新・銀幕に俺たちがいた155ー@

『手紙』

 時代にフィットした映画である。時代が望んでいた映画である。原作がありますが未読です。物語は兄弟のお話です。といって、今まで何度も何度も「家族」の絆を描いてきた映画の世界でもタブーとはされなかったのだろうけどわたしはこれほど切実に自分の問題として捉えた映画はかつてなかった、と思う。家族の中で誰かが殺人を犯してしまう。その後の犯人の状況とか家族のその後の動向とか描いてはいるものの何故か、第三者的に、或いは報道的に、或いはサスペンス感だけを面白可笑しく描く技術一辺倒の映画術ばかり目だっていた、ように思います。映画会社も商売だから儲からないような本は映画化させないでしょう。家族の中に罪人が出ればその後の家族がどのような人生を歩んでいくかは、ニュースショー、ワイドショーで毎日、飽きもせず放送されていて、高いお金をはたいてまで映画という夢の銀幕で家族のなかに犯罪者が出たら、あなたならどう対処していきますか?あなたは今のような平和な穏和な人生を一瞬で失ってしまいますよ。このような暗いメッセージを受け取るために映画館に入ったり、レンタルDVDを借りたりしません。と、言いたいけど、実は私を含めて世の見る側は人の不幸を見たくて見たくて仕方ない。人間とはいかに汚い動物であることも事実です。
 そしてこの映画を目にする。一人の若者が登場する。手紙を読んでいる。刑務所に入っている「兄貴」から主人公の弟への手紙である。季節は桜舞い散る春です。バスの停留所、と思ったら工場の従業員用の送迎バスで弟は寮に住んでいてそこの送迎用の停留所で手紙を読んでいたのだ。誰かにその手紙を見られないように一人でこっそり読んでいたのだろう。毎日、弟は一番後ろに隠れるように野球帽を被って顔を隠し口を真一文字に閉めて誰とも会話をしないようにいつも見る外の変わらぬ景色を仕方なく見ている。そのように隠れてみせても見ている日とはどこかにいる。同じバスで通勤しているかわいい女性(沢尻エリカ)が弟をチラチラとうれしそうに見ている。こうしてこの話は始まっていく。
 人殺しの弟ということで現職のリサイクルの会社でも居心地は悪い。会社員をやめて彼が目指しているお笑い芸人への夢を目指して自ら退職する。今までの不当解雇についてだが、労働組合は彼について会社に不当解雇撤回要求をするべきだと思うのだが、公にされたくないために彼は組合費を払わないで組合員ではなかったのかも知れません。いろいろ考えられるもののこうした労働問題に関する事象は綿密に描いて欲しい、とも思いました。そして、3回目の就職先である家電販売会社でも解雇されないものの不当な異動をさせられる。お客さんと接する表の販売員から裏の倉庫係りに回されて仕事をしている時に、この会社の会長(杉浦直樹)がおしのびで弟のところに現れる場面を再現します。

 会長「今回の人事異動は不当だと思っているかね?人事の処置としては間違ってなかったと思ってる。君はこれまでも不当な扱いを受けて     きたんじゃないのかね?」
 弟 「はい」
 会長「その度に君は苦しんだろう。差別に対して怒りも感じた筈だ。しかしね、差別は当然なんだよ」
 弟 「当然?」
 会長「どんな人間だって犯罪からは遠くへ身をおきたいと思う。犯罪に近い人間を排除しようというのは至極当然な行為なんだ。自己防衛本     能とでも言うのかな」
 弟 「私が犯罪者に近い人間だから差別を受けるのは当たり前だと、そうおっしゃるんですか?」
 会長「君の兄さんはそこまで考えなきゃいけないんだ。自分が刑務所に入ればそれで済む、という問題じゃない。今の君の苦しみをひっくる     めて君の兄さんの犯した罪なんだ」
 弟 「僕はどうすればいいんですか?」
 会長「ここから始めるんだよ。こつこつと少しずつ、この場所から君と社会のつながりを増やしていくんだ」
 
 会長は弟を慕っている一人の差出人の手紙を受け取って弟に会いに来た。仕事先にしろ、学校にしろ、近所にしろ、犯罪者が、近親者に出れば、その親、その子供、ということで差別を受けてしまう。この映画で描かれるより、はるかに実際はこんなもんじゃないでしょう。だが、このことを真正面からその点に絞って大きなテーマとして見せてくれた映画はなかった、と思います。小さく小さく扱った映画はあったでしょう。しかも加害者側の家族の現実を描き、そしてもちろん片手落ちのないように、被害者側の家族も描いている、その場面です。
 弟は結婚し子供がいて、その子は人殺しの子と呼ばれて、公園では一人ぼっちで遊んでいる。「パパ、わたし、ヒトゴロシノコなの?」よそへ引っ越すという弟の言葉に妻となった、会長へ手紙を出した女性は「いやや、私たち3人、道の真ん中を歩いていくんや」妻と子の苦しみを知って妻が筆跡を隠すためパソコンで代筆してきた兄への手紙を最後に、弟は自筆で別れの手紙としてしたためる。「あにき、俺は家族のためにあにきを捨てる。ごめん」
                                                             つづく