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障害基礎年金の話


― 20歳を迎える皆さんとそのご家族のために ―



目 次

はじめに

第1章 年金のおおまかな仕組み
 1.私は国民年金に加入しているの?
 2.私は何号被保険者?
 3.私の保険料は誰が払っているの?
 4.納付・免除・猶予・滞納
 5.3種類の年金

第2章 障害年金をもらうには
 1.キーワード
  (1)初診日
  (2)障害認定日
  (3)障害認定日請求(本来請求)・遡及請求・事後重症
  (4)無期認定と有期認定
  (5)拠出年金と無拠出年金
 2.受給のための三つの要件
 3.初診日が20歳以前だったらどうなるのか?
 4.年金はいつからいくらもらえるのか?

第3章 知的障害の方(精神遅滞)の場合(無拠出年金)
 1.初診日の証明はいらない(初診日は誕生日)
 2.年金受給のための要件
 3.障害程度とは
 4.所得制限

第4章 手続きの進め方
 1.障害年金請求の覚悟を固める
 2.市役所や年金事務所に行って必要書類をもらってくる
 3.医師宛の資料を作る
  (1)生育歴
  (2)日常生活能力
  (3)就労状況 
  (4)福祉サービスを利用できない理由
 4.医師を選ぶ
 5.医師に診断書を書いてもらう
 6.病歴・就労状況等申立書を書く
 7.請求書類を提出する
 8.支給された場合は、役所に法定免除の意向を届け出る
 9.不支給の場合は審査請求または再請求を検討する

第5章 その他の所得保障制度
 1.特別障害者手当
 2.生活保護

おわりに

相談窓口・関係機関



はじめに

 この文章は、知的障害の方が20歳を迎えて初めて障害年金を請求する時に親御さんらの役に立つようにと考えて、私(年金の専門家ではありませんが)が障害年金請求を支援してきた経験と独断で書いたものです。しかし、20歳を過ぎてから65歳までの間に初めて障害年金を請求される方や、知的障害以外の精神障害(発達障害やその他の精神病)の方にも役に立つように、少し範囲を広げて書いてみました。
 まず、第1章と第2章では知的障害に拘らず、現在の日本の年金制度の大枠と一般的な障害年金について簡単に解説しています。年金制度は障害のある方だけでなく、どなたにとっても大変重要なものですし、誰しも障害者になる可能性はあるからです。しかし、年金制度は大変複雑で、詳細に説明しようとすると分厚い本になってしまいますし、私の力量をはるかに越えてしまいます。あくまでも基礎的な内容だと思ってください。
 先天性の知的障害で障害年金を請求される方で、そんなややこしい説明は要らないからとにかく手続きの仕方を知りたい、という方は第3章から読んでいただいても結構です。また、既に市役所等で説明を聞いて必要書類をもらって来られた方は第4章から読んでいただいても構いません。なお、第4章は知的障害だけでなく、精神障害全般に当てはまると思って書きました。

 なお、この文章を読んで自分は障害年金の請求ができないと思われた方は、念のために、お住まいの自治体の年金担当係や最寄りの年金事務所、その他の相談窓口(文末に紹介しています)で、もう一度ご相談されることをお勧めします。
 

第1章 年金のおおまかな仕組み

1.私は国民年金に加入しているの?

 20歳以上の社会人の方や学生さんに「皆さんは国民年金に加入していますか?」と質問すると、多くの方が「加入していない」と答えられます。「自分は厚生年金に入っている」、「主人が厚生年金に加入していて、私はその扶養家族になっている」等々。
日本の年金制度は複雑怪奇ですので、正確に理解するのはなかなか難しいのですが、1961年に制度ができた当時は、いわば一戸建て形式で、「国民年金」「厚生年金」「共済組合」と、それぞれの家が別々に建っていました。そしてそれぞれに住人が住んでいたのです。ですから、「私は厚生年金、あの方は国民年金」と区別できました。また、どの年金にも入らなくても良い、という人もいました。
ところが、1986年に文字通り縦を横にする大変革が起こりました。その結果、一戸建ては長屋方式となりました。1階が国民年金長屋です。そして一部分だけ2階建てになりました。それが「厚生年金」(以前は公務員のための「共済組合」というのもありましたが、現在は「厚生年金」に統合されています)です。そして、長屋は1階と2階がセットですから2階だけを借りることはできません。つまり、厚生年金に加入した人(とその配偶者)は2階建ての家に住み、それ以外の人は平屋に住むことになったのです。そして、20歳以上60歳未満で日本国内に住む人は国民年金に強制加入(辞められない)となりました。ですから20歳以上60歳未満の皆さんは全員が、保険料(掛金)を払う義務を負った国民年金加入者なのです。

2.私は何号被保険者?

 「そう言われても、私は国民年金の加入手続きをした覚えもないし、掛け金(保険料)の請求もされたことがない」、とおっしゃる方も少なくないでしょう。実は、国民年金の加入者には1号から3号まで3種類あって、保険料の払い方も違っているのです。

(1)2号被保険者

 話の都合上、2号被保険者から説明します。2号被保険者とは、厚生年金の加入者本人のことです。会社員や公務員の方は、厚生年金に加入すると同時に国民年金にも加入しているのです。でも、保険料はどうなっているのでしょうか?給与明細を見ても、国民年金保険料という項目は見当たりませんね。実は、2号被保険者の国民年金保険料は、厚生年金全体の大きな財布から一括して国民年金に支払われています。ですから、皆さんには国民年金保険料を払っているという実感がないのですが、れっきとした国民年金の被保険者なのです。 2階建てに住んでいる人は、国民年金と厚生年金と両方から年金をもらうことができます。平屋に住んでいる人は国民年金だけですので、それに比べるとずいぶんお得な感じですが、その分保険料も(給与の額によって変わりますが)国民年金以上に払っておられる方が大半だと思います(雇用主と折半ですが)。

(2)3号被保険者

 3号被保険者というのは、2号被保険者に扶養されている配偶者のことです。分かりやすい例で言えば「サラリーマンの妻(もしくは夫)」です。この方は、2号被保険者以上に、国民年金の保険料を払っているという実感がありません。給料からも配偶者分の保険料の天引きはありませんからね。でも、3号被保険者も2号被保険者同様に、それぞれの制度全体の大きな財布から支払われているのです。なお、2号被保険者が負担する保険料は、配偶者がいてもいなくても変わりはありません。

(3)1号被保険者

 これら2号被保険者と3号被保険者、以外の方が1号被保険者です。自営業の方や無職の方、学生の方等が含まれます。これらの方々は自分で役所に行って手続きをして、口座払いか金融機関の窓口で保険料を払い込まなければなりません。

3.私の保険料は誰が払っているの?

