[59−01] 次の(a)から(c)までの記述に,(ア)から(ウ)までの記述を選んで組み合わせると,地方自治の制度的保障に関する論述となる。最も正しい組合せは,後記1から5までのうちどれか。

(a)憲法92条は,制度としての地方公共団体の存在を保障しているのであって,個々の地方公共団体の存立を保障するものではない。

(b)地方自治の制度的保障は,憲法施行当時における制度の現状を当然には保障するものではない。

(c)地方自治の制度的保障は,国土の一部にだけ地方公共団体が設けられていれば足りるとする趣旨ではない。

(ア)憲法施行当時に地方自治法で地方公共団体の一種とされていた特別市の制度を廃止したことも,違憲ではない。

(イ)地方公共団体の存在しない国の直轄地域を置くことは許されない。

(ウ)関係市町村の意に反する市町村の廃置分合を法律で定めることは,それ自体違憲ではない。

1.(a)と(ア) (b)と(イ) (c)と(ウ)

2.(a)と(ア) (b)と(ウ) (c)と(イ)

3.(a)と(イ) (b)と(ア) (c)と(ウ)

4.(a)と(ウ) (b)と(ア) (c)と(イ)

5.(a)と(ウ) (b)と(イ) (c)と(ア)

[59−04] 次の文章中の[ ]に「基本的人権」,「人権」及び「権利」のうちから適切なものを入れていった場合,最も多く使われる語句の使用回数は,後記1から5までのうちどれか。

「[ ]なる用語は,元来は,ポツダム宣言に由来するものであるとされている。同宣言にいう『基本的』なる形容詞は[ ]という語とどういう関係にあると考えられるか。[ ]のうちで基本的なもの.という意味であるのか,それとも諸[ ]のうちで基本的な[ ]たる[ ]なのか,はたまた,単に『基本的な』[ ]ということに重点がある(それゆえ.『人』という語は格別の力点を置かない)のか。[ ]と[ ]とをまったく同義に理解し『基本的』という語には特別な意味をもたせないのがふつうであり要するに,『すべての人間が当然享有すべきもの』が,[ ]ないし単に[ ]であるとされることになる。」

1.4回  2.5回  3.6回  4.7回  5.8回

[59−07] 次の文章中の[ ]のいずれにも入る語句として最も適切なものは,後記1から5までのうちどれか。

「[ ]は,広範な倫理的に制約された行為の全体を包括するごとき権力とりわけ国家権力からの自由を保障するところの人権であるが故に,原理的にも第1次的な人権であるが,発生的にも,イエリネックによれば,おそらく最古の人権であろうとされている。しかし,かつてのカトリック教会においては,[ ]は,教卓に服従することが許されているということにほかならなかったのであり,決してルター派やバプテスト派の[ ]を容認するものではなかったし今日の意味における[ ]は,ルソーの国家理論においてもいまだ知られていなかった観念である。それは,政治権力も教権制的権力も共に.その普遍主義的な支配の要求を断念したときに初めて成立したものであった。」

1.人身の自由  2.学問の自由  3.言論の自由

4.良心の自由  5.結社の自由

[59−10] 衆議院解散の詔書の文面は,「日本国憲法第7条により,衆議院を解散する。」とするのが例であるが昭和23年12月23日に行われた第1回衆議院解散の詔書は,「衆議院において,内閣不信任の決議案を可決した。よって内閣の助言と承認により,日本国憲法第六十九条及び第七条により,衆議院を解散する。」という文面であった。この第1回の衆議院解散の詔書の文面(以下「この文面」という。)についての理解として最も適切でない記述は,次の1から5までのうちどれか。

1.この文面は,衆議院の解散は憲法第69条によってのみ可能である。即ち衆議院で内閣の不信任の決議案が可決され又は信任の決議案が否決されたときでなくては行うことができないとする見解に,相当の敬意を払っていることを示している。

2.この文面は,この解散が憲法第69条所定の場合の解散ではあるが,形式としては憲法第7条によりなされているものであることを強調するものとして理解できる。

3.この文面は,衆議院解散の憲法上の根拠を第7条以外の規定ないし憲法原理に求めることを一般的に否定したものであるとまではいえないと解すべきである。

4.この文面は,衆議院の解散が天皇の権能であることを一般的に否定したものであるということはできない。

5.この文面は,衆議院の自律的解散の可能性を全面的に否定したものであると判断すべきである。

[59−13] 次の1から5までの憲法解釈の変更に関する記述のうち,解釈変更の方向が他と異なるものはどれか。

1.憲法9条は,自衛のための戦力を保持することも禁止していると解されていたが,その後,同条は,自衛のための最小限の戦力の保持を禁止するものではないと解されるようになった。

