ナチスのUFO特集の話

 酒好きの某先輩が来る。いろんな新作アニメの品評会(フルメタルパニックとかおねがい☆ティーチャー等)を兼ねてやってきたのだが、少々、時間が余る。その時、丁度、最後の矢追純一UFO特集を持って来ていたので、時間潰しに垂れ流す。

 曰く、

「ここ最近、頻発して起こるようになった数々のUFO飛来事件」
「それらの中に、地球製の物があるらしいのだ」
「なんと、今から50年以上も前のナチスドイツで円盤形の飛翔体の開発が成されていたのだ!」
「それでは? 現在、見られるようになった数々のUFOの中にも、それらナチスドイツのUFO達が混ざっているのであろうか?」
「従来、UFOは、宇宙人の乗り物と言われて来たのだが、それだけではないのだ」
「……驚くべき情報が飛び込んできた。何と、ベルリンで自殺した筈のヒトラーが、実は、南極に作られた秘密の要塞へ逃れていたと言うのだ」
「それだけでなく、日独の秘密調査員が、ナチスのUFOを使い、既に火星へ到達していたのだ!!」

ちゃらら〜〜ちゃらららららら〜〜〜…… ぼわわわわわ〜〜〜ん!!

 まぁ、何でもいいのだが。
 かなり端折ってはいるが、大体の文脈はこのような感じである。

 まず読んで貰えば分かると思うが、最初、(資料映像等、若干の真実を含む)仮定だった話が、畳み掛けるような展開の中で断定形になり、次にはそれがもう確定している真実として語られているのである。
 それが、この番組の醍醐味である、と言ってしまえばそれまでなのだが、それにしても、恐るべき、である。知らない人間が見たら、絶対、騙される!

 そこで、とりあえずここでは、外宇宙からの知的生命体が飛ばしている(有人、無人の)飛来物体については、現在の我々の文明レベルでは絶対に捕らえる事が不可能(*1)なので「?(あるかもしれないし、ないかもしれない)」という事にし、ナチスのUFOなる物についての検証を行う事にする。

 最初にはっきりさせておかなければならないのは、それが1945年5月7日(ドイツ第三帝国が降伏した日)までに完成していた、という事は100%有り得ない、という事である。反重力エンジン、反物質反応炉、ステルス、エンジンを破壊するビーム兵器、まぁ、何でもいいのだが、それらの技術のどれか一つでも完成していたなら……

負ける訳ね〜じゃん、ナチスドイツが

 反物質反応炉! そんなモンがもし本当に1945年4月の段階で試験的でも運用されているのなら、それこそ、熱核融合爆弾の数万倍の威力を誇る、その反応炉そのものを適当な場所で暴走させるだけで、イワンのバカどもや鬼畜米英を纏めて粉砕! ナチスドイツの逆転大勝利! ……なのに、それを何でわざわざ訳の分からん円盤形飛行機の推進システムにせにゃあかんのだ!!

 反重力エンジン! そんなモンがもし本当に1945年4月の段階で試験的でも運用されているのなら、相対性理論より重力制御=空間湾曲技術そのものなので、それこそ、空間湾曲……ディバイディング・ドライッバアアアアアァァァァ!! が出来る訳で(ディストーションフィールド、展開でも可)……それを何でわざわざ(以下略)

そんな軍隊が、負けるかぁ!!

 と言う事で、ここから先は、そういう事実を前提としてお読み下さい。

 まず、速度について。
 初期型で時速、約2900km。非常に順調に開発が進んだらしく、それからだんだん数字が大きくなっていき時速、約3900km→約6000km→約12000kmという辺りまで。その辺で1943年〜1944年だったと言うのだから、大した物である。もちろん、当時の「常識的な飛行機(*2)」と比べて、の話だが。因みに……
Me109G6(独)=時速(以後全て時速)、約620km:ドイツの標準その1。液冷ガソリンエンジン
Fw190A8(独)=約650km:ドイツの標準その2。空冷ガソリンエンジン
零式52型(日)=約560km:ゼロ戦のなれの果て。本当に同時期の飛行機か!?
P51ムスタングD型(米)=約700km:第二次大戦最優秀機。
Me262(独)=約870km:世界最初(He280があるので厳密には最初ではないのだが)のジェット戦闘機
ミーティアmk1(英)=約660km:連合国最初のジェット戦闘機。1943年7月。
Me163B(独)=約900km:動力はロケットモーター。
He162(独)=約840km:ドイツの国民ジェット戦闘機。ブースターを使っての最大加速は約900km
震電(日)=約740km:これは1945年の飛行機
B−29(米)=約570km:いわずと知れた対日戦専用爆撃機。こんな物でも零戦より速いのだから、勝てる筈がない。
V2(独)=約マッハ4〜5(約4800〜6000km)。弾道ミサイル。
88mm/L70の高初速徹甲弾=約マッハ3(約3600km)
通常の拳銃弾=約マッハ1(約1200km):この辺は比較対象として。
衛星軌道で周回する為に必要な速度=約マッハ25(約30000km)
地球引力最低脱出速度=約マッハ33(約39600km)
太陽引力最低脱出速度=約マッハ49.4(約59280km)

