この稿は2011年3月に書きました。私がP市を退職する直前、最後の職場だった児童相談所の後輩に向けたものです。   


思いつくまま


 いわゆる福祉事務所で24年、児童相談所で7年、都合31年間の在職期間のうち、25年間は第一線のケースワーカーとして働くことができました。 これはとても幸運なことだったと思っています。節目であるこの機会に、これまでを振り返って、思いついたことを書いてみたいと思います。

ビギナーズラック

 就職1年目に、立て続けに忘れがたいケースに出会った。一人目は初めて家庭訪問した難病患者の孤独な男性。自力歩行は不可。当時はヘルパー制度も無いに等しく、成り行きで通院介助までした。半年後に病状が急変。救急車に乗る直前、ストレッチャーに横たわり、私の無精髭をなでながら、「あんたには世話になったなあ」とポツリ。その3日後に他界した。
 二人目は初めてインテークから手掛けた難治性てんかんの少女。わがままを言って家族をてこずらせていたが、家族から施設入所の相談を受けて、突然訪問した若い男性ケースワーカー(私のこと)に一気に感情転移を起こした。「心の中のお兄ちゃんになってほしい」と迫られて、ケースワーカーはうろたえた。その後、紆余曲折を経て4年後、22歳の誕生日を家族に祝ってもらった直後、大発作を起こして急逝した。その後、お母さんから「吉村さんと出会って希望が持てるようになりました」という、もったいないお手紙をいただいた。
 ドラマみたいな話だが、その後の私にとっては宝物の経験となった。ところで、この時のケースワークはそんなに素晴らしかったのだろうか。もちろんそうではない。見通しも無く、ただ場当たり的に動いていただけだ。きっとこういうのをビギナーズラックと言うのだろう。でも、そのおかげで私は今日まで、ケースワークのロマンを信じて来られたのだと思う。訳がわからなくてもがむしゃらにやってみる、ということは貴重なことである。

感情が動く時

 面接していて、腹を立てたことが何度もある。こちらなりには正当な理由があると言い訳しても、自分の感情がコントロール不能になったのではケースワーカー失格である。ケースワーカーは、いわば幽体離脱のように、常に自分を客観的に眺めるもう一人の自分を持たないといけない。何かが自分の素肌を刺激した時に感情が動く。しかし、自分の正体は自分では気づきにくい。いくら年を重ねてもなかなかよくわからない。ある時、自分の中に小動物に対する意外なほど強い攻撃性があることに気付いてドキッとしたことがある。その正体はよくわからなかったが、意識した以降は同様の攻撃性をあまり感じなくなった。戸惑わなくなったということかもしれない。 感情が動いた時が自分自身への気付きを深めるチャンスであることは間違いない。山よりでかい獅子は出ないというから、恐れずに、自分から目をそむけずにいたいと思う。

ケースワーカーの二つのタイプ

 陳腐な類型化だが、ケースワーカーにはアナログタイプとデジタルタイプがあるようだ。前者は人の感情への洞察や共感に優れており、柔軟性がある。一方後者は、情報の収集整理や切り替えに長けているが、自分のペースを変えられない。後者は自閉症スペクトラムの世界に近接しているのかもしれない。私は後者に属しているので、相手の気持ちの変化を逃さず読み取ることや、相手のペースにしなやかに寄り添ったり、じっくり待つことが不得手である。一方で、社会資源や関係財産(いわゆる顔の広さ)の収集はさほど苦にならない。 本当は両方に長けることが望ましいが、人間というものはそんなに器用ではない。以前はどうしても自分の苦手なことに目が行きがちだったが、これはどうしようもないことだと思うことで、徐々に自分の特長に目が向くようになった。ケースワーカーはオールマイティでなくても構わない。ただ、自分の不完全さを認めることが次のステップにつながるのだと思う。

人の褌で相撲を取る

 デジタルタイプの視点から言うと、ケースワーカーは沢山の情報や知識を持っていなければならない。その量と質が、ある意味でケースワークの奥行きと質を規定する。しかし、一人の人間が収集管理できる情報量には限界がある。その限界を補うのが関係財産である。どの人の引き出しにはどういう関係の情報が入っているか。そういう「情報の情報」を持っていると、ケースワーカーが使える情報量は飛躍的に拡大する。 そのためには、いかに関係財産を増やすかが課題になる。私の場合は1年間に名刺を100枚使うことをノルマにしていた。めぼしい施設や関係機関には厚かましく見学を申し込んだ。職域団体に賛助会員として入会したり、勉強会に参加したりもした。そうしてつながりができた人たちが、私にとって文字通り財産となった。私のケースワークとは他人の褌を借りることに尽きると言えそうだ。

