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"Welcome to my tribute to ex.Bakerloo/Uriah Heep drummer - Keith Baker.
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Japanese KEITH BAKER fansite
BANG BANG KEITH BAKER
13/09/20 Updated!


Keith at 'The Cross Keys', Malvern, Worcestershire, 23rd June 2007 (Pix.Les Williams)


Keith Baker Biography & Discography

Born / SKIN DEEP / COCK A HOOP / BAKERLOO #6 / MAY BLITZ #1 / DADDY / SUPERTRAMP #1 / URIAH HEEP #3 / SALISBURY / 1971-1992 / OFF THE CUFF / .LULU KITCHEN / Events for Uriah Heep Fan / BIRMINGHAM YOUTH ORCHESTRA / GROUP THERAPY / HANNAH DALLAS & THE BUTTON DOWN SOULS


Keith Baker Born

Keith Bakerは、1948年4月19日にイギリスの工業地帯である Birminghamで生れた。Keithは少年期にピアノをやっていたが、THE SHADOWS に影響され、9歳の時にドラムを叩くようになった。ちなみに、Keith はベースもプレイできる。


SKIN DEEP (1964-1966)

Keithがドラマーとして本格的にバンド活動するようになったのは16歳の時であった。1964年に当時のチャートヒット曲を演奏するバンド SKIN DEEP に参加、このバンドには1966年まで在籍し、何度かのギグも行なった。


COCK A HOOP (1966-1967)

SKIN DEEP での活動に見切りをつけた Keithは1966年に COCK A HOOP という地元のバンドに参加。このバンドはいくつかの音楽フェスティバルにも出演するなど精力的な活動をした。また、後に COCK A HOOPに Clem Clempsonも参加したが、その時から BAKERLOO BLUES LINEへと発展していったようだ。


BAKERLOO #6 (1969/02-1969/10)
Dave 'Clem' Clempson (guiatrs, vocals), Terry Poole (bass, vocals), Keith Baker (drums)

1968年2月に Clem Clempson Terry Poole と出会って結成されたトリオ編成のバンドが BAKERLOO BLUES LINE である。

当初のベーシストは Dave Mason (TRAFFICの人物とは違う)であるとされる説もある。オリジナル・ドラマーは John Hinch (drums / 後に JUDAS PRIEST) で、1968年6月25日頃〜11月22日頃にかけてイギリス・ツアーを行っている。共演バンドは EARTH (B.SABBATHの前身), TEA AND SYMPHONY, SMALL FACES, BLACK CAT BONESなど。ドラマーを Tony O'Reilly に交替させて、1968年11月26日頃〜1969年1月2日頃までのイギリス・ツアー。共演バンドは JETHRO TULL, LED ZEPPELIN (12/10の Marquee Club公演)など。3代目ドラマーは Pete York で、1969年1月9日頃〜1月26日にかけてイギリス・ツアーを敢行。1月18日には Peteの休養の為に Bill Ward が助っ人参加している。また、1月22日には Alexis Corner と一緒に BBCに出演してライヴ・レコーディングをしている。更に、この #3の編成時にバンド名を BAKERLOO に簡略化させている。

BAKERLOO #1は 1969年1月26日の Golden Torch公演をもって崩壊し、ドラマーを Robert 'Bob' Lamb に交替して 1月27日と30日(2公演)の計3公演をこなす予定であったが、1月30日の2公演目は Robertとの確執(?)からか、キャンセルされている。翌31日にブッキングされていたGallesでのライヴは Bill Ward にヘルプで叩いてもらい、2月1日のライヴは ClemとTerryの2人だけでライヴを行うという有様。Ian Wallace (後に KING CRIMSON)が短期間在籍していたという説もあるがこの時期かどうかは不明。2月8日のLoughborough University公演と、2月10日の BBC 'Top Gear"出演時には John Poli Palmer (後に FAMILY)がドラマーを努めた。BBCには STRAWBSやCARAVANも出演し、BAKERLOOは "Last Blues", "Drivin' Bachwards"の2曲を演奏した (2月16日に放送された)。