2.憲法13条は,幸福追求等に関する具体的権利を保障するものではないと解されていたが,その後.プライバシーの権利が同条により保障されていると解されるようになった。

3.憲法14条は,形式的平等,機会の平等を保障しているものと解されていたが,その後,実質的平等,結果の平等も同条により保障されていると解されるようになった。

4.憲法21条は,公権力からの自由という消極的な意味を持つ自由権として表現の自由を保障していると解されていたが,その後,政府の有する情報について積極的に公開ないし提供を要求する権利をも保障していると解されるようになった。

5.憲法25条は,生存権についてのプログラム規定であると解されていたが,その後,同条に基づいて,国民は,国に対し一定の救済を訴求できると解されるようになった。

[59−16] 次の1から5までは,条約に関する記述であるが,同一の論点について述べたものを二つずつ組合せた場合,一つだけ残るものはどれか。

1.条約は,公布によって直ちに国内法的効力を生ずるものではないから,条約において,国民の人権を制限する事項を規定する場合には,別に法律をもってその事項を制定することを要する。

2.内閣が相手国との間で締結した条約につき,国会が事後承認を与えなかった場合には,内閣は,相手国に対し,既に締結した条約の廃止を交渉する法的義務を負う。

3.違憲立法審査権について定める憲法81条が,その審査対象事項の中に条約を挙げていないのは,憲法が条約に対しては最高法規でないことを示すものである。

4.条約と国内法は,同一の法体系に属するものであるから,両者の間にそごが生じた場合には,そのいずれが優先するかの問題が生じてくる。

5.条約の締結は,憲法の授権に基づくものであり,授権された機関は,自らの権能の根拠となる憲法に違反するような条約の締結権まで有するものではない。

[59−19] 次の甲と乙,AとBの各記述は,それぞれ最高裁判所規則と法律との効力関係についての見解であるが,これらの見解の関連性について誤っているものは,後記1から5までのうちどれか。

甲 最高裁判所規則は,法律より形式的効力が強い。

乙 最高裁判所規則は,法律と形式的効力が同じである。

A 最高裁判所規則と法律が矛盾すれば,常に最高裁判所規則が優越する。

B 最高裁判所規則で,法律の規定を修正することができる。

1.甲の見解を採っている者が,Bの見解を採っていることは明らかである。

2.乙の見解を採っている者が,Aの見解を採っていないことは明らかである。

3.乙の見解を採っている者が,Bの見解を採っていることは明らかである。

4.Aの見解を採っている者が,甲又は乙のいずれの見解を採っているのか明らかでない。

5.Bの見解を採っている者が,甲又は乙のいずれの見解を採っているのか明らかでない。

[59−22] 「立候補の自由は,選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり,自由かつ公正な選挙を維持する上で,極めて重要である。」という論述を前提にした場合,その結論となる論述として最も適当なものは,次の1から5までのうちどれか。

1.選挙人は,自由に表明する意思によってその代表者を選ぶことにより,自ら国家(又は地方公共団体等)の意思の形成に参与するのであり,誰を選ぶかも,元来.選挙人の自由であるべきである。

2.被選挙権を有し,選挙に立候補しようとする者がその立候補について不当に制約を受けることがあれば,そのことは,ひいては,選挙人の自由な意思の表明を阻害することとならざるを得ない。

3.選挙は,本来,自由かつ公正に行われるべきものであり,このことは,民主主義の基礎をなす選挙制度の目的を達成するための基本的要請である。

4.公職選挙法は,自ら代表者になろうとする者が自由な意思で立候補し,選挙人は立候補者の中から自己の希望する代表者を選ぶという立候補制度を採用しているわけである。

5.憲法15条1項は「公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利である。」と定め,被選挙権者,特にその立候補の自由について,直接には規定していないが,これもまた,同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。

