君の名はモンゴリアン

 

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話

第1話

 俺の名はモンゴリアン京介。名前でわかるだろうが、日系3世モンゴリアンだ。
 モンゴリアンだから、当然足だけで馬を操ることができる。馬上から剣も槍も自在に使えるし、弓も左右両方で撃つことができる。命中率は99.7パーセントだ。
 だが、それぐらいモンゴリアンなら誰でもできる。俺がキング ・ オブ ・ モンゴルの称号を持っているのは、こんな技能のためではない。
 俺は、馬を駆りながらノートパソコンを使えるんだ。もちろんブラインドタッチだ。

 今日もモンゴルの空は雲1つなく晴れ渡っている。天にひいきされた地のみが持ちうる空の色だ。
「ホォォォォゥゥッ!」
 モンゴル式猿叫を上げて、俺はキーボードを叩いた。1分間に入力できる文字数は822。誤字など存在しない。俺はモンゴルの王だ。
 ――ジー……プープープー。
 いつも変わらぬのんびりした音を出して、俺の馬専用ノートパソコンが回線にアクセスする。モンゴルの馬上が、世界への窓口となるのだ。
 回線がつながり、俺はまたブラインドタッチを開始した。我ながら惚れ惚れするほど速い。これも毎日パソコン日記を欠かさずつけてきた訓練のたまものだ。真の王は、天賦の才のみに寄りかからないのだ。
 すぐに、俺はあるチャットに入った。

モンモン : グッモーニン、ジョー! モンゴリアンのモンモンだ。
ジョー : オウ、グッモーニンモンモン! と言いたいところだが、マイステイツはまだ深夜2時だぜ。おっと紹介しよう。今、横でナスを刻んでるのが俺のワイフだ。ジョーズワイフだな。HAHAHA!
モンモン : 相変わらず貴様のアメリカンジョークはさっぱり理解不能で嬉しいよ、ジョー。それじゃあ、いつものやつを開始するとしようか。
ジョー : OK! おいステファニー、ナスは少し置いとけ。おっとモンモン、ステファニーってのはワイフの名だ。別に俺が3歳の時に恋して死んだ自民党書記長の名前じゃないゼ! HAHAHA!

 俺はいったんキーボードから手を離し、馬腹につけていた半弓を取り出した。矢をつがえ、天に向かって大きく弦を引き絞り、大きくこう叫んだ。
「マジカル ・ シュート!」
 放たれた矢はきれいな放物線を描いて飛び、2キロ先のシロウサギに命中した。これが俺とジョーの日課 「ハンターチャット」 だ。

 村に帰った俺は、異常に気づいた。空気がよどんでいるのだ。
「京介、大変だっチ!」
 馬鹿みたいなこのガキは、俺の遠い親戚のリチャード=スティーブンソン=ロクブリック=モンゴル。名前でわかるだろうが、ロシア系4世モンゴリアンだ。
「どうしたい、リチャモン。恐怖の大王が来るにはまだ早いぜ」
「あの女だっチ! あの女が攻めてきてるんだっチ!」
 聞くと、俺は顔色を変えて馬を走らせた。村の中央部の高台。あの女なら、間違いなくそこで踊っているはずだ。
「ミスタードーナッツ! 〜私は今踊っている〜♪」
 やはり踊っていた。わが生涯最強のライバル。西の海から筏に乗ってやってきた、「七つの海のロドリゲス」 の異名を取る破壊の魔人。
 シズカ=ミナモト。趣味は入浴。
「シズカちゃん! またお前か!」
「来たわねモンゴリアン! 今日こそ私がシルクロードの覇王となるのよ!」
「そうはさせん! 見よ、わが人馬一体の妙技を!」
 俺がなにも合図を出さないのに、馬は俺の心のままに走ってくれる。友だ。
 馬が俺を乗せて空を舞う。空間がゆがみ、俺と馬の姿が一瞬かき消える。そして次の瞬間、再び大地に降り立った時、俺はモンゴリアンであってすでにモンゴリアンではない。
「ヴェネチィア仮面、参上!」

