銀幕に俺たちがいた137

『大いなる旅路』

 昭和35年東映作品。モノクロ映画。国鉄一家のお話。「遠い一本の道」「鉄道員」「鉄道員(ぽっぽや)」という映画をこのサイトで紹介しましたが、『大いなる旅路』と言う映画を今回知って早速DVD購入して鑑賞して、感激した。木下恵介の「喜びも悲しみも幾年月」に並びうる力作を今の今まで知らなかったことは映画ファンとしてはお恥ずかしい次第です。
 主演はこの映画でブルーリボン賞を獲得した三国連太郎。国鉄全面協力という国家事業の一環にも似た、ようにも思えるほどに今、鑑賞しても身にせまる映画でありました。この映画がDVD化されたのは映画の内容ではなく、先に「高倉健出演作品」のDVD化という大前提があってこの作品にめぐり合えたわけで作品がどれだけ素晴らしくても現在へ蘇るとは行かないという事情には、「映画は商品」ということを改めて思い知ることにもなりました。
 舞台は大正末期の盛岡です。主人公岩見浩造(三国連太郎)は釜焚き職人といっても蒸気機関車の釜焚き人である。この映画のもうひとつの主人公は白い煙と迫力ある蒸気音を響かせて走る蒸気機関車です。国鉄と言えば、最近のあの尼崎の大事故が連想される。それについてこれ以上は何も書けませんが、この映画の時代の国鉄(今のJR)マンの生活には実に学ぶことが多いい。岩見は今日も橋本機関士(河野秋武)の元で釜焚き作業を黙々としている。ある猛吹雪の中、貨物に一人の女を運んで欲しいとの要請で貨車に載せることになる。彼女(風見章子)が岩見の妻になる。夫婦の出会いなんて案外、ひょんなところから繋がってしまうものなのかも知れない。そして結婚して間もなく大事故で機関士の死に遭遇し、国鉄マンの仕事の意味を考え直す。機関士か死に際に岩見に止まった時計を渡して「その時刻が事故発生の時刻だ。はやく持っていって知らせろ」という最後の言葉を胸に、彼は人々の安全を守るのが国鉄マンの仕事だと気づき心気一転生まれ変わって仕事に勤しむ。
 時代は戦争へ突っ走って行く。岩見家には子供が次々と誕生する。3男1女で長男・忠夫(南廣)、次男・静夫静夫(高倉健)、三男・孝夫(中村賀津雄)、長女・咲子(小宮光江)である。当時は国鉄一家という言葉があるように男の子は父親の後を継いで国鉄マンになるのが当然のことであった。上のふたりは跡継ぎ街道まっしぐら。が、三男は国のためという、或いは「かっこよさ」を「若気のいたり」と言い換えてもいいが、予科練へ志願した。長兄は戦死。長女はやくざな男にあこがれて家を出る。高倉演じる次男だけは国鉄一筋にエリートコースを突っ走っていく。という風に両親には様々な人生を歩む子供たちを授けて日本という<国家>と岩見家という一<家族>を天秤に掛けながら、どこかへ突っ走っていく<時代>を機関車の両輪に込めて描いたのがこの映画なんだと思いました。だから今見ても通じる、感じる、見れる、普遍性を込められた映画として評価したい。
 「子供なんて結局みんな家を出ていくものなんだ。わしら二人だけさ」と「育てがいがない」と泣く妻に浩造は諭す。親と子の関係は人間がこの世に存在する限り、続いていく永遠のテーマだけど、永遠に分かっているようで分からないテーマ、というか、だから永遠に描いていけるテーマでもあるのかも知れません。現代、子供に関する事件が新聞、テレビ、を賑わしている。戦争で図らずも日本は国家が国民が一致団結していた時代でさえ家族はいろいろな問題をかかえながら戦争へ協力していた。子供の命を国家に授けた。今の現代、個人のために個人が生きるために他人を抹殺することを何とも思わない、ような社会が浸透して、とんでもない社会が出来つつあるのかも知れない、と怖い想像してしまう。これ、マスコミの誘導に引っかかってしまった、わたしのような悪しき、頭の悪い人間の例である。情報に潰されて崩れていく、教育と子供の関係、社会と家族の関係、職場から切り捨てられる我ら中年組、社会から切り捨てられる老人、そして崩れた「親子関係」は現代の象徴です。
 見直そう家族、ということをこの映画から学ぶことが出来る。機関士一筋に働いてきた無骨な主人公と主人に逆らうことなく、ただ家族のため、子供のために一心不乱に支えてきた妻との二人三脚は、見ていてすがすがしい。この姿を今の子供の多くはどう見るんだろうか?子供が実際にいろいろな職業経験できるテーマパークなんかがゲーム感覚で味わえるところがあるそうだけど、教育さえも全てはお金儲けになっている社会構造をつくったつけが子供を巡る事件続発の現代を作り出した、と想像するならば日本そのものがどこかの国に買い取られてしまう未来を想像してしまう。ある種、どこかの小さな国が子供国家のように見えるけど、戦争時代の日本は子供国家でもあった。親がなく、教育されることもなく、腹が減り、何かを食うために敵をつくり殺していく。弱肉強食の戦争ごっこが今の日本、かも知れない。もう、手遅れなんでしょうか?
 映画は夫婦ふたりが遠くに走る機関車をいとおしく眺める場面で終わる。どこまでもつづく線路とどこまでも回り続ける両輪は二つで一つの夫婦のあり方を過去から未来への希望として描かれていた、とわたしは思えた。夫婦のありかたを問う映画でもあります。
 どれほど隠れた名作があるかも知れない。名作DVD化をどんどんお願いしたい。

               2006年11月3日       マジンガーXYZ