[59−25] 次の1から5までの記述は,いずれも憲法判断における憲法上の問題に触れるものであるが,一つだけ視点を異にするものがある。それはどれか。

1.公安条例によって集会・デモ行進を規制することは,憲法上容認される。

2.個人は,国家機関によってみだりにその容ぼう等の撮影をされない権利を憲法上有する。

3.学問の自由には,大学内で学生が実社会の政治的・社会的活動にあたる行為を行うことも含まれる。

4.収税官吏による税務調査での質問に対する回答を強制させられるのは,憲法38条1項「自己の不利益な供述の強要」にあたる。

5.報道機関の取材活動は表現の自由の内容に含まれる。

[59−28] 次の1から5までの文を「[A]又は,[B]ここで,[C]従って,[D]むしろ,[E]」と並べると,国民主権についての文章になる。[D]に入るべき文は,次の1から5までのうちどれか。

1.「国民」というのは,特定のだれそれではない。むしろ,誰でもである。

2.主権が国民にある(主権在民)とする建前である。

3.国民主権とは,主権の主体は国民である。

4.主権は君主というような特定の人間に属しないということにあるといえる。

5.国民主権の原理の主眼は,主権が国民に属するということに重点があるのではない。

[59−31] 次の1から5までのうち,A,B及びCの語句の相互関係が同じであるものを二つずつ組み合わせた場合,一つだけ残るものはどれか。

  ABC

1.内閣 内閣総理大臣      その他の国務大臣

2.天皇 最高裁判所長官     内閣総理大臣

3.内閣 最高裁判所の指名した者 下級裁判所の裁判官

4.国会 衆議院         参議院

5.議院 議長          副議長

[59−34] 次の文章中の[A]から[E]までに,後記アからオまでの語句を一回ずつ入れて旧憲法下の天皇制に関する論述を完成する場合,最も適切な組合せは,後記1から5までのうちどれか。

「近世初期のヨーロッパ絶対君主は,中世自然法に基づく支配契約の制約から解放されて,自らを秩序の擁護者からその作為者に高めたとき,正に近世史上最初の自由な人格として現われた。しかし明治維新において精神的権威が政治的権力と合一した際,それはただ[A]とされたのである。それ自身究極的価値の実体である天皇は,決して無よりの価値の創造者なのではなかった。天皇は[B]を承け,[C]によって統治したのであり,欽定憲法は,天皇の主体的製作ではなく正に[D]を紹述したものであった。こうして,天皇は,無限の古にさかのぼる伝統の権威を背後に負っていたのであり,決して主体的自由の所有者であったのではない。天皇の存在は,こうした祖宗の伝統と不可分であり,皇祖皇宗もろとも一体となって初めて内容的価値の絶対的体現と考えられたのである。天皇を中心として,それからの様々な距離において,万民が翼賛するという事態を一つの同心円で表現するならば,その中心は点ではなくて,実はこれを垂直に貫く一つの縦軸にほかならない。そして中心からの価値の無限の流出は,縦軸の無限性([E])によって担保されていたのである。」

ア.天壌無窮の皇運

イ.万世一系の皇統

ウ.神武創業の古への復帰

エ.統治の洪範

オ.皇祖皇宗の遺訓

<注>「天壌無窮」とは永遠に続くことというほどの意味であり,「洪範」とは模範となる大事な法のことである。

   A  B  C  D  E

1.(ア)(オ)(エ)(イ)(ウ)

2.(イ)(エ)(ア)(ウ)(オ)

3.(ウ)(イ)(オ)(エ)(ア)

4.(エ)(ア)(ウ)(オ)(イ)

5.(オ)(ウ)(イ)(ア)(エ)

[59−37] 次の文章中の[A]から[E]までに入れるべき語句の組合せとして最も適切なものは,後記1から5までのうちどれか。

「16,7世紀の政治思想家の中には,[A]なるものは君主主権の理念に反すると説く者もあった。主権が君主の手から人民の手に移行した現代においても,人民は旧時の主権者たる君主と同じく.無制約的な主権をもつべきものであって,人民の主権に対する法の制約を認めることは人民主権の理念に反すると考える思想家もある。しかしながら,君主主権について法の制約があることを認めることは可能であったと同様に,人民主権についても法の制約を認めることは可能であろう。従って,[B]と[A]との伝統的区別のアナロジーとして,現代においても,[C]と[D]の区別を認めることができよう。そして,アメリカ合衆国は,人民の代表たる議員たちの作った法律も,人民の信望を得た政府の行政行為も人民の基本的人権を侵すことができないように司法的に保障されていることに照らして,Dであるといってよい。こ[C]にあっては,人民の投票によってナポレオンやヒトラーのごとき独裁者に無制限の全権を委ねること,即ち,ポナパーティズムないしファシズムへの移行は容易であるが,[E]の行われる[D]にあってはそうした移行は,多大の困難にほう着することになろう。人民主義は『力』に基づく原理であるのに対して,[E]は『理』に基づく原理であるが,[D]はこの異質的な二つの法原理を妥協調節させたものにほかならない。」

