銀幕に俺たちがいた139

『雪に願うこと』

 2006年11月27日北海道の「ばんえい競馬が廃止」、というニュースを見た。さらに「2002年に残業150時間で自殺した新入社員、過労死認定逆転勝訴」という記事が飛び込んできた。
 映画は帯広の田舎を飛び出して東京で成功したにもかかわらず13年ぶりに舞い戻ってきた一人の男(伊勢谷友介)の映像から始まる。一流大学を出て、一流かどうかは分からないがどこかの会社に就職し、そして転職ではなく自分で会社を立ち上げ仲間と会社経営をするまでに成功した。しかし、彼は東京から逃げて遠くの北海道は帯広のばんえい競馬場で馬券を買ってうつつをぬかしている。何をしていているのか自分でも分からないけど全財産を知らない男(山崎努)に乗せられてある一頭の馬に賭けてすっからかんになってしまう。そして仕方なく行き着いた先はばんえい競馬の厩舎を経営している兄(佐藤浩市)のところだった。何という情けない弟だと思います。逃げ場所があるなら別に同情する価値もないです。しかしながら頼るすべがないとき兄弟、親戚、友人、というところだが運よくお助けマンに出会えるかで人の一生は「死ぬか生きるか」の選別をさせられてしまう、ということは分かります。とりあえず、この男は兄のところで馬の世話をすることになる。任された馬は全財産をすってしまった「ウンリュウ」という名の輓(ばん)馬だった。そこの厩舎で知り合った女騎手(吹石一恵)やそこで働く男たちとの労働しながらの触れ合いが逃げてきた一人の男を次第に変えていく、様をじっくりと見つめているのがこの映画である。同時にこの映画の最大の見せ所であり、また映画の一本の大きな柱であるばん馬の白い息を吐きながらのどっしりとした走りはふらふらしている男を突き上げる。男のほうも力づよい馬たちの、前だけ見て走るそのひたすらな動きにだんだん影響されて行く。兄弟というもの、世の中にはいろいろなケースがある。家庭も失い、自分の会社も失い、13年後、ひょっこり現れて、兄貴の世話になって、何とか食いぶちだけは確保して、何とか生活している弟の、行き当たりばったりの生活ではなかなかまわりの見方はふだつきのようにしか見れない。ウンリュウに出会ってからは男はウンリュウといつもふたりで切磋琢磨していく。競馬でウンリュウを勝たすことだけを目標に世話をしていく。東京からやってきた男が東京風を吹かせても誰も関心ないかのように,時だけは過ぎていく。ウンリュウは登り坂に来るといつも手前で立ち往生。何が怖いのか?男はそこに自分を重ねた。
 自己破産した会社は友人らと共同経営していた。責任者がとんづらして馬と遊んでいる、と言う風に追いかけてきた友人(小澤征悦)に罵倒される。自殺しないのが救いのこの物語は、その救い主を馬に賭ける。彼にとっての救いは馬との出会いであった。全財産を亡くした末の母(草笛光子)、兄への思慕であった、とわたしは思いたい。映画はきびしくこのどうしようもない主人公に重荷を載せる。現在を載せる。母は痴呆症で入院していた。誰が誰だかわからない。雪のように母も真っ白になっていた。悲しい現実だ。10年以上も帰郷しなかった、報いだろうか。どこにでもある話です。どこの世界にも、どの世代にも、いじめはある。逃げるのも手、頼るのも手、救いを求めるのも手。雪に願うこと。わたしは何に願う、だろうか?やはり家族、と思います。
 東京国際映画祭グランプリ、監督賞、主演男優賞(佐藤浩市)、観客賞、受賞。
                    2006年12月1日     マジンガーXYZ