 問題なのは、自分が今、国民年金の何号加入者なのかということです。既にお気づきのように、これは一生のうちで何度も変わるのです。大学生で20歳を迎えた方は1号被保険者となります。卒業して厚生年金のある会社に就職すれば2号被保険者です。職場結婚をして退職すれば、配偶者が在職中は3号被保険者に変わります。その後に、配偶者が脱サラして自営業を始めれば再び1号被保険者に戻ります。
 1号被保険者になる時は自分で役所に届け出るのが原則ですので、「自分は今、何号被保険者なのか?」ということは気に掛けておいた方が良いと思います。

4.納付・免除・猶予・滞納

 保険料を払い込んだことを「納付」と言います。逆に払わずに放ってあることを「滞納」と言います。国民年金の保険料は月約1万6千円。決して軽い負担ではありませんのでついつい滞納してしまう方が少なくないのですが、年金をもらうためには、事前に一定の条件の保険料を納めていなければなりません。これを「納付要件」(後で説明します)と言います。滞納期間があると年金が貰えない場合があり得ます。
 実は「納付」と「滞納」の間に「免除」とか「猶予」というのがあります。詳しい説明は省きますが、どちらも、保険料を払うのが経済的にしんどい時に役所に相談して手続きをします。もし認められれば、保険料を納めなくても、「納付要件」に関しては「納付」と同様に扱われますので、場合によっては障害年金が出るかでないかを分けることになります。保険料を納めていない方は、すぐに役所で免除・猶予の相談してみてください。

5.3種類の年金

 相談に来られた障害者の方に、「年金をもらっていますか?」と尋ねると、「いや、まだそんな年じゃありません」という返事が返ってくることがよくあります。年金というと年を取ってからもらうもの、と思っておられる方が多いのですね。しかし、実際はそうではありません。年金というのは、何らかの理由でお金を稼げなくなった時(保険事故が起きた時)に、生活費を補うためのものなのです。その「何らかの理由」というのは三つあります。

(1)老齢(基礎)年金

 1つ目は年をとることです。これが一般に年金と聞いて皆さんが連想されるもので、老齢年金です。国民年金から支給される年金は1階の基礎的な部分ですので「基礎年金」と呼ばれます。ですから、国民年金から出る老齢年金のことを「老齢基礎年金」と言います。ちなみに、厚生年金から出る老齢年金は「老齢厚生年金」と言います。

(2)遺族(基礎)年金

 2つ目は働き手(多くの場合は配偶者)が死んでしまう(もしくは重度の障害者になって働けなくなる)場合です。

(3)障害(基礎)年金(1級・2級)

 最後が、病気や事故で障害が残って普通に働けなくなった場合です。障害年金には障害の程度によってランクがありまして、障害基礎年金は1級と2級、障害厚生年金は1級・2級・3級と障害手当金の4段階があります。1級・2級の基準は共通ですので、厚生年金の方が、もらえる対象が広いということになります。
 なお、ここで注意しないといけないのは、障害年金の等級と身体障害者手帳や療育手帳の程度は関係がないということです。目安にはなるでしょうが、手帳の等級で障害年金の等級が決まるわけではありませんし、逆に手帳がなくても障害年金はもらえます。

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第2章 障害年金をもらうには

1.キーワード

 さて、ここからいよいよ障害年金の話に移ります。まず、これからの話を理解しやすくするために、少し「専門用語」を解説しておきます。少々退屈かもしれませんが、今後、役所の窓口でやり取りする際にも役に立つと思いますので我慢してください。

(1)初診日

 「障害の原因となった傷病につき、初めて医師または歯科医師の診療を受けた日」のことです。これは、後で述べる加入要件や拠出要件を判断するための基準となる大切な日です。障害年金が出るかでないかを左右すると言っても過言ではありません。この初診日がいつなのかは、障害年金の請求者が証明しなければなりません。受診した病院がはっきりしていて、カルテ(普通は5年間保存)が保存されていれば問題はないのですが、はるか昔のことで病院がどこか忘れてしまった、覚えていてもその病院自体がもうない等、証明に困る場合も少なくありません。

(2)障害認定日

 障害年金は、病気や事故の結果どの程度の後遺症が残っているかを認定するのですが、その認定時期は、普通は障害が固定した(良くも悪くもならない)時ということになります。しかし、例えば進行性の病気では障害が固定することはありませんし、精神疾患のように好不調の波がある場合も、固定する時期はなかなかやってきません。このような場合に、働けないのにいつまで経っても障害年金が受けられない、というのは不合理です。ですから、現行制度では初診日から1年6か月後を障害認定日と決めています。つまり、医学的にはともかく、この日に障害が固定したものと看做して判断しようというのです。ですから、四肢の切断などの例外を除いて、初診日から1年半後の状態を診断書に書いてもらって請求することになります。

(3)障害認定日請求(本来請求)・遡及請求・事後重症

 障害年金の請求に仕方はおおまかに3通りあります。 
 まず、初診日から1年半後(障害認定日)の診断書で請求することを障害認定日請求もしくは本来請求と言います。
 もし年金制度のことを知らずに、障害認定日を過ぎてから請求する場合でも、障害認定日時点の診断書が取れる場合には、障害認定日と現在の診断書、計2通を添えて障害認定日請求をします。これを遡及請求と言います。支給決定が下りれば、年金は障害認定日にさかのぼって支給されます(時効がありますので5年以上は遡れませんが)。
 中には、障害認定日の状態は年金に該当するほど重くはなかったけれど、その後に状態が悪化して障害年金に該当するようになる場合があります。このように、事後に重症化して障害年金を請求することを事後重症と言います(65歳までに請求しなければなりません)。事後重症の場合は現在の診断書のみを提出します。
 障害認定日時点の診断書が取れない場合も事後重症扱いとなりますが、事後重症の場合は、請求した日の属する月の翌月分以降の年金しか支給されませんので、請求が遅くなるほど受給できる金額が少なくなります。

