この文章は2000年に書いたものです。文中の「診断書」はすべて2002年3月以前に使われていたものです。
本当に軽度知的障害者は年金が受給できないのか知的障害者が障害基礎年金を受給できるかどうかは、その障害程度で決まります。そして、その申請にあたっては、援助者の果たす役割が大変重要です。しかしこれまでの経験から すると、本来申請を援助すべき人達が、「申請しても無理ですよ」などと申請に水を差していたり、消極的であることが少なくありません。確かに、現行制度では、知的障害者であれば 誰でも年金が受給できる、という訳ではないようです。しかし、よく言われる「IQ50もあれば無理」だとか、「働いていたら無理」というのは本当でしょうか。 1.IQや就労と目立った相関関係が見られない年金の裁定筆者は、行政のケースワーカーとして知的障害者の援助に携わっていましたが、家族が手続きできないケースなどで、いつからか障害基礎年金申請にも関わるようになりました。最初は手探りで、年金係の窓口でたずねながら、申立書を代筆したりしていました。そんな時、(財)全国精神障害者家族連合会作成の『精神障害者の障害年金の請求の仕方と解説』 ('93.12月、中央法規出版)という本に出会いました。そこには、障害基礎年金裁定の重要なポイントの一つと思われる、診断書に書かれた「日常生活能力」は、身体的能力では なく知的能力(判断力)を基準に評価されるべきだ、という意味のことが書かれていました。それを読んで、「もしかしたらこれまで年金を受給していない人、あるいは受給 できないと初めから決めつけていた人の中にも、本当は年金を受給できる人たちが含まれているのではないか」、そんな疑問が芽生えました。なぜなら、それまでは筆者も、例えば 「食事が一人でできる」というのは、一人で食べ物を口に運べることだと思っていましたし、手づかみで食事をしていた重度の人の診断書に「食事が一人でできる」と記載されていた 例も目にしていたからでした。 それ以後、年金を受給していない知的障害者やその家族に出会う度に、「日常生活能力」の「正しい基準」を説明して、積極的に年金申請を勧めるようになりました。それが約7年前 (1993年頃)のことです。 その成果は予想以上のものでした。サンプル数が限られますが、少しデータを見てみましょう(1999年10月現在)。 筆者の担当していた管内で、軽度知的障害(大阪府では療育手帳B2)と判定された方(総数107名)の年金受給状況を調べたところ、全体の受給率は47.7%でした。およそ二人に 一人は年金を受給していることになります。 次に、IQと年金受給率の相関関係を調べたところ、IQ75未満までの受給率はほとんどが40%を超えており、目立った逆相関関係は見られませんでした(表1)。 また、一般企業就労(作業所は含まない)と受給非受給の関係についても、受給率に多少の差はあるものの、就労者の受給率は42.9%で、「働いていたら無理」というには程遠い状況 です(表2・表3)。 IQと就労状況を掛け合わせてみると、IQ60以上で一般企業就労者の場合の受給率は31.6%と、他のグループに比べやや低率になっています。ですから強いて言えば、「IQが60 以上あり、一般企業で安定就労している人は受給がややむずかしい」ということになるのでしょうか(それでも決して低い数字ではありません)。
以上の調査結果から言えることは、これまでの常識とされていたことが、かなり現実とは隔たっているということです。 ところで、1994年(平成7年)の実態調査から推測すると、軽度知的障害者の年金受給率は全国平均ではおよそ10%程度と思われます。正確な数字ではありませんが、 年金申請に意識的に取り組むまでの当管内での受給率も同程度であったろうと思われますので、この5年間に受給率が30%以上跳ね上がったことになります。それは同時に、 これまでそれだけの受給漏れがあったということを示している訳ですから、障害年金受給のための支援の重要性を浮き彫りにしていると思います。 2.あいまいな認定基準それでは、障害基礎年金が受給できるかできないかの、本当の境目はいったいどこにあるのでしょうか。その認定基準はあいまいでよく分かりません。しかし一方で、援助が進むに つれて、日常生活能力の基準についての誤解を修正して申請しても、却下されるケースが出てきました。そこで私たちは、これらの却下されたケースや、全国で審査請求されたケースの内容を検討することで、認定基準の具体像を明らかにできないか、と考えました。 (1)審査請求事例の検討まず、全国でこれまでに、都道府県段階で一旦申請を却下されて、審査官への審査請求を経て、審査会での再審査請求(第5節参照)に持ち込まれた事例についての資料を入手し、 内容を検討してみました。以下にそのうちの4例(容認ケース2例、棄却ケース2例)の概要と、私たちの印象を紹介します。
(2)私たちが関わった裁決例次に、実際に私たちが診断書を検討できた事例の一部をまとめてみました。審査請求例のように裁決の理由が具体的に示されてはいませんので、却下・容認のポイントがどこ だったのかはっきりしませんが、予想以上に軽度の人達が受給できていることがわかります。なお、この中には一度却下された後、審査請求ではなくて、後日再申請して支給を勝ち 取ったケースが含まれています。却下された場合の現実的な対処法ではないかと思います。※ア〜オの項目は診断書(旧様式)中の『10.障害の状態』の各項目の記載内容を抜粋・要約したもの。 ※「調査」とは社会保険事務所からの実地調査の有無。
(3)全体としての印象以上の内容から、認定基準についての「印象」をまとめると、次のようになるのでしょうか。ア.認定はIQ、日常生活能力、労働能力、不適応行動等を総合的に判断して行われる。 イ.IQは、裁定に関わる判断の大枠には影響しそうだが、決定的な要素ではない。 ウ.日常生活能力と労働能力の評価がそれぞれ裁定の判断に及ぼす影響は五分五分か? エ.日常生活能力の評価は不適応行動の有無である程度下方修正され得る。 オ.不適応行動は障害に直接起因する部分が重視される。生活の乱れ、意欲の低下など、障害との因果関係が明確でない部分は軽視される傾向がある。 カ.労働能力は就労状況の内容に踏み込んで判断される。また就労の事実よりも可能性が評価の対象になる。 キ.以上から具体像をイメージすれば、知能障害の程度に関わらず、単身生活が経済面も含め無難にできる人は対象となりにくい。しかしグループホーム入居者の場合 (それなりの支援が必要な場合)は可能性がある。一方で不就労者でも、生活の乱れ、無気力など、知能障害との関連を医学的に立証しにくい場合は対象にならない こともある。もっともこれは、知的障害の本質の理解についての議論につながっていくと思われるが・・・。 ク.但し、以上は主として審査会の裁決例から受ける印象なので、都道府県レベルでの裁定はもう少し表面的かつ機械的になるのではなかろうか。 結局のところ、やはり現行の認定基準はあいまいという印象は免れませんが、一般に考えられている以上に、軽度と言われる人達が年金を受給できる可能性は高いのです。 |