【次回予告】
 天より来た最後の使者ミカエルの矢が、京介の背中を貫いた。しかし、100万人のモンゴル人民の声援が、京介に更なる力を与える。
 負けるなカニパン。君のひらめきでアンを守るんだ。

 


第2話

 俺の名はモンゴリアン京介。知らぬ者などいないと思うが、日系3世モンゴリアンにして、モンゴルの王だ。
 モンゴリアンのたしなみとして、馬を足だけで操ることができる。槍も自在に振るえるし、弓も左右両方で撃つことができる。だがこんなことは、モンゴリアンなら生後3時間で誰でもできる。ことさら自慢するようなことではない。
 あえて自慢するとしたら、俺は馬上でノートパソコンが使え、馬上でそろばんを弾くことができる。無論そろばんはモンゴル1で、3年前に開かれた 「東アジア選抜モンゴリアンそろばん選手権」 でも見事に優勝している。1+1は2だ。
 今朝も平原の風は涼やかだ。俺は愛馬ジェロニモ五郎を駆りながら、軽やかな指さばきでキーボードを叩いていた。5秒でチャットに接続だ。

モンモン : イタリアのパスパス、おはよーノ! モンゴリアンのモンモンだ。
パスパス : おおモンモン、スパッツァカミーノ!(訳 : 煙突掃除はいかがですか?) 君に黒い兄弟はいるかい?
モンモン : 相変わらず町並みと愚民どもを一番高い場所で見下ろしているようだな、パスパス。若くして病に倒れないよう気をつけてくれ。
パスパス : マンマミーヤ!(訳 : マリオがやられた時のセリフ) それじゃあモンモン、いつものやつを始めようか!

 俺はパソコンをジェロニモ五郎の馬腹の袋に入れると、懐からなべとパスタを取り出した。魔法の力でなべに水を入れ、火をかけて沸騰させる。そしてパスタを軽くかき混ぜ、慎重に時間を測り、さっと取り出す。

モンモン : パスパス、大成功だーノ! 完璧なアルデンテだ。
パスパス : ヤッフゥ!(訳 : マリオが跳ぶ時のセリフ) こちらのミートソースも完璧だぜ! それじゃあお互いの作ったものを脳裏に浮かべつつ、いただきまース!

 俺は極上のミートソースが上に乗っているものと仮定して、ゆでたてのパスタを食べ始めた。これが俺とパスパスとの日課、「マジカル 想像イタリアン」 だ。パスパスは今ごろ、黙々とミートソースを口に入れてることだろう。

 おいしいイタリア料理を堪能して村に帰った俺を、1人の小娘が迎えた。
「京介、鞍馬天狗の鼻はなんであんな形をしてるんだい? あたしゃもう我慢できないよ!」
 この10年前のアニメみたいなガキは、俺の遠い親戚のマリア=スティーブンソン=ライア=モンゴル。リチャード=スティーブンソン=ロクブリック=モンゴルの妹で、通称マリー、蔑称名前負け。当然俺は、蔑称で呼んでいる。
「名前負けのマリア、俺は忙しいんだ。天狗とは1人で楽しく遊んでてくれ」
「ノンノン」 名前負けはよくノーブルの真似をする。
「あんたにお客だよモンゴリアン。メガネをかけた、あのろくでなしさ」
「……ちっ」
 俺は舌打ちした。あいつが来た時は、ろくでもない用と決まっている。
 テントに戻ると、そいつはすでに眠っていた。早撃ち0.002秒の天才ガンマンにして、あやとり世界大会5連覇の伝説を持ち、さらに1ターンでHPとMPを完全回復できるアビリティ 「昼寝」 を持つ男。「星空のターミネーター」 とも呼ばれる、環境保護団体メンバー。
 ノビノ=ビータ。テストは0点。
「ほら起きてノビタくん! 学校遅れるよ!」
「うるさいなードザえもん。翻訳コンニャクー!」
 俺はノビタくんを蹴り飛ばした。
「おや、おはよう京介。今日はおもしろいものを持ってきたんだ」
 ノビタは邪悪な笑みを浮かべ、懐から1枚の写真を取り出した。俺はそれを見て、不覚にも顔色を変えた。
「モ、モンゴリアンモン子……!」

【次回予告】
 京介の脳裏に、7年前のあの夏の夜がよみがえる。盛大に上がる打ち上げ花火の下で、全身やけどでのた打ち回っていた京介とモン子。思えばあの時が、2人の黄金時代だった……。
 それでは次回モンゴリアン京介 「カニパンはもはや本編より次回予告のほうがおもしろい」 に、レッツ ・ モンゴリアン!