ぶれないこと

 ケースワーカーに取って(と言うよりもむしろ大人として)必要な、最も基本的な資質は、他人と自分との境界線が引けることだろう。他人は他人、自分は自分と思えることによって、他人の感情や要求に巻き込まれないで、身を守ることができる。巻き込まれないでいられるから、つまり、ぶれないでいるから、相談者にとっても一つの道しるべのような役割を果たすことができる。
 しかし、実際にはその場面場面の判断でぶれないでいることは大変難しい。そもそも、福祉の世界では何が正しいのか、望ましいのか、という判断ができないことが多い。とりわけ児童福祉の分野ではそうだ。関係機関からはそれぞれ好き勝手なことを言われるし、子どもを施設に入れることがその子にとって適切なのかどうかなんて、その子の一生の終わりにならないとわからないことかもしれない。もしかしたらとんでもない見当違いをやらかしているかもしれない。でもその場での判断を避けることはできない。 ある児童心理司の先輩がどこかで、「どんな結果になっても、それはその子の運命だと思えることが大切だ」という意味のことを書いておられたが、その通りだと思う。少し付け加えれば、「その子の運命だ、と思うことの慄きに耐えること」ではないか。 ぶれないということは、自分の判断に自信満々でいる、ということではない。そうではなくて、もし自分の判断が間違っていたら、という慄きに耐えて、もしも良くない結果が出たなら、その現実を受け止める覚悟があるということだと思う。人間は全知全能ではない。間違った判断をすることもある。人生にはどうにもならないこともある。そんな当たり前のことと向き合うことに、実はとても勇気がいるのだと思う。

Kさんのこと

 どうにもならないことを受け止めることの大切さを教えてくれたのはKさんだった。Kさんは中度知的障害のある女性。幼児期から、身体的虐待やネグレクトの中で育ち、小学生の頃から体を売って生きてきた。いわば虐待のデパートのような人だった。あてにできる親族は無く、子どもを産んだが育てられなかった。子どもは施設に預け、自分自身も施設で生活することになった。とはいえ、彼女が施設を望んだわけではない。ケースワーカー(私)の発想では、彼女は施設で守られるしかなかった。当時は知的障害者へのヘルパー制度がスタートしたばかりだったが、彼女は受け入れに前向きではなかった。グループホームもまだ少なかった。その後、紆余曲折があったが、結局彼女は施設を拒否した。と言うより、職員に暴力を振るい、施設内で放火事件を起こしたため、施設を追い出された。万策尽きた挙句に辿り着いたのは、ケースワーカーが想定だにしていなかった単身生活だった。あまりにリスクが大き過ぎる。その予想通り、彼女はその後、ボヤを出して精神病院に入院させられたり、不健康な食生活で糖尿病になったりした。それでも彼女は、10年以上経った今でも単身生活を続けている。
 私の結論は、知的障害者は健康と安全を犠牲にすれば「自立」できる、ということだった。なにやら投げやりに聞こえそうだが、援助する側の枠組みを取り外して、ありのままの現実を受け入れれば、別の援助のあり方が見えてくるのではないか、ということだった。現実には解決できない問題がいくらでもある。できないことはできないと受け入れるとその向こうに何かが見えてくる。ケースワークのパラドックスとでも言うのだろうか。

仕事の評価

 ぶれないことの裏返しで、我々は外部からの評価を必要とする。そもそも周囲からの評価と無関係な仕事はただの自己満足ではないか、とも思う。ではその評価とは何か。私が社会福祉を職業に選ぼうと考えた時、「人のための仕事」なんて自分にできるのだろうか、と悩んだことがある。自分はそんな博愛者ではない。その時の結論は、「情けは人のためならず」ということだった。情けは回り回って、結局は自分に返ってくる、ということだが、自分がしたことが相手の評価を通じて、自分を支える力になる。つまり、福祉の仕事は人のためではなく、自分のためだけを考えてすればいいのだ、と考えた。そして、そのように考えて今まで仕事をしてきた。つまり、私にとって評価とは、上司や関係者からのものではない(とはいっても、評価された方がもちろん気分は良いけれど)。私がケースワーカーとして向き合った人にとって、私の関わりがどんな意味があったのかが問題だ。最初に紹介した2ケースが成功事例と言えるのかどうかはわからないが、対象者の人生の中の一コマに関われたかもしれない、ということが私にとっては最大の評価だった。ケースワーカーは対象者によって評価され、対象者以外には評価され得ない、と思っている。