 そこ、××が無い! とか、何でこれがそんな数字なんだ! とか言わないように。
 主旨はあくまでナチスUFOの速度がどれぐらいなのかを他と比べた場合の話をする為なのだから。それと、資料によっては若干、数値の食い違いがある(恐らく、データを計測した時の諸条件が違っているせいと思われる)のだが、概ね、このぐらいになる筈である。
 見れば分かるように、確かに常識的な飛行機よりは遙かに有速ではあるが……である。そう、時速6000だろうが12000だろうが、

その速度では大気圏離脱すらできない!!

 のだ。
 反重力エンジンで飛んでいるからうんぬん、と言う人もいるかもしれないが、そもそも重力には反発作用が存在しない(少なくとも、今分かっている範囲では)。それに、本当に重力に反発して飛べるなら、最低でも、周回軌道に乗るのに必要なマッハ25は出なければ重力に反発している事にはならない。

 次に武装について。
 ナチスのUFOだけに留まらず、UFOのあの形態は、残念ながら武器を積むようには出来ていない。番組中でもそれらしい断面図(設計図?)が出てきていたが、当然のように、円盤の皿の部分が回転し、その回転力を生み出す為に中央に支柱と機関部が配置されていた。
 まぁ、ナチスドイツの科学者は優秀だったから、回転力が重力に直接影響を及ぼす、いはいる「重力減衰効果」も知っていたでしょう。とはいえ、その効果を生み出す為に、機体のスペースのほとんどを使用しているソレのどこに武器を積むつもりだったのか? ヒトラー総統はあくまで「円盤形の飛行兵器」を所望していたのであって「円盤形の飛ぶしかできない飛行機械」を所望していた訳ではない筈なのだが……
 番組中で紹介された武装としては
 Mk108機関砲:口径30mm
 MG17機銃:口径7.92mm
 88mm/L56:ティーゲル戦車の砲塔をそのまま下部に引っ付けている
 75mm/L70:これもパンター戦車の砲塔をそのまま下部に取り付け
 その他、照射すると敵エンジンを破壊するビーム兵器とか核爆弾とか……

 まぁ、何だかよく分からないビーム兵器や結局完成させられなかった核爆弾は置いておくとして、どうしてそこまで「砲」にこだわったのであろう? ドイツにはもう誘導ミサイルがあったのに……
 速度の所で分かるように、マッハ3だか5だかで飛んでいる物から、人間の目と手で狙いを付けて(*3)、自機より遅い弾を撃ちだして……

敵に当てれる筈がないだろう!!

 まぁ88mmや75mmが砲塔ごと下部にあるのはおちゃめとしよう。75mmの最大射程は確かに番組通り9850mだ……10km無いって事なのだが……ところが、こいつは時速6000kmなんていうトンデモナイ速度で飛行する。つまり、自機の砲の最大射程の場所に到達するまでたった5〜6秒。相手が正面にいるならまだいい。側面や後方、上や下にいた場合、射撃チャンスなんて、本当にあるのか? 朝鮮戦争の時の飛行機(F−86セイバーとMigー15。各々、時速は900〜1000km)のエース達ですら「射撃チャンスは1秒ほどしかなかった」と述懐しているのに、最低の奴でも時速2900km! 正気の沙汰とは思えない。現実的な兵器にするつもりなら、せめてミサイルを積ませるべきだっただろう。

