新・銀幕に俺たちがいた168ー@

『おかあさん』

 私が生まれる前の戦後間もない映画にしては結構古臭くないのはどうしてなんでしょう?映像はもちろんモノクロです。主人公のおかあさんを田中絹代が演じている。子供は長男と娘が二人でもちろん夫がいる、普通の家庭です。原作は全国児童綴り方集<おかあさん>(講談社)を水木洋子が脚本にして、成瀬巳喜男が監督した作品です。だから本当の主人公はナレーションの形で娘を演じる香川京子と言えるかも知れません。言わば全国の子供たちの代表としての「おかあさん」への語りかけの映画なんでしょうか?
 「おかあさん」。心が和む言葉の響きです。「おとうさん」という映画があるのだろうか?調べてみるとありません。子供にとっての母親の存在の大きさはこんなところにも現れるのかも知れない。興行的にも「おかあさん」のほうが儲かりそうです。それはこの映画から56年経った今でも変わらない、のが現実です。「母」をテーマにした映画は変わらず今も続いています。
 「銀幕に俺たちがいた」を書き込みはじめて7年目になりますが映画で描かれる人間たちとの出会いは昔へ行ったり未来へ行ったり、現在そのままの人たちと対峙したりの様々なコンタクトがあれど、それは所詮ばかばかしい一時の現実逃避に過ぎないという蔑視は多分にあるだろう。それで結構です。わたしには掛け替えのない物なんです。映画の中のあそこに俺がいる、という思い入れがわたしを生かしている、なんて大袈裟な自問自答の何の得にもならない無益な、無駄な、作業を今こうしている自分は或いは何か、道を踏み外している、という不安をも映画のなかに探索していこう、とか思いつつーーー
 久しぶりに採録してみます。56年前の作品でありながら背景は違えど内容は現在に通じること大なのは脅威です。その中身をここに復活してみましょう。
 女性のナレーションで映画は始まる。福原家の長女・年子(香川京子)の語りである。
<私のおかあさんは、よそのおかあさんに比べると少しちっちゃくて小ぶりなので長い箒が大嫌いです。短い箒は慣れているから苦しくないと言います。おかあさんは目の開き方がやさしくて私は大好きです。進(片山明彦)にいさんは奉公から病気で帰ってきました。埃で病気になったのだそうです。妹の久子(榎並啓子)は私の言うことよりもおかあさんの言うことの方をよく聞く癖があります。見かけによらないおしゃれです。これが私です。おねしょのふとん。勿論、私のではありません。則子おばちゃん(中北千枝子)から家に預かっている鉄っちゃんです。満州から引き揚げてきたのです。おとうさん(三島雅夫)は元、腕のいい洗濯屋です。私たちはポパイのとうちゃんと呼んでいます。この隆々とした力こぶを見てください。子供の時から重い蒸気アイロンで鍛えたのだそうです。今は工場の守衛です。>
 父「かあちゃん、いよいよこの倉庫開けてくれるらしいよ。昨日、ペンキ屋さん、そう言ってくれたから」
 母「まあ、じゃあ、もうじきおとうちゃんも開店できますね」
 父「ああ、何としても昔の仕事をもう一度築き直さなくちゃな」
 母「そうですね」
<いい音。わたしはおとうさんの大好きな醤油をかけた入り豆をポリポリ噛む音を聞くと爽快な気分になって急に食欲が湧いてくるのです。おかあさんは20年間この音を聞き続けてきたと言っています。豆があればおとうさんは何もいらないのです
 そしてちゃぶ台で家族みんなが食事をする場面になってこの映画は始まっていく。
 父は自転車で工場へ行き、甥っ子は学校へ行き、兄は病気で寝込んでいる。母は飴の露店で商売をしている。姉の年子も露店で今川焼を売っている。側にはパン屋の息子が「猿飛佐助」の本を片手にくっついている。店の「今川焼」の旗が風に揺れながら「アイスキャンディー」に変わって冬から夏へ場面転換する。家はクリーニング店の看板を出して開店に漕ぎ着けるため父は大工仕事をしている。長男進は療養所から逃亡して家に帰っている。
 進「かあちゃんのそばで寝たい」
 母「隣の頭がおかしいおばちゃんが親切にしてくれたのに」
 進「戦死した息子の変わりだと言っていた」
そして場面転換するとクリーニング店で仕事する父がいて露店時代のおばちゃんおせい(沢村貞子)がやってきて、
 おせい「せっかくの跡取りをおしいことしましたね。
 父「親より先に逝ってなんとも」
 おせい「おにいちゃんにおはぎをそなえていただこうと思って。いいお店になりましたね」
 父「いえ、借金でして」
年子のナレーションが入る。
<人間は何のために生まれるのでしょう。そして何故、死ぬのでしょう。今まで居た人が消えていくなんて。わたしのおとうさんもおかあさんもこんな風に消えてしまったらわたしはどうしよう。おとうさんのおとうと弟子の木村庄吉(加東大介)というおじさんが手伝いにきましたハバロフスクで捕虜をしていたのでわたしたちは捕虜のおじさんと呼ぶことにしました>
 父は医者から「どうして今までほっといたのですか」と言われるほど手のほどこしようがところまで病状が悪化していた。年子はそのため店の手伝いをしている。おとうと弟子に入院を勧められるも父は拒んで「14ポンドのアイロンを夜中じゅうじゃ身体もいたむさ」というおとうと弟子に「アイロンで死にゃ本望さ」と死を予感した言葉を出す。母は寝込んでいる父の病床の横で夜遅くまで夜なべをしている。
 父「無理するなよ。はやく良くなって元通りの店にしなくちゃ。面白かったな。はじめてここで所帯を持ったころ夢中だったからな。何しろこの町じゃクリーニングの店は俺の店一軒だけだったからな。二人でびしょぬれになって洗ったり4年目に電話を入れたときはうれしかったなあ。お前が名刺を一軒一軒くばって今度電話が引けましたからご注文はいつでも飛んでうかがいます。そう言って歩いたお前の格好まで目に見えるようだ。かあちゃんも若かったなあ、あのころは」
 母「だって進が3つで年子がお誕生だったから23でしたもの」
 父「おらあ、晩に豆つまみながら焼酎飲むのが何より楽しみだった」
 母「そんなにしゃべって疲れませんか」
 父「かあちゃんも寝なよ」                        
                                                                               まだまだつづく