    A     B     C     D     E

1.法の優位  立憲君主政 絶対君主政 立憲民主政 絶対民主政

2.立憲君主政 絶対君主政 絶対民主政 立憲民主政 法の優位

3.法の優位  立憲君主政 絶対君主政 絶対民主政 立憲民主政

4.立憲君主政 絶対君主政 絶対民主政 法の優位  立憲民主政

5.絶対君主政 立憲君主政 立憲民主政 絶対民主政 法の優位

[59−40] 次の文章は,租税法律主義について論じたものであるが,(ア)から(エ)までの下線を付した部分のうち記述に誤りのあるものは,後記1から5までのうちどれか。

「憲法第84条は,『あらたに租税を課し,又は現行の租税を変更するには,法律又は法律の定める条件によることを必要とする』と定めて,租税法律主義の採用を明らかにしている。そして,租税法律主義の内容とされるべきものの一つに,課税要件のすべてと徴収の手続が法律の定めによって規定されなければならない,という原則(課税要件法定主義)がある。(ア)従って,憲法の解釈上,これらの事項について政令,省令等の他の法形式へ委任することは,たとえそれが具体的・個別的になされる場合であっても,課税要件法定主義の趣旨に反し許されない。ところで.税務行政が租税法規を執行するにあたっては,その意味内容を確定する必要があり,その目的のために実に多数の通達が出されているのが実情である。通達には,各種のものがあるが,(イ)租税実質法に関する解釈通達は,もちろん法規としての性格をもつものではなく,その法的性質は,行政組織の内部において上級行政庁から下級行政庁に対してなされる指令ないし命令にすぎないが,その内容は,いやしくも法の定めに抵触するようなことがあってはならない。(ウ)通達によって,法令が,要求している以上の義務を納税者に課することがあってはならないことはもちろん,法令上の根拠ない通達かぎりで納税義務を免除することも許されない。しかし.(エ)このような通達は税務行政の公定解釈の意味をもつにすぎないから租税法律主義の意義が,各種の私法上の取引や事実からいかなる納税義務が発生するかについて法的安定性と予測可能性を与えることにあることを考慮しても,公定解釈を改めて通達を納税者の不利益に変更し,その効果を過去にさかのぼらせることについて,適法・違法又は当・不当の問題は生じない。」

1.(ア)−(イ)

2.(ア)−(エ)

3.(イ)−(ウ)

4.(イ)−(エ)

5.(ウ)−(エ)

[59−43] 後記1から4までの記述は,船舶の衝突事故による被害者が民事上の不法行為損害賠償債権と「船舶所有者等の航海に関して生じた損害に対する責任を一定の金額に制限する」ことの法律(以下,「制限法」という)に基づく責任限度額との差額を,私有財産を公共のために用いるときは正当の補償を要することを定める憲法29条3項を根拠にして国に対し補償請求できるか否かについて述べたものである。

「財産権の内容を公共の福祉に適合するように法律で定める,と規定する同条2項に該当する財産権の制限であっても,一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲を超え,特別の犠牲を課するときは,なお同条3項による損失補償の要否の問題が生ずる。」とする見解をとった場合,この見解と明らかに矛盾する記述は,後記1から4までのうちどれか。

1.制限法がその施行前に発生していた損害賠償債権の行使を制限するというのであれば,その制限に伴う損失について補償を論ずる余地があろう。

2.損害賠償債権が制限法施行後に生じた場合には,被害者は制限法によって制限されたところの損害賠償債権のみを取得したにすぎず,制限法が被害者の既得の損害賠償債権を侵害したという関係にないから,損失補償を論ずる余地はない。

3.損害賠償債権が制限法施行前に被害者の有していた船舶等の財産に代わるべきものであるとしても,損害賠償債権は財産権の有する効力の一つというよりも,それとは別個の不法行為の効果として発生する権利であるから,制限法が損害賠償債権に制限を加えたからといって,被害者は既存の財産権を侵害されたとして直ちに損失補償債権を取得するとはいえない。

4.制限法は,憲法29条2項に基づいて公共の福祉に適合するように損害賠償債権の内容を定めたものであるから,損害賠償債権が制限法の施行前に発生したものであると施行後に発生したものであるとを問わず,被害者は損失補償債権を取得できない。

