新・銀幕に俺たちがいた156

『早咲きの花』

 この映画は豊橋市市制100周年記念作品となっている。題名の「早咲きの花」はおそらく花火のことでしょう。そして市が共催している特別な映画とも言える。また反戦映画の要素も含んだ大きなメッセージ性の濃い映画でもある。広島に原爆が落とされた翌日に豊橋市は大空襲を受けていた、という事実もこの映画から知らされました。浅丘ルリ子さんが出演している、ということもかなりのインパクトを持った映画になっている、と思います。言わば豊橋市の全国へ向けてのアピール性を含んだ映画によくぞ出演された、という驚きのほうが強い。冒頭は彼女の美しい瞳が大きく写される。当年66歳の彼女の変わらぬ美しさはしかし、手や腕をアップされる時、年齢を感じてしまう。サラリーマンで言えば、とっくに定年退職して、悠々自適な生活に隠遁していてもおかしくない彼女が主演で堂々がんばっている姿に、わたしは襟を正して見た。
 豊橋市のホームページを訪問してみるとこの映画がいかに重要なメッセージを含んでいる映画であるかよく分かります。原作者の宗田理、監督脚本の菅原浩志が豊橋市の大使として選ばれているのでも分かります。市長のコラムという欄に浅丘ルリ子さんが「風に逆らう流れ者」(1961年封切り)以来45年ぶりの来豊だったということです。
 物語は61年前におきた豊橋のグランドゼロは翌日の広島原爆で報道されることもなくそうした事実すらあったことも忘れられたのが現実だったとき、市制100周年記念映画として全国公開されDVDとして多くの人に知れ渡るのは意義深い映画となっている。浅丘ルリ子はピンホールカメラマンという職業で海外でも有名なカメラマンだが、失明から逃れられないところまで来て、見えなくなる前に豊橋を撮っておこうと来豊した。記憶は61年前の大空襲で兄が国民学校から学徒動員で兵器工場で働いているその時に爆雷を受けて死んでしまった。妹の目にはその場面が焼きついている。浅丘ルリ子が見る現代と彼女の記憶が蘇る大空襲までの国民学校生活を映しながらも、お涙頂戴の映画にはせず、当時のこどもをスイカ泥棒とか孤島に隠した財宝を探したり、川を挟んで石を投げ合って勝負したり、戦争の訓練をしたり、<死>を覚悟している子供たちが必死で遊び、生き生きしている姿を描いている。浅丘ルリ子と同じく目の見えない花火職人を喜多郎が演じている。びっくりしました。喜多郎のテーマソングはシルクロード以来ファンだけど今もって素晴らしいです。浅丘ルリ子さんも喜多郎さんも豊橋意市の大使になられています。
 ラストは雰囲気変わって市民2000人が参加した「ええじゃないか」祭りの場面は一気に花火が咲くような晴れ晴れしさでいっぱいでした。平和を象徴する場面です。伊藤一義さんが歌う。「生きてるだけでもええじゃないか」と。心に残る喜多郎のテーマが平和と鎮魂の響きを静かに奏でる。
 今年も8月6日の広島原爆平和の日がやってくる。明日は豊橋で大空襲が起きた日なんだ、と子供に教えてあげよう。そしてこのDVDを一緒に見ようと思ってます。あの木作りの校舎、木の机、懐かしかった。二宮尊徳の薪を担いで本を読む銅像が残っているだろうか?それより、福山のあの場所に小学校が残っているのだろうか?探してみたくなりました。あっても浅丘ルリ子さんが来校された場面のように当時の門だけが史跡として残っているような、また残っていればいい方かも知れません。 
                         2007年7月             マジンガー
XYZ