新・銀幕に俺たちがいた154

『ライフ・オン・ザ・ロングボード』

 55歳で定年を迎えた男の物語です。今や、60歳定年になっているはずだから主人公は早期退職手続きをして55歳で定年になったんだろう。すこし早い定年です。食品会社で部長代理という肩書きを持って早期退職したのだろう。3年前に妻を病気で亡くして未婚の次女との二人暮らしの生活をしている。次女はもっか求職中で会社訪問している。何故か?次女は父親には無愛想で何かを隠しているような雰囲気が漂っている。しかし、父は退職したもののその後の第二の人生を今まで考えていたようなこともなく、誰もいない家で、落ち着かないように右往左往している。次女の娘からも無事退職した父に感謝の言葉もプレゼントもない冷たい家族関係が浮き出てくる。妻が死んでから、この家庭は<家族の時間>が止まってしまったのだろう。妻がいた楽しい家族を思い出す<過去へのこだわり家族>に陥ったのがこの米倉家なんだと思った。離れたところの鎌倉の実家にはおじいさんが一人暮らしをしている。散歩がてらに父、米倉一雄(大杉蓮)が実家に立ち寄る。おじいさんは「こんな真昼間に何をしているんだ。仕事は?」一雄「やめたんだ。定年だ。」おじいさん「定年?おまえが定年?これからどうするんだ?」一雄「どうしようかな?」おじいさん「どうしようかなって?それを言いに来たんじゃないのか?人生は長いぞ。俺の年までは30年あるぞ」一雄「ちょっと散歩行って来る。」そして、鎌倉のサーフィンたちを目の当たりにして、ふと、亡き妻との会話を思い出す。種子島で一緒にサーフィンする話をしていた頃のことが頭をよぎる。妻の最後を見取ってやれなかった悔いをのこしたまま娘たちともそのことに封印をして、ついに定年が来て自分の居場所のなさに退職したものの落ち着いて休んでいることも出来ないで、こんなことなら会社勤めをしていたほうが気が休まっていたことに気づいてしまう。自分の癒しの場であり、帰るところのわが家でありながら、何をしていいのか分からない毎日が何十年もやってくる恐怖に頭を抱えていた時に、妻との約束を思い出して種子島へ妻との思い出のサーフボードを抱えて未知の世界へ走り出していく主人公の行動には目を殺して見つめました。
 「定年後のあなた」と銘打って各テレビはと時々ニュースショーで特番めいたことを面白可笑しく見る側に考えさせてくる。その一つの例としてこの映画に描かれたようなサーファーに目覚めて種子島に限らずその土地に根をおろして骨をうずめるまでにその土地の人間になった人たちも多くいるんだろう。
 定年も人ごとでなくなった私としてはいろいろ考えさせられた。サーフィンを役そのままの年齢で仕事のためとは言え、ついに撮影終了間際に波を乗りこなしたその瞬間の映像は大杉さんは勿論見る側、とくに同年齢の私には興奮させるものがあった。若いサーファーたち、そしてスタッフたちの目線をもろともせず、逆に自分のペースに引き込んで、ものの見事に短期間であのすさまじい波乗りをやり遂げた執念には「俺だって」という気にさせるものがあった。
 原作・脚本・監督は喜多一郎という初めて知った人でした。ここには海に魅せられた映画スタッフ、役者さんたちがいた。

                    2007年7月            マジンガーXYZ