(4)無期認定と有期認定

 障害年金は、障害が軽くならない限りは継続して支給されます。認定時に、今後良くなる見込みがないと判断されれば無期認定となり、生涯受け取ることができますが、障害の状態に変動が予想される場合は期限付きの認定となります。これを有期認定と言います。
 昔は知的障害の場合はほとんど無期認定でしたが、現在は精神障害(知的障害を含む)全般に、1〜5年の有期認定が多いようです。更新期限には再度診断書の提出が必要です。

(5)拠出年金と無拠出年金

 年金というのは保険原則の上に立っていますので、保険料(+税金)と給付でバランスを取っています。つまり、原則として事前に保険料を払っている人が何らかの保険事故に遭った時に給付が受けられる仕組みです。障害年金の場合も、通常は初診日までの保険料の納付が前提で支給されます。これを拠出年金と言います。しかし、中には保険料を払っていない人にも障害年金が支給される場合があります。これを無拠出年金と言います。
 実は知的障害の方に支給される年金がその代表例なのですが、次章で説明しますので、今は言葉だけを記憶にとどめておいてください。

2.受給のための三つの要件

 ではいよいよ、障害年金受給のための条件を見ていきましょう。まずは一般的な障害年金の場合です。
 まず確認しないといけないのは「初診日」です(前項参照)。精神疾患や慢性病等、病気によっては初診日から長い経過を経て悪化する場合もあります。そのような場合は、前述したように証明するのが難しくなります。あらかじめ病院で初診日を証明する書類をもらっておくのも一つの方法ですが、将来を予測するのはなかなか難しいです。
 なお、病気によっては既往症との因果関係の有無によって初診日の判断が変わります。また、一旦治癒した後に再発した場合は再発時を初診日とできる場合もあります(「社会的治癒」と言います)。最初の軽い障害に別の障害が重なって重症化した時は、後の障害の初診日が採用される場合もあります(「はじめて2級」と言います)。
 初診日の判断は複雑ですので、少しでも疑問の残る場合は、冒頭でも書きましたように専門の相談機関でご確認ください。

 さて、初診日が特定できたら、年金受給のための条件は以下の三つです。

(1)加入要件(初診日が20歳以降の場合)

    20歳以上で日本国内に住んでおられる方は、最初にお話ししたように、必ず国民年金の加入者です。ですから障害基礎年金については加入要件を満たしているはずです。厚生年金加入中の方(2号被保険者)は障害厚生年金等についても加入要件を満たすことになります。つまり二つの障害年金を同時に請求できることになります。

(2)拠出要件(初診日が20歳以降の場合)

 先ほども言いましたように、年金は保険ですので、加入者が一定の保険料をあらかじめ納めていることが給付を受ける条件になります。その条件は以下の二つのうちのいずれかを満たすことです。
   ア.初診日を含む月の前々月までの1年以内に滞納期間がない。 
   イ.滞納期間が全加入期間(20歳到達時から初診日を含む月の前々月まで)の3分の1以下。
 滞納期間とは、保険料を納めていない期間ですが、「免除」や「猶予」の期間は「納付」と同様の扱いとなります。ですから、「滞納」になることは何とか避ける必要があるのです。
 まず、初診日のある月の先々月から遡って1年間の間に滞納期間がないことを確認します。もし滞納期間がある場合は、20歳から初診日のある月の先々月までの全期間を通算して、滞納期間が3分の1以下ならイの条件を満たすことになりますので大丈夫です。どちらも満たせない場合は残念ながら障害年金を請求することはできません。

(3)障害状態要件

 最後の条件は障害の程度です。これを判定するのは障害認定日です。その時点で受診している医療機関で、所定の診断書を書いてもらって障害年金を請求することになります。もし、初診日に掛かった医療機関と診断書を書いてもらう医療機関が異なる場合は、初診の時の医療機関で初診日の証明書を書いてもらわなければならない時があります。
 前述したように、遡及請求の場合は障害認定日と現在の2通の診断書が必要です。事後重症請求の場合は現在の診断書だけで構いません。

 こうして三つの要件をクリアすれば、障害基礎年金や障害厚生年金を請求することができるのです。なお、健康保険の被保険者の方なら、休職してから障害年金請求までの1年半は傷病手当金を受け取ることができるでしょう。

3.初診日が20歳以前だったらどうなるのか?

 ここで皆さんは多分疑問を持たれたでしょう。今までの話は初診日が20歳以降という前提になっていました。そして、初診日が基準になって加入要件や拠出要件が判断されていました。しかし、もし初診日が20歳以前だったらどうなるのでしょうか。
 国民年金に加入できるのは原則満20歳からですから、加入要件も拠出要件も満たしようがありませんね。民間の保険であれば、これは仕方がないことで済まされてしまいます。しかし、国民年金は社会保障制度のひとつですので、ちゃんと救済措置があるのです。それが「キーワード」の項でお話した「無拠出年金」なのです(厚生年金にはこういう制度はありません)。
 無拠出年金では、「納付要件」や「加入要件」は問われません。国民年金の場合、初診日が20歳以前にある人は、初診日が20歳以前であることさえ証明すれば良いのです。しかしこれも、10数年も前のこととなると容易なことではないのですが・・・。

4.年金はいつからいくらもらえるのか?

 障害基礎年金の支給開始は障害認定日(初診日が18歳6か月より前の場合は20歳の誕生日の前日)を含む月の翌月分からとなります。
 先天性の障害の場合であっても、国民年金は20歳にならないと加入できませんので、20歳までは国民年金の対象ではありません。したがって、支給開始は20歳以降となります。
 ややこしいですが、20歳までに厚生年金に加入していて、その時に初診日があれば、20歳以前に障害厚生年金と障害基礎年金が支給される場合があります。また、前述したように事後重症請求の場合は請求月の翌月分からとなります。
 金額は、厚生年金は加入者のそれまでの給料によって変わりますが、障害基礎年金は定額です。ちなみに2022年度の1級は年額972,250円、2級は777,800円(老齢基礎年金の満額と同じ)です。また、所得制限はありますが、大抵の場合年金生活者支援金が併給されますので、それぞれ月額6,275円、5,020円が上乗せされます。

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第3章 知的障害の方(精神遅滞)の場合(無拠出年金)

