新・銀幕に俺たちがいた132

『カーテンコール』

 40年以上も前、わたしの住む西条町には映画館が1つありました。松竹映画とか東映を掛ける所謂2番館です。今から見るとかなり古臭いつくり、でほんと「便所」もどくとくのにおいで、映画のにおいのなかにその臭い感覚が同時に記憶に残ってます。それでも学校から推薦された映画を唯一の2番館であるここで観ました。題名は「サウンド・オブ・ミュージック」です。同学年皆で鑑賞しました。大好きな女生徒が側で見ていた。彼女が笑うとわたしも笑って最高でした。彼女が涙をながしている。はじめて彼女の泣き顔を見ました。興奮した。快方してあげたかった。トラップ大佐とマリアのキスシーンではじっと見つめていた。あれがわたしと彼女だったらと想像していた。興奮した。奥手のわたしは結局、その子を思い続けたままゴールはなかった。他の男子生徒と歩いていた。でも、今となってはいい思い出となっている。同じ映画のあの場面を観て感動している彼女の素晴らしい顔を記憶として何十年もインプットされている幸せをかんじているし、大事な心のアルバムとしての価値は高まるいっぽうです。映画館はいい思い出が残るか残らないかで天地の差があると思います。この時代は映画に夢をもっていた時代でした。映画を観るということが夢の世界を見るということだったような気がする。何年か経って高校では映画はもろにセックス対象のその種のピンク映画或いはセックス中心の外国映画に没入していった。青春のはけ口として目指していた。映画はしかし、わたしにはなくてはならないものになって、友達とか生きるための教科書のような付き合い方になって映画はみるみる増えていった。広島へ通学していたんだけど、ある松竹系の名画座が「映画ファン」なるものを観客増産目的で発行されたんだが、そこへ映画に関するおもいをいっきに吐き出していった。これから映画雑誌への投稿が始まった。
 「カーテンコール」はわたしより一昔前の映画館のお話である。舞台は山口県下関。佐々部清監督のおかげでとなりの県の映画が話題をさらってわが広島も負けじと広島を題材にした映画が量産されば最高の映画土壌が中国地方にたち上がって、ふるさと中国地方が映画の都にも夢ではない、なんて思うだけでも楽しいです。大林と佐々部と新藤と色々出場してくれればよいのですけど、夢はいつか本当になるでしょう。佐々部監督の次回作に原爆を題材にした「夕凪の街」が将来全国の映画館に掛かればふるさとにこだわる映画創りはふるさとを活性させていく筈です。さらにさらに多くの監督が中国地方に映画の雨を、いや映画の花吹雪を撒いて欲しいです。
 懐かしい映画館のお話にとどまらず日韓を跨いで人間の絆のどうしようもない強さと宿命を描かれてあってわたしは「ALWAYS 三丁目の夕日」よりは好きだな。わたしはこの映画に出てきた主人公のような芸人には出合ったことがありませんでした。わたしが今、52歳だから60代から70代の10年一昔前のお話です。藤井隆がこの幕間芸人を演じているのだがこれがぴったりのはまり役でおどろき、というよりうれしくなった。監督の小技で見せる映画テクニックからの攻撃より役者のおもわぬおどろきの演技力が映画を何倍も何十倍も進化させていくのは、優れた映画が教えてくれている。どうなんだろう?お話はどうでもいいけど役者の「あっとおどろく」演技だけでこの映画は満点を獲得する事だってあります。それほどに藤井の演技には拍手喝采です。
 下関出身の契約記者(伊藤歩)のスクープ記事である事件がおこり東京の出版社から下関のタウン誌へ異動を命じられる。謂わば、父(夏八木勲)から言わせれば、まだフリーターのような彼女が下関でつぶれそうな映画館で働いていた、これもフリーターというか正社員ではないつなぎの労働者という、幕間芸人が観客の応援によって正社員のようなレベルで毎日を働いている、「俺とおんなじだ」と言う感じで見ました。まわりはロボットみたいな機械がほとんどで若い衆は吸収もはやく一気に使いこなしているけど、50を超えて誰も教えてくれないままコンピュータ操作を命じられて戸惑いばかりの、さらには24時間勤務の4勤2休で夜昼1週間交替をやって、今は夜勤明けで一眠り後、書き込んでいるという分けです。素人芸ということで長くはお客さんに喜んでもらえる日は続かずTVの波及と儀楽の娯楽多様化から映画斜陽で舞台となったみなと劇場も正社員でないアルバイト社員の安川修平(藤井隆)もリストラにあってしまう。しかしだ。今なら簡単に離婚から子供がぐれて家出し、父親一人残されて悲惨な生涯を連想してしまう。これ、冗談でなく実際に生活保護でなんとか生きながらえている俺たち労働者がいることが現実ではある。
 修平のおくさん(奥貫薫)は女の子と一緒に映画の支配人に「給料はいらないからせめてあと一ヶ月だけでも舞台にあがってお客さんに感謝を伝えたい」とお願いする。夫婦のありかたを監督は問うているんだと思った。その後女性記者は妻をなくし一人娘に寿司を食べさせて「いつか迎えに戻ってくるから待っていろ」と言い残したままキャバレーまわりをしながらその日暮らしの生活をしていた。娘との約束を破って彼は故郷の済州島へ逃げてしまう。記者はその芸人を追跡しながら娘(鶴田真由)との再会を記事にしようと奔走する。「東京でフリーターなんかしないで戻って来い」という父親の言葉が父娘の再会を願いながら自分も母を亡くしただ一人の父への思慕が沸いてくる。
 済州島で探し当てた修平を閉館記念として劇場に呼び娘との再会へ漕ぎ着けた、と思いきや劇場に足を運びはすたが会場には行かないで外で父親の懐かしい「いつでも夢を」を聞いている場面から一遍場面は済州島で父の元へ走るタクシーに乗った娘(鶴田真由)が映る。そして、感動の再会は二人のうれしそうな顔のアップでハッピーエンド。記者(伊藤歩)は娘からの感謝のハガキに父との新しい生活へ向けての思いを胸に二家族の「新たな門出」は心地よい効果音と共に幕は閉まった。その後の安川修平を演じた井上さんに感動と大きな喜びを味わった。演技なんだろうか?と思わすほどの聞くものをシーンとさせるだけの歌声はすごい、の一言でした。背筋をピーンと伸ばして颯爽と歩く、伊藤歩さんを今回、お気に入りの俳優さんとしてインプットしておきます。2004年製作。
 DVDでの監督の言葉を引用しようと思いましたが、敢えて、2006年6月24日付けのわが中国新聞に掲載されている監督の言葉を引用させて貰います。
 <殺人とか犯罪はあまり扱いたくない。それらの話は衝動の産物だから。1つのことをずっと「思い続ける、そういう話が好き。人が人を思いやり、思いやらたれたりすることで、感動が生まれるんじゃないのかなあと。そんな映画を撮りたい。僕の映画のヒロインには、背筋が真っ直ぐ伸びて凛とした女性を演じて貰います。>
                           2006年8月1日        マジンガーXYZ