銀幕に俺達がいたー6

『故郷』1972

 寅さんは今度はどんな街へ出かけていくのだろうか、とロケ風景の写真が映画雑誌やスポーツ新聞に載ると、心はウキウキしてくるのに、何故かお定まりの「ふるさと」風景描写に、心がくもってくることも時にはあります。山あり、川あり、緑あり、海あり、−−−これが本当に「ふるさと」なんだろうか?新宿のゴミゴミしたコンクリートの固い都会だって、流川のネオンきらめく夜の街だって「ふるさと」なのに、「故郷」は何故か自然が側にくっついてなけりゃ「故郷」でないみたいなところがありますね。勿論、被写体として山田洋次監督の好みなんでしょう。その山田監督作品「故郷」(1972)は、題名からすると、正に“明るい農村”的イメージの映像を想像してしまいますが、実は、山田監督の言葉を借りれば、“心”の「故郷」ではなく、“捨てざるを得ない”「故郷」を描いている所の、所謂題名とは裏腹の問題作となっています。
 舞台は、広島県倉橋島。主人公は石崎精一(井川比佐志)と石崎民子(倍賞千恵子)の夫婦。仕事は名前の通り、夫婦二人で小さな石船を使って石を運ぶ石材運搬業です。
 見るからに“しんどい”作業です。井川比佐志は労働者をやらすとこの人の右に出る者はいない程の絶妙な演技で、その“ハタラク”しんどさをいやが上にも私達に納得させます。この映画で1972年度の主演男優賞に輝いたのも当然でありました。顔はいかつく土色に日焼けしたしゃがれ声の広島弁でしゃべりまくる彼に、私達広島人は「ウン、ウン、そうじゃのう、ほんまよのう」と、あちら、こちらの中年夫婦の人達に混じって、暗い映画館の中で私も、石崎夫婦の流れる汗と油まじりの汗と滴り落ちていく汗の尊さを感じたものです。しかし、それ程の労働にもかかわらず見返りの少ない現実の労働者として今、思い返してみると、あの感動も遠くなりにけり、とさびしく感じてしまう今日この頃です。
 この社内報で改めて銀幕の中から労働者を掘り起こしていく時、封切り当時の思い出もさることながら、映画は時代とともに、そして見た人とともに変化しながら歩んでいることがよく分かります。
 あの年のあの映画館に、私達と同郷の二人の石運びの夫婦が生きていた。1972年という時代の波と当時の首相・田中角栄の“日本列島改造”という竜巻のあおりをくらって転業、転職せざるを得なかったあの二人は同時に倉橋島という「故郷」を捨てなければならなかった。望んで出て行くのではない。“不安”という重い荷物を肩に担いで出て行かざるを得なかった二人の夫婦は、今も呉の造船所で元気に働いているのだろうか?
 とかく映画作家たちはラストにある余韻のような布石を投じて幕を閉じようとする傾向が目立ちます。だからこそ問題作でもあるのですが、この映画に於いても、石崎夫婦とその子どもを乗せた船が倉橋島を離れていくシーンで終わります。しかし、その終わりの地点、つまり、彼らの第二の人生である出発点からのその後の<人生=映画>を実は見たいのですが、果たしてそれは各人の想像力におまかせして問題作とする、そのやり方は、ある意味では作家達の逃げのように思えるのですが、私達労働者の実人生の視点にまかせてくれる作家の配慮かも知れない、とも思えます。
 ラスト近く、夕陽を浴びた二人の石舟が進んでいくその先に、砂浜で燃える廃船が映ってくる。kの映画のテーマを悲しくも暗示する場面です。精一がその光景を見て、涙ながらに民子に言う。「皆言うじゃろが、時代の流れじゃとか、大きいものには勝てんとか、そやけどそりゃ何の事かいの?大きいもんちゃ何を指すんかいの?なんでわしらは大きいものに勝てんのや?なんでわしはこの石舟の仕事をわしとお前で、わしの好きな海でこの仕事をやっていけんのかいの?」
 呉をめざしてこの一家は島を離れていくわけですが、工場労働者の中には同じように「故郷」を捨てていった人が大勢おられるのでしょう。もうすこしで今年も終わりです。来年もよろしく。(昭和59年12月社内報)
 キネマ旬報ベストテン3位。

 久しぶりに見ました。まるでNHKアーカイブスの昔懐かしいドキュメンタリーを見ているようでした。瀬戸内海のいろいろな風景描写は貴重な遺産です。山田洋次監督に未来にこの風景を残そうと思われていたのか?聞いてみたいです。それほどに心が和む詩的な風景です。倍賞千恵子が広島市内を電車で回るシーン、夫婦で呉の造船所に見学に行くシーンなどの全編ロケは素晴らしい。心に響く加藤登紀子の唄がまた素晴らしい。以前見たときはそれほど唄の記憶がなかったのに、今回何故か印象に残ってしまうのは、わたしも年を取ったということです。その唄は「風の舟唄」(作曲・佐藤勝、作詞・加藤登紀子)

          
 だんだん畑に 赤い花つも 咲く頃 ゆららる
          
風に吹かれて 波ただよう
          
盆の送り火 帰らぬひとを 呼んでる  ゆららる
          遠い海鳴り 聞こえて 止まぬ
          舟こぐ男の からだに風のふきあげ  ちゅら

          
明かりをつけても 吹き止まぬ
                                 2,008年7月      マジンガーXYZ