 

この番組は、あなたの心臓を一撃で貫く、モンゴル弓術会の提供でお送りしました(また見てね!)

 


第3話

 俺はモンゴリアン京介だ。もういちいち自己紹介はしないが、俺が小3の時、遠足にカルピス入りの水筒を持っていったことだけは記憶しておいてくれ。
 いつもさわやかなこのモンゴルの大地も、夏なのでさすがに暑い。俺もずっと汗をかきとおしだ。愛馬ジェロニモ五郎の頭の上に卵を置いておいたのだが、すでに香ばしく焼き上がっている。
 だが、いくら暑くとも日課は怠らない。いつものように馬上ブラインドタッチでパソコンのキーを叩き、ネットにアクセスする。ちなみに俺のパソコンは最新式なので、「ピコピコピコ」 と嘘くさいコンピューター擬音が鳴る。
『アクセス成功デス』
 嘘くさい電子声に軽く礼を言い、俺はまずメールをチェックした。

 
差出人:モン子
宛先:monkyou-monnet.ac.mo
CC:さくら
件名(J):「蛍の墓」 試写会のお知らせ


モンモン、久しぶり! 7年前、あなたと共に死の灰を浴びたモン子よ!
今日は突然電話してごめんなさい。でもどうしてもあなたの声が聞きたかったの。
ほんとよ。嘘じゃないわ。けど真実でもないの。HAHAHA! ナスを切れ!

――プシューン――

ハイ、モンモン! ばれてしまっては仕方ないな、米国のジョーだ!
要件は1つ。角川文庫の 『若草物語(上巻)』 9ページ12行目でベスが
「私の手だってとてもかたくなっちまって」 と言っているが、
この 「なっちまって」 に関するレポートを7〜10枚でまとめて
8月末までに先生の自宅に郵送してください。
面倒がないよう、簡易書留使用のこと。
いいわね。

――ガチャ、ツーツーツー――

 
 村に帰ると、家屋が全て水浸しになっていた。
 高地を洪水が襲うという理不尽さに嘆息しつつ、俺はジェロニモ五郎に水面を泳がせた。馬泳ぎで進んでいくと、リチャードとマリアの2人が、兄妹の枠を越えて戯れている。
「おお京介、見ておくれ! リチャードのやつ、顔面にこんな大きな傷さ作って! 魂売っても体は売るなって、あれほど言ったに!」
「ごめんっチ、マリア! けど、あのカニが悪いんだ! カニが、あんな愛しげな目で僕を見るから、ついほっとけなくて……」
 五郎は2人を水中に蹴落とし、何事もなかったかのように足を進めた。
 やがて俺の家が水没している所まで来ると、水面に一隻の小船が浮かんでいた。その上の人影を確認し、俺は方天画戟を取り出して構える。
 人影はニヤッと笑い、髪型を整えた。金持ちの一人息子で、余りはやってるとも思えないラジコンの愛好者。剛田雑貨店の息子に追従しつつも、裏では秘密結社 「スネカミコーナー」 を主催して天下統一を図る風雲児。
 骨皮スネ夫道賢。『箱根の坂』(司馬遼太郎著)参照。
「スネちゃま! なにやってるザマスか!」
「ママー、ブタゴリラがいじめるんだ! 八丈島、八丈島!」
 方天画戟がうなり、スネちゃまの首が飛んだ。途端に水が引き、残ったスネちゃまの遺体を見下ろした俺は愕然となった。
「モン子! お前だったのか……」

【次回予告】
 最愛の人モン子の首を、自らの手で跳ね飛ばしてしまった京介。傷心の旅に出た彼は、今一番話題の映画スターウォーズを見て、その傷口をますます広げるのだった。
 次回 ・ 天使になるもん 「腹減って、せつなくて」 。あなたもだーい好き☆(やめてください)


