この稿は1994年1月に書きました。当時の勤務先での生のデータを基にしたものです。今読み返してみると、当時の特定地域の具体的な状況を描写したものとして資料的な意味があるのではと思い、アップすることにしました。なお、「精神薄弱者」や「分裂病」という用語については、当時の法律で使用されていたものであり、行政の変遷を物語るものとして、あえて当時の表現をそのまま掲載しました。   


大阪市平野区における精神薄弱者の状況

―指導台帳集計結果から―


1.はじめに

 精神薄弱者福祉をめぐる同行は近年目覚ましいものがある。施設ケアから在宅ケア、更には地域ケアへ。保護的ケアから権利擁護、自己決定へ等々。1993年6月に公表された大阪市社会福祉審議会の意見具申においても、各方面での支援システムの構築が提案されている。
 しかし、精神薄弱者福祉行政の現場にいる我々としては、一方でそれらを歓迎しつつも一方では居心地の悪さを感じずにはいられない。精神薄弱者福祉行政の現場は要員不足と業務量の拡大の間で、慢性的繁忙のなかにある。日々の相談業務をこなすのが精一杯で、果たして我々がどれほどのニーズに応え得ているのか。そもそも対象者をどの程度把握しているのか。よりよい援護のためにどのような取組が必要なのか。これらの問いに答える材料を我々は持っていない。障害者の生活実態調査なるものは各地域各方面で取り組まれているようだが、行政の実態と結び付いたものはほとんど無いのではなかろうか。上記の意見具申でも、障害者福祉行政改善のための具体的な数字を提言できないのは同様の理由によるものであろう。
 本稿では平野区における精神薄弱者指導台帳の集計結果をもとに、担当窓口での実態把握の現状や、そこからみた精神薄弱者(特に在宅障害者)の実態、援護のあり方をめぐる問題点等について検討したい。
 なお「精神薄弱者」の用語については、行政内部での慣用に従って敢えてそのまま使用した。

2.調査の方法

 福祉事務所では、療育手帳の交付を受けた成人・児童及び精神薄弱者更生相談所での判定を受けた成人について、精神薄弱者指導台帳を作成し随時援護記録を整備している。今回の調査ではそのうち、1993年4月1日現在満18歳以上の全ケース574人について、指導台帳の記載内容により年齢・性別・障害程度・現状について集計を行った。更にそのなかで在宅者についてはもう少し詳しく検討を加えた。

3.集計結果概要

(1)対象者総数について

 対象者を5年毎の年齢階層別に集計した(表1)ところ、満18歳から22歳(1970.4.2〜1975.4.1生まれ)までの182人を最高に右下がりの急カーブとなった。10年後の28歳から32歳までの層は89人に過ぎず、半分に満たない。大阪市が療育手帳制度の導入したのは1985年12月のことであるから、手帳の普及によって対象者の捕捉率が急上昇しているといえる。しかし逆に言うと、20歳代後半以降の捕捉率は現行制度で可能な範囲のせいぜい3割程度ということになる。もとより精神薄弱児の発生率と福祉行政における捕捉率との乖離が指摘されているが、大阪市の場合それに加えて制度的不備のため、特に中・軽度障害者を中心に一層に補足漏れが存在する。障害程度(表2)の重度への偏りもそのことを物語っている。


 結局、対象者の実態把握の資料としては現在我々の持つデータは甚だ不備であると言わざるを得ないのだが、同時にこれらの埋もれた層のニーズの発掘が担当者にとって重要な課題であることを示している。
 以下の集計結果は、このように対象把握に偏りがあることを前提に読み取っていく必要がある。

(2)現在の状況について

 各台帳のケース記録の内容から現状別に集計した(表4)。これを年齢別に比率を求めると一定の傾向が表れる(表5)。但しこの「現状」はケース記録の最終時点での内容に基づいて集計したもので、中には10年以上も前の記録も含まれている。年齢は1993年4月1日現在に換算したものなので、例えば58歳以上で就労しているケース等については信頼性はあまり高くない。
 年齢別の比率では、年齢と共に「入所」「入院」「在宅」の増加と、「通所(認可施設のみ)」の減少が目立つ。


  ア.入所施設利用者

 入所施設利用者は精神薄弱者更生援護施設、児童福祉施設、他法に基づく施設の合計である。他法の施設とは大半が救護施設で、老人ホーム、身障療護施設と続く(表6)。


  イ.通所施設利用者

 通所施設には精神薄弱者更生援護施設の他に、身体障害者通所授産施設、社会事業授産施設が含まれる。通所施設利用者は年齢とともに激減し、33歳以上では実数でわずか6名に過ぎない(表7−1−1)。これは市内での通所施設の整備が着手されてまだ10年足らずであるということにもよるが、幾つかの施設で概ね5年という通所年限を設けていることから、後で触れるように、年限経過後機械的に通所施設から押し出されている層があることが予想される。