[59−46] 次の文章中の(a)から(e)までの部分と後記(ア)から(オ)までの文とを内容において同一趣旨となるように組み合わせた場合,最も適切な組合せは,後記1から5までのうちどれか。

「(a)一国の法秩序は『根本規範』を頂点とし憲法・法律・命令などの各段階を経て裁判又は行政処分に至る『円錐』を形成する。(b)この段階構造を動的にとらえれば,それは一般的・抽象的な上位規範に基づいて次々と下位規範が創設されて行き,最後に個別的・具体的な裁判又は行政処分という形で円錐の『底面』が形成される過程として把握される。(c)この過程において,一つの段階から下の段階への移行を媒介する操作が法解釈にほかならない。(d)いわゆる立法者の仕事は憲法を解釈適用して法律を作ることにあり,裁判官の仕事は主として法律を解釈適用して判決を作ることにある。(e)そして法の創設・具体化の過程において,創設されるべき下位規範の内容は当然上位規範の内容に拘束されるが,この拘束は大抵一義的なものではなく,ほとんど常に,多かれ少なかれ裁量の余地を残しているのである。」

(ア) 立法者と裁判官の仕事は,原理上同じ性質のものであり,両者の差異は,国法の段階上の違いと立法者の方が通常裁判官よりも広い自由を持つ点とにあるにすぎない。

(イ) 上位規範は一種の「枠」のようなものであり,その解釈とは,その枠を確認し,その中に含まれる複数の可能性を指摘するとともに,そのうちの一つを選択する作用である。

(ウ) 法解釈とは,不連続的に構成された段階的法秩序において,段階の間のギャップを埋める作用である。

(エ) 円錐の頂点から下に向かって降りるにつれて,それを構成する法規範の数は次第に多くなり,その内容は,一般的・抽象的なものから,次第に特殊的・具体的になっていく。

(オ) この段階秩序を静的に眺めれば,あらゆる法規範は,その妥当性の根拠を上位規範に仰いでいる。

1. (a)と(ア)  2. (b)と(イ)  3. (c)と(ウ)

4. (d)と(エ)  5. (e)と(オ)

[59−49] 次の文章は,日本国憲法の上諭であるが,これに対する後記1から5までの論評のうち,理解の仕方が同じであるものを二つずつ組み合わせた場合,一つだけ残るものはどれか。

「朕は,日本国民の総意に基いて,新日本建設の礎が,定まるに至ったことを,深くよるこび,枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し,ここにこれを公布せしめる。」

1. この文章の前段は,この憲法が国民の総意に基づいて制定されたものであることを示し,後段は,この憲法の制定を最終的に決定したのは天皇であることを示しているから,前段と後段は矛盾しており,この上諭の意味は,法解釈の論理では説明できない。

2. この上諭の主眼は前段にあり,後段は,この憲法の成立に当たって単に形式的・技術的に大日本帝国憲法の定める改正手続が用いられたことを示すものであるから,この上諭から,日本国憲法が欽定憲法であると解することはできない。

3. この上諭は,憲法の改正には限界があるとする法理を一般的に肯定した上で,日本国憲法と大日本帝国憲法との間には根本規範の変更がないとする立場を探ったことを示したものである。

4. ポツダム宣言の受託により憲法制定権力は天皇から国民に移動し,この国民の憲法制定権力により,日本国憲法は制定されたものであると解するほかはなく,この上論は,このような日本国憲法の成立手続の特殊性を示すものである。

5. この上論は,日本国憲法の制定が,大日本帝国憲法の定める改正手続により行われたことを示すものであり,日本国憲法と大日本帝国憲法との間に同一性・法的継続性が存することを確認しようとしたものである。

[59−52] 次の(a)から(c)までの記述は,国務大臣が憲法改正を唱えることは憲法99条の定める国務大臣の憲法尊重擁護義務に抵触するとする主張であり,後記(ア)から(エ)までの記述は,それらに対する反論である。両者の正しい組合せは後記1から5までのうちどれか。

(a)国務大臣が現行憲法に欠陥があると発言することは,現行憲法をひぼうすることであり,99条違反になる。

(b)憲法改正を唱えることは,少なくとも改正したいという部分については,現行憲法の規定を遵守しないということを意味するものであるから,その点で99条違反になる。

(c)真の改正ならぱいいが,現在の改正論者は,改悪をねらっているのだから,それは憲法を尊重し擁護したことにはならない。

(ア)改正論を唱える人は,それが改正されるまでは,その部分を含めて現行憲法の規定を遵守するということを当然の前提としているものとみるのが常識であり,その前提をとるかぎり,憲法改正を唱えることが99条違反になるということはあり得ない。