第4話

 俺はもちろんモンゴリアン京介だ。今日も愛馬ジェロニモ五郎と共に、このモンゴルの大地に立っている。
 だが今日ここにいるのは俺だけではない。周りには、東西から集まった人馬の猛者たちがひしめいている。
 モンゴル主催の国際認定G1レース 『チンギス杯』。今年も、このレースの時がやってきたのだ。

「えー、モンゴル中央遊牧民テレビがお送りします、チンギス杯独占生放送。実況は僕、リチャード=スティーブンソン=ロクブリック=モンゴル(ロシア系4世)が務めますっチ。そして解説は」
「リチャード、馬だよ馬! あれなんか肉締まってていいんじゃないかい!? ソースどこ、ソース! ケチャップとマヨネーズ混ぜた特製ソースゥゥゥッッ!!」
「いつものように、妹のマリア=スティーブンソン=ライア=モンゴルですっチ。でも 『マリア』 なんて顔でも性格でもないから、好きな蔑称で呼んでいただければ幸いですっチ」
「学生は馬券買えないってか!? ふざけんじゃないよ、だったら退学だ! オラ校長、ここにサインして馬券買わせろ!」
「ただ今マリアは退学になりましたっチ。それではパドックを見てみたいと思いますっチ」
 モニターに、水筒からカルピスをゴクゴク飲むモンゴル人の姿が表示された。
「ゼッケン1番は、昨年のチンギス杯覇者、ジェロニモゴロウですっチ。鞍上は当然モンゴリアン京介。オーナーブリーダージョッキー(生産者兼馬主兼騎手)の特権と言うべきだっチ。
 なおダントツの1番人気のため、配当は単勝で0.3倍。1000円で当てても300円しか戻ってこないっチ」
「なにぃ!?」
 横で馬券と退学届を握り締めながらマリアが叫んでいたが、リチャードは無視した。
「馬も騎手も相変わらず絶好調のようだっチ。続いては2番、ハッソウマル。久々に鞍馬天狗が騎乗するっチ」
「おお、天狗やないけ! その鼻にレッツダイビング!」
「そしてアメリカからやってきたエッグプラント。乗るのはおなじみのジョーだっチ。彼には直前のインタビューを取ってあるので、そちらをどうぞだっチ」
 マリアの狂態が5秒間無音で映し出された後、画面はいかにもアメリカンな男のアップに変わった。あまりにアップすぎたため、カメラは慌てて後退する。
「――ミスタージョー。エッグプラントは輸送による崩れもないようですが」
「飛行機の中でナスを食わせまくったからね。でもヤツが突然操縦席に暴れ込んだ時は、さすがに死ぬかと思ったよ。やはりステファニーの忠告通り、クルミ入りスパゲッティにしとけばよかったかな。HAHAHA! 福岡の盛夫、見てるー?」
「――ズバリ聞きますが、今回の強敵は?」
「銘菓 『ひよこ』 はうまいんだが、形が形だけに食うと猟奇的な気分……ああ、強敵か。そりゃモンモンだよ。やつは強いね。宇宙でこの俺の次に強いかな。You are space NO.2 ってやつだ」
「――では、勝ち目は充分にあると」
「That's right! "Hiro" is my nickname.」
「――ヒロって誰ですか?」
「じゃあステフ、明日の昼前には帰るから! 高橋にナスを出しといてくれ。ア? 高橋だよ、名人。わかったナス? ナス、ナス、HAHAHA! ホワイトアルバム!」