  ウ.無認可作業所利用者

 作業所通所者の推移は通所施設利用者のそれを補う形で現れ、30歳代半ばまでの通所ニーズを受け止めている。最近は新卒者の受け皿というより、前述の通所施設の退所後の受け皿として機能している様子が伺える(表8)。


  エ.就職者

 就職者は50歳頃までほとんど比率が変わらない。しかし新卒以後の相談の中には、雇用主から療育手帳の取得を勧められた、というものがかなりあることから、必然的に捕捉率が高くなる。特に30歳代以降では就職者の比率は実際よりかなり高くなっていると思われる(表5)(表9)。


  オ.入院者

 入院ケースの多くは医療費助成を主訴として相談があったものである。対象者が少ないため明確ではないが、精神病院における長期入院患者の中に少なからず精神薄弱者が含まれていることは事実(註)であり、民間精神病院の設立初期における事情と、施設の絶対的不足のため、今なお病院での生活を余儀なくされている人たちがいることが予想される。また、入院者は必ずしも重度ではない(表10−2)。
 精神保健法関連の動きのなかで主として分裂病の人たちの処遇問題が注目されているが、これらの精神薄弱者の問題は取り残されているように思われる。


  カ.在宅者

 在宅者の比率は年齢と共に増加しているが(表5)、前述した捕捉状況の偏りや、就職者とは逆に福祉事務所への相談が相対的に少ないことを考えると、実際の在宅者比率は20歳代後半以降相当増大すると思われる。


  キ.不明者

 「不明」となっている28人については、養護学校卒業前の時点で就職可能性有りと記録がありながら、以後の経過が確認されていないものが殆どである。彼らの多くはとりあえずは就職したものと思われる(表12)。



4.在宅者についての集計結果

(1)対象者について

 総数574人中在宅者は118人であった。これを男女比で見ると若年層では男性の比率が高いが、30歳頃を境に比率が逆転する(表11−3)。就職者の男女比が逆の傾向をしめすことから(表9−3)、女性の場合、通所施設退所後あるいは退職後そのまま在宅となる率が高いことが伺える。
 障害程度でみると中度・軽度が40%近くに及び、在宅イコール重度ではないことを示している(表11−2)。
 これら118人の資料の中には、前述したように不十分な内容のものが含まれていたため、このうち1991年5月以降に筆者が直接面接もしくは状況を確認した79人を抽出した(表13)。更に、そのうち主婦としての生活歴のある3人を除いた76人について、在宅となる以前の直近状況、最終学歴、活用中の社会資源、主たる介護者等について集計した。


(2)直近状況

 在宅となる契機としては、最終学歴以降(不就学を含む)そのまま在宅となった人が一番多く、次に退職、通所施設退所と続いている(表14)。これらの状況に影響する要因は幾つか考えられるが、本稿では年齢、最終学歴、障害程度との関連について検討した。


  ア.年齢

 年齢別に直近状況の構成比をみたところ(表15)、33歳以上の層とそれ以下の層の間に明らかな相違が見られる。最初に述べたように33歳以上では福祉事務所が対象をほとんど把握しておらず、かつての選択肢の貧しさも手伝って援助の手が全く届いていないことを示している。また就労経験者の比率が高齢者で多い理由についても、就職者全体での事情と同様、失業を契機とした相談が相対的に多いことによる。
 32歳未満の層では通所施設の退所と退職の比率が高い。
 通所施設退所者についてその理由をみたところ(表16)、処遇困難や通所拒否等、施設処遇の限界を感じさせるものも多いが、40%近くは通所年限により退所を余儀なくされ在宅となっている。先にも述べたように、30歳以上の通所施設利用者がたいへん少ない理由のひとつはここにある。新卒者を受け入れるために一方で在宅者を生み出している現状は、早急に改められねばならない。
 卒業後就職しながら、かなり早い時期に退職し在宅となる層も少なくない。学校サイドでのアフターケアも行われているが、後述の進路指導だけでなく、卒業後の学校と福祉行政の連携の強化が望まれる。