Harvest Records との契約に成功したバンドは、Gus Dudgeon (後にElton John や David Bowieのアルバムをプロデュースして名を馳せる)をプロデューサーに迎え、1時間30ポンドという安いコストでレコーディング。最初にレコーディングした"Drivin' Bachwards"ではドラマーが不在で、トランペッターの Jerry Salisbury の友人であるロンドンのセッション・ドラマーが叩いた。しかし Terryの紹介で Keith Baker が加入し、全ての曲を2〜3テイクで終わらせ、アルバム『BAKERLOO』 のレコーディングが完了している。

Jim Simpson (後に BLACK SABBATH のマネージャーとなる)のナイス・マネージメントにより、1969年2月14日から精力的なイギリス・ツアーが組まれた。4月12日・13日のベルギーでのライヴは、EARTH と THE GODS との共演で、この時に Keith が Ken Hensley に出会ったことから後の URIAH HEEP 参加への布石が出来たのかもしれない。

1969年7月に シングル"Drivin' Bachwards" を発表。7月23日にはBBCの 'Alexis Korner Show'に出演して "Big Bear Ffolly", "This Worried Feeling", "Last Blues", "Drivin' Bachwards"の4曲を演奏したとされる。

1969年9月1日からも EARTH, LOCOMOTIVE, TEA AND SYMPHONY といったバンドとの「BIG BEAR FFOLLY」と呼ばれるイギリス・ツアーを敢行。しかしながら、9月下旬のCambridge University公演において COLOSSEUM と共演した時に、Clemは Jon Heismanからバンド加入話を持ちかけられたのであった。Clemの揺れる思いは7ヶ月続いたバンド・メンバー間に亀裂を生じさせ、Terry PooleとKeith Bakerは脱退してしまう。

1969年12月にアルバム『BAKERLOO』 が発売された時には、すでにバンドは解散していた...

<その後のBAKERLOOについて>
Clemは COLOSSEUM加入への揺れる思いを抱きつつも、1969年10月には Dave Pegg
(bass / 後に FAIRPORT CONVENTION), Cozy Powell (drums)と共に BAKERLOOを続投。しかし、このメンツも2週間しか続かず、同年10月にNottinghamで1回だけライヴを行ったのみであり、Clemは10月に COLOSSEUMに正式参加することになった。
すでにブッキングされていた BAKERLOOのコンサートを消化せねばならなかったマネージャーの Jim Simpsonは、Clemの替わりに Adrian Ingram (guitar)を加入させて バンドを再編させるアイデアを練ったが、今度は Daveと Cozyが脱退。結局 Adrian Ingram, Alex Boyce (vocals), Jack Griffiths (bass), John Parkes (drums), Cliff Williams (tenor sax, clarinet), Bill Hunt (hammond organ, french horn) というメンツで BAKERLOO BLUES LINEの名でドイツ・ツアーをこなした。その後 B&Cと契約することになり、バンド名を HANNIBALへ改名し、1970年に Roger Bainのプロデュースの元、アルバム『HANNIVAL』を発表した。アルバムの内容としては、あの時代にありがちな普通のブルースロック。ダイハードコレクター向け。


MAY BLITZ #1 (1969/10)
James Black
(guitars, vocals), Terry Poole (bass, vocals), Keith Baker (drums)

Keith と Terryはカナダ人のティーンエイジャー James Black と出会い、MAY BLITZを結成した。しかし、Keith はリハーサルをしただけで、すぐに脱退してしまう。

MAY BLITZは後任ドラマーに ex.JEFF BECK GROUP の Tony Newman が迎え入れたが、ほどなくして今度は Terry Poole も脱退。後任ベーシストは Reid Hudson となり、後にダイナミックかつ実験的なロック・アルバム 『MAY BLITZ』 と 『THE 2ND OF MAY』 の2枚のアルバムを発表し、ツアーも行った。MAY BLITZは、1970年10月16日の University of Sussex公演で、Kieth Bakerがドラムを努める URIAH HEEP の前座を努めたこともある。