 次に、このUFOが本当にあった場合の、戦闘シーケンスについて。
 速度は問題ない。飛行場に関しても、こいつは垂直離着陸する事が前提の飛行機械なので、それ程場所はとられないだろう。その気になればアウトバーンの上でも補給ができただろう。
 超科学の物品にしては武装が異様に貧弱だが、まぁ、当たれば飛行機ぐらいは木っ端微塵。戦車でも十分、破壊できるだろう。ただ、艦船クラスの目標となると、この武装では心許ないのは事実だ。
 断面図を見る限り、機上レーダーを積むスペースが無かった(番組中でも取り上げられなかった)ので、全天候型とは言い難い。夜戦も無理だろう。
 機体を構成している素材については、何だかよく分からない素材なので、ここでは言及しないが、恐らく、それを作る為には、かなりの設備投資が必要と思われる。番組中では試作機が合計で27機、制作されたとなっていたので、ある一定数、揃えるにはかなりのインフラの整備が必要だろう。
 それらの事を考慮に入れるなら、このUFOの戦闘シーケンスは以下のような物が考えられる。

1:連合国の爆撃機に見つけられないよう、森林地帯にカモフラージュされたUFO。修理の時を除き、極力、地下整備施設には帰らない。そんな事をすると、たちまち連合国の爆撃機によって地下施設もろとも粉砕されてしまうからだ。
2:出撃命令が下ると、薄暮状態に離着陸可能なように時間を調整しながら出撃準備。こいつは全天候型ではないが、昼間に堂々と姿を現す訳にもいかないからだ。
3:登り来る朝日の前、もしくは暮れゆく夕日を背景に、出撃! 絵としてはかっこいいのだが、実状は情けない。なお、この時に、地上班との次の合流地点を予め決めておく。
4:連合国の技術では決して捕捉できないような超速度で飛行。敵影を見つけたら、当たる、当たらずに関わらず、自慢の砲を撃ちまくる。持っていける弾数は、数十発(ティーゲル、パンター、各々の弾数は戦車形状でも100発前後が限界)なので、敵陣に切り込んだら1時間もしないうちに弾切れとなり、戦果の確認もそこそこに撤退。
5:地上班と打ち合わせておいた合流地点で合流。一カ所に留まって活動していると、連合国の爆撃機に狙われて……(以下略)

 といった感じになる。
 読者の中には「こんなコソコソしなくても、性能は隔絶しているのだから、堂々と戦えばいいじゃないか」と思う人もいるだろう。しかし、それは物量で連合国を上回っている場合の台詞である。どれだけ性能が隔絶していようとも、人が乗っていない時は無力。
 仮に、何機かをセットにして常にどれかを滞空させておいて連合国爆撃機に備えておけば、と言う人も、彼らの物量を知らないから、そのような事が言えるのである。当時のヨーロッパの空には、平気で1万機以上の敵機がウヨウヨしていたのだ。それに対し、当時のドイツ空軍は全軍合わせて数百機。稼働率の事も計算に入れるなら、恐らく100機いなかったと思われる。つまり彼らは戦力外。UFO基地発見の報を受けた連合国が、1万機の中の千機程も回してやれば、誰かはそこに到達し、憎っくきUFO(と、それより重要なUFO整備施設)を爆弾で灰にしてしまうだろう。
 なら、もっと数を増やして……という話になるのだが、主力戦闘機であるMe109ですら総計約3万3千機。Fw190シリーズが約2万機。ドイツはほぼこの2機種で(*4)第二次大戦を戦い抜いたので、数を、というのなら3千や4千の単位ではいるだろう。しかし、敗戦色の濃い時期に、まだそれだけの生産力があるのなら、そもそもそこまで負ける筈がない。
 そして、最も重要な事は、UFOだけでは戦争に勝てない、という事である。核兵器を乱射してくるぐらいのパワーがあるなら、あるいは? という気もするが、番組中で紹介された程度の性能しか持っていないのでは、チョロチョロ飛ばして相手を攪乱するのが関の山だろう。仮に、UFOが本当にそれだけの事が出来たとしたら、今度は、連合国はそれこそ死にものぐるいでベルリンを陥落させるだろう。そうなってしまったら、もはやUFOがあってもどうしようもないのである。

