この稿は、2016年10月に後輩ケースワーカーを念頭に置いて書いたものを、2022年2月に加筆・修正したものです。   


「紙芝居が描けるような」生育歴を聞き取るために


1.はじめに

 ケースワークにおいて、相談者を理解するための情報収集は欠かせません。いわゆるインテーク面接では、色々なマニュアルや所定の帳票を使って、必要な情報を聞き取ることが普通です。中でも生育歴は、相談者を深く理解し共感の糸口を探るうえでとても重要な位置を占めます。ところが実際の記録を見てみると、ごく簡単な内容しか書かれていない、まるで履歴書のような生育歴が少なくありません。
 私はこれまで、「紙芝居が描けるような生育歴」が理想だと考え、試行錯誤してきたつもりです。なぜなら、その相談者の過去の体験が「目に浮かんだ」時に初めて、その相談者をより深く理解できるようになると思うからです。一例を挙げれば、私が児童相談所に勤務していた時に出会った虐待の「加害者」は、その人の過去の悲惨な被虐待体験を聴いたことで「被害者」として見ることができるようになりました。
 本稿ではそんな試行錯誤の中で考えたことを少し書いてみたいと思います。

2.生育歴を聞き取るということ

 通常、生育歴の聞き取りはインテーク面接の中で行われますが、インテーク面接の内容は、そのケースワーカーの属する機関の役割や相談者の立場等によって大きく異なります。また、聞き取りが1回きりの場合もあれば、数回チャンスがある場合もありますので、それによっても面接の組み立ては変わってきます。また、これも当然のことですが、深い話はケースワーカーとある程度以上の信頼関係ができてからでないと話してはもらえません。ですから、生育歴の聞き取りは別にインテーク時に拘らなくても良いと思っています。
 ただ、ケースワーカーが相談を受ける時には、ケースワーカーは相談者の「問題」とだけ向き合っているのではありません。医師が「病気」ではなく「患者」と向き合うように、ケースワーカーも生身の人間丸ごとと向き合っているのです。当然その人には歴史があり、家族があり、幾重にも積み重なった体験があります。語られる言葉の背後にどんな思いがあるのか、そんなことを考えずにはいられません。
 インテーク面接に臨む時、自分はその人の人生と対峙しているのだ、という思いを大切にしたいと思います。相談者の人生の一部でも追体験してみたい。そういう思いが最も端的に試されるのが生育歴の聞き取りではないかと考えています。生育歴の聞き取りによって、相談者の人生をどこまで再現することができるかが、支援の成否を決めると言っても良いかも知れません。あるいは、生育歴の聞き取りでケースワーカーの技量が計れる、とも言えるかも知れません。
 実際の相談は軽重様々ですから、「何もそんなに力まなくても」、と言われるかもしれませんが、私にとって、今も深く印象に残り、沢山のことを教えられ、ケースワーカー職に就いた喜びを感じさせてもらえたのは、すべてそのように対峙した相談者たちでした。

3.紙芝居を描くということ

 紙芝居とは絵ですから、具体的な情報が必要です。例えば、相談者の子どもの頃の様子を絵にしようとすれば、背景に育った町の様子を描き、近所の人の表情があり、自分の家があり、家の中には家族がいます。父、母、兄弟、家族それぞれに職業や性格や表情があり、食卓があり、その上に色々なおかずがあり・・・。家の中にも色々な陰影があるでしょう。そういう情景が描けたら、そこで暮らしていた相談者の心情を少しだけでも想像できるような気がします。
 面接で聞き取った内容をもとにいざ紙芝居を描こうとすると、描きたいけれど描けないところが沢山残ります。逆に言うと、そこに聞き取りの不十分さがあるということなのでしょう。ですから、ケースワーカーは面接しながら頭の中で絵を描いていきます。そうすると、自然に欲しい情報(つまりは見えない部分)が分かってくるのではないかと思います。
 ただし、それをどのように聴いていくかは別の問題です。具体的な情報をストレートに尋ねてもなかなか応じてはもらえません。むしろ面接をぶち壊すこともあるでしょうから、質問の仕方を工夫しなければなりません(これについては「知的障害者福祉現場の『業務指針』を考える」という文章で少し触れました)。
 時には、何度か面接を重ねているうちに、人生の中の忘れられない場面(多くは悲しい場面)を問わず語りに話してもらえる時があります。あたかもずっと箱の中に大切にしまっていたスナップ写真を取り出して見せてもらったような感じです。きっと相談者がずっと大切にしてきて、これからもずっと抱きしめながら生きて行かれる記憶なのでしょう。これも紙芝居を構成するうえで欠かせない1ページになります。