Keithと Terryのコンビは GRAHAM BOND ORGANISATIONに参加したと伝えられているが、筆者は Keith は参加していないと思う。Terryは1971年10月に発表された Graham Bond のアルバム『WE PUT OUR MAGICK ON YOU』に参加している。


DADDY / SUPERTRAMP #1 (1969/11or12-1970/spring)
Rick Davis (keyboards, vocals), Keith Baker (drums), Roger Hodgson (bass), Richard Palmer (guitars,vocals)

Richard Davies は1968年頃から THE JOINT というバンドで活動しており、ドイツ映画のサウンドトラックをレコーディングしていた。Richard は自身のバンドを結成すべくMelody Maker紙にメンバー募集の広告を出し、オーディションの結果、1969年8月に Nigel Olsson や Elton John と ARGOSY というパンドをやっていた Roger Hodgson を加えて DADDY というバンドを結成した。Richard W.Palmer は1964年頃から John Wetton と一緒に THE CORVETTES & THE SOUTHSIDE, THE PALMER-JAMES GROUP, TETRAD といったバンドで活動してきた人物で、TETRAD が改名した GINGER MAN を1969年7月に解散させていた。Keith Baker の参加は 1969年11月か12月頃だと思われる。1969年10月に Trident Studioでデモ曲のレコーディングをしているが、Keith自身は覚えていない (Keithの参加前か?)

19691214日にドイツのミュンヘンにあるPN clubという場所で撮影された Bob Dylan のカヴァー曲 "All Along The Watchtower"ココ で見られる。後に Richard Palmer-James と改名し、KING CRIMSON への歌詞提供でも知られるようになる Richard のボーカル&ギター、ドラム・ソロまで披露している若かりし Keith Baker のジャジーなドラミング、当時はベーシストだった Roger Hodgson (後にギター・キーボード・ボーカルに転向) の John Wetton 似のベース、そしてハモンドオルガンを操る Richerd Davis の圧巻のライヴ・パフォーマンスが、高画質動画で10:22も見られる!! この時期の彼らのレパートリーは4曲で、2曲がカウァー曲であった。

その後バンドは同様のバンド名の混乱を避ける為、"DADDY LONGLEGS" にバンド名を改名しようとするが、William Henry Davies の自伝 "SUPER-TRAMP" に触発されて、1970年1月にはバンド名を SUPERTRAMP と改名した。

SUPERTRAMP #1 はミュンヘンやロンドンでライヴをしたが、Keithは SUPERTRAMPのレコーディングには至らず、個人的な理由により脱退。


URIAH HEEP #3 (1970/04-1970/12)
Mick Box
(guitars), David Byron (vocals), Paul Newton (bass), Keith Baker (drums), Ken Hensley (keyboards,guitars,vocals)

浮気心が多い Keithは URIAH HEEP に加入!! Keithは Nigel Olssonの後任として HEEPに加入したわけだが、かつて在籍していた BAKERLOO のアルバムを Elton John のアルバム・プロデュースで名を馳せる Gus Dudgeon がプロデュースしていたり、また SUPERTRAMP の前に Roger Hodgson が在籍していた ARGOSY には Nigel Olssonと Elton John がいたこともあって、何かと Elton繋がりの多い初期 URIAH HEEPにとっては自然な人選だった。

1970年4月26日にはロンドンの Roundhouceでライヴ。1970年5月5日には Maida Vale Studio で BBC放送用に "Dreammare", "Come Away Melinda", "Gypsy"の3曲をスタジオ録音した。5月12日に "Dreammare" と "Gypsy" のみが BBCで放送されたが、この音源は2003年にリリースされた 『VERY 'EAVY, VERY 'UMBLE (EXPANDED DE-LUXE EDITION)』 などで聴ける。ブックレットには "Nigel Olsson がドラマーだった"と書いてあるが間違えであろう。どことなくドラムの叩き方がギコちなく、加入したばかりの Keithが一生懸命叩いている(微笑)