 ゲートが一斉に開き、俺とジェロニモ五郎は完璧なロケットスタートを決めた。
 ついてくるのはハッソウマルとエッグプラント。やはり、注意すべきはこの2頭だけのようだ。
 第1コーナーを曲がったところで、弓矢が馬上の騎手に次々と投げ渡される。チンギス杯のオリジナルルール 「騎射」 解禁の合図だ。
 矢をつがえ、横を向く。ジョーはすでに俺に狙いをつけていた。
「ヘイモンモン、お前の頭の上のナスを射抜いてやるぜ! 間違って顔に当たったら息子よ許せ! 全米アーチェリーNO.1の俺の実力をぐはっ!?」
 なかなか放ってこなかったので、俺が先に必殺のマジカルシュートを決めた。ジョーは眉間から血を流して落馬し、後続の馬に数回蹴られていたが、あのナスの様子から見て生きているだろう。
「さすがじゃの、京介!」
 ハッソウマルが並んできた。鞍馬天狗はまだ矢をつがえていない。
 やつは東の島国最強の戦士で、特に空中戦では天下一だ。それにやつは。
「おのれ、東方不敗!」
「この馬鹿弟子があっ!」
 俺たちは魂の叫びを交した。意味はない。
「行くぞ京介! わが八双の矢を受けてみよ!」
 師匠がハッソウマルの背を蹴って大空に舞い上がり、太陽を背に矢を放ってきた。俺は五郎に一鞭入れ、加速してかわす。
 霊獣ハッソウマルは自分の意志でラインを選び、師匠はその背を足場として何度も跳躍し、俺に矢を放ち続ける。この体術だけは、モンゴルの王である俺もさすがにマネできない。最後の直線まではよけまくるだけだ。
「!?」
 悪寒が走り、師匠のことも忘れて思わず振り向いた。後ろの馬たちがバタバタと倒れ、中から1頭抜け出してくる。
「ちぃ、やつか!」
 師匠がいまいましげにうなった。俺も同じ気分だ。
 その馬に乗るのは、剛力を誇る大男。町の小さな雑貨店の息子に生まれ、類まれなる才腕で、店を地方1の大スーパーにまで発展させた。そしてやつの歌声は、ゾンダーも一撃で粉砕する。
 ジャイ子のアンちゃん、通称ジャイアン。馬はクリスチーネゴウダ。
「心の友よ!」
 やつの声を聞いた途端、ハッソウマルが失速した。着地し損ねた師匠は地面に降り立ち、そのままハッソウマルと激突する。
「見てくれドモン、わしの体は一片たりとDG細胞に冒されてはおらんぞ!」
「師匠ォォォ!」
 叫びながら矢をつがえ、ジャイアンに向けて放つ。
「俺は母ちゃんの奴隷じゃなぐばはっ!?」
 ジャイアンも矢が刺さったまま落馬した。俺は笑みを浮かべ、再び五郎に鞭を入れる。
 いつの間にか、レースは最後の直線に入っていた。もう俺に追いつけるものなどいない。やはり俺はモンゴルの王だ。
 その時、五郎が突然足を止めた。理由はすぐにわかった。ジャイアンとは比べ物にならないほどの殺気が背後より迫っている。
「誰だ! まだ誰かいるのか!」
 振り向いた俺の目に映ったのは、馬券を握り締め、狂気の表情で馬を駆るマリアの姿だった。
「30パーセントかい!? あんたが勝つと30パーセントかい!? でもねぇ、あたしが勝てば配当1000倍さ! アハハハハ! 待ってよ母さん!」
 呆然としている俺を、マリアの最強魔法 「ラストシンドローム」 が襲った。薄れゆく意識の中で俺は、冷蔵庫に4年間入れっぱなしにしていたフルーツ牛乳の存在を思い出した。
(あれ、そろそろ飲んどかないとな……)

【次回予告】
 目を覚ました時、京介は見知らぬ部屋にいた。
 彼を手術した医師だと名乗る老人は、ここが2112年の東京であることを告げる。時を越えた京介は、失われた過去を求めて、未来都市の夜をさまよう……。
 次回モンゴリアン京介 「怪盗スッポンチャック」。あなたのハートに、愛が届きますように。

"This program is presented by foreign country."(この番組は、外国の提供でお送りしました)