4.面接は流れが命

 面接(特にインテーク面接)では、是非聴取したい内容があります。時間の制約なども考えると、ある程度ケースワーカーが面接の流れをコントロールすることになります。面接場面のコントロールと傾聴は一見矛盾するようですが、決してそうではありません。相談者によっては、話を順序立てて話すことが苦手な人もいます。話すうちに自分の世界が拡散して、収拾がつかなくなることもよくあります。そのような場面では、ケースワーカーが主導権を取って、話を本筋に戻す必要があります。傾聴すべき場面と介入すべき場面の見極めが大切、ということです。
 通常の面接は、ケースワーカーからの質問とそれに対する答えという形で始まりますが、このままではいつまで経っても表面的なやり取りが続きます。映画監督の是枝氏はあるテレビ番組で、ドキュメントを撮る時のインタビューのやり方について、「最初の質問はあらかじめ用意しておくが、二つ目以降の質問は相手の答えから探す」と話していました。相手の中から話を引き出すテクニックとして納得できるコメントです。しかし、これをそのままインテーク面接に当てはめてしまうと、話の行き先が読めず、聞き漏らす項目が続出してしまいそうです。ではどうすれば良いのでしょうか。
 私は、「ある程度相談者の話に乗る」ことを意識しています。世間話でも、豆知識でも、お互いに共通の社会体験でも、何でも良いのですが、喫茶店での雑談のような内容を自然に挟めるチャンスを狙っています。わざとらしくではなく、気の置けない話が混じってくると、通常は相談者の緊張は緩んできます(非常に緊張の強いケースや対人関係の感覚を共有できない場合は、下手すると逆効果になりますので要注意ですが)。そうすると、「面接」が徐々に「会話」の雰囲気に近づいてきます。次項で述べる「勝手口」が開き始めるのです。ただ、前述したように、相談者の話に乗りすぎてはいけません。潮時を見て話を本筋に戻すことが重要です。

5.勝手口を開くコツ

 来客を迎える時、普通は玄関とトイレを掃除しますが、勝手口までは片付けません。面接にも玄関と勝手口があるようです。所定の調査項目を順に尋ねていくのが玄関。しかし、相談者の素顔や本音がよく分かるのは勝手口です。ケースワーカーとしてはできれば勝手口からも入ってみたい。では、勝手口はどうやったら開けてもらえるのでしょうか。勝手口をケースワーカーが無理やり開こうとしてはいけません。勝手口はあくまでも相談者が自分で開くものです。しかし、開けやすくするためのコツはありそうです。
(1)相手のことを知りたいという気持ち
 一番基本的なことは、相談者のことを知りたい、という好奇心ではないでしょうか。相談者の話に自然に身を乗り出し、その人の経験や人生を知り得たことを幸運だと思う。これは「驚きの介護民俗学」という本で著者の六車氏が書かれていたことに通じると思います。
(2)豊富な知識と旺盛な好奇心
 相談者の語る話は千差万別です。どんな話にも絡んでいける人はいないでしょうけれど、普段から色々なことに興味を持っていることは大切です。少しずつでも視野を広げていきたいものです。
(3)根本は信頼関係
 勝手口を開いてもらうコツがある、と書きましたが、最終的にはやっぱりコツは無いという気がします。相談者が信頼を寄せてもらえるかどうか。つまりはケースワーカーの誠実さが問われるのではないでしょうか。

6.勝手口が大きく開いてしまった時

 通常、勝手口がいきなり全開することはありませんから、少々打ち解けた感じがしても、ケースワーカーがそれほど警戒することはないのですが、ある程度の時間の経過の中で、不意に相談者から性的虐待経験のような秘密を「告白」されることがあります。そんな時、不意打ちを食らったケースワーカーは驚いてしまいます。自然な感情なので、驚いても良いのですが動揺してはいけません。ケースワーカーとしては相談者の吐露した思いをしっかりと受け止めなければいけません。無難なのは黙ってじっと傾聴を続ける。黙っているのは、大抵の場合何を言って良いのか分からないからです。そんな時に無理やり何かを言おうとすると、大抵へまなことしか言えません。沈黙は金。大抵は傾聴するだけで話の流れは落ち着いていくようです。
 不意打ちの話に驚かないためには、「この世の中、何が起きてもおかしくない」という覚悟と、「山よりデカい獅子は出ない」という居直りが大切でしょう。
 ケースによっては、相談者自身が整理できない感情が吹き出してしまうことがあるかもしれません。これは、場合によってはとても危険なことだと思いますので、自分で抱え込もうとせずに、速やかに適当な機関につなぐべきだと思います。

7.おわりに

 生育歴の聞き取り(あるいは相談者への共感)にはおそらく完成というのはないのでしょうが、相談者から聞き取った内容等を重ねていって、(本稿では触れませんでしたが)分かりやすい語彙と豊かな表現力で文章化し、その人の来し方をジオラマのように立体的に再構成できるのが理想です。そうすれば、その記録を読んだ人の心の中で、相談者が活き活きと動き出し、初めて心の通った支援が可能になるのではないか。そんな風に思っています。



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