の真剣なコーチぶりに自分だけ居場所のない寂しさを思ったが、こううまくことは運ばないだろうがリストラにあった会社の大阪支社の人からミャンマーでの仕事を手伝ってもらえないかとの誘いに起死回生の天命を授かる。それから震災仲間で南野陽子が役名も洋子でバイク店の店長でいい味だしていた。
 「走れ!イチロー」。それほど評価の高い作品ではないけれど、心に留まった作品です。
                             2006年、5月16日   マジンガーXYZ