(イ)改正論者は,改正したいという規定についてのみ,それが自分の正しいと信ずるとおりに改正されるまでは,その部分を遵守しないというだけのことであるから直ちに99条違反になるとは言えない。

(ウ)人間の作ったものに完全無欠のものはあり得ないことを考えると,その言い方が政治的に当を得ないものであるとして,政治的な批判を浴びるということはあるとしても,それが99条違反につながるとは到底考えられない。

(エ)何をもって改正といい,何をもって改悪というかは,人それぞれの立場によって違うのであって,こうなると,議論はもはや憲法論,法律論の域を離れて,政治論ということになる。

1.(a)と(ア) (b)と(イ) (c)と(エ)

2.(a)と(ウ) (b)と(ア) (c)と(イ)

3.(a)と(ウ) (b)と(ア) (c)と(エ)

4.(a)と(エ) (b)と(イ) (c)と(ア)

5.(a)と(エ) (b)と(ウ) (c)と(イ)

[59−55] 次のA及びBの記述に続けて,後記(ア)から(キ)の記述のうちからそれぞれ三つずつ選んで論理的に組み合わせると,悪法を適用するか否かにあたっての裁判官の態度に関する相対立する二つの見解となる。そのいずれか一方の見解の組合せとして最も適切なものは,後記1から5までのうちどれか。

A 法は,法である。悪法もまた法である。

B 法は,道徳的意味においても,義務づけるものでなくてはならない。

(ア)従って,その結果として,悪い裁判が生まれても,それは裁判官の責任ではない。

(イ)彼は,その場合,合法の抗弁を援用することは,許されない。

(ウ)裁判官としては,悪法といえども,法は法として,そのまま適用するよりしかたがない。

(エ)従って,裁判官は,官を辞することによって悪法を適用する法的義務を免れない限り,悪い裁判をもたらした法的責任を負わなくてはならない。

(オ)彼は,その場合,合法の抗弁を提出できる。

(カ)従って,悪法を適用して,その結果として悪い裁判をもたらした裁判官は,それについて,法的意味においても,責任を負わなくてはならない。

(キ)悪法は,当然そういう拘束力を欠くものであるから,法の適用者は,そういう悪法を無視する法的義務をもつ,というべきである。

1.A−(ウ)−(ア)−(オ)

2.B−(カ)−(キ)−(エ)

3.A−(ウ)−(エ)一(イ)

4.B−(キ)−(カ)−(オ)

5.A−(ア)−(イ)−(ウ)

[59−58] 次の1から4までの一連の文章は,アメリカ合衆国の違憲立法審査権に関する論述である。その中に明らかに誤っている記述を含むものが一つあるが,それはどれか。

1.委託された権限を委託の趣旨に反して行使した行為は無効であるという命題ほど,明瞭な原理に基づくものはない。それゆえ.憲法に反する立法行為は,絶対に無効なのである。これを否定すれば,人民の代表者が人民自身より優越していること,換言すれば,ある権能によって行為する者がその権能によって認められていないこともなし得るばかりでなく,その禁止するところをもなし得ることを肯定することになろう。

2.立法府は,それ自身自己の権能に関する憲法上の判断権を有しその憲法解釈は他の国家機関を拘束するという見解もあるけれども,憲法の特定の条項からそのような推論をなし得ない限り,それは決して当然の推定とはいえない。このような条項が見い出されない限り,憲法が,人民の代表者をしてその意思を被代表者のそれに代えることを可能とする意図を有していないと推測することは許されない。

3.むしろ,裁判所を人民と立法府との仲介機関とし,とりわけ立法府の権限に課せられた限界内にその行動をとどめるの任に当らせようとするのが憲法の意図である,と推論する方がはるかに合理的である。

4.そもそも,法の解釈は,裁判所に固有かつ独特の領域であり,根本法である憲法の意味を明らかにすることは,個々の法律の意味を明らかにするのと同じく,裁判所の職責であるはずである。そして,憲法解釈の結果,憲法と法律との間に調和し難い抵触が存することが明らかになったときには,憲法を法律に,即ち人民の意思を人民の代理人の意思に優先せしめなければならないことも当然のことである。