 さて、ここからがこの文章の本当の本題になります。第2章の話を踏まえると、知的障害の方の障害年金請求の条件はどうなるのでしょうか?
 その前に、「知的障害」という言葉について少し説明しておきます。
 「知的障害」というのは行政用語だと思ってください。以前は「精神薄弱」と言っていましたが、語感が悪いいので「知的障害」と言い換えられました。文字通りに「知的障害」を理解すると、知的な障害ですから、認知症や発達障害なども入ってしまいそうですが、そうではありません。「知的障害」はあくまでも昔で言う「精神薄弱」だけを指しています。なお、現在では病名としても「精神薄弱」という言葉は使われず、「精神遅滞」という言葉が使われることが多いと思います。
 それから、知的障害というのは「発達期に原因がある」ことが前提になっていますので、当然に20歳未満で発症することになります。つまり「初診日が20歳前にあるはずの障害」なのです。
 以前某年金事務所に相談に行かれた方から、窓口で「20歳を過ぎて知的障害になることもある」と言われたという話を聞きましたが、これは論外です。ちなみに成人期以降に知的能力が低下する場合は「痴呆」あるいは「認知症」と言います。

1.初診日の証明はいらない(初診日は誕生日)

 まず、初診日の証明はどうすればいいのでしょうか。知的障害の方の中には、小さい頃に発育が気になって親が病院に連れて行った、という方もおられれば、病院に行ったことがない、つまり初診日がないという方も少なくありません。初診日がなければ請求できないのでしょうか?いえいえ、大丈夫です。
 実は、「先天性の知的障害の初診日は『出生日』とする」と定められているのです。ですから、たとえ医療機関に受診したことが無くても構いませんし、もし実際に初診日があってもそれを証明する必要はありません。診断書の初診日の欄には誕生日を書いてもらえば良いのです。
 ただし、外傷や病気などが原因の後天性の知的障害や他の種類の精神障害(発達障害を含む)の方の場合は初診日の証明が必要となります。しかし、その初診日が18歳6か月より前の場合(つまり障害認定日が20歳以前の場合)は、本当の初診日が不明でも、18歳6か月より前に初診日があったこと(2番目以降の医療機関に受診した日、障害者手帳を取得した日、等々)が証明できれば良いので、通常の初診日証明よりもハードルはぐっと下がります。
 それでも、ケースによっては証明が難しい場合もあると思いますので、その場合は年金事務所やその他の相談窓口で相談されると良いでしょう。
 繰り返しになりますが、特別支援学校に通われた方の中には、「精神遅滞」ではなく「発達障害」と診断されている方もおられるでしょう。もし、「発達障害」(広汎性発達障害、アスペルガー障害、自閉症スペクトラム障害、ADHD等)という病名で障害年金を請求する場合は、一般の精神障害と同様に初診日の証明が必要です。

2.年金受給のための要件

 改めて、知的障害の方が障害基礎年金を請求する場合の要件を整理してみましょう。
 まず、20歳前障害ですから、
   ア.加入要件 ⇒ 不要  
   イ.拠出要件 ⇒ 不要
 結局残るのは
   ウ.障害状態要件
 だけです。
 要するに、20歳前障害の場合に問題になるのは障害の程度だけなのです。

3.障害程度とは

 では、障害基礎年金はどの程度の障害の人に支給されるのでしょうか?この点はあいまいで、明確にお話することができません。その方の日常生活能力や病状、社会生活の現状を総合的に評価して決められる、というような言い方になるのでしょうか。
 よく「療育手帳B2(軽度)の方は無理」とか「働いていたら無理」等と言われたりしますが、これは事実ではありません。しかし、逆にB1(中度)でも、あるいは働いていなくても支給されない人もいます。ですから、最初から諦める必要はありませんが、現在の制度では、「知的障害があれば全員に障害年金が出る、ということではない」ということは言えるでしょう。
 私が行った調査では、B2の手帳を持っている人(約100名)の47%以上の方が障害年金をもらっている、という結果も出ていますので、まずは挑戦してみてはどうでしょうか。なお、一度却下されても、請求は何度でもすることができます。

4.所得制限

 いつからいくらもらえるか、については前章で書いた通りです。ただ、拠出年金には所得制限は無いのですが、無拠出年金は、掛け金をしなくてももらえるという性格上、所得制限があります。本人の所得額(障害年金自体は所得に含まれません)に応じて、半額支給停止と全額支給停止がありますが、扶養家族がいない場合の所得制限額でも、半額支給停止の場合で370万円、全額停止の場合は470万円を超えていますので、(残念ながら)該当する方はほとんどいないと思います。なお、家族の収入は関係ありません。

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第4章 手続きの進め方

 ここからは、20歳到達を控えた先天性知的障害の方を念頭に置きながら、具体的な手続きの進め方について説明していきますが、一般の精神障害の方にもほとんどそのまま当てはまる内容だと思います。

 全体の手順を私流に大まかに示すと以下のようになります。
   (1)障害年金請求の覚悟を固める。
   (2)市役所や年金事務所に行って必要書類をもらってくる。
   (3)医師宛ての資料を作る。
   (4)医師を選ぶ。
   (5)医師に診断書を書いてもらう。
   (6)病歴・就労状況等申立書を書く。
   (7)請求書類を提出する。
   (8)支給された場合は、役所に法定免除の意向を届け出る。
   (9)不支給の場合は審査請求または再請求を検討する。

1.障害年金請求の覚悟を固める

 私は、年金請求の相談を受けて初めてご本人と面接する時に(特に軽度知的障害の方の場合は)こんな話をします。
 「障害年金というのは、どれだけ自分ができないことがあるのかを沢山人に伝えて、それが認められた結果もらえるお金なんです。つまり、年金をもらえるということは、自分が一人前ではないということが社会に認められたということなんです。だから、年金をもらえるということはあんまりうれしくないことでもあるんですね。年金を請求する書類を作るために、今から貴方ができないことを沢山聞いて行きますが、それは貴方にとってはとても嫌な作業なんです。それでも良いですか?」
 随分乱暴な言い方だと思われたかもしれませんが、後にも記すように、障害年金請求のためには、自分にどれだけできないことがあるか、ということを事細かに書かなくてはなりません。しかし、この作業はご本人が自分の障害と向き合うことなしにはできません。自分に障害があることを人に知られるのは気分の良いものではありません。そのことで今まで何度も嫌な思いをしてきたので、できれば隠していたい。親御さんにとってもできれば触れたくないことかもしれません。しかし、そもそも障害年金請求とは障害を認定する作業です。
 親御さんの中には、療育手帳を取ったこともご本人に知らせていなかったり、障害年金もご本人に説明しないまま手続きして、ご本人に知らせないで内緒で管理している方もおられます。お気持ちが理解できないわけではありませんが、療育手帳や障害年金はご本人のものです。これから社会で生きていく上で必要な支えであり道具なのです。障害年金請求というのは、自分の障害ときちんと向き合って、それを踏まえながら、これから社会人として自分に誇りをもって生きていこうという、成人としての一種の通過儀礼のようなものだと考えられないでしょうか。「年金はお金」と割り切って取り組まれる方もあるでしょうし、色々な考え方があると思いますが、親も子も現実に向き合って、ご本人がこれからどこでどう生きていくかを考える、そんな機会にできたらと思うのです。
 蛇足ですが、20歳を過ぎれば親子といえどもお金の上では他人です。ご本人の障害年金を親が勝手に使えば横領という罪になりますので念のため。

