URIAH HEEP 1979-1981
11/11/21 Updated

Audition for URIAH HEEP #9 / John Sloman / URIAH HEEP #9' / URIAH HEEP #9 / Chris Slade / CONQUEST / Love Stealer / URIAH HEEP #9b / URIAH HEEP #10 / Greg Dechert / Think It Over / Unreleased Album by URIAH HEEP #10


Audition for URIAH HEEP #9 (1979/09-1979/10)
Mick Box
(guitars), Trevor Bolder (bass), Lee Kerslake (drums), Ken Hensley (keyboards,guitars,vocals)

URIAH HEEP #8 のアルバム第4弾はレコーディングしながらも John Lawton との決別でボツになった。後任シンガーのオーディションには Peter Goalby も来ており、Ken Hensley は Pete に加入してもらいたかったらしいが、他のメンバーが Readying Festival で観た LONE STAR John Sloman のことを気にかけていて、結局 HEEP のヴィジュアル面も強化出来るということで John Sloman を迎えることになった。

John Sloman → John Sloman page (工事中)

John Sloman は LONE STAR のステージで LED ZEPPELIN の Robert Plant を彷彿させるヴォーカルを披露していたし、ハンサムで年齢的にも若いとあって女性ファン受けも良かった。HEEP 加入直前にはカナダで PULSAR というバンドで活動していた。このバンドには Dixie Lee (ds/ex.LONE STAR) や Pino Palladino (b), Greg Dechert (key) といったメンツがいた。Johnはギターもキーボードも弾けた為、HEEP の新たな旅立ちには期待が寄せられた。


URIAH HEEP #9' (1979/10-1979/11)
Mick Box
(guitars), John Sloman (vocals), Trevor Bolder (bass), Lee Kerslake (drums), Ken Hensley (keyboards,guitars,vocals)

新生HEEPは早速新作のレコーディングを開始したが、なんと今度は Lee Kerslake が脱退してしまった。なんでも Ken Hensley との対立が Gerry Bron を通じて表面化したらしい。

ちなみに、Lee は HEEP脱退後すぐに MANFRED MANN'S EARTH BAND 〜 TERRA NOVA のベーシスト Colin Pattenden らと BLIND AMBITION を結成したが、このバンドが上手くいかず Ozzy Osbourne の BLIZZARD OF OZZ に加入することになった。


URIAH HEEP #9 (1979/11-1980/07)
Mick Box
(guitars), John Sloman (vocals,keyboards), Trevor Bolder (bass), Chris Slade (drums), Ken Hensley (keyboards,guitars,vocals)

Lee Kerslake に替わるドラマーには Chris Slade が迎えられた。

Chris Slade → Chris Slade page (工事中)

Chris Slade は同じ Bronze Records に所属していた MANFRED MANN'S EARTH BAND のドラマーで、既に MMEB を脱退して上掲の TERRA NOVA に参加していたが、結局 Lee Kerslake とバンドを入れ替わる形になった。


CONQUEST

URIAH HEEP #9 の 『CONQUEST』 は 1979年11〜12月にかけてイギリスの Roundhouce Studio にてレコーディングされた。

1980年2月1日〜2月24日には HEEP の "10th Anniversary Tour" として GIRLSCHOOLを前座に従えてのイギリス・ツアー。

1980年2月15日にはアルバム 『CONQUEST』 がイギリスでリリースされた。アメリカ盤は 『WONDERFUL』 というタイトルで Chrysalis よりリリースされる予定であったがお蔵入りになってしまった。メンバー交替のゴタゴタやサウンドの変貌もあって Chrysalis はアルバムをリリースしてくれなかったわけだ。日本盤 『征服者 (CONQUEST)』 は1980年3月25日にリリースされた。

1980年3月後半〜4月後半にかけてはドイツを中心にした欧州ツアーを敢行。1980年4月11日 ドイツの Mannheim - Rosengarten公演におけるセットリストは次のとおり → Stealin' / Look At Yourself / Free 'n' Easy / No Return / The Wizard / July Morning / Free Me / It Ain't Easy / Lady In Black / Won't Have To Wait To Long / Carry On / Feelings / Easy Livin' / Sweet Lorraine / Do You Feel Alright / Gypsy / Suicidal Man
新作から5曲を演奏している他、John Lawton時代の曲も演っているのが嬉しい。"July Morning" は Ken Hensley がリード・ヴォーカルで応戦。また "Do You Feel Alright"は後に Ken のソロ・アルバム 『FREE SPIRIT』 に収録されたが、そこでの歌入りヴァージョンとは違い、単に Ken のムーグ・ソロであった。そして、スタジオでは良くてもライヴではヘロヘロの John に対する Ken の不満は、公演を重ねる毎に強くなっていった...


Love Stealer

1980年5月下旬にはイタリアで数回のライヴ。前作のツアーに比べると観客動員が減り、ライヴのスケジュールも激減したせいもあってか、余暇を利用して 1976年に HELLO がヒットさせた "Love Stealer" のカヴァーをレコーディング。1980年6月28日にシングル "Love Stealer" をリリースした。

そして、ついに悲運は起きてしまった。かねてから John Sloman のヴォーカルに不満を持っていてた Ken Hensley が脱退をしてしまった!!