[59−61] 次の文章中の[A]から[C]までに,後記(ア)から(オ)までの記述のうちから一つずつ選んで入れていった場合(二つの記述が残る。),適切な組合せは,後記1から5までのうちどれか。

「日本国憲法は,行政機関が終審として裁判を行うことを禁止している(76条2項後段)が,大日本帝国憲法は,行政紛争の裁断を行政機関である行政裁判所に管轄させることを定めていた(61条)。そして,それを理由づけるものとしていろいろな理論が語られていたのである。例えば,[A]という憲法原理が援用され,あるいは,[B]という国家作用の性質論が持ち出され,あるいはまた,[C]という運用上の当否が説かれる等であった。しかし.これら一見論理的思考の必然の帰結であるがごとき観を呈する法の理論の背後に,行政に法及び司法の統制から解放された自由な活躍の場を確保したいという『意欲』が控えていたことはいうまでもない。」

(ア) 行政は法から自由な裁量をその本質的な属性とする

(イ) 行政紛争の裁断は行政作用である

(ウ) 行政訴訟事項は制限されることを当然とする

(エ) 行政の事宜は司法官の通常慣熟せざるところである

(オ) 行政権もまた司法権に対し等しくその独立を要する

    A  B  C

1. (ア)(ウ)(エ)

2. (ア)(オ)(ワ)

3. (ウ)(オ)(ア)

4. (オ)(ア)(ウ)

5. (オ)(イ)(エ)

[59−64] 次の1から5までの記述のうち,それぞれの上段はイギリスの法律格言であり,それぞれの下段は日本国憲法の条文である。上段の記述と下段の記述が必ずしも矛盾するとはいえないものはどれか。

1.婦人は,すべての市民的並びに公共的義務若しくは職務から除外される。

  すべて国民は,法の下に平等であって,人権,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない(14条1項)。

2.王侯,貴族及び平民の3階級を適当に組成した国民は,最善に構成された国家である。

  華族その他の貴族の制度は,これを認めない(14条2項)。

3.宗教に味方するものは,最高の法である。

  いかなる宗教団体も,国から特権を受け,又は政治上の権力を行使してはならない(20条1項後段)。

4.何人といえども,自己の祖国を捨てることはできない。一度イギリスの臣民となった者は,常にイギリスの臣民である。

  何人も,外国に移住し,又は国籍を離脱する自由を侵されない(22条2項)。

5.何人といえども,自分の敵手に対して武器を持たせる義務はない。

  何人も,自己に不利益な供述を強要されない(38条1頃)。

[59−67] 食品衛生に関する条例の制定について,「普通地方公共団体は,その条例で,食品衛生法の適用を受ける食品又は添加物(以下,「食品等」という。)について厚生大臣が定めた基準・規格より高次の基準・規格を定めることはできないが,厚生大臣が基準・規格を定めていない食品等について基準・規格を定めることは差し支えない。」とする見解がある。この見解の根拠として適切でない記述は,次の1から5までのうちどれか。

1.地方自治法の規定に照らしても明らかなように,食品衛生に関する事務は,本来地方公共団体がその事務として取り上げることのできるものである。

2.憲法の保障する地方自治の本旨に従い,食品等についての地方的特性に合わせた基準・規格を定めることが必要な分野については,法律は,全国一律の最低基準を規定したにすぎないと解すべきである。

3.食品衛生について条例を制定するには,これについて法律上別段の定めがないことを要する。

4.食品衛生法に基づいて厚生大臣が定めた告示により基準・規格を定められた食品等については,その基準・規格がかなり厳密,詳細であることを考えると,法律は,条例がこれ以上の基準・規格を定めることを許さない法意である。

5.食品衛生法は,地方公共団体が厚生大臣の告示で基準・規格を定めていない特殊の食品等について,地方的必要から基準・規格を定めることを禁止したものと解することはできない。

[59−70] 憲法66条,67条及び68条1項は,第90回帝国議会において,政府原案の62条「@内閣は,法律の定めるところにより,その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを構成する。A内閣は,行政権の行使について,国会に対し連帯して責任を負ふ。」,63条「@内閣総理大臣は,国会の議決で,これを指名する。この指名は,他のすべての案件に先立って,これを行ふ。A衆議院と参議院とが異なった指名の議決をした場合に,法律の定めるところにより,両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき,又は衆議院が指名の議決をした後,国会休会中の期間を除いて20日以内に,参議院が,指名の議決をしないときは,衆議院の議決を国会の議決とする。」及び64条1項「内閣総理大臣は,国会の承認により,国務大臣を任命する。この承認については,前条第2項の規定を準用する。」が後記(ア)から(エ)までのとおり修正されたものである。これらの修正のうち,次の貴族院委員会における委員の国務大臣に対する質問と関連するものは,後記1から5までのうちどれか。