1970年5月〜6月はイギリス・ツアー。1970年6月13日に HEEPのデビューアルバム 『VERY 'EAVY, VERY, UMBLE』 (Keithは参加していない) がリリースされると、6月20&21日はドイツのハンプルグで開催されたフェスティバルへ出演、その後もイギリスとドイツを拠点にライヴ・スケジュールをこなしていった。HEEPはこのツアーで、KEEF HARTLEY BAND (Gary Thain在籍)、YES、BLACK SABBATH、PROCOL HARUM、GRACIOUS、TEN YEARS AFTERなどと出演を共にしたが、圧巻なのは、1970年8月7日の "10th National Jazz Blues & Pop Festival" に DEEP PURPLE, BLACK SABBATH, FAMILYらと一緒に出演した時であろう。

また、1970年10月2日には Maida Vale Studio で BBC放送用に "Salisbury", "Bird Of Prey" の2曲をスタジオ録音している (10月12日にBBCで放送された)。


SALISBURY

ライヴ・ツアーに多忙な URIAH HEEP #3 であったが、ライヴの合間を縫いながら 1970年10月〜11月にかけて 2nd Album 『SALISBULY』 を Lansdowne Studio で録音する。しかしながら、レコーディング期間中も頻繁にライヴ・スケジュールが組まれており、バンドの体制に順応できなかった Keith Baker は解雇されてしまう。12月16日のBolton Collage公演、もしくは12月23日のHarlow, Aquarius公演 (恐らくキャンセル) が Keithのラスト公演だと思われる。

『SALISBURY』 は Vertigoから 1971年2月12日にイギリス・リリース、日本盤 『ソールズベリー (SALISBULY)』 は日本コロムビアから1972年6月25日にリリースされた。



What were Keith doing between 1971 and 1992?

URIAH HEEPを解雇された後の Keithは、音楽シーンからドロップアウト...
(本人弁で、B.J.ColeやCarla Ruggのアルバムには参加していないとのこと)

本人弁では、セッション・ミュージシャンとして働き、ex.Steve Gibbons Band の Dave Beale のアルバムに参加、ヨーロッパでジャズ・デュオ TIPITINA をやったり、Dick Cadbury, Mike D'Abo (ex.Manfred Mann), Paul Newton と演奏したりしていたそうな。


OFF THE CUFF (1993-?)
Paul Nweton
(bass, vocals), Dave Beale (guitars), Keith Baker (drums)

1993年に URIAH HEEP 時代の同僚であった Paul NwetonDave Beale OFF THE CUFF というトリオ・バンドを結成。地元のパブやクラブで演奏したそーな。


LULU KITCHEN (200?)

ロンドンのライヴ・ハウスでたまに LULU KITCHEN というバンドで演奏をしていたそーな。


Events for Uriah Heep Fan

2002年6月8日にロンドンの The Rock Cafeという所で行なわれた HEEPファンの集いには Paul Nweton, John Lawtonらと出席したそうな。


2004年9月24日と25日の両日にドイツのハンブルグで行なわれた HEEPイベント"Circle Of Friends"では Paul Newtonと一緒に出演し、Ken HensleyやJohn Lawtonと共演!

24日は THE BONDS (ex.LUCIFER'S FRIEND の Peter Hessleinのバンド)、Trevor & Stella Hensley, JOHN LAWTON BAND, KEN HENSLEY BAND、という4組のライウが行なわれた。
JOHN LAWTON BANDのステージに Keith BakerとPaul Newtonが一緒にゲスト参加し
"The Wizard"を演奏。

