新・銀幕に俺たちがいた131

『アイリスへの手紙』

 1989年のアメリカ映画です。主演はジェーン・フォンダとロバート・デ・ニーロ。革新派のイメージが強いふたりだとどんな映画になるか興味深々でレンタルビデオを借りたら意外と普通の一般労働者のストーリーになっていたので逆に感心した。
 アイリス(ジェーン)は菓子工場というかパン工場というかその種のその種の工場のラインで働いている。夫に先立たれ、高校生の娘と小学生の息子との3人暮らしで妹夫婦と同居している。
 映画の導入は給料を貰ったアイリスがバスの中で男にバッグを引っ手繰られる。同じバスに乗っていたスタンレー(ロバート)がバスから降りて追跡するが、アイリスが一旦はとっ捕まえたものの突き飛ばされてまんまと逃げられてしまう。スタンレーは追うアイリスに「追うな」と殺されなかったのは運がいい、と苛立つアイリスを落ち着かせる。我に返ったアイリスはわざわざバスを降りて犯人を追ってくれた彼に感謝する。これがふたりの出会いです。しかしスタンレーは彼女を知っていた。彼は工場のコックをやっている。「あなたは目立つ」と素直に告白する。ロバートの演技がいいです。それに受けてたつジェーンの庶民感覚を持った子育てを死ながらの働く女性像もさまになっていてとてもいい雰囲気の映画に出会えた思いです。
 原作がどうなっているのかはわかりませんが、わたしがこの映画に引き付けられたのはスタンレーが読み書きが出来ない人物に設定されているからです。今時、読み書きが出来ないで社会生活がおくれるのだろうか?という疑問を持ちながら見ていて、映画の世界だからそれもいいか、と思いつつ、何らかの事情で世の中から遮断されて気がついてみるといつの間にか年だけは食って基本的な読み書きを教えてもらえる機会を逃したまんま時だけが無情に過ぎたあげくの現実の壁に阻まれて悲しい結末、ということはありうる、と思いました。日本映画「学校」でも同じようなシチュエーションがあったのを思い出しました。夜間中学で勉強して読み書きを習いあこがれの女教師にラブレターを出す、というのはよく似たお話、というか設定になっていました。
 「アイリスの手紙」は文盲のスタンレーが文盲ゆえにコックを辞めさせられ、あらゆる重労働をして金をかせぐも、ついに所謂「日雇い作業」もままならず」年老いた父親と暮らしていた家を出て行くハメになり、その老父を老人ホームにに入れなくてはならない状況に追い込まれる。読み書きが全く出来ないのにベーカリーのかなり大きな工場のコックとしてよく採用されたもんだと、考えればおかしな話ではありますが、そこらへんの追及はアリスにもさせない強引な話の展開とは思いました。
 そして、文盲であるスタンレーはホームからの「父の危篤」の知らせをも分からずに死後数日たってホームに逢いに行ったときはじめてその悲報に嘆く。ホームの責任者から「何度も電報を出した。ついては死亡証明書がいるのでおとうさんの名前を教えて下さい。綴りはどう書くんです?」と聞かれて「知りません」とつぶやく。何とも情けない話だがそれが真実なら悲しいです。雨に打たれるスタンレーが映りだされる。工場から出て来るアリスを待っていたのだ。アリスが出て来る。「久しぶりね」「今は洗車場で働いている」「頼みがある」「言って」「考えた」「何?」「暇な時はある?」「言ってみて」「考えたんだ」雨が降っている。工場から帰宅する大勢の従業員が出てくる。バスがいる。アリスが乗るバスがもうすぐ出る。「またにする」「言ってみて。バスに乗るわ」アリスがバスに乗るのをじっと見ているスタンレー。スタンレーのところに戻って「何なの?」「早く言って」「君に頼みたいことがあったんだ」どしゃぶりの雨に濡れるふたり。「またね」とアリスは走り出すバスにかけって行く。その時、スタンレーが後を追いかけてバスのドアが閉まる直前に「わたしに字を教えてください」と叫ぶ。
 アリスは娘が妊娠したことを手遅れになってから病院からの知らせで知る。娘を叩くアリス。妹夫婦と家族3人の面倒をみるために必死で働くお母さんがそこにはいる。ジェーン・フォンダが今まで見たことないような一般庶民の目立たぬ役柄を自然体で演じていることに拍手だ。
 図書館。そこには「本より後世に残るものなし」と書かれてある。二人は始める。「まずお互いを知るための質問よ。最初の一歩ね」「始めよう」「氏名は?」「スタンレー・エベレット・コックス」「一番好きなことは?」「新しい機械を発明すること」そしてアイリスはスタンレーに自宅の台所で字を教えていく。そして当然、ふたりは急速に接近していきセックスをするまでになり、彼の隠れた発明の才能によって就職が決まる。ニュージャージー州からミシガン州へ飛び立つ飛行機に登場の直前、「電話するよ」という彼にアイリスは「ダメ、手紙を書いて」と見送る。あとはハッピーエンドへと一気に話は進む。部下をもつほどの出世をして家も車も手に入れたことを手紙に書いたスタンレーの現実にアイリスは何かを成し遂げた満足感で日々の労働と生活に勤しんでいた。そこへさっそうと大きな車に乗ったスタンレーが「君に逢いにきた」と微笑んでいる。人間、やろうと思えば、出来ないことはない。それを教えてくれたふたりの抑えた演技に感謝しよう。
 監督はマーチン・リット。あの「ノーマ・レイ」の監督さんだ。いつかこの映画は取り上げます。

                   2006年7月14日       マジンガーXYZ