2.市役所や年金事務所に行って必要書類をもらってくる

 ではいよいよ手続きに入りましょう。発達障害の方は別ですが、知的障害の方で障害厚生年金に該当する方はまずおられませんので、以下は国民年金の障害基礎年金を念頭に置いてお話しします。
 いつ頃から準備を始めれば良いのでしょうか。20歳の誕生日の3か月ほど前に、日本年金機構から「国民年金加入の案内」が届きますので、これを合図と考えれば良いと思います。
 まず市町村役場(地域によっては年金事務所でも可)に行って、国民年金加入手続きのついでに障害基礎年金請求のための書類をもらいます。窓口では「知的障害で、20歳前の障害基礎年金の請求をしたい」とお話になれば良いでしょう。
 最近は役所の窓口にも専門職(社会保険労務士)が配置されることが増えましたので、間違いは少なくなったと思いますが、以前は窓口で間違った説明をされることがありました。例えば、
   「初診日の証明が必要です。」
   「現在厚生年金に加入中なら厚生年金で請求してください。」
 等々。いずれも原則だけを勉強して、知的障害の特例的扱いをご存じない場合です。こんな時は怒らずに、「先天性の知的障害の場合の初診日は誕生日となっています」と説明してみてください。
 窓口では色々と書類をくれます。そのうち中心になるのは「診断書」と「病歴・就労状況等申立書」です。その時、担当者から「まず医師の診断書をもらってから、病歴・就労状況等申立書を書いて・・・」と説明されることもあるようです。しかし、これはあまり賢明ではありません。私はまず、医師用資料を作ります(次項参照)。
 なお、20歳からは保険料(掛け金)を払わなければなりませんが、障害基礎年金を受給できた場合は、「法定免除」といって、年金支給決定時に遡って保険料が免除になり、保険料が還付されます。だったら払わずに保留しておいたら良いのかもしれませんが、稀な話でしょうけれど、障害基礎年金の請求結果がでるまで保険料支払いを保留していて、もしその間に別の障害が発生しても障害年金の対象にならない、という場合もあり得ます。とりあえずは通常の加入手続きをされたら良いでしょう。

 療育手帳をお持ちの方は、療育手帳更新時の心理判定の結果を「IQ証明書」として発行してもらうと、年金用診断書の作成の手間が少なくなります。各自治体の判定機関に問い合わせてみてください。

3.医師宛の資料を作る

 医師の診断書は障害程度を認定する最重要の書類です。ですから、診断書には知的障害の方の生活上の困難さが正確かつ十分に書かれていなければなりません。しかし、医師が診察室でご本人を診るだけでは、生活上の困難さはなかなか分かりようがないのです。しかも、医師は忙しいですから、問診にあまり時間を掛けられません。短時間の診察室での面談で生活上の困難さを分かれと言う方が無理なのです。
 結局、ご家族が医者にご本人の日常生活の状況を伝えることになりますが、口頭で伝えられる情報はしれています。ですから、診断書作成時に医師にゆっくり読んでもらえる資料を作る必要があるのです。
 医療機関からも、「受診の前に病歴・就労状況等申立書を書いてきてください」と言われることが多いようです。その意味は上記と同じだと思いますが、私の場合は、「病歴・就労状況等申立書」よりももう少し細かい「医師宛資料」を作っています。理由は、「病歴・就労状況等申立書」には、日常生活でできないこと等を詳細に記入する十分なスペースが無いからです。また、パソコンで作成してデータを保存しておけば、この資料を使って、後で「病歴・就労状況等申立書」を簡単に作成することができますので、二度手間にはなりません。
 私が「医師宛資料」に書く内容は「生育歴」「日常生活能力」の2点。場合によっては、「就労状況」と「福祉サービスを利用できない理由」を付け加えます。

(1)生育歴

 生まれた時から現在までの病状や生活状況を書いて行きます。パソコンを使って書かれる場合は先に書いたように、そのデータをコピペして「病歴・就労状況等申立書」に貼り付けられるように、5年程度の時期に区切って書いて行きます。また、医療機関に受診していた時期としていなかった時期は分けて書いてきますので、結構細かい区分になって行きます。
 ただし、先天性の知的障害の場合は「1つの欄の中に、特に大きな変化が生じた場合を中心に、出生時から現在までの状況をまとめて記入すること」ができますので、あまり神経質にならずに書けば良いと思います。
 実際の申立書の中には、幼児期のことがとても詳細に書かれているのに、現在に近づくと尻すぼみになっているものがあります。確かに子どもの時の方が色々とエピソードも多いでしょうし、「とにかく沢山書いた方が通りやすい」と思われるのかもしれません。でも私は、先天性の知的障害の場合の年金裁定で問題になるのは、主として現在の状況であって、生育歴自体は現在の状況と矛盾しなければ良いという程度のものだと思っています。親の苦労話もついつい書きたくなりがちですが、年金の裁定には関係がないと思います。また、本人が「よくできた」「頑張った」という話も書きたくなるのですが、次の項目で話すように、やはり書かずもがなだと思います。より大切なのは「生育歴」ではなく、次に述べる「日常生活能力」です。
 なお、発達障害やその他の精神障害の場合、内容や経過によっては過去の詳細な経過が必要になる場合があります。

(2)日常生活能力

 診断書の裏面左欄に「日常生活能力の判定」という項目があります。そこの(1)「適切な食事」から(7)「社会性」までの7項目の評価は、年金裁定の結果を左右するとても重要なポイントなのですが、実はここが年金用診断書でもっとも誤解の多い部分なのです。
 医師にここに適切な評価を書いてもらえるように、資料には診断書の7項目に沿って、日常生活でできないことや困ることを具体的に箇条書きして行くのですが、その際注意しなければならないポイントを挙げます。