第5話

 初めまして、あたしは北鳥マーヤ。ドジでノロマで何の取柄もない女の子だけど、演劇は見るのもやるのも大好き。
 今は月風先生という人の下で、役者として勉強してます。夢は演劇界幻の傑作 『青海波』 に出ること。これは月風先生がかつて演じて、伝説的なヒットとなった作品だそうです。先生は、激しくも優しい波の精を演じたそうなの。
 ああ、でもそんな大変な役、あたしにできるのかしら? ……ううん、くじけちゃダメ。あたしは芝居が好き。役者として舞台に立ちたい。この熱い想いだけは止まらないもの。
 気を取り直して。あたしが今いるのは、なんとモンゴル! 空気はきれいだし、地平線は見えないし! あたし海外旅行なんて初めてだから、とても興奮してます!
 でも旅行で来たわけじゃないの。月風先生が、今度モンゴルで上演される芝居 『風と行けよモンゴリアン』 のオーディションを受けるよう言ったからです。幻の青海波を演じるためには、あたしはまだまだ未熟。少しでも経験を積んで成長しなきゃ。
 オーディション前は不安。いつもそうなんだけど、特にここはモンゴルだもの。きっとすごい役者さんがたくさんいるんだろうな。

「プリンセス! わかるかいあんたたち? 王女様だよ! ああ王子、靴をおなめ!」
 マリアは相変わらず理解不能なテンションだ。オーディション前の緊張感など微塵もない。そんな感受性はそもそも存在しないのだろう。
 俺がモン京ことモンゴリアン京介であるのはいいとして。ここはモンゴルの古典劇 『風と行けよモンゴリアン 〜嗚呼、その愛〜』 のオーディション会場だ。
 といっても俺は出場しない。俺はあくまでモンゴル人民代表特別主席審査員にすぎない。モンゴルの王であれば、こんな仕事もせねばならんのだ。
「しかしあたしゃ驚いたよ、え? リチャード。内気でチビで100メートルを8秒で走るあんたが、まさか王子役のオーディションを受けるとはねえ」
 ペラペラしゃべっていたマリアは、突然妖怪じみた顔をした。つまり、ハッとなった。
「そうかあんた! あたしの恋人になりたいんだね! ふん、まあいいさ。○○が太くて長ければ、兄妹の壁なんてないようなもんさね。ああ王子、カモーン♪」
「悪いけどマリアの恋人は死んでもごめんだし、兄妹の壁は大事にしたいし、○○は細くて短いっチ。赤の他人がマリアの毒牙にかかるのはあまりにかわいそうだから、兄として仕方なく立候補したっチ」
「照れちゃってもう、かわいい★ おりゃ死ねェ!」
 マリアが乾坤圏をブン投げ始めたので、俺は速やかに審査員席へ行くことにした。
「きゃっ!」
「おっとすまない、モンゴルモンゴル。大丈夫か?」
「あ、はい」
 ぶつかった少女は、俺の顔を見ると表情を変えた。控え目に言って恋だ。
「すまないが先を急ぐ」
「あ、あの……」

 どうしたのかしらあたし。胸がドキドキしてる。
 オーディションが近いから? ううん、そうじゃない。なんだろうこの感じ。あのモンゴルな人とぶつかってから。
 あら? これ、あの人の落し物かしら。紫のナス。なんてきれいな色。
 ……紫のナスの人。この会場にいるってことは、もしかして王子役のオーディションを受けに? ああどうしよう、落ち着けマーヤ! あたしは自分の役作りのことだけを考えなきゃ。
「それでは 『風と行けよモンゴリアン 〜嗚呼、その愛〜 覇王の道になぜ立つのか』 のオーディションを開始します。受験者は会場に入ってください」
 いよいよ出番だわ。やだなあたし、なんかタイトルが長くなってるように聞こえちゃった。もう緊張しすぎよ、ドジドジ!