「この改正憲法案に今回修正が衆議院でありました。所謂議院内閣制度がはっきりしたのでありますが,これは私は寧ろ原案の方が宜しいじゃないか,実際問題として議会に全然総理大臣たる人がないということもないかとも思うのでありまして,しかし議会外に非常な国政を燮理する最も適任な人が居ると言う場合もないこともないと思いますから,これは寧ろ原案通りにして置かれて,そうして自由にその時の政治情勢に合致するように運用して行くことが適当じゃないか。」

注「燮理(しょうり)する」とは,ほどよく治めるというほどの意味である

(ア)62条2項を3項とし,2項として「内閣総理大臣その他の国務大臣は,文民でなければならない。」を加えたうえ,同条を66条とする。

(イ)63条1項の「内閣総理大臣は」の次に「国会議員の中から」を加えたうえ,同条項を67条1項とする。

(ウ)63条2項の「二十日」を「十日」に改めたうえ,同条項を67条2項とする。

(エ)64条1項前段の「国会の承認により」及び後段を削り,「但し,その過半数は,国会議員の中から選ばれなければならない。」を加えたうえ,同条項を68条1項とする。

1.(ア)と(イ)と(ウ)

2.(ア)と(イ)と(エ)

3.(ア)と(エ)の削除部分

4.(イ)と(エ)

5.(ウ)と(エ)の追加部分

[59−73] 次の論述は,衆議院議員選挙に関し,B区の選挙人から提起された選挙の効力を争う訴訟において,公職選挙法のいわゆる議員定数配分規定が憲法14条に違反すると判断された場合の選挙の結果に及ぼす影響について述べたものである。この論述の見解によった場合,合憲な定数配分規定に基づいて選挙を行うとすれば選挙の結果を異にする可能性があるときは,その意味で選挙が無効になるとするとその訴訟の結論となるものは,後記1から4までのうちどれか。

「議員定数配分規定の下において,各選挙区間に憲法14条の要求する平等原則に違反する程度の投票価値の著しい偏差が認められる場合に,その最上限と最下限とを比較するだけで,当該配分規定の全部を違憲とする考え方がある。しかし,そもそも平等不平等は相対的な概念であるうえに,投票価値の最上限と最下限との中間には,なんら不合理な差異のない選挙区も多数存在するのであるから,これらの選挙区についてまで一蓮托生に選挙の効力を否定する結果を招来する配分規定全部を違憲とする結論を採るべきではなく配分規定は選挙区ごとに可分なものと考えるべきである。つまり.各選挙区の選挙人数を同数と仮定して,AないしZの各選挙区のうち,議員定数4名のA区の投票価値が1,議員定数1名のB区の投票価値が0.25,議員定数2名のCないしZ区の投票価値が各0.5とし,仮に3倍を超える投票価値の差別があれば違憲であるとするとA区とB区との間では4倍の差があるから相互に違憲となるが,A区とC区ないしZ区との間では2倍の差にとどまるから違憲の問題は生じない。したがって,不当な差別的利益を与えられているA区と不当な差別的不利益を受けているB区についてだけ違憲状態がみられることとなる。そして,A区とB区とが相互に違憲となるということは,A区がB区の3倍を超える定数を持ち,B区がA区の3分の1に満たない定数しか与えられていないからであって,配分規定のA区とB区に関する部分がそれぞれ全面的に違憲の性質を帯びるからなのではない。換言すれば,A区が3名を超えて4名という不当に多い定数を与えられている点及びB区の定数が1名に抑えられている点に違憲の根拠があるのであって,A区に3名までの定数を与えている点は正当であるし,また,B区に与えられている1名の定数は,正当に配分されるべき定数の内数なのであるから,この配分まで違憲とする理由はないのである。」

1.衆議院議員選挙のB区における選挙は,無効とはいえない。

2.衆議院議員選挙のB区における選挙は,違法ではあるが,無効とはいえない。

3.衆議院議員選挙のB区における選挙は,無効であり,その選挙によって当選した当選人の当選の効力は失われる。

4.衆議院議員選挙のB区における選挙は,無効であるが,その選挙によって当選した当選人の当選の効力は失われない。

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