  イ.最終学歴

 最終学歴の比率を年齢別にみたところ(表17)、33歳以上の不就学(義務教育中退を含む)とそれ以下の養護学校高等部が対照的である。最終学歴と直近状況の関連をみると(表18)、不就学と高等部での選択肢の違いが歴然としており、(ア)でみた年齢別の直近状況と符合する。高等部進学の保障と進路保障の問題が同時期に取り組まれた結果であろうが、現在の高等部卒業時点での福祉行政も交えた進路指導システムが一定の成果を上げていると言える。
 ここで気が付くのは、中学卒業の在宅者のうち30%強が卒業後そのまま在宅となっており、高等部のそれを上回っていることである。しかも近年徐々に在宅者全体での中卒者の比率が上昇していくように見える(表17)。中学卒業時点での進路指導における学校と福祉行政の連携の不備を示していると思われる。


  ウ.障害程度

 障害程度との関連では、当然に卒後そのまま在宅となる人には重度の人が多く、就職者等には中・軽度の人が多くなる(表19)。年齢階層別にみると28歳以上の層で軽度者が増加し(表20)、全体でも徐々に重度者の比率が下がっている。問題を抱えたまま不安定就労を繰り返していた層が、この時期に福祉事務所の窓口を訪れるということであろうか。重度者については前述したが、特に中・軽度者についての労働行政と福祉行政の連携の必要が問われている。
 重度障害者の中でもとりわけ深刻なのがいわゆる重症心身障害者といわれる人たちである。重度精神薄弱に加え肢体不自由もしくは視覚障害の1級を併せ持つ人だけを抽出してみると、その75%は無認可作業所にすら通所したことがない(表21)。卒業後すぐ在宅となる人の30%はこれら重度重複障害者であり(表22)、本市における重心対策の遅れが現れている。


(3)在宅者発見の契機

 福祉事務所がどのようにして在宅者の存在を把握したかを見てみると(表23)、療育手帳等の新規交付申請と更新時面接が主である。その他とは退所する施設・作業所からの連絡によるものが大半であるが、中には別の対象者家族からの情報というのもある。対象者家族からの相談は意外に少なく、在宅者が潜在化する可能性が高いことを示している。
 療育手帳の普及に伴い、更新時面接がニーズ発掘の契機となる率が増大している。繁忙の中、更新時面接を機械的に終わらせない姿勢が我々に求められている。


(4)在宅期間

 福祉事務所で把握した時点でのそれまでの在宅期間をみると(表24)、20歳代前半でも既に約半数は3年以上経過している。直近状況別でみても、退職の場合ですら60%以上は3年以上在宅生活を経た後に把握されている(表25)。
 在宅の長期化は社会参加を一層困難にするため、既述のように関係機関の連携により早期の援助が必要である。


(5)主たる介護者

 年齢別に主たる介護者をみてみると(表26)、33歳以上の層から両親共生存している率が激減する。全体でみても約半数は両親のいずれかを欠いている(表27)。これは、そのような事態になった後に福祉事務所へ相談に来るケースが多いことによるが、やはり多くの在宅者の家庭では介護者の高齢化、交代が始まっており、対象者をめぐるニーズの変化や、家庭内の人間関係や介護力の質量両面での変化が起きていることが予想される。中・高年齢の在宅精神薄弱者やその家族への援護は青年層とは異なる視点が必要である。


(6)利用している社会資源

 在宅者が利用している社会資源についてみてみると(表28)、育成会訪問指導・巡回療育・デイサービス・施設が実施する余暇活動、その他は保健所の精緩者向けデイケア、大肢協や児相の訪問指導、となっている。しかしそれらすべてを合計しても在宅者の35%に及ばす、大半の在宅者はほとんど家族との接触だけの生活を送っている(表29)。
 在宅者を少しでも減らすために地域での通所資源を増やすことは急務であるが、個々のケース処遇の困難さや状況の多様さを考えると、訪問指導のような個別の援助システムの充実も必要である。とりわけ現在育成会に委託されている訪問指導は、実際上在宅者への貴重な資源であるにも拘らず、要綱上は依然として児童のみを対象としており、早急な整備・充実が望まれる。



5.精神薄弱者福祉サービス改善のために

 以上、当区福祉事務所における対象者の把握状況を在宅者を中心に概観した。
 次に、既に述べたことと重複するが、在宅者を掘り起こし社会参加を促進するために、福祉事務所の観点から幾つかの提案をして本稿のまとめに代えたい。