 ア.「できる・できない」の判断基準は一人暮らし

 診断書をよく読むと、「日常生活能力の判定」の見出しの下に、「判断に当たっては、単身で生活するものとしたら可能かどうかで判断してください。」と書かれています。つまり、ここで評価される内容は、「実際の今の生活でできないこと」ではなくて、「ご本人が一人暮らしをしたとしたらできるかどうか」ということなのです。
 でも、普段親御さんと一緒に暮らしていると、親が手伝っていることや、家庭内での特別の配慮が当たり前になっている場合が多く、できないことと言われても特に思いつかない、ということがままあります。そこを何とか想像力をたくましくして、ご本人がマンションを借りて、たった一人で生活を始めた場面を思い浮かべてください。もちろん家族がのぞきに行くこともありません。誰も助けに来ません。だとすると、どうなるでしょうか。
 「適切な食事」とは、単に食べ物を自分で自分の口に運ぶことではありません。お腹がすけば、適切な時間に、栄養価や適量を判断して、自分で食事を用意しなければなりません。自炊が無理なら外食や弁当等を買ってくることになりますが、いつも同じものでは困ります。外食ではマナーも大切ですし、食後は後片付けも必要です。
 知的障害の方の障害程度で問われるのは、手足の動きではなく判断力なのです。「身辺の清潔保持」以下の6項目も同様に、通常の判断力が発揮できるかが問われているのです。

 イ.できないことを書く

 生育歴のところでも少し触れましたが、親としては、自分の子どもができないことばかり書きならべるのは気が重くなります。ついつい、できることも書いてみたくなりますが、障害年金というのは「できなくてなんぼ」です。できることは要りません。日常生活で困ること、手助けが必要なことをできるだけ沢山、具体的に書きます。本人としては、できないことをこれでもかこれでもかとほじくり出されるのは不愉快なことです。先に述べた「納得」が不十分な場合は、ここでつまずくことになります。
 また、「できる」とは確実にできることです。「できたりできなかったり」とか、「しようとしない」とかは「できない」と考えるべきだと思います。
 年金の審査においては、診断書や申立書に「できない」と書かなかったことはすべて「できる」と判断される、というつもりで、できないことを沢山書き出してみてください。生育歴と違って、これは多ければ多いほど良いと思います。
 ただ、できないことを具体的に想像して書けと言われても、何を書いたらいいのか戸惑われる方のために、参考になりそうな資料をご紹介します。日本年金機構が作成している「障害年金の診断書(精神の障害用)記載要領」という医師向けのパンフレットがあります。その中の「2.日常生活能力の判定」の欄に、各項目の4段階評価のための具体的内容が書かれています。それらの内容を下敷きにして、できないことを書いて行かれたら書きやすいかもしれません。「医師宛資料」の見本も参考にしてください。

 ウ.4段階評価の目安

 医師は、ご家族が伝えた具体的な生活状況を踏まえて、日常生活能力の7項目の4段階のどれかにチェックを付けていきます。診断書では以下のように表示されています。

   1「できる」
   2「自発的にできるが時には助言や指導を必要とする」
   3「自発的かつ適正に行うことはできないが助言や指導があればできる」
   4「助言や指導をしてもできない若しくは行わない」

 しかし、これはやや抽象的なので、私は親御さんの目線で以下のように読み替えて説明しています。

   1「ずっと放っておいても大丈夫」
   2「週1回ぐらいのぞきに行って、気づいたところを助言する程度で大丈夫」
   3「毎日そばについていて、一々指図すればなんとかできる」
   4「指図してもできない(代わりにやってあげないといけない)」

 医師も、先ほどご紹介した「診断書記載要領」を読んで判断されるはずですが、「医師宛資料」に、親御さんやご本人が自分で判断した段階評価を書き込むことも、医師にアピールする一つの方法です。医師によっては、分かりやすいので助かる、とおっしゃる方もおられれば、差し出がましいと感じられる方もおられるかもしれません。皆さんと医師との関係性を踏まえて判断してください。

 エ.日常生活能力の程度

 診断書裏面の右側には「日常生活能力の程度」という欄があり、5段階で選択するようになっています。ここも大変重要なので、上記の日常生活能力の4段階評価と同様に、「医師宛資料」に親御さんやご本人の評価を書き込んでも良いと思います。

 日本年金機構が作成している「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」という文章があります。これは、精神障害の認定基準を客観的に示すべく作成されたもので、その中に、先程の「日常生活能力の判定」と「日常生活能力の程度」の結果を掛け合わせた、以下のような「障害等級の目安」が記載されています。


 「日常生活能力の判定」の7項目の結果を、軽い方から重い方へ1点から4点としてその平均点を出します。それと「日常生活能力の程度」の(1)〜(5)の組み合わせによって、概ね年金裁定の結果が予想できるのです。例えば、判定平均が2.5点以上3点未満で程度が(4)の場合は2級。判定平均が同じでも程度が(3)の場合は2級又は3級、というわけです。基礎年金は2級までしか出ませんから、2級又は3級というのは当落線上ということになります。
 私の経験上は、大半のケースがこのガイドラインに当てはまる結果となっていますが、中には外れるものもありますので、機械的に判断されているわけではないと思います。
 たまに、日常生活能力が不自然なほど重く書かれている診断書を目にすることもありますが、心理検査の結果や就労状況、症状等などを総合して判断されると思われますので、不自然なほどに重い評価はかえって診断書の信ぴょう性を疑われることになるかもしれません。「できないことを書く」ということが「事実でないことを書く」ことになってはいけません。

(3)就労状況

 現に企業に就労しておられても障害年金を受給できる場合はよくあります。ただし、障害年金の認定基準(障害認定基準)の3級の欄には「精神に、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの」と書かれています。つまり、それなりに働ける人は障害年金がでない(障害基礎年金は2級までしかありません)ように読み取れます。
 一般企業で最低賃金をもらって働いている、という記載だけでは、「それなりに働ける人」というイメージになってしまいかねません。しかし、実際には職場で特別な配慮を受けたり、できなかった仕事を上司がカバーしてくれていたり、トラブルがあっても職場の配慮で許容してもらったりしている、という話をよく聞きます。一般企業に就職している方の場合でそのような配慮や状況があるのならば、是非補足する必要があります。できれば診断書にも記入してもらいたいところですが、書ききれなければ、後述するように申立書の添付資料として補足します。
 なお、職場の状況は、できれば職場からの意見書として書いてもらえると説得力が増します。請求者ご本人やご家族より第三者の証言が重く受け止められるのは当然でしょう。しかし、ご本人も目にすることができる書類ですので、通常は書くのを嫌がられると思います。次善策として、もし障害者相談支援センターや就業・生活支援センターが関わっていれば、センター名で意見書作成ができないか、相談してみるのも良いかもしれません。無理なら、申立書(別紙)に書いて、請求時に申立書と一緒に提出します。