 王女役候補の受験者たちが、何人かテストを終えた。今のところは正直物足りない。
 そういえば、アメリカのジョーからもらったナスを落としてしまった。「紫のナス、こんな珍しい色、アメリカにもないヨー」 などと言っていたが、俺は懸命にも何も答えなかった。まあナスの1つや100個、どうでもいい。
「88番、北鳥マーヤです! お願いします!」
 おや、さっきぶつかった子だ。なぜか腰にはナスをつけている。そうか、さっき落としたか。
「あ、紫のナスの人?」
「俺はモンゴルの王で、そんなアメリカンな呼び名は不本意なのだが。演技をどうぞ」
「は、はい。見ててくださいね、紫のナスの人……」
 人の呼び名を勝手に決めつつ、少女は演技に入った。
 このテスト内容は、『モンゴルの広大な平原を駆け抜ける馬から振り落とされた王女が、自ら馬の魂を宿して駆け回る』 という見せ場の演技だ。多くの役者はセリフの難解さでつまづき、演技にまでは身が入らない、難しいシーンなのだが。
(ほう……)
 北鳥という少女、なかなかやる。さっきまでのドジでノロマなカメとは大違いだ。馬王女の顔になっている。
「ヒヒーン! ブホッ、ブホッ、ブルブル……。待ちなさいロシナンテ!」
 審査員席がざわめいた。みな、この少女から発するただならぬ気配を感じ取っているのだ。
 純粋な演技力の点では少々不足している。だが彼女には、それを補う魅力があった。演技を始めた途端、周りを芝居の世界に染めてしまう力。彼女は今、モンゴルの広大な平原に立ち、自ら馬となって駆け回る王女そのものになり切っている。
 四つ足になって走る少女。意外と動きも軽い。これはいけるかもしれない。
「試してみるか」
 ニンジンを取り出し、少女の顔面に投げつける。彼女が本当に馬王女になり切ってるなら、取るべき行動は1つ。
「ブシシシ!」
 少女は見事、ニンジンを口でくわえ、馬スマイルをしてみせた。
「よし結構! 素晴らしかった!」
「あ、ありがとうございます、紫のナスの人! ブシシシ!」
 口を押さえ真っ赤になる少女に、会場は爆笑した。好意的な笑いだ。この少女は審査員のみならず、ライバルである受験生の心までつかんでしまった。

 ああ恥ずかしい、「ブシシシ」 なんて。あたし、演技と現実の切り替えが下手だからなあ。役が体の中に残って、なかなか消えないんだもの。ブシシシ!
 でもどうかな、自分ではしっかり演技できたつもり。合格できればいいんだけど。
「では最後、番号444、マリア=スティーブンソン=ライア=モンゴル! 時の涙を見な!」
 なに? なにかしら、この感覚。
 怖い。なぜだか知らないけど、このマリアって人が怖い。こんなの初めてだわ。
「じゃあ名前負けのマリア、正直お前の演技など見たくもないが、取りあえず馬だ」
「おうよ。くわっ!」
 その時、あたしの目にはハッキリ見えた。空から馬が降りてきて、彼女の中に入るのを。
「ブホッ! グホッ、ゲヘッ、ギャハッ! おいでロシナンテ! 今夜は馬肉のステーキだぁ! 赤ワイン50cc!」
 すごい、すごすぎる。これが本当の演技ってものなんだわ。
 だめだ、あたし恥ずかしい。これと比べたら、さっきのあたしは泥亀そのもの。ああもう死んでしまいたい! あたしのおバカさん!
「よくわかった、もういい。これにてオーディションをグバッ!?」
 紫のナスの人が吹っ飛ばされて、壁に人型の穴を開けたわ。無理もないよね、こんなすごい演技を見たら。
 ごめんなさい月風先生。でもあたし、くじけません。いつかすごい役者になって、幻の青海波を演じてみせます。いつか、きっと……。
「それではこれにて、『風と行けよモンゴリアン 〜嗚呼、その愛〜 覇王の道になぜ立つのか with ローゼンクロイツ』 のオーディションを終了します。本日はご苦労様でした」

【次回予告】
 日本に帰ったマーヤを待っていたのは、劇団月風解散の知らせだった。
 最下層からの再出発を始めたマーヤは、一人芝居 『りんご』 で同級生の心を捕らえる。一方、彼女のライバル君川葉弓は、演劇最優秀賞を取って青海波に王手をかけた。
 そんな2人の前に新たな強敵が現れる。ヨーロッパの青き女王、ブルー=スフィア=パルパリアーム。彼女の主催する劇団赤シャツ隊は、西欧最高の名作とうたわれる 『ヨコハマドントウォーリー』 で2人に勝負を挑んできた。
 次回カラスミ仮面 「あしたはどっちだ」。君は聞こえるか、彼女の心の叫びが……。


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