25日は EASY LIVIN' (GAMMA RAYの Henjo Richterが在籍する HEEPカヴァー・バンド)、Trevor & Stella Hensley, JOHN LAWTON BAND, KEN HENSLEY BAND、という4組のライウが行なわれた。
最後のセッションで Keith & Paulが登場し、Ken Hensley (key), John Lawton (vo), Paul Newton (b), Keith Baker (ds), Steve Dunning (b)という最強の編成で
"The Wizard""Staelin'"の2曲をジャムった♪

お役立ちリンク
Clem Clempson Interview 2003


BIRMINGHAM YOUTH ORCHESTRA

時期調査中...(汗) 


GROUP THERAPY (2006?-?)
Nonny James (piano,vocals), Dik Cadbury (guitar,bass,vocals), Bonny Acock (keyboards), Keith Baker (drums), Ray Stroud (guitar,bass,vocals)

ドラムの講師をしながらセッションワークをしているKeithは、ポップス、フォーク、ジャズ、ブルース、ソウル、スウィングなどのクラッシックスを演奏するカバー・バンド GROUP THERAPY で、たまにライヴをやった。

Nonny Jamesは、ロックやブルースをバックグラウンドに持ち、MOONSHINE や ONE DOLL'S PRAMのメンバーでした。今はソロやデュオやNJ3 PIANO BAR TRIOでジャズ/ブルースを演奏しています。
Dik Cadburyは、フォーク・ロックをバックグラウンドに持ち、DECAMERON や STEVE HACKETT BAND に在籍したこともある人物。現在は Mike D'Abo (ex.MANFRED MANN) と一緒にプレイしたり、ソロのシンガー・ソングライターとして活動中。
Bonny Acockは、ソウルをバックグラウンドに持ち、今は NJ3 PIANO BAR TRIOで演奏しています。
Ray Stroudもまた、NJ3 PIANO BAR TRIOで演奏する傍ら、ソロのシンガー・ソングライターとして活動中。

彼らのプレイリストは以下のとおり。
<Standards>
Aint Misbehavin' / As Time Goes By / Berkeley Square / Bewitched, Bothered & Bewildered / Choo Choo Cha Boogie / Cry Me A River / Fever / Lady
s A Tramp / Misty / Moon River / My Funny Valentine
<Pop>
Ain
t No Sunshine / Angels / At The Hop / Beatles Medleys / Brown Eyes Blue / Close To You / Dance The Night Away / Daydream Believer / Desperado / Do It Again / Fields of Gold / Gimme Some Lovin’ / Hes The One / Honky Tonk Woman / Its All Over Now / Leaving on a Jet Plane / Love Is All Around / Moondance / Natural Woman / Sunny / Superstition / This Wheels On Fire / Woodstock
<Blues>
I Can
t Make You Love Me / Bring It On Home / God Bless The Child / Need Your Love So Bad / People Get Ready / Summertime / Summertime Blues / Wonderful Tonight
<Soul>
Every Little Bit Hurts / Harlem Shuffle / Heard It Through The Grapevine / I Just Wanna Make Love To You / Knock On Wood / Midnight Hour / Mony Mony / Mustang Sally / My Guy / Private Number / Say A Little Prayer / Soul Man / Sweet Soul Music / Try A Little Tenderness / When A Man Loves A Woman / Wooly Buly

2007年にKeithは前立腺癌に侵されて治療をしている。


HANNAH DALLAS & THE BUTTON DOWN SOULS (2012-present)
Hannah Dallas, Yogi Thomas, Dominique Cupples, Jake Price, Chris Barmby, Keith Baker, Mel Harker, Rebekahh Jefferies, Mark Emery

前立腺癌の治療に専念した Keith は、完全に快復し(本人弁)、Keith は Worcesterに住み、地元のお祭りでたまに演奏をしている。それが、HANNAH DALLAS & THE BUTTON DOWN SOULS というブラスや女性ボーカルをフィーチャーした9人編成のモダン・ソウル・バンドで、2012年7月26日から28日の3日間、Worcesterで開催されるSeven Sounds Festivalの最終日28日にPavilion In The Parkのステージでヘッドライナーとして演奏するほどのバンドなんだそーな。




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