(4)福祉サービスを利用できない理由

 発達障害の方に多いのですが、本当は家事の援助等の福祉サービスが必要なのですが、対人不安等、障害特性上難しい方がおられます。単に「ヘルパーや通所施設等を利用していない」という記載だけだと、福祉サービスが無くても自立してやっていける人、というイメージを作ってしまいかねません。サービスを利用したくても利用できない事情があれば、診断書か申立書(別紙)に是非書いておいた方が良いと思います。

4.医師を選ぶ

 さて、医師用資料ができれば次は医者選びです。既に精神科に受診しておられればそちらに頼むことになるでしょう。現在は精神科以外(小児科など)の診断書でも受け付けてもらえます。ただし、診断書の内容が精神科的なものですので、作成に不慣れな医師もおられるかも知れません。これまで精神科に掛かっていなくても、障害年金診断書作成のために飛び込みで受診する方も多いですので、遠慮せずに問い合わせてみてください。
 では、どうやって医者を選べば良いのでしょうか。タウンページやインターネットを使えば医療機関の所在地は分かりますが、実際に書いてもらえるかどうかは当たってみないと分かりません。先にも書きましたが、医師は忙しく、かつ障害年金診断書の作成はかなり面倒な作業なので、敬遠されるのも無理のないことなのです。
 断言はできませんが、大きな病院よりは開業医の方が書いてもらいやすそうな気がします。医者の人柄が見えやすいですし、何かと小回りが利きやすそう、という感じがします。学校の先輩などから情報をえることができるかもしれません。

 なお診断書は、障害認定日が20歳の場合は、20歳到達「前後」3か月以内の状態を記したものが必要です。障害認定日が20歳を過ぎる場合は障害認定日「以後」3か月以内のものとなります。
 ついでに、障害認定日の診断書には有効期限はありませんが、遡及請求や事後重症請求の場合の請求時点での診断書は有効期間が3か月となりますのでご注意ください。

5.医師に診断書を書いてもらう

 この時、診断書用紙と医師用資料と一緒に、先にお話しした「IQ証明書」があれば持参することをお忘れなく。
 診断書料は1万円前後というところでしょうか。生活保護の方は公費負担の制度がありますので、事前に生活保護担当者に相談してください。
 書いてもらった診断書は、封がしてあっても必ず開けて、よく目を通してください。そして、納得のいかない個所(特に日常生活能力の項目)は医師とよく話し合うことが大切です。有料で書いてもらうのですから遠慮することはないと思います。ただ、医者にもプライドがありますから、決して言い争うのではなく、丁寧にこちらの考えを伝えるという姿勢が大切でしょう。

6.病歴・就労状況等申立書を書く

 さて、診断書ができたら「病歴・就労状況等申立書」を完成させます。既に「医師宛資料」のデータがあれば概ねそのまま使えます。
 まず、傷病名・発病日・初診日は診断書に合わせて書きます。病歴は「医師宛資料」に書いた生育歴を、適当な期間に区切って(受診していた時期、受診していなかった時期も区切って)、書いて行きます。パソコンをお使いの方は、申立書の様式が日本年金機構のホームページからダウンロードできますので、そこに直接記入することができます。
 ただし、先に述べたように、申立書の様式には日常生活能力の具体例などを書くスペースが殆どありませんので、私は別紙を作って、「医師宛資料」に書いた、「日常生活能力」「就労状況」「福祉サービスを利用できない理由」などを書いて行きます(「申立書(別紙)」参照)。
 なお、これ以外にも、ご本人の状況について日本年金機構にアピールできる資料があれば、請求者の判断でいくらでも付け加えることができます。別紙にするというのは、重要な個所にアンダーラインを引くようなものです。審査がどの程度の時間を掛けて行われるのかよく知りませんが、斜め読みで読み飛ばされない程度の効果はあると思います。

7.請求書類を提出する

 診断書と病歴・就労状況等申立書ができたらいよいよ提出です。通帳やら障害者手帳やら、必要な物を揃えて市町村役場や年金事務所で請求します(最初に相談に行かれた所に提出するのが一番スムーズに行くようです)。
 その時、必ず診断書と申立書のコピーを取っておいてください。却下された時の検討材料にするためです。
 請求後3カ月程度で結果が通知されると思います。

8.支給された場合は、役所に法定免除の意向を届け出る

 支給給決定が下りたら、2ヶ月以内ぐらいで振り込みが開始されます。
 以前は、知的障害の場合はほとんど無期認定でした。つまり、診断書の提出は1回だけで良かったのですが、最近はほとんどが有期認定になるようです。指定された時期の少し前に診断書の用紙が届きますので、忘れずに提出してください。次回以降の診断書は、初回のような申立書は原則不要です。その時の内容で継続か支給停止かが判断されます。
 障害年金受給者は通常の年金保険料(掛金)の支払いが免除されます。ただし、支払い続けることもできます。
 ご本人は今後も国民年金の加入者であり続けますので、65歳になれば老齢基礎年金の受給資格も得ることになります。もし60歳までの40年間ずっと保険料が免除されれば、将来受け取れる老齢基礎年金は満額の半分になります。しかし、老齢基礎年金と障害基礎年金の両方はもらえません。どちらかを選択することになりますので、当然障害基礎年金を選択することになります(障害基礎年金は2級でも老齢基礎年金満額と同額でしかも非課税)から問題ありません。ただ、もし障害基礎年金が途中で支給停止となった場合に備えて、将来もらえる老齢基礎年金を少しでも増やしておきたいと考える方もおられるでしょう。
 私自身は、第5章で書いたように、現在の日本の制度では、知的障害のある方の所得保障は生活保護を前提にするしかないと考えていますので(老齢基礎年金満額でも生活は維持できません)、免除された保険料を今有効に使われたら良い、と思いますが、ともかくも免除か支払い継続かの届出を市役所に出す必要があります。

