新・銀幕に俺たちがいた150

『運命じゃない人』

 冒頭シーン。マンションのドアに立っている女性がいる。その家のキーをじっと見つめる女性。そして外から中へキーを入れてしまう。彼女は大きなバッグを両手に持ってそこを立ち去って行く。「どこかの星に一人ぼっちでいるみたいだ。一人で生きていかなきゃいけないんだ。この星で一人でーーーー」そして婚約指輪を無理にはずして何か心に決めたように立ち上がってどこかに歩き始める。とくれば、女性の自立を描く感動的な映画、なんて勝手に思い込んで見ていたら、そんなありきたりのそこらへんに転がっている映画ではありませんでした。全くのオリジナリティーに富んだ面白い映画でした。これ、DVDレンタルで借りたんですが題名からしてさほど見たいとも思わなかった映画でしたが、裏面の宣伝文句によれば「日本一のいい人」サラリーマンが主人公、に引かれて覗いてみたら、アッと驚いて大拍手したくなるようなピカッと光っている映画にビックリした、というのが本音です。
 主人公は宮田武(中村靖日)というどこにでもいそうな,ひ弱そうなサラリーマン。結婚のために借金をしてマンションを買ったものの彼女の方は男が出来て出ていった。そんな彼女・あゆみ(板谷由夏)を会社のパソコンのなかに入れた写真を仕事中に覗き見てへらへらして、未練がましくしている男にも友人がいた。神田勇介(山中聡)という探偵がその友人。彼から「あゆみちゃんのこで話があるから出てこい」と携帯が掛かってくる。すっ飛んで自転車を走らせてレストランで待っている宮田。なかなか現れない神田にいらいらする宮田。やっと神田が現れると「過去の恋人のことは忘れて新しい出会いを探しなさい」たったそれだけを言うために呼んだのか、と宮田はがっくりする。神田が言う。「待っていれば誰か現れてくるなんてだめだよ。それじゃあいつまでたっても一人ぼっちだよ。ナンパしよう」いきなり後ろに座っている一人ぼっちの女性に「一緒に食事しませんか?」と声をかける。ここでアッと驚く。冒頭の女性がそこに座っている。ここから次々とあの場面、あの場面がパズルを組み立てていくようにゲーム感覚でちぎれた場面場面を一つにつなげていく「遊び」を作り手と見る側が楽しみながら時間がたっているような感覚で「どうなるんだろう?」と一気にクレジットを迎えてしまう。宮田が恋焦がれているあゆみが結婚詐欺師だったり、あゆみが新しく詐欺の餌食に選んだ実業家と思っていた男が実はヤクザの組長・浅井(山下規介)だったり、その組長からとんずらして2000万を持ち逃げする。そのために助けてくれるようにあゆみは探偵・神田に頼む。神田はあゆみが盗んだ2000万をヤクザに返して仕返しをされないようにする代わりに現金100万を寄越すようにあゆみに言う。さらにさらに2000万は実は組長が若いもんを組から逃がさないために一番上だけ一万で後は紙を重ねただけの偽の2000万だった。というように表面から見ただけでは真実は分からない、というこれも当たり前だけど、現世、信じられない人間が起こす事件が余りに多すぎてそれさえも酷いと感じられなくなる不感症人間の増大、つまりはロボット化した人間社会になりつつある、とは大袈裟かも知れませんがそんな取り越し苦労までしてしまった。
 最初のほうで会社の先輩が部屋を貸して欲しいと頼む場面がある。「明日、デートで適当に遊べるところが欲しいんだ。彼女にDVDで映画でも見ようなんてーーお前とこDVDあるんだろ?」「いえ、ないです」「とにかく頼むよ。今度、おごるからさ」これ、どこかのシーンに似ている。「アパートの鍵貨します」をほんの少し思い出しました。夜のとばりに公園で一人寂しく時間をつぶすジャック・レモンの表情が宮田武を演じる中村靖日のコミカルな表情に重なってしまいました。この初めて遭遇した男優さんにひどく注目した映画でもありました。夜と言えば、この映画の時間設定はある日の夕方から翌朝にかけての一昼夜のため、ほとんど都会の夜のロケ・シーンが映画の大部分を占めていた。だけれどもそんなに夜という感覚も暗いイメージもなかったのは夜に働いている人たちが大多数を占めているために現実と映画が同じ次元にまで捉えられていた、のかも知れない?この辺は素人にはわかりません。
 とにもかくにも、人間の裏表を見る前に、サスペンス感も併せ持った、緻密に仕掛けられた構成には、思わず笑いがこみ上げて来る大変面白い映画でした。これ、「テキサスの五人の仲間」のサスペンスを彷彿させた。全くの私的な素人感なんで笑ってください。
 監督はこれが長編第一作の内田けんじ。楽しみ大大な作家が登場してきた。2005年カンヌ国際映画祭批評家週間で4賞を受賞した。
                                   2007年5月         マジンガーXYZ