(1)中学校卒業予定者進路協議会の設置

 養護学校高等部卒業予定者については従来から協議の場が設けられているが、中学卒業時点での福祉行政との接点は確保されていない。既にみたように中学卒業後そのまま、あるいは短期の就労後在宅になっているケースが散見される。彼らは普通学級で「お客さん」として過ごしていたり、不登校のまま形式的に卒業してしまったりしている。事例で見る限り、彼らの多くは障害程度はそれほど重くなく、精神薄弱者としての適切な援助があれば十分就職し得たと思われる。学校内での養護学級の位置付けなどに差異があり、学校側の理解が必要だが、学校と児童相談所を中核に、福祉事務所、精更相、職リハ等を含めた連絡・協議の場が求められる。
 中卒者に関してはもう一方で高校進学者の問題がある。明らかに学力に問題がありながら公立高校に滑り込み、やはり「お客さん」として卒業した後、就職の失敗を繰り返すケースである。彼らは自身の障害を受容し得ず、しばしば家庭内暴力などの問題を引き起こし相談ケースとなる。
 これらはいずれも、精神薄弱が身体障害以上に社会でマイナスのイメージを引きずっているため、本人、家族、そして周囲がそのことを認めようとしなかったことに起因するものであろう。これは言葉の言い換え以前の根本的な問題である。進路指導において、単に理念だけではなく、当事者の実態に即した検討がなされることが望まれる。

(2)就職者へのフォロー

 在宅者の中にはかつて就労していた人も少なくない。彼らは就職によってむしろ福祉の窓口とは遠くなるためか、福祉事務所へ相談にやって来ることは少ないようである。相談時に、もっと早く関係機関が関わっていたらと思うことが多い。精神薄弱者の離職率の高さや、彼らの社会的立場の弱さや、家族も含めた消極さを考えると、関係機関からの積極的な援助が必要である。養護学校では既に卒業後のフォローに取り組んでいるが、それを福祉事務所等を含めた連絡会に拡大し、卒業後最低3年程度は就職者の状況の把握と速やかな援助の体制を整えることが望ましい。
 近年多くの就職者を送り出している職業リハビリテーションセンターや障害者職業訓練校も同様に連絡網を組織して、それぞれの機関で抱え込むことなく対象者の援助にあたることが必要である。

(3)通所施設年限撤廃

 在宅者を作り出す制度的要因の一つは通所施設の年限である。仄聞するにこれはどうも大阪的状況のようであり、また実際にそのような「指導」を実行している施設は市管施設の半数以下である。しかし、この年限制は一方で新卒者に対して施設の絶対的不足をカモフラージュし、同時に、あわよくば認可施設を渡り歩けるという期待によって無認可作業所運動に水を差し、現実には多くの在宅者を輩出している。言わば底の抜けた袋である。行政としては施設不足を直視し整備を急ぐ一方、現実的対応として無認可作業所への援助の充実を図るべきである。

(4)重度重複障害者対策の整備

 在宅者の中でも重度重複障害者の状況はとりわけ深刻である。実際には精神薄弱者通所施設で若干名受け入れられているが、いずれも新規開所等の際の処置で、あくまで特例的取扱いである。府下の取り組みにあるように、精神薄弱者施設に一定枠を設定し別枠で必要な人件費の補填を行うことが急務である。

(5)中高年者向け通所資源の創設

 現在の在宅者の多くは30歳を超えているものと思われ、従来の通所施設でのプログラムに馴染みにくい面が多い。入所施設における高齢者処遇の問題が言われているが、通所においても同様である。まして長期の在宅生活で心身共に硬直したなかから社会参加への手掛かりを作り出すのは容易なことではない。今後は各地域毎に時間的制約や通所負担の少ない「憩いの場」が確保されていく必要がある。

(6)福祉事務所の体制充実

 先に述べたように、精神薄弱者をめぐる問題は潜在化する傾向があり、しかも複雑多様である。そのため、相談窓口である福祉事務所では相当の技量と労力が求められる。また、上記のような提言が実行されるには当然にマンパワーの裏打ちが必要である。
 それらに応えるための最低限の条件として、全区への福祉職員の必置と一定の経験年数確保のための人事上の配慮を望みたい。要員数についても、業務量の再検討と配置基準の見直しを行い、最低現行の二倍の配置を求めたい。
 最近大阪市で精神薄弱者更生相談所が開設された。外部からの期待は予想以上に大きいようであるが、それらの声の中に福祉事務所の充実に言及するものが殆ど見当たらないことはまことに奇異なことである。これまでの福祉事務所の援助の在り方に対する一種の諦めの現われなのかもしれないが、福祉事務所が精神薄弱者福祉法による援護の実施機関であることを改めて認識し、その体制充実に市当局が本気で取り組まれることを願って止まない。


(註)
 「昭和57年に実施された大阪市民生局の調査によると、精神病院に在籍している患者のうち精神薄弱を理由に入院している人は大体3.5%」(『精神薄弱者の生活実態と福祉の現状』浜上征士・西尾祐吾編、相川書房)



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