 最後に、ナチスドイツは本当の所、何を作ろうとしていたのか?
 当然だが、自分ごときでははっきりとは分からない。秘密の多い組織だったのは事実だし、ナチスドイツの遺産を戦勝国が持って帰り、それを、外部に公表する事が決して無かったのもまた事実。
 それらの事を踏まえて、且つ、初期の実験映像はどうも本物臭い辺りから、恐らく、新しい飛翔体の形の一つ、としては研究していたぐらいまでは事実と思われる。何と言っても、ナチスドイツにはマッハ4まで風洞実験可能な装置があった訳だし。まだコンピューターによるシミュレートも出来ず、航空力学そのものがまだ現代程では無かった時代、そういう飛翔体の可能性、ぐらいは実験していたとしても不思議ではない。総生産数27機、という辺りからも、その事が伺える。
 それでは、その先は? と言われると……真相は闇の中である。が、恐らく、そのような飛翔体を人類が完成させている可能性は、今の所、無いだろう。あの形状で空を飛ばすなら、電磁推進システムとは磁気流体推進システムで飛ぶぐらいしかないのだが、パワーソースが……超ウラン元素を以てしても、中身が軽水炉とかじゃあ、効率悪すぎるし……爆発、燃焼力をもっと効率よく推進力や電磁力に変換するシステムが無い限りは飛ばないだろうなぁ……

 という辺りで、今回はおしまい。
 2002/1/22 スライム君

*1:現在の人類では、自力で第三宇宙速度(太陽の引力圏を脱出し、外宇宙に飛び出す為に必要な最低限の速度。マッハ49.4ぐらい)が出せる飛行物体すら作る事が出来ない(惑星の引力を利用して加速させるなら可能。ボイジャー10号等はそうやって外宇宙に出ていった)し、重力波に関しても、制御はおろかそれを直接観測する(間接的には可能。リンゴは落ちるので)事すら出来ない。空間湾曲によって生ずると思われる別の次元に関しては、数式上では予言できても認識すら不可能。その程度の科学力しかない我々が、ごく普通に恒星間航行を可能とする文明レベルの飛行物体を捕らえられるとは到底思えない。もし、外宇宙からUFOが頻繁に飛来しているなら、何故、1機としてそれを発見できないのか? とUFO否定派の人間がよく言う事の一つなのだが、まずは、我々が彼らと比べると話にならないぐらい稚拙な力しか持っていない事を認識しろ!

*2:ジェット戦闘機は当時としては革新的な機体であったし、弾道ミサイルは、連合国の常識を覆す程の兵器であった。そこに足りなかったのは「核」ぐらいである。
 そんな話はともかくとして、ナチスドイツには、UFOをわざわざ持ち出さなくても、設計図の段階とはいえ非常識な性能を持つ機体が多数あった。尤も、それは同じ敗戦国である日本でも同様なのだが、日本のそれは、技術的な裏付けに乏しい物が多かったので戯言で片づけられても、ナチスドイツのそれは、実際に技術的な裏付けがある物が多く、10年後〜現代にかけて、やっと技術側が追いついてきた感がある。
 例えばF−86とMig−15はナチスドイツのMe−P1101とTa183フッケバインのフルコピーだし、超音速を達成する為に必須の技術「エリアルール」もナチスドイツで発見されていた事が最近明かされたし、ノースロップのステルス全翼爆撃機B−2ですら、Ho229で既にやられている事である。
 そして何より、現代の技術ですら完成していない「ラムジェット飛行機」の原型であるリピッシュP13a! こいつの最大飛行速度は1620km! ……リピッシュさ〜ん、アンタ、これで一体何をするつもりだったんだ?

*3:誘導ミサイルを世界で最初に戦場に送り出したナチスドイツではあったが、火器管制レーダーを飛行機に積むことは遂にできなかった。ジェット、ロケット、ミサイル等を生み出した技術を以てしても、それだけでは、できない事もあるのだ。

*4:その他大勢(比較的多いのでBf110が6千、He111が7千、Ju87シリーズ6千、Ju88シリーズ1万5千。後は大体千機以下)を合わせても、ドイツ空軍は10万機にも満たなかった。それに対し、アメリカ1国だけで(大戦中盤からの参加にも関わらず)28万3千機、である。しかも、この上に戦車や艦船でも、アメリカ1国で枢軸国を上回っている(ナチスドイツは結局、まともな海軍を持てなかった)のだ。勝負にならなかったのがよく分かる。

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