1980年6月にポルトガルで行なわれたライヴが Ken の最後のライヴとされているが、その後 HEEPの活動情報が全く途絶えてしまい、Melody Maker誌が 1980年9月6日に Ken が HEEP を脱退したことを報じた (実際にKenがHEEPを脱退したのは1980年7月だとされる)。振り返れば、新作のアメリカ盤はリリースされないし、ツアーも不評だし (Johnのせいか?) では、さすがの Ken Hensley も HEEPに対する情熱を失ってしまったようだ...URIAH HEEP というバンドは確かに Ken Hensley が音楽面のイニシアチヴを握っていたわけだし、Kenが自分の思うようにメンバーを入れ替えても良かったハズであるが、やはり HEEP は Ken が結成したバンドではない。Mick Box によって結成されたバンドなのである。よって、バンドに不満を感じたならば、自ら潔く身を引く決心をしたわけだが、Kenが 「自分が去っても頑張って欲しい」 と HEEPにエールを贈っていることからも、Ken の脱退は友好的な別れであったようだ。なお、1980年10月〜11月にレコーディングされた Ken の 『FREE SPIRIT』 には Trevor Bolder が参加した。


URIAH HEEP #9b (1980/07-1980/08)
Mick Box
(guitars), Trevor Bolder (bass), Chris Slade (drums)

Ken Hensley の脱退の煽りはバンド内部にも波紋を引き起こし、John Sloman が UFO にキーボーディストとして加入。当時の UFO は、Paul Raymond が THE MICHAEL SCHENKER GROUP に加入する為に脱退し、後任を探していたのであった。John Sloman の UFO 加入は、ex.LONE STAR の同胞であり、UFO のギタリストであった Paul Chapman の推薦であったと思われる。Paul Raymond のように、キーボードもギターも弾けて、そして歌える存在として Joh Sloman に白羽の矢が立ったのであろう。しかしながら、John Sloman は 『THE WILD, THE WILLING & THE INNOCENT』 のレコーディングの一部に参加しただけに留まった(クレジットは無し)。UFO は新たに Neil Carter (ex.WILD HORSES) を迎え入れて、8月からのライヴを慣行した。

John Sloman は元々アルバイトのつもりで UFO をヘルプしただけかもしれないが、Ken Hensley の後任に John Sloman のかつてのバンドメイト Greg Dechert を HEEP のキーボーディストに推薦したこともあり、HEEP残留を決めている。


URIAH HEEP #10 (1980/09-1981/03)
Mick Box
(guitars), John Sloman (vocals,keyboards,guitars), Trevor Bolder (bass), Chris Slade (drums), Greg Dechert (keyboards,vocals)

1980年9月には Ken Hensley の後任として カナダ人キーボード・プレイヤー Greg Dechert が加入した。1980年7〜8月のUH#9の活動情報が伝わって来ず (実際には John Sloman が UFO をヘルプしていた)、Melody Maker誌が Ken の HEEP 脱退を報じたのは 1980年9月6日である。Mick Box がギリギリまで Kenをバンドに引きとめようとしたのかもしれないが、Ken の脱退の意志は強く (Mick に Johnより Kenを選択して欲しかったのかもしれないが...)、John Sloman のかつてのバンドメイトを HEEP の新しいキーボーディストとして選択したことで、報道が9月になったものと思われる。

Greg Dechert → Greg Dechert page (工事中)

Greg Dechert はカナダ国内で本格的なジャズ・バンドにも在籍していたことがあるが、様々なロック&ポピュラー・ミュージックのセッションをしていたミュージシャンで、John Sloman と一緒に PULSAR というバンド ("Helloween"というアルバムを出しているプログレ・バンドとは別) にもいた人物であった。

UH #10 は、1980年11月〜12月上旬にかけてイギリス・ツアーを敢行。Greg は Ken Hensley の後任とはいえキーボード専従のプレーヤーであったため、かつて Ken が担っていたギター・パートは John Sloman が担当していたようだ。

イギリスの Bradford公演におけるセットリストは次のとおり (抜粋) → Free 'n' Easy / Suicidal Man / Think It Over / Taking It All The Way / Stealin' / The Wizard / July Morning / Sweet Lorraine
"Taking It All The Way" は新曲、"July Morning" では Greg のシンセ・ソロ・タイムが設けられていた。


Think It Over / Unreleased Album by URIAH HEEP #10

1980年12月には UH#10 によるアルバムのレコーディング。このアルバムは Surrey Sound Studios で1980年10月に 11曲分のマテリアルがレコーディングされ、さらに4曲分のマテリアルが Roundhouse Studios で再録音されたという。→ Unreleased Album by URIAH HEEP #10

1981年1月17日に新作予定アルバムからのシングル "Think It Over" をリリース。

さぁこれからアルバムもリリースしてツアーだ...と、いつもならそういう具合であるが、ツアーもブッキング出来ず、結局 1981年2月にリリースする予定だったアルバムはリリースされなかった。母国イギリスですら...

業を煮やした Mick Box と Trevor Bolder は David Byron に会いに行って HEEPへの復帰を依願したが、David Byron は既に 自身のバンド THE BYRON BAND を結成して Creole Records と契約をしてしまった為に HEEPへの復活劇は起こらなかった。もし仮に David Byron が HEEPに復帰していたとしても、アルコールは辞められたであろうか...そんな思いが頭をよぎる。

そして、1981年3月、Mick Box 以外のメンバーが続々脱退していくことに...
Trevor Bolder は WISHBONE ASH から誘われてそそくさと脱退、Chris Slade は Jackie Lynton のアルバムに参加してそのまま戻らず、John Sloman については 1981年5月9日に脱退が報じられているが、最後まで Mick Box と一緒にいたのかもしれない。

かくして、Mick Box は2日間ベロンベロンに飲み続けて考えた挙げ句、根強いファンのエールに答える為にも URIAH HEEP の存続を決意したのであった!


HOME