ニードの掘り起こし

 ケースワークの教科書にはあまり出てこないが、行政のケースワークにとりわけ重要な課題が「ニードの掘り起こし」であろう。いわゆる社会的弱者には、必要な情報がなかなか届かない。彼らは金も無い、コネも無い、術も無い。無い無い尽くしの中で埋もれている。それを掘り起こすのがケースワーカーの腕の見せ所だ。窓口でどうやって埋もれたニードを発見するか、どうやってカウンターを越えていくか等々。福祉事務所にいた頃はそんなことを思っていた。しかし、行政は福祉縮小へ舵を切った。財政上の負担を減らしたい。そのためには措置の責任を回避したい。そこで、為政者は福祉サービスの「契約」という詭弁を思いついた。それによって行政は、財政負担の義務から解放され(民間の契約を支援するだけ)、相談業務を投げ出すことに成功した。なんとも忸怩たる思いである。
 児童相談所に来てからは、ニードの掘り起こしを考えることが無くなった。目の前の仕事に追われて、そんな余裕など無いということもあるし、児童相談所が日常的に市民が出入りする場所ではないということもあるだろう。でも、最近は通報を受けて、望まれない家庭訪問をする機会が増えた。随分乱暴な話だと思うが、もしかするとこれはニードの掘り起こしにつながるのかもしれないと思ったりする。こちらのセンス次第では貴重な機会になるかもしれない。対象者は本当のニードを分かっているとは限らないから。 日々の忙しさや、契約という言葉に惑わされず、ケースワーカーとしてのアンテナの感度や技量を高める努力が必要だと思う。

対立する価値

 児童相談所に来て、異なる価値が対立した時は優先順位をつける、ということを学んだ。対象者の利益と関係者の利害の不一致は決して児童相談所に固有のジレンマではないが、児童福祉の分野では「親権」があり、児童相談所にはなまじ「職権」のようなものがあるばっかりに、より深くジレンマを感じることになる。そんな時は子どもの利益を優先する、というのはわかりやすい原則で、最初はなるほどと思った。 でも実際はそんな単純なものではないようだ。例えば、親の意に反して施設入所させることが、本当に子どもにとって利益になるのかどうか。親子分離することで子どもの利益がもっと大きく損なわれるのではないか。もしかすると、一見対立しているようで実は切り離せない価値がいくつもあるのではないか。そうだとすると、優先順位をつけること自体ができなくなってしまう。

虐待と少年法厳罰化

 虐待から子どもを救え、という大合唱とは裏腹に、非行少年への厳罰化が主張される。でも、辿って行けば非行少年は被虐待児童に他ならない。彼らが弱々しい存在である間は、世間は彼らに同情的である。しかし、ひとたび世間に迷惑な存在になった途端に、世間は彼らを力で抑え込もうとする。刑罰という恐怖心で彼らをコントロールしようとするのだ。甘くするとつけあがる・・・。でも、恐怖心で相手をコントロールしようというのは、まさに虐待の基本構造ではなかったか。 虐待をする親に対しても世間は冷たい。親は加害者でしかない。でも、親の大半が被虐待児であったことは言を俟たない。彼らが「忘れられた子どもたち」であるという指摘は当然である。しかし、彼らへの眼差しはひたすら厳しい。学校も警察も・・・。 そんなことを考えると、虐待防止というスローガンがとても底の浅いものに見えて来る。結局世間の人たちは、自分に火の粉が降りかからない限りで正義を振りかざしているだけではないか。短兵急に意に沿わないものを力で抑え込み、人の変化を信じてじっくり待つことをしない。虐待問題の本質は、今の社会の薄っぺらな人間観にあるのではなかろうか。

外に向かって発言する責任

 ケースワーカーは虫の視点で現実と向き合っている。学者や評論家は鳥の視点で現実をスケッチして見せるが、真実を知るには、まずは虫の目で見える現実を知らないといけない。つまり、どんなに偉い学者でも、我々ケースワーカーの経験から学ばなければ、的確な分析をすることはできないのだ。かつて私が仲間と一緒に「障害者福祉研究会」という小さな勉強会を主宰していた時、厚かましくも高名な大学の教授などに何度も講師に来てもらった。こちらが臆することが無かったのは、相手方も我々の経験を知りたいと思っているはずだ。という自負(思い上がり?)があったからだ。逆に言うと我々現場のケースワーカーには、我々の経験を外部に向けて返していく責任がある。なぜなら、それが社会にとって重要な情報であり、我々以外には知り得ないことだからだ。そして、そのためには我々は自身の経験を言葉にしなければならない。
 我々が日々経験していることは、我々の社会がどの様に変わりつつあるか、これからどのように変わらなければならないかを考える上で格好の教材であるはずである。それを無為に忘却してしまうのではなく、ささやかな形ででも社会に還元することを考えなければならないと思う。

 思いつくままに書いてみました。まだまだ未熟なものだなあと改めて感じますが、これから現場で頑張って行かれる皆さんにとって、他山の石となれば幸いです。



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