新・銀幕に俺たちがいた130

『あおげば尊し』

 2006年6月23日。今日は梅雨の真っ只中ということもあって、うっとうしい季節です。新聞・テレビは毎日毎日事件報道を流している。家族の絆はいったいどこへなおざりにされたなのか?理解に苦しむ家族の事件が頻繁に流される。それも大量に、である。近所の子供を殺しておいて平然とTVの捜索番組に出演依頼する神経をもった悪魔のような若い母親。父親に勉強のことでやかましく言われて血の繋がっていない再婚の母親と幼い子供たちを平然と自分の家を放火して焼き殺しさまよったあげく見知らぬ家に侵入して好きなワールドカップサッカーのテレビを見ているアンバランスな高校生。介護に疲れ、90近い母親を絞め殺して心中しようとした60代近い息子。「人の命」がいとも簡単に他人の手によってごみくずのように「消去」されてしまう現実の恐怖に困惑している。人事でないから怖い。いつ自分の身に、自分の家族の身に危険が及ぶか分からない時代なんだ、と思うから怖い。「人の命」をなんだと思っているのだろう。私には想像もできない新しい人種がわが国を侵食している気がしてなりません。はっきり言って、無茶苦茶な家族形態、つまりは昔ながらの「家族」というのではなく「なんとなく一緒に1つの家に集合している生物」という、言わば「愛」とか「絆」とか、という次元は崩壊してたまたまセックスでくっついた男と女がなんとなくままごと遊びのような生活感のないうわっつらだけのつきあいで一緒にいるゴミだめ状態の「外側だけは家族のようなカゾク」がわが国を侵食しているような気がします。「日本沈没」という映画がリメイクされるのも映画作家たちのアンテナが正常に作動している当然の結果でしょう。
 「あおげば尊し」。市川準監督。彼の映画「病院で死ぬということ」も「銀幕に俺たちがいた」で取り上げさせてもらいました。どちらも人間の「死」を見つめた真摯な作品です。小学校の先生役で出演されているテリー伊藤さんの普段からは想像出来ない演技に拍手です。薬師丸ひろ子さんの「ALWAYS 三丁目の夕日」などからの母親としての存在感にはうれしい期待が今後への期待へと繋がってわたしはファンになりました。ラスト、おじいちゃん(加藤武)の斎場からの出棺の場面になります。やるせないけど悲しい葬式に家族親戚が集まってくる。映画では先生だったおじいちゃんのところへ生前は誰一人教え子は来ず、便りの一通さえも来なかった。亡くなって来られても仕方が無いけど残された家族の悲しみが増すだけのような感じもする。ただ、観客は先生を覚えていてくれた生徒たちの見送りの場面に感動を覚えて映画的な終結としてはOKだとは思います。映画と実際は違う、ということです。どうして生前に逢いにきてくれなかったの?という思いだけは家族の胸に残る筈です。矛盾するようだが、そうはここに書き込みはしたものの、わたしは保育所、小学校、中学校、の先生がたの所在、あるいは生死の事実も何も知りません。父親の転勤転勤で途中やめの転校生だった故に地に足の付いた友達関係も希薄だし、先生たちとの関係も勉強を教えてもらった人、という所の位置関係を超えては居なくて映画で言われる「恩師」という方には遭遇していない、のも現実だ。わたしにとって「恩師」は「映画」かも知れません。それ以上に、やっぱり父であり、今は亡き母です。両親から注がれた「愛」を50代の今頃はひしひしと感じています。テリー伊藤さんが点滴を打って闘病生活している父親に子供というに話しかけるように言います。がんばれ、とか励ますんじゃなくて昔の記憶を呼び起こさせるように「最後まで先生でいてね」といった思いで、自分の生徒を瀕死の父に向かわせる。「死」をみつめる「授業」はうまくいかなかった。これほど、人を簡単に殺してしまう少年たちの事件があいつぐ現代、作家たちはなんとか作品を通して子供たちに「死」を考えてほしい、ということに心血を注いでおられると思う。「あおげば尊し」は生徒が先生への感謝を込める歌、とも言える。感謝。親が子へ、子が親へ、の感謝の心は最近の事情はどうなんでしょうか?
 「死体」に興味を持ってインターネット授業で「死体」を見ている男の子が出て来る。みんなが集まってくる。やってはいけない、と分かっているけど、見たいけど学校では見ずに、家に帰って隠れて見てはいけない、と言われているものを見る多くの子供たち。映画は学校の授業中に見てはいけないものを見る子供を描く。テリー伊藤先生は通路で「やめろ」と言う以外の言葉はない。その生徒を寝たきりの父に逢わす。生徒はデジカメで父の病んだ顔を撮ってしまう。テリー伊藤はそれを見て「帰れ」と怒鳴る。わたしだって怒鳴ります。生徒の父親は彼が小さい時に亡くなって、記憶のなかの葬式の状景に父親を求めていく。「死体」を見るのはそれが原因の1つ。死にかけている人の写真を撮るのも父への思いがそうした突飛な行動になってしまっただけのこと。彼は言う。「先生、僕、やっと思い出したんです。お父さん死んだのぼんやり覚えているんです。親戚の人や何かがたくさんいて、お父さんの手を取って、“おとうさん”って握ってあげなさいって皆が言ってーーー思い出したんです。僕、でも、言えなかったんです。“おとうさん”なんて、手も握れなかったし、怖かったから。でもおとうさん、ちょっと笑って死んでったんです。僕が手も握ってあげなかったのに、あの夜のこと、僕、思い出したんです」
 
                      2006年6月23日     マジンガーXYZ