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紋章

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先斗町の紋章
ぽん
と
ちょう
先斗町通り
先斗町
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先斗町で使われているこの紋章は、明治5年鴨川をどりが初めて
開催された際に創案されたもので、加茂川の冬の名物情趣の一
つである千鳥をデザイン化したもので、詩情豊かに心に染みる、
いかにも京都の花街らしい紋章です。

鴨川の護岸工事が寛文10年(1670年)に完成し、新堤が出来上がると、急速に新しい町並みが形成されて行きました。眺望絶佳の三条橋畔・四条街路は特に早く開け、憩いの場・交流の地として評判が定着、都人のみならず、諸国の旅人も足を止めるようになりました。これが先斗町の起源といわれています。
三条と四条、鴨川と高瀬川に囲まれたこの狭斜の地が、先斗町と名づけられた由来は、明確にされていませんが、元禄15年(1702)刊『万宝節用集町名鑑』にはぽんと町と記されており、一説によると、織田信長時代ポルトガルの教会が、この辺りにあって、ポルトガル語のポント(先端)・ポントス(橋)によると言う説もあります。
正徳2年(1712年)この地に生洲株が許され、更に、茶屋株・旅籠屋株が許可、茶立女が置かれるようになり幾多の変遷の後、今日に至っています。明治5年創演の鴨川をどりや、水明会等、現在も誇りを持って、伝統を受け継いでおります。
先斗町はその語感のように、新しさと、300年余の古都の情趣が溶け合った、不思議な魅力を持っている花街です。

行事

鴨川をどり