新・銀幕に俺たちがいた157

『幸福のスイッチ』

 DVDで見た。特典映像が面白い。本編の105分を超える118分もこの特典に入っている。映画の舞台は和歌山の田辺市です。フィルムコミッションの人たちやら町の人が「町おこし」をかけて楽しく参加し応援している模様が映画スタッフたちのカメラに記録されているのが本編以上に面白い。製作日誌をそのまま見れる今のDVD時代は映画の裏事情をわずかでも多くの人に知ってもらうには監督さんも遣り甲斐があると思います。インターネットを覗けば監督の製作ブログがかならずあるし、いい時代です。この映画の安田真奈監督のブログも当然のように見れて面白いです。今は映画館で見るだけでなく、DVDでさらに映画の製作状況とそれを支える裏方と映画をヨイショする一般の担ぎ手との手作り感覚が少しでも素人である私のような見る側に教えてくれてありがたい世の中になりました。
 物語は田辺市の「イナデン」という電気店一家の生活を描いたホームドラマです。店主はこの一家の父である沢田研二。母親は他界して、3人娘が家をきりもりしている。次女の怜(上田樹里)はイラストレーターとして東京のデザイン会社で働いている入社1年目の新人です。新人なのに上司から彼女のイラストに対して仕事のことで叱られて文句を言ってすぐ退職してしまう。今の若者感をいきなり開巻見せ付けてもらった。そんな最悪の状況のなか、姉(本上まなみ)が妊娠で入院したという3女(中村静香)の手紙で急いで田辺市の病院へ直行するとなんと入院しているはずの姉に出迎えてもらう。3女曰く「あれは嘘ねん」に腰砕けするも「父さんが修理中に骨折した」ことを知らされる。父と次女の仲はしっくりいってない。高校生の時、父の浮気現場を見て以来、父への不信感が増して家を離れたいのも一つの理由があって東京のデザイン会社に就職したがうまくいかず、嫌な父の仕事の手伝いをするはめになる。入院先から電話で仕事の指示を受けながら慣れない客商売をさせられながらも生まれ育った地域の御ひいきさんがたくさんあることや、以外にも父がお客さんには人気があることを知っていくうちに父の仕事に興味を持って対応していく様がよく描かれている。コスト削減中心の大型電気販売店が地方へ店舗拡大するなかで小さな電気店がシャッターをおろしていく現代にあって、安田監督はあえて潰れていくかも知れないような電気店で生活している家族の姿を描いて小さいながらも元気な店を支えている家族の強さ、或いは昔かたぎの職人像からくる、数字だけの売れるか売れないかの儲けしかない会社組織に組み込まれた労働者の上下関係の冷たい仕組みとは逆行する儲けは二の次で、物を売ったらそれを最後までアフターケアする「イナデン」方式はお客さんに言われる前に出向いて気配りする人情身一杯の商売です。使い捨て時代の大衆を利用して安い品を多く買わせる家電量販店という名のとおり商魂の現代へ、敢えて挑戦するような「心の商い」を描いたこの映画を通して、仕事とは何か?とか大衆が望んでいる店とは沢田が演じてるようなおやじが実践している「売った物は最後まで面倒みるのがイナデンのやり方なんや」というやり方なのではないか?などとメッセージを込めているような感じで見た。
 次女が入院先から携帯電話で父に怒鳴られながらもお客さんの家まで出向いて、以前買ってもらったマッサージ器を動かしてあげたり、老人たちの話を聞いてあげたりする。台風が来て停電した時は、なんと入院先からタクシーに乗って足を引きずって包帯をつけたまま家に戻って、次女と一緒にイナデンの車で自ら片手運転しながら電気製品が壊れていないか確認しにお得意めぐりする。その今まで見たことのない父の働く姿に感化されて我がまま放題のような今時の次女がだんだんと変わっていく様子を3人娘のなかに組み込んで女性監督(という言葉は差別表現だと言う人もいるみたいですが敢えて書きました)ならではの細かい演出で抽出していくあたりは面白い。男の生き様を沢田一人にぶち込んで、それを踏み台にして新しい生き方を学んで、また父の元から巣立っていく一人の女性像を描いた映画は安田監督にとっても第1作の長編映画ということで、次女に重ねて何かを吹っ切った映画でもあったと思います。第1作というのはケジメの映画でもあるのだろうし、監督も家電関係の会社に就職した経験を生かしてこの映画を作ったということからして、自転車のペダルを一気に漕ぎに漕いだ長回しのシーンに渾身の思いを込めてカメラを回したんでしょう。そう言えば、スタッフのほとんどが女性で成り立っている安田真奈監督率いる安田組も沢田の怒りを自戒として自ら鸚鵡返しにしてその怒鳴りに答えるように田辺市の多くの人のために映画で感謝の意を表した、のだと思いました。今の映画製作は地域のフィルムコミッションの支えとか、市民の支えとか、の恩恵をもらって初めて出来るものこそ映画にも命が宿る筈だし、それと「幸福のスイッチ」のお話が重なっていること、が見えてくるから、映画に携わったみなさんがうらやましい、と思ったしい、思わせるだけの出来栄えであった。
 最後に沢田研二さんが特典でインタビューに「たぶんこの年代のお父さんというのはがんばることしか知らない世代だと思うんですよね。ほんとはがんばるのは好きではないんだけれどもがんばるしか仕方ない。それとこの人は自分のスタイルをちゃんと持っていて、世間から見るとそんなに上手な生き方ではないのかも知れないけれどもちゃんと地に足をついて生きているお父さんじゃないかな、と思います」
 東京のデザイン会社に再就職した次女に電話が掛かってくる。3女からの電話で、こんどは本当の話で長女に女の子が生まれた、という目出度い電話だった。そのあとお父さんが出て「お前が世話してくれた補聴器をおばあちゃん喜んでたで。10年ぶりに鳥のさえずりが聞けたそうや」次女が言う。「お父さん、うちに帰って欲しい?」すると大声で「あほー!ふんばらんかい」の一言に、笑って答える。「うん」
                                        2007年8月         マジンガーXYZ