1999/07/01

不朽体

キリスト教…これは昔からの教会であるギリシャ正教についていっているのであるが…では、聖人の体は腐らないといわれている。
多くの人々が、この事実について聞き及ぶのはドストエフスキイの「カラマーゾフの兄弟」からのようだが、実は私は恥ずかしいことにこの小説を読んだことがない。それどころか、主人公の聖名はアレクセイ(alexios)であるし、こともあろうに腐ってしまったことを扱っている。私にとっては迷惑な話である。
私が、これに類する事実に最初に聞き及んだのは、これまたこともあろうに、アメリカにヨガを伝えたインドのヨギ、ヨガナンダパラマンサについての記述で、彼の死後、死体が数週間にわたってまったく腐敗の兆候を見せず、更にバラのようなよい香りがしたということだった。
実際にはギリシャ正教では聖人が腐らないことは広く知られており、また腐らないということがなかったとしても、骨がよい香りがするといわれている。すべての教会の宝座、一般的な言葉でいう祭壇の下には聖人の不朽体の少なくとも一部が安置されることになっている。また、聖変化のときに使われる布であるアンティミンスのなかに不朽体の一部が縫いこまれている。さらに聖変化後のご聖体(ギリシャ正教ではカトリックとの教義の違いから、カトリックのようなウェハースではなく、イーストを入れたパンをぶどう酒に浸したものが使われる)や教会で成聖されたご聖水なども腐らないということがいわれており、わたくしもそう信じているし、実際に1月の洗礼祭で成聖されたご聖水がずっと置いてある。
あなたがキリスト教の信者で、幸運であれば、ギリシャの修道院で不朽体を見る機会に恵まれるかもしれない。
私も何度か不朽体を見る幸運に恵まれた。私は一度自分が若いときにいたギリシャを家族に知ってもらおうと、みんなを連れてギリシャ旅行をしたことがある。それも随分前の話になってしまったが、観光地としても現在ではよく知られているメテオラで信者であるということで特別に2世紀に致命(いわゆる殉教)したという聖ハラランボスの頭の皮の部分を拝ませていただいた。それは普通にそこに安置されているが、一般の観光客の前ではふたを取って公開されることがない。その木の蓋をはずしたとき、その下にはガラスの覆いがあり、不朽体が安置されていたのだが、不朽体とわれわれはガラスで隔てられているのにもかかわらず強烈な芳香がただよった。私の家内は目を丸くして、あわてて私と一緒に伏拝した。
カトリックでどうかは私は知らないが、アンブロシウスが腐っていなかったのはミラノで見る幸運にめぐれた。ひょっとするとプロテスタントの皆さんにはこうしたことは思いもよらないことであるかもしれない。
キリスト教にはこんな側面もあるのである。不朽体の安置された教会で、聖変化されたご聖体を頂く。こうした事実を考えると最後の晩餐で「私は真のぶどうの木、あなた方はその枝である。」といわれたことなども、プロテスタントの皆さんにとっては思いもよらない文脈で捕らえなおさなければならなくなるであろう。

また、こんなことを考える方もおられるかもしれない。教会の下の腐らない死体、復活、最後の審判…これは実はエジプトのオシリスに関する神話や、ピラミッドやミイラの話とよく似ているのではないか?そう、実はそっくりなのである。そればかりではない。ハリストスの例え話自体が、オシリスとその側近の話としてエジプトにそっくりな話があるということさえいわれている。
しかし、こうした話は得てして、ハリストスは実はエジプトの神官のなにかであるとかといった発表をされてしまう。
だが、もし仮にそうであったとしても、キリスト教で聖人の体とご聖体が腐らないということが説明できるわけではない。キリスト教では特に聖職者や修道士の死体に防腐処理をしているわけではない。それは何ら真実の説明にはなっていない。
日本では死体を焼いてしまう。これは恐らく仏教と衛生上の問題であろう。体験された方もおありだろうが、火葬場で死体が火に入る瞬間というのは、本当にその人を失ってしまうという実感があり、こみ上げるものがある。
中国では基本的に死体を土葬にする。中国人の言うところでは、死体は焼いてしまえばプラスマイナスはないが、焼かないで土葬にする限り、どんなところに安置するかで、子孫にまったく違う影響があるという。そこで中国では墓について、風水という詳しい学問が生まれた。中国と日本の歴史を見たときに、確かに土葬にするという範疇では、人間はできる限り立派な墓を作ろうとしているように見える。これは西洋と共通する点であろう。

仏教にもキリスト教に似た暗示がないわけではない。仏の骨は舎利といって、仏教でそもそも信仰の対象となったのはこの仏舎利である。仏舎利を納めた塔こそが、最初のご本尊である。しかも、キリスト教がご聖体をパンで作るのにたいし、仏教徒は米のことを舎利という。仏教徒も修行を積んだ僧の骨には何らかの力があると考えている。

私はこうしたことに確定的になにかを言うことはできない。しかし、多分そうだろうと思うことはある。神の聖神とともにある人は、…そうだなあ、なんといったものだろうか…あたかもケーキをブランデーに浸すように、なにかが浸透し蓄積していくのである。「なにか」というのはいかにも無責任な言いかただが、それはこれだろうというものがないわけではないのだ。ある一定のなにかを得たときにそれはその人のものになる。それが病人を癒したり、死後肉体を腐敗から守ったりするのであろう。

そのことを伺わせる話が伝わっている。これはトボリスク市府主教イオアン座下がお書きになり、日本の修道士アントニイ日比師によって訳された著書に引用されている。ここではごく簡単に紹介する。

アトスの修道院で、一人の修道士にその着物に触ると病気が治るという評判が立ち、大きな騒ぎとなった。修道院長は騒ぎが大きくなるに及んで、その修道士を呼び、いろいろたずねたが、彼自身も何ら思い至るようなことはなく、自分自身このようなうわさが立ってこまっているという。
さらに院長は修道士の生活や心のありようで何か変わったことがなかったか詳しく尋ねた。そのうちにこの修道士は、自分が最近神から賜った一つの賜物について、院長に告白していなかったことを告げた。それは、神のご意志を絶対的に信頼することができるようになり、思い煩うことがなくなったということであった。修道院長は、暫く前に起こった修道院の火事を引き合いにし、そのような場合でも安心して神のご意志に従うことができたのかを聞いた。修道士はいかなる場合でも神のご意志の正しいことを主張し、楽しいことでも苦しいことでも同じようにうけとるという。院長は彼の意見に反対し、二人はしばし議論を戦わせた。しかし、修道士が例え自分が地獄に落とされようとも、神のご意志に対する疑いの起こることのないように、忍耐の心を与えるよう祈るというに及んで、修道院長は修道士の心のありように暫くは口も聞けないほど驚いた。そして、その修道士に今まで同じように神に祈るように言ったのである。

この話はいろいろな角度から捉えられるであろう。しかし、聞く人の程度の差はあれ、修道士の達成した心のありようの…その理屈はどうであれ…匂いとでも言うべきものがわれわれに伝わってくる。このなにかこそが、二人の人の間で一つの祈りをすることを支えるものであり、聖神がわれわれに働きかけるのを可能にするものであり、癒しを与えたり、腐敗から守ったりするものではないかと私は思う。