新・銀幕に俺たちがいた159

『棚の隅』

 ウィル・スミス親子主演の2006年アメリカ映画「幸せのちから」は夫婦と息子一人の3人家族が妻の家出から息子と父の二人家族となって究極ホームレスの生活に落ち込んでもわが子のために必死で証券マン目指してついに億万長者になった実在の人物を描いたアメリカンドリームの映画でありました。しかし、あまりにも凄すぎてわたしのような年食った労働者には正直ついていけない実話であります。つまり、実話という大きな動かし難い壁の前で、弱い立場の側で生きている者にはその壁の軋轢に只、映画に説教されるような、終始解放されないものが心の片隅にあったような感覚で見てしまいました。これ、ひねくれた被害者意識のような、或いは成功者へのねたみのような、ストレスで疲れた体をいじめて働いているわたしのねじれた感性のたわごとかも知れません。「これではいかん」と思いながらもつい、わたしの現在が出てしまうのでしょう?仕事から解放されて、辞めた後に「幸せのちから」をじっくり鑑賞したなら全く違った感じであることは間違いない。しかしながら逆にそれが早く来て欲しくない、というのも本当のところではあるのですがーーーー
 さて、2007年製作のほっかほっかの日本映画で自主映画の「棚の隅」も夫婦二人と息子一人の3人家族のお話です。この夫婦は再婚で息子は先妻の連れ子です。先妻は子供が3ヶ月の赤ん坊のときに蒸発して、息子は後妻を実の母と信じている。蒸発の理由は敢えて描かれていません。父親を演じるのは大杉蓮さんです。今や、中年のオヤジときたら映画は勿論、TVでも真っ先に彼の名が頭に浮かんできます。大杉蓮さんだから見てみよう、という気にさせる程の役者さんです。この映画でも実にいいです。疲れたオヤジ像がふんだんに出ている。彼はおもちゃ屋の主人です。商店街の一角にささやかな店を構えている。ほんと、小さなおもちゃ屋さんです。そこの商品棚に重ねてあるおもちゃには半額セールの値札が張ってある。なのに客は来ない。映画のなかで買いにきたのは8年ぶりに見違えた格好で現れた先妻だけです。彼女は生命保険の仕事をしている。8年ぶりに現れたのは「息子を見るため」という母親の勝手な独りよがりの理由だけです。自分が悪い、と思いつつどうしようもなく足が息子のほうへ行ってしまう。当然です。保険の仕事についたのは仕事もかねて息子を遠くから見つめていられる、という理由からでしょう。後妻は先妻に「わたしは子供が出来ないんです」と、どうしてそんなことを見ず知らずのお客に話すのか?とも思いましたがそれこそ「女の第6感」で夫の先妻と感じての真っ向からの直球を投げたんだ、と思いました。その玉を打ち返すことなく、先妻は黙って遠くから息子を見ているだけで何かをしようとするわけでもない。彼女には保険会社の上司に結婚を申し込まれているのだが、それに返事が出来ず会社の仕事にも遅れても息子を追いかけるほうに心が飛んでいる始末である。
 おもちゃ屋は売れ行きが悪く、仕入先から苦情を受けている。そんな折に商店街の友人の精肉店が店じまいしてしまう。シャッターに張り紙された閉店のお知らせの前でじっと立っている大杉蓮さんの哀歓が身にしみる。数日前の夜にその精肉店のなかでその店一番のコロッケを肴にして缶ビールを飲みあった友人が突然、店じまいしていなくなる寂しさを見て、わが身を振り返りました。明日はわが身です。店じまい、とはわたしに置き換えれば「退職」ということです。「売れない商品」=「使い物にならない労働者」ということです。先日、NHKTVで「総務、経理、人事の仕事も中国へ云々」というのを見ましたが人員整理は急速に知らない内に余剰人員のなかに組み込まれている不安な時代のなかに居るという認識だけは持っていなければいけない。しかし、人間たるもの、それに立ち向かう精神力のある者には、ちょっとした言葉が大きな助けになることもわかっている。精肉店の友人が「ラジコンの飛行機」の話をしたことを大杉蓮は心に引っかかっていて積み残された多くの売れないおもちゃ箱の奥から壊れたラジコン飛行機を引っ張り出して徹夜で組み立てる。トマトが食べれない息子に「やれば出来る」ところを身を持って教えるオヤジ像がが出ていて素朴で愛らしい作品になっている。胴体が白で翼が赤のラジコン飛行機が青い空を面白いように飛んでいるシーンは「幸せのちから」そのままです。わたしには白と赤の飛行機が「日本国」に思え思えました。しっかりと操縦して日本の未来へ希望を託したワンシーンにも思えました。
 ラスト、父である大杉蓮が息子に「おばちゃんは怖がりだから、手をつないであげな」と言って微笑む先妻と息子が手をつないで観覧車に乗りに行く場面は「心」が篭った映画スタッフから観客への「贈り物」のように思えました。話が前後するが、その前に観覧車に先妻と大杉蓮が乗って二人が語り合う場面があります。「子供をもう一度捨てろ。そして今後息子に逢わないで欲しい。そうしないと君は前に進めないだろう」非常に胸に突き刺さる台紙です。何かを捨てないと未来はない。厳しいです。その捨石が自分となる危機感は常に持っているつもりではありますがーーーー棚の隅に埃をかぶって気づかないでいるのが現実です。
 DVD特典映像で大杉蓮さん曰く「この映画は自主映画です。低予算です。僕はたくさん映画に出して頂いているんですが、僕にとって宝物のような映画です。非常に丁寧につくってます。神奈川県相模原市のみなさんには多大な協力を頂いて感謝してます。ほんと地味な映画ですが人間のちょっとした日常的な気持ちに触れた作品は現代においては貴重な作品と思います」と仰っていられた。
 原作・連城三紀彦、監督・門井肇、脚本・浅野有生子
                                      2007年9月            マジンガーXYZ