9.不支給の場合は審査請求または再請求を検討する

 請求が却下された場合、あるいは有期認定で途中から等級が下がったり支給停止になった場合、通知を受け取ってから60日以内に審査請求ができます。さらに、それもダメだった場合は、やはり60日以内に再審査請求ができます。
 ただし、審査請求というのは提出された書類の内容を踏まえて、決定内容が不合理な場合にされるものです。時々、「診断書に書かれているよりも実際はもっと障害が重いんです」というような主張を耳にすることがありますが、これは自分が提出した証拠(診断書)を自分で否定することになりますから不適切です。やはり、請求時にできるだけ十分な材料を提出することが大切なのだと思います。
 また、裁定請求は一度しかできないということではありませんので、改めて診断書からとりなおして、再度請求することもできます(事後重症請求となりますが)。最初の請求後、一定期間が立たないと再請求できないという規定もありません。
 いずれにせよ、何故却下されたのか、理由をよく検討して、現行の基準で支給されないのはおかしいと思われれば、障害年金に詳しい社会保険労務士等と相談してみられてはどうでしょうか。

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第5章 その他の所得保障制度

 最初の方でお話ししましたように、障害年金の認定基準は抽象的でわかりにくいのですが、知的障害があれば全員が受給できる、というわけではありません。大雑把な言い方をすれば、受給できるのは主として中度・重度の障害のある人になります。しかし、軽度知的障害の方であっても、一人前の給料をもらうことは容易ではありません。すべての障害者に必要な収入を保障するためには、健常者の年金も含めた、制度全体の根本的な検討が必要だろうと思います。
 お話の最後に、成人の方のための年金以外の所得保障制度について簡単に説明したいと思います。

1.特別障害者手当

 これは特に障害が特に重い方に出る手当です。月額約27,000円で、障害年金とは併給できますが、施設(グループホームは除く)に入所したり3か月以上入院すると出なくなります。障害程度としては、身体障害者手帳1級相当の障害が二つ以上、というかなり厳しい基準です。知的障害単独の場合は、再重度のうちのさらに重度の方、という感じです。

2.生活保護

 生活保護とは、なんらかの理由で十分な生活費を確保できない人に、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するための制度です。家族単位で判定するのが基本ですが、この場合の家族とは屋根と釜と財布です。つまり、一緒に住んでいるか、一緒に生活を営んでいるか、生計を一にしているか、で判断されます。知的障害の方がグループホームに入居して、費用も自分で負担する場合、屋根も釜も財布も別になりますから知的障害の方の一人暮らしと判断されます。ですから、別に親がいても単身者として生活保護を受給することができます。 
 単身者の基準生活費は、年齢等によって異なりますが、家賃込みでざっと120,000円。ここから、年金収入や給料、仕送りなどを差し引いて、足りない分が生活保護費として支給されます。
 生活保護については国や自治体がほとんど広報していませんので、世間には様々な誤解があります。「持ち家に住んでいたら受けられない。」「働いていたら受けられない。」「別居でも親がいたら受けられない。」いずれも間違いです。本来なら障害者のための所得保障の充実が望ましいのですが、現在の日本には年金も含めて十分な所得保障制度がありません。そのために、親亡き後や親元から離れて暮らす障害者は、生活保護を権利として活用することで自立への道を切り開いて来たのです。生活保護は恩恵ではなく権利だということを、声を大にして言いたいです。

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おわりに

 親御さんの一番の心配は、今も昔も「親亡き後」だと思います。そのため親は、今生きているうちにできるだけのことをしておかないと手遅れになる、とあせります。「今できること」として思いつくのは、一つは生活していくためのスキルを少しでも身につけさせること。二つ目は仕事をして稼げるようにすることです。そのために保護者の方は涙ぐましい努力をされるのですが、なかなか思うようにいきません。やっと会社に雇われても、不況になれば真先に解雇されますし、十分な給料はなかなかもらえません。それよりも、心配の余りついスパルタになってしまって、本人が一層萎縮してしまい、持っている力すら思うように発揮できなくなることも珍しくありません。
 知的障害の方の変化はとてもゆっくりですし、限界もあるでしょう。焦ったからどうなるというものではないのです。親御さんの方もそれは分かっているのですが、焦りと不安はなかなか抑えられません。でも、ここで少し発想を転換してみてはどうでしょうか。親御さんは無意識に、「ここまで到達しないと生きていけない」という水準を想定しておられるような気がします。しかし、実はそのようなものはありません。昔ならいざ知らず、今は足りない分を補う方法が色々あるのです。例えばグループホーム、ホームヘルパー、障害年金、生活保護・・・。
 障害年金を受給された方やご家族の中で、「もらった年金は貯金します」とおっしゃる方が少なくありません。やはり親亡き後を心配されてのことだと思いますが、親亡き後、もし他に収入が無ければ、少々の貯金を残されても生活費に充てればすぐに無くなってしまいます。結局、生活保護の開始を少し遅らせるだけのことです。障害者の生活保障が自己責任で叶うはずがありません。それよりも、これからの生活経験を広げより充実させるために、障害年金を有効利用することを考えるべきではないでしょうか。
 制度にまだまだ課題が多いとはいえ、以前に比べると格段にメニューも支給量も増えました(もちろん政治任せではまだまだ楽観できませんが)。地域で一人暮らしする知的障害の方も珍しくなくなりました。今はむしろ施設に入ることの方が難しいと言っても良いでしょう。やや現実離れして聞こえるかも知れませんが、20歳になったら親の子育ては卒業。これからは障害者自身が自分で歩き始める番です。障害基礎年金というのは、その門出を祝し、これからの道中を共にしてくれる伴走者のようなものだと思います。障害年金請求が、知的障害の方ご本人だけでなく、親御さんにとっても、自立を考えるきっかけになることを願っています。

相談窓口・関係機関

 障害年金に関する相談は、各自治体の年金担当窓口、最寄りの年金事務所、街角年金相談センターで受け付けていますが、他にも、全国の社会保険労務士の有志で結成された(NPO法人)障害年金支援ネットワークでは、無料の電話相談や社会保険労務士の紹介をしています。冒頭でも書きましたが、このページの内容を鵜飲みにせずに、少しでも疑問を感じられたら是非相談してみてください。
 また、日本年金機構のホームぺージからは、この文章でも紹介した「障害年金の診断書(精神の障害用)記載要領」や「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」も含めた年金関係の資料を入手できますのでご活用ください。

   (NPO法人)障害年金支援ネットワーク

   日本年金機構

2023年2月23日



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