二日目です。

1/22(月)
午前8:00朝食。女房からのご飯ですよコールで眠い目をこすりながら朝食に向かう。いつも思うのだが、この地では、不思議と二日酔いの程度が軽いのである。本日は、一日中観光の予定です。

午前10:00ホテルを出て旧海軍司令部に出発。ホテルから20分ほどであっという間に到着。慰霊塔に線香を捧げ、資料館へ入る。入って早速目に付いた展示が、昭和20年4月6日に敢行された「菊水1号作戦」つまり戦艦大和を中心とする水上特攻作戦に出撃する戦艦大和の絵であった。近年の日本国内の世論では、自虐史観に基づくあまりにも安易な反戦主義が渦巻く中に有って、「大和」を引き上げ念願の沖縄に上陸展示し、平和祈念館にしようとする有志が居られることに我が意を得たりと嬉し涙が出てきそうであった。中に入ってみると「司令部」と呼ぶには、お粗末過ぎる塹壕を見学し出口近くの展示場に至る。更なる記述は、いずれ又。

午前11:30ホテルに戻りグラスボート組を拾い「首里」へ。さて昼食である。昨日女房の弟から首里の「わらじ」という定食屋がうまいと聞いていたので向かってみるが休業していた。私なりに勇気を奮い起こし、「首里そば」に向かう。なぜ勇気が必要かといえば、こちらの「そば」は、内地のそばとあまりにも違うのである。だしは、カツオとコブにトンコツという珍妙さ。(私は、好物なのだが)初めての方には、賛否両論が激しすぎるからである。果たして如何に。寸評:うまい、スープが。しかし、硬い、麺が。やはりである。全く実に寸分のつけ入る隙のないスープの美味さに比してこの麺の固さは、何なんだ。と誰もが思い私も思った。今までいろいろ沖縄そばを食べたが一番硬い。でも、一番スープが美味い。きっと又きてしまうのでしょう。昼食後は、首里城見学。私は、二度目なので新鮮さはないが、やはり当地の気候を考え合わせて作られた城だけ有ってこの時期にして気温23℃であっても心地よい雰囲気を作り出している。今回は特に守礼の門で記念撮影を生業とする沖縄かんぷううの女性達がきれいでした。

午後2:30宜野湾海洋公園に到着。ここに付属のコンベンションセンターは、昨年の2月に第2回商工会青年部全国部長会議が開催されたところである。昨年も訪れたこの海岸は、前より天気がよいせいか、一段と美しく思え、BGMの三線がより一層雰囲気を盛り上げていました。生き生きとした海岸は、何処でも同じに香りがするものです。まるで昔の大磯海岸のようだった。

午後4:30首里の実家で女房を拾い一路「りょう次」へ。

午後6:00「りょう次」到着。昨年も訪れたが、乾杯だけして松山に流れたため心残りであった居酒屋である。店長をはじめ、従業員の方の応対が、きびきびして小気味よく、料理も工夫があり沖縄料理だけではなく、内地の者には、旅行終焉の居酒屋としてふさわしかった。頃合を見計らって「仲田幸子芸能館」に向かう。

午後8:30「仲田幸子芸能館」に到着。女房には、内緒だが、今回の目的は、ここの看板娘に会うことにも有ったのです。とにかく美しい。ひとみに力があり、目が合うと釘ずけに成ってしまう。彼女が歌った後たまたま目が合ってしまい釘ずけになっている所を女房に見られてしまい、ちょっと失敗。又、彼女の舞は絶品で非の打ち所がなかったが、サイを使った男舞で両拳突きのときに腰が浮くのは、体重が軽いか腰を痛めているのではなかろうかと思われた。恍惚のうちに松山へ。

午後10:30松山到着。一軒目は、通常の時間制クラブに行き、二軒目をふしだらな店に行き今回の松山を閉じた。

午前2:30ホテルに帰る。明日の帰途に備え、英気を養う。

三日目

ついに帰る日、いや帰らなくてはならない日がきてしまった。午前中に波の上宮にお礼の参拝に行ってきました。なんとこの神社には、熊野三権現が祀られており、我が町内の鎮守である熊野神社と同属の関係にあったのです。依然来た時に沖縄出身の女房は、何も教えてくれず、深い反省と共にお参りさせました。昼に那覇空港で女房の弟と待ち合わせて機中の人となる。途中何事もなく午後7:00ころ無事に帰宅。楽しかった思い出と明日からの現実に悶絶しながら今回の旅行を終了した。

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